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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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15/22

ep.15


 サイレンの音が昼間の喧騒を切り裂く。


 俺は無我夢中で、ただ足を前に進めることだけで精一杯だった。

 視線の先では白い煙に黒が混じる。近付く毎に強烈な臭いが鼻を攻撃していた。


 息が苦しい。

 上手く出来ない呼吸に肺が限界だと告げていた。

 だが止まる選択肢など、与えない。


 俺は今度こそ救って、


 ちゃんと、死ぬんだーー。



 野次馬がスマホ片手に集まっていた。

 まるで蟻の行列のように黒い頭が並んでいる。中には動画配信をしてる奴、電話しながら誰かを呼ぶ奴。

 他人の不幸をこれほどまでに吸いたがる輩に、血の気が引いた。

 雑踏を掻き分けゴミを分別するように、俺はひたすら前へと足を進める。


 あぁ……

 祐希が運ばれた時もそうだった。

 心配そうな顔をした醜い化け物たちが、美味しい餌でも見つけたように、わんさか集まっていた。幼くても分かったんだ、あいつらの正体が。


 あと少し。

 現場は目前だった。


 「君! 危ないからここから先は駄目だ」


 消防隊員に腕を掴まれて俺の足はようやく止まった。

 顔面に熱を感じる。

 家の半分以上が炎に包まれていた。

 鼻がもげそうな程に煙の臭いと、異臭が辺りに充満している。

 悲鳴を上げたままの肺で懸命に呼吸を整えようとしたが、この臭いでは厳しかった。


 「ゲホッゲホッ!」


 咳が止まらない。口元に手をあてながら必死に視界からの情報を求めた。

 人影は無く、庭に咲いている花々が次々と業火に焼かれている。

 池の側で長く伸びていた一本の木に火が移ると、パキッパキッと耳元に音が掠った。


 「ピン ポン」


 そう聞こえた。

 クイズ番組のチャイムのような、あまりに軽い響き。

 限界だからじゃない。

 もう足も手も、臓器すら絶望と化したんだろう。

 俺はその場に崩れ落ちた。

 コンクリートに打ち付けた膝の痛みなど1ミリも感じなかった。


 彼女……

 葵の最後のブログと同じ光景がそこに存在したから。


 居るのか!?

 この炎の中に。

 それとも妹と避難しているのか!?


 火の粉が天高く上がる。

 地獄の業火に焼かれながらも、俺の目には何故か楽しげに映った。

 自由に空を舞える幸せのような。


 地面にへばりついた手に一滴、二滴と雫が垂れる。

 コンクリートをもぎ取るように爪を立てながら何度も擦った。爪が数枚剥がれ、指先から熱い液体が滴るのを感じる。だがその熱さは、目の前の炎と心臓の内が焼けるような鈍痛にかき消され、微かな娯楽にもならなかった。


 「うわー。せっかく見に来たのにリュウゼツラン燃えてるよー」


 「他にも花とか多いからすごい匂い。臭いし、帰ろ」


 耳障りな声だけが鮮明に届く。

 炎の熱さじゃない。

 穢らわしいゲス共に感じた、怒りの熱が体を覆った。


 「何なんだよ……。じゃあお前らは何で来たんだよ!」


 振り向きざまに立ち上がると、ダラリとした爪から滲む血に、周囲は引くような目で俺を見た。

 この世の者じゃない、汚物を見るように。

 何かを呟きながら後ずさりしていく様を、ただ睨みつけた。


 その時救急隊員の忙しなく動く姿が目に入った。

 姿を見せないように包まれた何かと共に一気に吐き気が襲う。

 今まで嗅いだことの無い臭い。吸い込んではいけないと神経にまで拒絶が走った。

 だが、脳だけは理解していた。

 答え合わせなど必要としないそれに、俺の口もとから再び後悔の液が胃から漏れた。


 大きな音と共に屋根が崩れ始める。

 炎はより一層広がり続けていた。


 「……葵」


 思わず口にした名前。

 会ったこともない、姿も知らない。

 ただ、ブログを通して、感じた危うさを救いたかった。

 助けたかったーー



 いや、違う。



 君を救って、俺はあの日の後悔した自分を殺したかったんだ。


 全部自分の為に。



 「ははっ……」


 なんだよ。

 俺も結局あの化け物たちと一緒じゃないか。ただの虫けらに過ぎなかった。


 勢いを止めない火に、形を無くし始めた家。

 その音一つ一つが祐希の笑い声に聞こえた。


 「やっぱり、救えなかったね」


 黒い煙がカーテン越しに呟いた、あのシルエットに見えた。


 その時、燃え盛る炎の音とサイレン、野次馬たちの喚きを切り裂くように、スマホから電子音が一つ鳴った。

 首根っこを掴まれるような恐怖が、全身を駆け巡った。

 ブログ……葵の悲鳴なのだと確信した手が、自分の物では無い動きを見せる。滲む血を帯びた手を一度だけギュッと握り締めた。


 落ち着け。


 ちゃんと見ろ。


 助けてくれなかった俺への


 葵からのメッセージ。




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― 新着の感想 ―
今度こそ救って、律くん自身も救われたかったのかな…でも… スマホに来た通知は… 物語とは関係ないのですが、携帯というか…スマホが普及してからなおさら、律くんが思っていたように、人の不幸を笑う野次馬、…
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