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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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14/22

ep.14


 地を滑る音と何かが靴を突付く感覚。真っ白な折り鶴が震えるように足元に止まっている。手に取った時、まるで死装束のようなその色味に唾を飲んだ。

 

 「すみませーん」


 振り向くと一人の女性がこちらへ駆けてきた。


 「くくり付けようとしたら風に吹かれてしまって」


 「あぁ…」


 鶴を渡すと女性は軽く会釈をし、友人の元に戻っていった。


 その後ろ姿を目で追う。

 どういう訳か、俺は振り向けないでいた。

 なぞが解けていく爽快感は消え失せ、心臓がうるさいほど怯え始めている。どこか絵空事だったこの旅の答え合わせを、身体が拒否した。


 つくづく情けなくて反吐が出る。

 前方で束になり羽ばたく折り鶴に、遠い過去が重なった。




 「律、ちゃんと角を合わせて折らないと」


 「え? これでも出来るよね?」


 「うん……出来るけど、どうせならカッコいい鶴にしたいでしょ?」


 そう言って祐希は折り紙を広げて、もう一度始めからやり直した。

 完成した折り鶴は、綺麗に羽を広げていた。



 人生もそんな簡単にやり直せたらーー


 同仕様もなく弱くなっていく自分がそこに居た。後悔はあの日から少しずつ増えている。日々のちっぽけな楽しさを見つける度、俺なんかが持ってはいけない感情だと切り捨ててきた。その諦めが、積もりに積もって俺という形を成している。


 喜怒哀楽の"喜"と"楽"……それに、仕事も捨てた。


 全部失う覚悟だった。


 そうしたら、何か一つでも君に償えるかもとーー


 なのに。

 何で俺は今更止まるんだ。

 もうそこまできてるのに。

 ここに来て、やっと見えた場所が、答えかも知れないのに。


 風が頬を叩くように強く流れていく。

 その時、ある匂いが僅かに混じっているのに気付いた。


 「……煙」


 一気に脳は不安で埋め尽くされる。恐怖が心臓を貫きそうな程に叩き始めた。抗う首を必死に振り向かせると、景色の一部から白く細いものが天へと伸びていくのが見える。

 肺を圧迫するように咳が込み上げた。弱く情けない己を吐き出すように。

 前かがみになりながらも、その白が増えていくのだけは見ていた。

 こんな状況なのに、目の前の景色があの時のように見えた。





 小学生の冬にした"とんど焼き"。

 天へと舞い上がる黒い灰。

 祐希の燃やしたノート。穢れを焼き払うための、熱の塊。

 長い松明が音を立てていたのを思い出した。甲高く、時に悲鳴のように。





 池の隣の木が煙によって隠され始めた。


 「ねぇ、あれ火事!?」


 周りは騒然とし始めた。

 すぐ隣では宮司らしき人物が、消防署へ電話をかけていた。


 「むかい(向日)さんの家が!」


 宮司の叫びが、耳の奥で嫌な音を立てて弾けた。

 むかい……向日。

 漢字が脳裏に浮かび、ブログのヘッダーにある「向日葵ひまわり」と重なる。


 向日むかいあおい向日葵ひまわり


 なぞなぞの答え。

 彼女の象徴。

 ずっと「彼女」としか呼べなかった、あのブログの主。

 苗字が「向日」なら、残されたピースは、あと一つ。


 「……葵」


 その名を口にした瞬間、心臓が焼けるような熱を持った。

 ずっと探していた。

 名前すら知らなかった彼女の正体が今、煙と共に現れた。


 「――やだ!  葵んちじゃない!?」


 背後で誰かが叫んだ。

 せっかく俺が……

 血を吐くような思いで手繰り寄せたその名を、赤の他人が安っぽく空気に放った。


 それは俺の導き出した答えが"正解"であることを告げる、無慈悲な宣告でもあった。


 逃げ場はなくなった。

 向日葵ひまわりは、あそこで焼かれている。


 宮司は再度スマホで電話をかけ始めた。何度も繰り返し。その度に苦悶の表情で煙に覆われていく家を見つめていた。


 遠くでサイレンの音が聞こえる。

 俺の足は動かなかった。

 いや、拒んでいるんだ。

 頭に過ぎる最悪の結末を、またこの目で見る事を。


 結局俺は何一つ変わっていない。

 幸せも命も何も要らない。

 罪を背負って無感情に生きるだけ。

 それで僅かにでも償えるなら。

 だけど、そんなのは自分が勝手に決めたこと。少しでも正当化するためだけのまやかし。


 本当は……


 「ギァアーー」


 カラスが目の前をわめきながら駆け抜ける。驚いて吸い込みすぎた息にむせ返った。肺まで圧迫する程の酸素に煙たさが増えたのに気付いた。


 カラスが低空飛行で叫ぶ。


 「行けーー」


 その黒い羽根に俺の影が重なり、まるで祐希の声に聞こえた。


 サイレンの音が連なる。

 走ってもいないのに乱れる呼吸。

 滑り出すように足を動かした。


 ここで救わなければ、


 俺は永遠に死ねない。



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