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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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17/23

ep.17


 腕に抱いた花束の香りに包まれながら、店を後にした。


 「ありがとうございました」


 後方から聞こえる店員の声に僅かながら頭を下げた。本当の意味を、最後の通達をしてくれたことへの感謝として。


 「店長あの人、気味悪くないですか?」


 「まぁ、花を求める理由は色々あるものだから。でもあの花束……」


 「え?」


 スタッフが聞き返すと、店長は何かを悟し目を伏せた。

 まるでこの先を感じ取ったかのように。



 俺はもう一度燃えた向日邸へと足を進めていた。彼女の象徴でもあったリュウゼツランの最期を見る為に。

 一歩進める毎に焦げた臭いが鼻を突き、喉の奥を刺激する。自然と吐き出る咳に、どれ程焼かれたのか身をもって思い知らされた。

 まだ野次馬たちはのうのうと見物している。時折笑顔を見せながらの井戸端会議に心底思った。

 こいつらが、代われば良かったんだと。

 彼女は……葵はどんな思いで逝ったか、汲み取りもしないその顔を、一つずつ記憶するように目に映した。


 まだ消防隊員たちは警察と共に現場の状態を確認している。池のそばには黒く焦げた木が役目を終えたように落ちていた。

 腕の中で向日葵が揺れている。

 唇を噛みしめると、加減の分からない歯が食い込んだ。滲み出た血を舌で絡め取る。鉄っぽさと目から流れた塩分が混じり、哀しい味がした。



 「長女の葵さん、よく庭で見かけてたの。いつも暗い顔してたわ」


 「やっぱり、出来のいい妹さんと比べられてたのかしら」


 下俗な黒い輩たちの軽々しい羅列された言葉。だが、それを聞いた俺は……自分だけは、彼女がなぜ向日葵を15本並べたのかを知っている。

 歪んだ中に宿る独占的な救いのような感情が脳を震わせた。


 「ここだけの話、妹さんだけ先に亡くなってたそうよ。首に跡があったって」


 「自殺!? でも医者の家系って大変そうだしね」


 「でも、ご両親は血まみれだったらしいから、もしかしたら……ねぇ」


 不確かな、しかし真実を突いたノイズは、鮮明かつ残酷に耳へ響いた。

 彼女もまた、自分を殺して生きてきた……リュウゼツランのように。

 そして今日、"一生に一度、自分の意志で火を灯した"のだと。


 風が焦げた木を揺らし、空に灰を巻き上げた。


 祐希と同じ地獄。

 あいつは兄の代わりに勉強漬けの日々だった。そして精神を病んで……。

 葵は妹が自害した後、両親を殺害し、火を付けたんだろう。

 まさに教育虐待が生んだ悲劇。


 俺は彼女を救いに来たつもりだったが、実際には情報のパズルを通して、過去を追体験していたに過ぎなかった。


 謝罪は俺なんかに向けられたのではない。たった一人で死んだ大切な妹へ向けられたものーー

 俺は最初から、彼女の視界にすら入っていなかったのだ。


 「……ははっ」


 心と乖離した口元は息を吐くように笑った。手元の向日葵の黄色だけが俺の唯一の色だった。ふわりと香る匂いに見たこともない彼女を想い馳せながら、俺は白鶴神社へ向かった。



 いつの間にか夕陽が辺りを染めている。白い鳥居がオレンジ色に見えた。向日葵の黄色にそれが加わると、哀愁の色がより濃く浮かぶ。


 参拝客の姿はもうほとんどない。


 花束を台に乗せると向日葵は悲しげに俺を見た。


 奉納用の折り紙を2枚買うと、あの頃を思い出しながら丁寧に角を合わせて折り始める。

 一つ折る度に、ごめんと。

 助けられなかった謝罪と、後悔、自分への失望と蔑み。剥がれた爪の隙間から滲む赤が、白い紙に無慈悲な点描を描いていく。痛みはもう、感覚の麻痺した頭に届くことはなかった。


 「不恰好な鶴でごめん」


 完成した2体の折り鶴は赤みを帯び、かろうじて羽を広げていた。

 紐をくくり付け奉納へと向かった時、夕陽が立て看板を照らしていた。

 吸い込まれるように見つめた先の文字に、俺の目が色を戻した。


 『古来より鶴は鳴き声が共鳴して遠方まで届くことから「天に届く=天上界に通ずる鳥」と言われています』


 天に……。


 看板の文字がぼやけ始めると、目からは大量の雫がこぼれ落ちていた。

 折り鶴をくくり付けながら、ただ謝罪を繰り返す。

 救えなかった葵と、妹に。

 そして、たった一人の親友に。


 「ご……ごめ。ごめん、ごめん……ごめん」


 ぼろぼろになったズボンと指。

 とうに捨て去った心。

 人としてなのか、亡霊としてなのか、分からずにここまで来た。


 もう……いいよな?祐希。

 そっち逝ってもーー


 その時、突風に吹かれ折り鶴は音を立てて羽を擦る。向日葵の花束が地面へと落ちた。

 夕日に染まった15本は、私は此処にいるよと、彼女の魂の叫びを告げるように揺れた。


 自分だけが、彼女を正しく記憶しているーー。

 葵という一人の女性が、命を込めてネットの海に流した手紙。俺はそれを命懸けで拾い上げ、解読した唯一の人間だ。

 生きている限り、俺の中にだけ彼女の本当の声が残り続ける。

 花束に伸びた影が交わり、葵と祐希が重なった。


 俺がここで死ぬ事は許されない。


 それは空っぽだった俺に託された、呪いのような宝箱だった。


 生かされるんじゃない。


 この真っ暗な檻の中で、君によって永遠に閉じ込められたんだーー



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― 新着の感想 ―
律くんは親友のことと、葵さんの身の回りに起こったことを、自分に重ねて、そして贖罪を求めていたのかな… でも、ブログのコメントへの返信は… 15本の向日葵のごめん、とても心に響きます…
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