ep.20
電話を切ると、スマホの画面が黒く戻るまで俺は見続けていた。
もうテレビから聞こえる音など、意味を持たず流れるだけの、川のせせらぎのようだった。
不思議な感覚だ。
こんなにも穏やかになれるなんて。
死んだように生きてきた自分に、光が差し込む日が来るとは思ってもいなかった。
引き出しからカッターを取り出し、届いた荷物の封を丁寧に切る。
祐希の事を思いながら。
箱の中には2冊の本と、折り紙の束が入ったケース、千歳くんの名刺が入っていた。
「折り紙の本と、なぞなぞう先生の本か」
祐希らしいと思った途端笑みがこぼれ、同時に目頭が熱を帯びた。
何度も読んだのだろう。
なぞなぞ本は学校でよく見かけたものと同じだった。どれだけの数を二人で解いたのかと感慨深くなる。パラパラとページを捲ると問題の横に小さく"◯"と"✕"が記されていた。"◯"の横には数字も添えてある。何を意味するのかは分からないが、祐希が楽しんでいたのは伝わってくる。
折り紙の本はだいぶくたびれていた。
ページを捲るたびに所々角が折られ、祐希が練習していた光景が目に浮かぶ。心の奥が不思議と満たされていく気がした。
次のページには1枚の折り紙が挟まっていた。幾つも折り目のついた使い古しだった。
きっと一度折ってから開いて、そのままにしていたんだろう。
子供らしさに微笑ましい気持ちになったが、同時にどこか不自然なほどの綺麗さに違和感を覚えた。
眉間に皺を寄せると、本へ視線を戻した。俺の目は一つの場所をじっと捉える。完成図の近くに黒い正方形のシールが貼られていた。その中に白ペンで文字が書かれている。
『しろ』
今までには無いそれに手が勝手に動き始める。始めのページから遡り、細かくチェックする。しかし、色の指定があったのは鶴だけだった。
「何で白なんだ? 好きな色……?」
遠い記憶を辿ったが、思い出せない。
しかし、必ず意味があるような気がしてならなかった。
「……今度千歳くんに聞いてみよう」
俺は気を取り直して、挟まった折り紙を手に取った。
気付いてしまったそれに、心臓が久々に大きな鼓動を叩き始める。ワクワクするような、何かが背筋を這うあの感覚。
文字が薄く至る所に書かれている。
普通に読むと意味不明な羅列。
祐希のことだ。
意味なく文字を並べる訳がない。
「でも十何年も前にしてはこの文字は妙に……。それに、折り紙の香りもーー」
疑念が頭をかすめたが、自然と消え去った。何事も丁寧だった祐希ならあり得るだろうと納得できた。
それよりもこの文字が何を意味するのかを知りたくて仕方が無かった。俺は折り紙を机へ置くと、元の折り目通りに手を動かした。祐希の跡がガイドのように導いてくれる。
一折ずつ丁寧に。
共に創り上げているようだった。
カサカサと完成に近付く度、紙は擦れ合い音を鳴らす。最後に立派な羽を広げた。
「え…………」
目の前の折り鶴がぼやけ始めた。目からは大粒の涙が溢れ身体が震え出す。
頭のてっぺんから足の指先まで全ての細胞が喚く。祐希の笑顔が留め処無く、脳裏に滝のように流れ始めた。
口から絶え間なく出る、喉が焼けるような嗚咽。肺から出された空気はすべて哀しい色をしていた。
君からのそのメッセージに
部屋の空気は一変したんだ。
両羽に残された文字を
鶴は切なげに伝えた。
『ごめ』『んね』
その隣では名刺に太陽光が照らされた。
"千歳"という文字だけが
光に包まれている。
その白さと、折り鶴の白さが重なって
俺はたまらなく会いたくなったんだ。
君のお兄さんにーー
その僅か数秒後だった。
スマホの着信が鳴ったのは。




