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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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13/22

ep.13


 会計を済ませネットカフェを出ると、俺は一番気になっていた場所へ向かうことにした。


 ブログに初めてコメントを送ったあの『白鶴神社』。

 真っ白な鳥居が有名で、彼女も妹もラッキーカラーが白だからと、行きたがっていた場所。あの記事からこの運命とは名ばかりの、因縁の決着を付けに岡山へと来たんだ。


 今にも雨が降り出しそうな程、空はどんよりとしていてる。白鶴神社はここから徒歩20分程離れた所。


 急ぐかーー。


 走り慣れたスニーカーで良かったと少し安堵し駆け出した。


 今日は見えないんだな……。


 後ろに影は居なかった。


 半分程来た所で、空から僅かな雨粒が落ちてきた。

 このまま急げば辿り着く。

 そう思った時、雷が轟き始めた。

 心臓へ一気に血が巡る。それは瞬く間に全身へポンプのように流し出す。

 胸の辺りに拳を押し付け、騒ぐ心を押さえつけた。

 はぁ……はぁっ……はっ。

 ヤバい。

 咄嗟に両耳を手で覆う。

 湿り気を帯びた手が、背筋を滑るような気持ち悪さを感じた。

 とりあえずどこか建物内へーー。

 左右を見渡すと3軒ほど先に飲食店らしき看板が見えた。視界に捉えた瞬間、俺の足は向かって走り出す。

 急いで扉を開けて1匹の虫も入れないように瞬時に閉めた。


 「君、大丈夫かい?」


 70代半ばの店主であろうエプロンを付けた男性が、声を掛けてきた。


 「あっ、すっ、すいません。かっ、雷が……」


 肩を揺らしながら、過呼吸気味に荒れた息を、少しずつ整え答えた。


 「午前中はここら一体雨予報だからねぇ」


 店主の隣で椅子に腰掛けながら、老女が優しく言った。


 「分かるよ。私も雷は苦手なもんでねぇ」


 その笑顔に呼吸が何故か落ち着かない。


 「座って休んで行くといい」


 店主はそう言って席を案内してくれた。


 今更気づいたが、なんとも古びた喫茶店だ。丸い茶褐色の椅子には、年月を刻む多数の傷に、めくれ上がった革が点在している。この雰囲気と経営者の老夫婦が重なり、どこか三途の川のような死の匂いが感じられた。


 落ち着かないのは、外の雷のせいだけではない。体が反応する度にギイと椅子が音を立てる。店内を雷鳴と共に光が支配した。反射するように再び耳を手で覆った。


 俺は幼い頃から雷が苦手で、少しでも雷鳴が聞こえるものなら、取り乱す事も珍しくなかった。

 祐希と最後に行った遠足。突然のゲリラ雷雨に情けないほど泣きじゃくる俺の耳を、温かな手が包んでくれた。



 祐希の優しさに

 俺は一体、何度助けられたんだろう。



 テーブルにティーカップがそっと置かれた。一瞬にして余韻が掻き消される。


 「良かったら」


 店主はそう言って微笑みを向けた。黒い液体から白い湯気が立っている。魂でも抜かれたように上に流れてはすぐ消えた。震える手がカップを揺らし、上手く飲めずに口元から垂れた。

 少量でも口内を苦みが駆け巡る。今まで飲んだものと段違いだった。


 カップを見ながら思う。

 これは……何だ。

 香りは確かに珈琲なのに、俺には地べたに溜まったあの時の泥水みたいに感じられた。


 カップを凝視していると、店主が申し訳無さそうに告げる。


 「すまないね。珈琲は苦手だったかな?」


「あ、いえーー」


 俯いたままそれ以上何も言えない俺に、奥から老女の声が届いた。


 「私らには、あんたくらいの孫がおってね。重ねて見てしまったんよ。気を悪くさせたんならごめんね」


 きっと優しい孫なんだろうな。そんな事を思う反面、俺なんかに重ねるなんて馬鹿げてると呆れた。


「いえ。すいません」


 2人に軽く頭を下げる。

 朗らかな表情からも、孫を大切に思う気持は伝わってきた。


 「観光で岡山へ?」


 店主はグラスに入った水をカップの横に置いた。


 「あ、はい。これから白鶴神社へ向かうところで」


 そう答えた時、レジ横にある1枚の紙を渡してくれた。


 「この辺りの観光マップだから、他にも色々巡ると良いよ」


「あ、どうも」


 マップの左上に丸く囲まれた楕円が目に入った。その中に『センブリ』と書かれている。

 口を開けたままの俺を不思議そうに店主が見ていた。体の中から蒸気が溢れそうなのが分かる。口は横に大きく開き始めると、満面の笑みを作っていた。


 ここは彼女がいつか行きたいと言っていた喫茶店だ。


 「そのマップがどうかしたかい?」


 店主の声に鼻息荒く答えた。


 「ここ、来たかった喫茶店だったんですよ。偶然?いや、運命的でつい」


 「……そうかい。ここは本当に君みたいな子がよく来るんだよ」


 俺たいな子……?

 あまり意味が分からなかった。店主はマップを裏向けると現れたイラストに指差した。


 「これはセンブリの花でね。弱いものを助けるって意味合いが籠もってるんだよ」


 盲点だった。センブリを脳が勝手に茶だと認識して疑わなかった。


 「孫はこれを知ってか、今は立派な医者でね」


 え……。


 言葉にならなかった。

 手の絆創膏は角が少し剥がれている。

 俺はあえて確かめなかった。その必要制が無いほど、昨日の青年の笑みと二人の笑顔が似ていたからだ。


 店主から渡された観光マップ。その折り目に、ほんの少しだけ赤いシミがついている。それがただのインクの汚れなのか、それとも……。俺はそれを震える指先でなぞった。


 選ばれたーー

 この老い先短い老人たちからも、バトンを渡されたんだと思った。


 「おや?雨が上がったようだね」


 老女は嬉しそうに窓辺を見つめながら呟く。

 会計を済ませると、俺は再び軽く頭を下げた。


 「神社は急な丘の上に在るから大変だけど、そこから見下ろす景色は格別だよ。あと……」


 そう言って差し出された絆創膏に、煉瓦を殴りつけた傷を見透かされている気がした。


 「……どうも」


 絆創膏を受け取ると、あの青年の顔が一瞬過ぎった。傷も血も、命の存続さえも日常の中で生きている目。あの日から生きた心地の無い俺には、その覚悟のようなものが眩しかった。


 扉を開けるとさっきの天気が嘘のように、空には太陽が姿を出している。俺の背後には影がまた現れていた。


 雨水が道路の端で溜まっている。雨上がりの独特な匂いの中、白鶴神社まで歩みを進めた。

 所々に看板が出ている。

 あと少しだ。

 太陽光に照らされ頭が熱を持つ。

 細く長く続く急な坂道が参道となって、俺を神社へと案内してくれた。

 なかなかの勾配に疲労の溜まった足が鉛のように重く感じる。一歩、また一歩とただ前へ進むことだけに努めた。


 その先で俺は初めて息を呑んだ。

 静かに佇む白い鳥居が、雨に濡れて太陽の光を反射させている。時が止まったかのように動けない。まるでこの世の物とは思えなかった。


 また心拍がうるさく騒ぐ。

 この世の物ではないように見える此処に、妹と行きたいと願う彼女。

 途端に胸の奥が鷲掴みにされたように苦しくなった。


 小さく息をしながら足を引きずるように一歩ずつ進める。


 鳥居を潜ると風が一つ流れた。カサカサと何か揺れる音がする。そちらに目をやると参拝客が数人、白い折り鶴を絵馬のように結び付け奉納していた。


 折り鶴……。


 まただ。

 祐希の笑顔が浮かぶ。

 昨日まで脳裏に度々表れる、牙を剥く姿でなく。


 また一つ掛けられた折り鶴。

 まるで千羽鶴のように列を成すそれは

 、風になびく度に飛び立ちそうだった。


 ぼんやりとした意識のまま自身と繋がる影を見た。鳥居の間から伸びた先に見えた岡山の風景。


 目がじわりと見開かれていく。

 脳内にずっと貼り付いていた残像に一致した。震え出す手を抑えるように両手を重ねるが、増幅した揺れは身体をも蝕む。


 三角形の中に池。

 側に伸びた一本の樹木。


 ここからだから見えたそれに

 解けていくなぞへの快感と、

 先程の珈琲のように黒い渦が内に広がるのを感じた。


 樹木の側で何かが揺れたーー


 此処からだとよく見えないが、それは確実に人のシルエットだった。


 俺はすぐにでもそこへ向かうべきだったんだ。






「律は本当に、かけっこ速いね……」


 祐希



 ごめん。



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