ep.19
あの墓参りから数日が過ぎた。
相変わらず片付いた部屋の居心地の悪さに眉をひそめる。テレビから流れる音だけがいつもと変わらない空気を出していた。ため息交じりにリモコンを押すが、電池切れなのか操作が出来ない。否応なしにワイドショーの声が耳に入った。
向日邸火災の続報。
再度電源ボタンを押すが、消えてはくれなかった。
やはり妹は先に亡くなっていたようだ。そして、葵の両親の身体には複数箇所の刺し傷。葵本人は一酸化炭素中毒で、遺体発見場は妹のすぐ近くだった。まるで庇うように覆いかぶさっていた。
やり場のない気持ちからリモコンを投げ捨てた。しかしテレビの中から聞こえる近隣住民のすすり泣きが部屋に満ちていく。
「うちの子と同級生で。家を継ぐために、賢い妹さんだけ勉強漬けの日々って聞いてました」
「最近では長女さんが怒鳴って、ご両親と口論してるのが聞こえてましたよ」
「教育虐待って言うんでしょうね。かわいそう……うぅっ」
無性に怒りが込み上げる。
上辺しか知らないお前らに、彼女の事を語る権利すら無い。
俺だけは君の……
葵と祐希の生きた証を、ずっと胸に刻み続けるからーー。
心臓が軋むように痛んだ。
ピンポーン。
呑気な音が部屋に流れる。
千歳くんから小包みが送られてくるのを思い出した。
「祐希が亡くなる少し前、君に渡してほしいと託されたものがあるんだ。ずいぶん遅くなったけど、受け取ってくれないかな?」
突然の祐希からのプレゼント。
俺は涙を流したまま何度も頷き、あの時千歳くんに住所を伝えた。
ドアを開け雑にサインをすると、愛想の無い宅配員から荷物を受け取った。
贈り物なんていつぶりだろう。母が生前くれた誕生日プレゼントしか思い出せなかった。
千歳くん、ありがとう。
そんな思いで名前を見ていると、ある文字が目に留まった。
「NPO法人……ツナグ代表」
胸が焦がれたようにキュッと鳴る。
あの優しさはきっと、祐希への思いと共にあるからなんだ。
千歳くんは、俺なんかとは全く違った。一瞬でも仲間意識を持った自分を殴ってやりたい。人としての格や器なんてものじゃなく、全部を背負って、ただ苦しむ誰かにそっと……手を差し伸べ続けているんだ。
壁にもたれかかると床へ滑り落ちる。髪をくしゃっと掴み愚かな自分を恨んだ。
ポケットからスマホの振動が伝わる。物思いにふけながら電話に出ると、その声に霧が晴れたような気持ちになった。
「荷物は無事届いたかな?」
千歳くんの穏やかな声色に心は落ち着きを取り戻す。
「はい。ついさっき受け取ったところです」
「ははっ。タイミング良すぎたね。それを確認したかっただけだから。じゃあーー」
「あ、あの!」
切られる前に思わず大きな声を出してしまった。
「……ど、どうかした?」
戸惑う千歳くんの声は明らかだった。
俺は自分でもよくわからず、ただ今の率直な想いを伝えた。上手く言えたかなんて分からなかったが、千歳くんは優しく相槌をうちながら聞いてくれた。
「……なので、自分も少しでもいいから、子供たちを救う手伝いがしたいんです。祐希の為にもーー」
「やっぱり君は優しいね。あの頃のままだ」
千歳くんの言葉は、俺が祐希に抱いた想いと同じだった。
「君は鬼のような母に挑んでは砕かれ、それでも……何度でも祐希の為に来てくれた。カーテン越しにいつも祐希と見てたんだ」
知らなかった。
千歳くんも祐希と共に見守ってくれていたなんて。
「僕がこんな後遺症さえ無ければ。もっと母に強く言えたし、祐希も……守れてたはずなんだ」
この人は今も、俺なんかより遥かに痛みを抱え込んで生きている。
それは静かな絶望と共に、俺ごときが祐希を語るべきじゃないんだと思い知らされた。
「律くん。一度来てみない?まずは子供たちと会って話をしたり、遊んだりね。深く考えなくていいから」
「え……」
受け入れてくれたのが嬉しくてたまらなかった。
「こないだ久しぶりに君を見て思ったんだ。全部諦めたあの時の自分のようだって」
電話越しなのに、千歳くんの苦しい表情が鮮明に浮ぶ。
「君の何度も諦めない姿を思い出して、僕は前に進む勇気が持てた。救われたんだ」
俺がーー!?
口元は震え、何故か喉が詰まった感覚になった。
「法人名の"ツナグ"はね、死んだ人間と生きてる人間を繋ぐって意味。傲慢だけど祐希への想いを込めてるんだ」
俺みたいなやつを、こんなに理解して寄り添ってくれるなんて。
だから君が兄を語る時、
あんな誇らしげな顔をしてたのか……。
新たな希望をくれたのは
光を優しく照らしてくれたのは
たった一人の
大切な親友の兄だった。




