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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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16/23

ep.16


 爪の間から赤色が一筋、画面に引かれた。通知音はやはり、新着のブログだった。


 死刑宣告とは、こんな感じなんだろうか。

 考えるほど人差し指は画面に触れようとはしなかった。


 炎の熱は僅かながら勢いを弱めていく。空は灰色の煙とブルーが、対局するように染まっていた。近くのゴミ置き場には黒い影が袋を突付き、生ゴミを巻き上げる。道路の端には何かを懸命に運ぶ蟻の列。こんな状況でも日常はすぐ側に、当たり前に存在した。


 この指をタップすれば俺は……。

 現実味を帯びていく己の死に、顔だけはほくそ笑んでいた。

 一つ指を弾ませる。


 「果たせなかったけれど」


 ……予約投稿。彼女の命のカウントダウンは、あらかじめセットされていた。

 一文とブログのヘッダーにも使われた写真、向日葵の花束が写されている。端には真っ白な折り鶴を添えて。まるで、死者への弔いのようだった。


 何一つ自分へのメッセージは感じなかった。むしろ、彼女自身が納得したかのような気がしてならなかった。


 急に蚊帳の外に放り出された感覚と、虚しさに手が止まる。

 結局、最後まで彼女の人生の部外者であり、ブログを勝手に解読しただけの、名もなき読者の一人に過ぎなかったんだ。

 俺はなんて浅ましくて、救いようのない馬鹿なんだろう。


 煙は白濁し縦糸のように細くなっていた。ぼんやり見つめる先で連なった三つの担架。安堵する声と罵る濁音。焦げ臭さと鼻にフックを放つ程の異臭に、周囲の人影は散っていく。俺は何も感じなかった。それすらも与えられなかったんだ。


 スニーカーに砂利を擦り付けながら足を滑らせる。


 「いま来たとこなの。ご家族……みんな?」


 「そうなの、4人とも。かわいそうにね」


 間違いなく彼女を知っていて、部外者ではない口ぶりに、キンと鼓膜が鳴った。ひそひそ話す声が届く度に、ここに居る俺は一体誰なのか……存在自体が異物にしか感じなかった。

 目を細めて気味悪がる顔が並ぶ。

 勝手に避けてくれるおかげで順調に前に進めた。


 俺はやっぱり

 何も出来なかったーー

 何か一つでも……なんて、どうして思えたのかさえ分からない。彼女が精一杯伸ばした手は、俺になんて向けられる訳無かった。

 彼女を……葵を分かったつもりでいた。解けていくなぞに祐希の影を勝手に感じながら、傲慢にここまで来た。


 ただの、愚か者。


 爪の赤色は少し黒みを帯びて固まっていた。剥がれていた爪を巻き込みながら。


 「これじゃ、死人だな」


 誰に届くこともなく放った言葉は風に消えた。心に生気が無ければ、もう血も涙も流れない。悲劇のヒーローぶった自分にトドメを願った。

 握ったままのスマホを片手にどうやって逝こうかと、術だけをイメージした。もう思考回路は絶たれている。考えなど浮かぶ事もなく、もう検索する他なかった。


 画面をスクロールすると、無慈悲にも向日葵の圧倒的な黄色が画面を覆っている。今の俺とは対照的なほどの鮮やかさが目に沁みた。


 せめて……。

 "果たせなかった"と遺した葵の最期を弔おう。


 俺は彼女が憧れているという花屋に向かうことにした。

 砂利がスニーカーの溝を埋め尽くす程の摺り足で。ズボンの膝部分は生地がボロボロになっている。顔は憔悴しているのか、無なのか。死体が動いているようなものだった。

 悲鳴のように気味悪がる奴らを、ハエが飛び去る音のように聞き流す。

 汚く醜い俺はもう、生きてる心地などしていなかった。


 「ありがとうございました」


 気が付けばあの画像と同じ光景が目の前にあった。店員が笑顔で客を見送っている。目線が合うと一瞬にして表情を変えた。


 「大丈夫ですか?」


 予想外だった。

 こんなに不気味な俺に、そんなまともな言葉が投げかけられるなんて。


 「あ、あの……」


 服で画面にこびり付いた血を拭き取ると、向日葵のヘッダー画像を見せた。


 「これと同じ物を作ってほしいんです」


 店員は僅かに驚いた表情を見せた後、向日葵の数を指で確認した。


 「15本ですね……"ごめんなさい"の意味になりますが、よろしいですか?」


 「え……?」


 救済だと思って来た旅の結末に、突如現れた謝罪。

 静まり返った店内に、テレビから火事現場の映像が流れた。


 「サイレン凄かったですよね。あのお宅のリュウゼツラン燃えたんだ……」


 店員が花を選びながら、そう口にしたが、俺はスマホの画面を狂ったようにスクロールし続けていた。自分の知っている言葉を頭の中で叩きつけながら。


 知っている。俺は知っていたはずだ。彼女は助けを求めていた。


 更に速度を上げて指を弾く。

 俺はこらえきれず、画面にある花を固まった赤い指で差して店員に向けた。


 「この……白いタンポポは? 右端のドライフラワーは?」


 店員は手を止めて引き気味に答えた。


 「ええと、シロバナタンポポは"私を探して"。ドライフラワーはエリカですから"孤独"ですね……」


 私を探して。孤独。

 知らなかった言葉が、叩きつけられる。

『救いたかった』という自負を『ただの独りよがり』へと塗り替えた。


 呆然とする横で花束が完成に近づいている。店員が最後の1本を添え、燃えたリュウゼツランに思いを馳せるように呟いた。


 「あの木、花咲くのは生涯に一度きりで、あとは枯れるだけなんです」


 耳に入った瞬間、葵が置かれていた状況なんだと分かった。

 その時、ハサミで茎を切る音に


 「ピン ポン」


 と音が重なった気がした。


 画面を指で弾く。シロバナタンポポ、私を探して。ヒイラギ、保護。


 「……センブリは」


 掠れた声に、店員が顔を上げる。


 「弱き者を助ける……」


 俺が口にすると店員は驚いた顔を見せた。


 「花言葉に詳しいんですね」


 そう言いながら花束へ白いリボンをかけた。


「お待たせしました。いかがでしょうか?」


 眩しい程の黄色い向日葵の束が、俺を睨見つける。


 ーー弱き者を助けられなかった。

 だから、ごめんなさい。


 俺が今更知ったそれは、彼女の絶望の上澄みに過ぎなかった。




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― 新着の感想 ―
助けられなかった葵…でも…?? 花言葉に隠された様々な意味。 これが繋がっていくのかな…?
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