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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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ep.21



 こんなにもスマホから鳴るメロディーを求めたことは無かった。画面に表示された名前をすがるように見つめた後、指を滑らせる。


「もしもし」


 声色の変化に気付いたのか、千歳くんは心配そうに返答をした。


「  泣いてた?」


「あ……すいません。でも大丈夫です」


 そう言った途端、呆れたように笑われた。電話越しに届く鳥の囀りさえも、千歳くんの声のようだった。


 「ははは。そういう時はね、誤魔化さなくていいんだよ」


 あぁ……この人はどこまでも優しく、誰よりも俺を理解してくれている。

 満たされる心は計り知れない快楽を脳へと注ぎ込んだ。


 「プレゼントを見てたら祐希のことを思い出してしまって。本当に、ありがとうございました」


 俺は立ち上がると、電話越しに深く頭を下げていた。


 「僕は何も。祐希もきっと喜んでくれてるはずだよ」


 千歳くんの優しい笑顔が目に浮かぶ。


 「それより、どうかしましたか?」


 「あ、さっき日程を決めて無かったから。こっちはいつでも大歓迎だから、律くんの都合の良い日をーー」


 「明日!」


 はやる気持ちを抑えられず、食い気味に答えていた。同時に窓の外では驚いた鳥が羽ばたいていく。


 「え?」


 「実は今無職で……。だから暇なんです」


 「そうなんだね。じゃあ明日おいで。みんなには伝えておくから」


 まるで優しく手招きするように鼓膜へ声が届く。その言葉一つ一つが俺の細胞を歓喜させた。


 「はい。では、よろしくお願いします」


 電話を切ると、顔の表情筋は極端に緩み始める。誰かを好きになったことは無いが、恋焦がれる事に近い感覚なのだろうと思えた。


 窓から流れた一つの風は、ページを捲り、名刺を軽く飛ばした。慌てて掴むと、胸を撫で下ろし息を吐く。

 祐希と葵を救えなかった自分が、これから歩む道。

 それを示してくれるその薄っぺらな紙に、俺は全てを賭けていたんだ。


 開かれたなぞなぞ本が、読んでほしそうに風になびいている。

 俺は久しぶりに解いてみたくなった。


 『"くすり"の中に隠れてる動物、な〜んだ?』


 考える時間すら要さない。

 3文字を見ると浮かび上がるようだった。

 答えは『りす』

 子供っぽいなぞなぞに笑えた。

 安易過ぎた問題の横には、祐希が書いたであろう「◯」と数字の「1」があった。


 「こっちのほうが解き甲斐がありそうだな」


 俺は同じように記入されている問題だけを解くことにした。


 次は12ページ。

 ◯の数字は2……答えは『鍵』

 求める手は捲ることをやめない。

 目の玉は四方八方へと本に注がれた。


 ◯の数字は3……答えは『走る』、その次は『緑』。

 祐希は何を伝えようとしているんだ?

 そもそも、ただの印の可能性もある。

 考えながら隣のページに目をやると、今度は「✕」が見えた。


 「空から降ってくるお菓子、な〜んだ?」


 秒で解ける。答えは『あめ』だ。

 ページを捲る音と共に確信に似た思いがよぎる。祐希はすぐに解ける問題ばかりを選んでいる。

 次の答えは『こども』……『はれ』。

 こっちの意味も分からない。

 祐希が指している真意が全く読めなかった。学の無さに溜め息が漏れる。


 ピロン!


 その時、千歳くんからメールが入った。表示された名前にホッとする。


 『明日、祐希の本を持ってきてくれない? 子供たちとの交流にも良いと思うよ』


 子供たちとどう接したらいいのか、不安があったのは確かだった。とりあえず今まで解いた問題をメモして、俺は明日の準備を始めた。引っかかるものはあったが、それ以上に明日へ賭ける思いの方が強かった。


 次の日は朝からあいにくの雨だった。最寄り駅から降りると道路には水溜りが幾つも見える。側溝には濁流が流れ、ドブ臭ささが鼻を突く。細い道路なのに、車は容赦なく通過し、水溜りを通るタイヤが水しぶきを足元へと放った。

 ついてないのは慣れている。少し呆れながらも気分だけは高揚していた。


 スマホのマップ通りに進むこと15分。目の前には白い門が佇んでいた。

 敷地内には鮮やかな花々が咲く花壇に、僅かな遊具も揃っている。


 『NPO法人ーツナグー』


 手と手を繋ぐようなシンボルマークが看板の隣に記されている。

 不思議な感覚だった。空はどんよりとした雲に覆われ雨が振り注いでいるのに、それすら美しいと思えた。

 傘に打ちつける雨音が、俺の門出を祝す拍手に聞こえた。


 「お兄さん、だぁれ?」


 突然聞こえた声に体が跳ねた。片方に眼帯を付けた少女が俺を見上げている。小学1、2年生くらいだろうか……脳は勝手に教育虐待を疑った。冷静に、なるべく優しい声色で話しかけることにした。


 「平山律です。葉山千歳さんは居ますか?」


 少女はその名を聞くと、ぱっと笑顔を咲かせる。


 「千歳くんの友達?中に居るから呼んでくるね」


 少女の表情一つで理解できた。千歳くんの活動がここの子供たちを救っている。憧れに近い感情は次第に崇高へと変わり始めた。


 「律くん、いらっしゃい。待ってたよ」


 優しい声が俺の鼓膜を幸せで満たす。求めていたその姿に脈が早まった。

 千歳くんに連れられ『折り鶴』と書かれた大きな部屋に入った。

 中には5人のスタッフと、10人の子供達が楽しそうに過ごしている。


 パンパンッ!


 千歳くんが軽く手を打つと、みんなの視線がこちらへ注がれた。


 「話してた平山律くん。今日は遊びに来てくれたよ」


 子供たちもスタッフも嬉しそうに歯を見せ、拍手をくれた。こんな風に求められた事なんて一度も無い。俺は頭を下げて答えるしか出来なかった。


 「律くん、ここではみんな家族だから」


 何だろう。この胸の奥が温まる感覚。

 祐希が話しかけてくれたあの時の温もりのようなーー。


 「みなさん、よろしくお願いします」


 俺も釣られて笑っていた。

 その場の空気は柔らかく部屋全体を包み込む。その中心に居るのが千歳くんだった。


 自分がこんな風になれるなんて。

 祐希、俺ちゃんとやってみせるから。

 だから見ててくれ……葵と共に。


 一つ、堅い決心を誓った。


 リュックを棚に置いた時、さっきの眼帯の少女が本を片手に近付いてきた。


 「私、さくら。律くんて、なぞなぞ得意なんでしょ?」


 手にしていたのは、なぞなぞう先生の本だった。祐希がくれたものには無かったキャラクターが表紙に写っている。俺は指差しながらさくらに尋ねた。


 「得意だよ。ところでこれは何?」


 「なぞな象だよ。知らないの?」


 長い時を経て先生は白衣姿の象として本に登場していた。ふざけた名前により磨きがかかって、可笑しかった。俺はリュックから本を取り出し、さくらへと向けた。


 「これは友達から貰ったずっと前のなぞなぞう先生の本。この時はまだ象じゃなくてさ」


 「へぇ~。さくら、その本のなぞなぞ解きたい。こっちのはもう何度も読んだから」


 何度も……。

 まるで祐希のようだ。その無邪気な瞳もどこか面影を感じる。


 「じゃあ、向こうで一緒に解こうか」


 「うん」


 俺なんかに向けてくれる笑顔が眩しくて仕方無い。最初に声を掛けてくれたのがさくらで良かった……。


 本を開くと昨日解いた問題のメモを挟んだままだった事に気付く。


 「これ何?」


 「あ、なぞなぞとは別に友達が本に書き込みをしてて、それを解いてたんだ」


 俺はページを捲りさくらに見せた。


 「"◯"と数字があるね。あ、こっちは"✕"も。なんかの暗号とか?」


 そう言ってさくらは昨日のメモをじっと見つめ、人差し指を顎にあてながら考え始めた。俺はその横顔を見ながら懐かしい祐希とのひと時を思い出していた。


 「律くん」


 小さく囁くような声が聞こえ、顔を向けると千歳くんがそっと耳打ちをする。


 「さくらがあのポーズをしてる間は、集中してる時だから見守ってあげてね」


 「あ、分かりました」


 千歳くんは静かにその場を離れ他の子供たちの元へと向かって行った。穏やかで自然に時が流れるような空間。とても居心地が良かった。


 鉛筆の擦れる音が耳に入り、さくらを見るとメモの続きに文字を書き殴っていた。物凄い勢いでページを捲り、考え込むと、鉛筆を動かす。その繰り返しを俺は側でじっと見守った。


 そっと鉛筆が置かれ、満面の笑みでさくらは俺へと顔を向ける。


 「分かったよ! このなぞなぞ」


 「え!」


 さくらは順番に解説を始める。


 「まず、律くんが解いた問題からね。『リス』と『鍵』なんだけど、鍵は英語で"キー"だから『リスキー』って意味」


 「本当だ。簡単に解けて凄いね」


 褒められたのが嬉しいのか、さくらは誇らしげに言った。


 「千歳くんがいつもこうやって遊んでくれるから分かるの」


 そのまま途切れることなく、さくらは話し続ける。


 「この『走る』と『緑』は2つから連想されるもの。だから非常口のマークかな」


 リスキー、非常口……

 それだとーー。


 脳が溶けるように歪み始める。


 「でね、私がさっき解いたものが、『離れ』と『手』、だから『離れて』になるの」


 心臓が助走もなしに一気に走り出す。

 忙しく全身へ送られる血に、額からは汗が滲み始めた。

 その後も提示されるキーワードに、身体が震え出すのを止められない。


 「じゃあさ、この"✕"の意味は何だったの?」


 俺の言葉に突然その口が真一文字に紡がれた。


 「どうかした?」


 明らかに目が泳いでいる。さくらは両手をぐっと膝の上で握りしめ瞬きを数回繰り返した。


 「ごめんね。こっちは分からなかった」


 そう言うなり立ち上がると部屋を出ていった。

 心臓はずっとうるさいまま、俺は彼女の小さな背中を見つめた。


 その背後で一つの視線が俺を射抜く。慈愛に満ちた微笑を湛えながらも、その瞳だけは冷徹に、俺が崩壊していく瞬間を品定めしていた。





 何ですぐに気付けなかったんだ。


 さくらのついた明らかな嘘の裏側と、


 隠された真実に。





 それは、祐希が死を覚悟し



 懸命に振り絞った



 俺へ向けての



 最期の悲鳴だったのに。


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― 新着の感想 ―
子供達と遊んで、なぞなぞの本を一緒に読んで楽しそう…と思ったら… まさか…
心をぐっと掴まれる瞬間がたくさんあり、最新話まで一気に読んでいました。向日葵が名前だとわかる瞬間や、エピソード7の最後の「美味しかったですか」のとこなんかは声が出るくらいに。 律は最後は救われるのでし…
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