第五話《見舞いに来た友人》
翌朝、目を覚まして最初に感じたのは、首の痛みだった。
「……髪か」
寝返りを打った時に長い髪を背中の下へ巻き込んでいたらしい。枕から身体を起こし、絡まった髪を手で外す。腰近くまである髪は、見た目以上に生活の邪魔になる。
迷宮の中では結束バンドでまとめれば済んだが、日常生活でも毎回あれを使うわけにはいかない。
スマホを見ると、午前6時42分だった。久しぶりに魔物の気配を確認せずに目を覚ましただけで、かなり気分が違う。
病室のカーテンを開けると、外は曇り空だった。道路には通勤途中らしい車が流れている。
昨日の朝は第7層で非常食の残りを数えていた。今は病院の個室にいる。
落差が大きいとは思う。顔を洗おうとして洗面台の鏡を見る。知らない少女がいる。昨日から何度も見ているので、さすがに驚きはしない。
「いつか慣れる気はするな」
自分の顔だと納得できるかは別として、鏡を見て毎回止まることはなさそうだった。問題は髪だ。手櫛で整えてみる。まとまらない。
片側だけ妙に膨らんだ。
「これ、何すれば正解なんだ?」
中学まで短髪だった人間に、いきなり腰まである髪を渡されても困る。スマホで検索する。
《長い髪 朝 まとめ方》
動画が大量に出てきた。1本開く。女性が手際よく髪を束ね、数十秒で綺麗なポニーテールを作る。俺も真似する。
できない。もう1回。髪が指の間から落ちる。
「動画だと簡単そうなのにな」
3回失敗したところで諦めた。看護師にヘアゴムをもらえないか聞こう。朝食前に採血が入った。昨日と同じ看護師が来たので、そのまま頼んでみる。
「髪まとめるゴムってあります?」
「あるよ。昨日用意しておけばよかったね」
「助かります」
黒いヘアゴムを2本渡された。
「きつく結びすぎると頭痛くなるから、最初は低い位置でまとめると楽だよ」
「やってみます」
言われた通り首の後ろでまとめる。昨日よりはマシだった。
「これなら生活できそうですね」
「髪は切ってもいいんじゃない?」
「それも考えてます」
「腰まであると乾かすのも大変だからね」
風呂。そこまで考えていなかった。髪を洗って乾かす時間も増える。水道代と電気代まで頭に浮かんだ。
「……切るか」
「そんな家計みたいな顔で髪型決める人、初めて見た」
「長い理由もないので」
母さんに似ているから残したい、という気持ちも特にない。今の身体がどうして母さんに近い姿なのかは調べたい。それと髪を残すかは別問題だ。採血が終わった後、朝食が運ばれてきた。
ご飯は最初から大盛りで、鮭、卵焼き、味噌汁、ヨーグルトが並んでいた。普通に全部食べた。さらにパンを1つ追加してもらった。食べ終わったところで、自分でも少し引いた。
「15歳女子の朝飯じゃないな」
元15歳男子として見ても多い。身体の代謝が上がっているという医者の説明は、かなり正しいらしい。午前8時半。昨日の男性医師が病室へ来た。
「調子はどう?」
「普通です。食欲だけすごいです」
「それは記録にも出てる」
医師はタブレットを開いた。
「朝の血液検査だけど、昨日から大きな変化はない。血中迷素濃度は一般基準よりかなり高いままだけど、君の身体では安定してる。炎症反応もないし、新しい器官の形も変わっていない」
「じゃあ退院できます?」
「今日の午後にはできると思う」
「よかった」
「ただし、しばらくは外来で経過観察。少なくとも1ヶ月は週1回。それと、体調に変化があった場合は予約日を待たずに来ること」
「分かりました」
「探索については協会側とも話した。今すぐ再開は認められないけど、完全禁止にはしない方向で調整してる。身体能力検査と適性確認が終われば、仮資格を再開できる可能性はあるよ」
「いつくらいですか?」
「最短でも数日後。入学式前に検査だけ終えることはできると思う」
思ったより早い。医師は俺の反応を見て少し眉を上げた。
「また潜るつもり?」
「15万円ありますから」
「ああ、救助費」
「3ヶ月以内です」
「命を15万円の返済計画に入れないようにね」
「そこはちゃんと考えます」
昨日の第8層で、力だけで戦えばどうなるかは分かった。今の能力が高いからといって、何でも倒せるわけではない。むしろ俺に向いているのは、避けることと探すことだ。
高いPERで周囲の変化を捉え、迷素糸で地形や対象を探る。戦闘ではなく採取に使う方が安全だ。
「それと、君の身体変異について学校へ提出する診断書は今日出せる。行政上の性別情報をどう扱うかは少し時間がかかるけど、学校生活上は先に対応してもらえるはずだ」
「女子としてですか?」
「身体的にはそうなるね。更衣室、体育、健康診断なんかは現状の身体に合わせないと困るから」
「ですよね」
男子更衣室へ入る自分を想像する。見た目だけなら完全に不審者だった。
「戸籍とかは?」
「その辺は協会の法務担当から説明がある。迷宮性身体変異の場合、本人の同一性を維持したまま身体情報だけ変更する制度は既にある。ただ、性別変更まで伴うケースは珍しいから、少し手続きが増えると思う」
「珍しいだけで前例はあるんですか?」
「僕は直接診たことはない。文献上でも完全な男性から女性への恒久変化は、少なくとも国内では確認した覚えがないね」
「やっぱりないんですね」
「だから研究者が興味を持つだろうけど、検査や研究協力は本人の同意なしにはできない。そこは安心していい」
「分かりました」
医師は説明を終えると、最後に1つ付け加えた。
「今の身体を調べることは大事だけど、全部を病気として扱う必要はないからね。異常所見があるかどうかと、生活できるかどうかは別の話だから」
「普通に学校行っていいなら、その方が楽です」
「そのくらいで考えておいて」
医師が出ていった。俺としても同じだった。今の身体を特別扱いしたいわけではない。戻せるなら戻したいのか。
それもまだよく分からない。少なくとも、今すぐ答えを決める必要はない。まずは高校へ入る。生活を戻す。
金を払う。その順番で十分だ。
◇
午前10時を少し過ぎた頃。スマホへメッセージが来た。
《今病院の下》
榊だった。
「本当に来たのか」
昨日、
《明日行く》
とは書いていた。でも朝から本当に来るとは思わなかった。
《病室聞いた?》
《受付で聞いた》
《上がっていいらしい》
その直後、病室の扉がノックされた。
「どうぞ」
扉が開く。榊蓮司が入ってきた。中学の制服ではない。黒いパーカーにジーンズ。
手にはコンビニの袋。部屋へ入って最初に俺を見る。止まった。
「……」
予想していた反応だった。俺はベッドに座ったまま言う。
「雨宮です」
「いや」
「何だよ」
「ちょっと待て」
榊が扉の外を確認し、一度病室番号まで見た。
「合ってるぞ」
「病室は合ってる」
「じゃなくて、お前が」
「俺も合ってる」
榊はしばらく俺を見た。視線が顔から髪、病衣へと移り、最後にまた顔へ戻ってくる。それから、かなり慎重に聞いた。
「本当に雨宮?」
「中2の時、英語の小テストでお前が俺の答案見ようとして先生に席離された」
「覚えてる」
「その後、俺まで疑われたから昼飯1回奢らせた」
「……雨宮だわ」
「確認方法それでいいのかよ」
「俺とお前しか知らないだろ」
「先生も知ってる」
「そうだった」
ようやく榊が部屋へ入ってきた。まだ顔には納得していない様子が残っている。
「マジで女になってんじゃん」
「昨日送っただろ」
「文章と現物は違うだろ」
それは分かる。俺自身、スマホのカメラで初めて今の顔を見た時は止まった。榊は椅子へ座り、コンビニ袋を机に置いた。
「何買えばいいか分からなかったから、飲み物と菓子」
「助かる」
「プリンもある」
「それはかなり助かる」
「そこは変わってねえな」
袋を見る。カフェオレ。水。ポテトチップス。
そして3個入りのプリン。
「これいくらした?」
「最初に聞くことそれ?」
「返すから」
「見舞いだよ。いらねえ」
「じゃあ貰う」
遠慮し続けるほどでもない。プリンを冷蔵庫へ入れる。榊がその動きを目で追っていた。
「何?」
「いや……普通に雨宮なんだなと思って」
「中身まで変わってたら俺も困る」
「喋り方もそのままだし」
「変える理由ないだろ」
榊は少し笑った。そこでようやく、部屋へ入った時の固さが抜けた。
「で、何があったんだよ」
俺は第1層へ入ったところから説明した。金策のために潜ったこと、転移罠を踏んだこと、人工区画で母さんの探索者タグと謎の装置を見つけたこと。そこで身体が変わり、第8層へ出た後に石歯犬や擬人人形と遭遇し、最後は第6層で救助されたことまで、必要なところだけを順番に話した。
榊は途中から口を挟まなくなった。全部聞き終えてから、深く息を吐く。
「お前、それ普通に死ぬやつじゃん」
「俺も途中で思った」
「軽く言うなよ」
「生きてるからな」
「そういう問題じゃねえだろ」
声が少し強くなる。榊はすぐに気づいたのか、視線を逸らした。
「昨日、協会の未帰還情報見た時、マジでお前かと思った」
「俺だったな」
「笑えねえ」
「悪かった」
その一言で、榊は少し黙った。
「……まあ、生きてたならいい」
「うん」
それ以上、心配したとか怖かったとかは言わなかった。榊はそういうタイプだ。俺も掘り下げない。しばらくして、榊が改めて俺を見る。
「しかし、マジで分からんな」
「何が」
「卒業式まで普通に男だったじゃん」
「そうだな」
「9日前くらいだぞ?」
「12日前」
「細かい」
「卒業してから12日」
「そこ覚えてるのに、自分が女になったことは平然としてるの何なんだよ」
「平然としてるわけじゃない。ただ、今すぐ戻せる方法もないし」
「もっとこう……ショックとかないの?」
「あるけど、それで身体戻る?」
「戻らんだろうけど」
「じゃあ先にやることやる」
榊は呆れたように背もたれへ寄りかかった。
「昔からそうだよな、お前」
「何が」
「変なところで現実的」
「褒めてる?」
「半分」
俺はプリンを1個取り出した。朝飯を食べたばかりだが、もう腹が減っている。
「食うの?」
「今の身体、めちゃくちゃ腹減る」
「それも変化?」
「らしい」
蓋を開ける。一口。
「うま」
「お前さ」
「何」
「今見た目だけなら、普通に女子だぞ」
「知ってる」
「その状態で俺の前で普通にプリン食ってるの、脳が混乱する」
「どうしろっていうんだよ」
「分からん」
「俺も分からん」
そこはお互い様だった。榊が俺の髪を見る。
「それ地毛?」
「昨日伸びた」
「一気に?」
「一気に」
「怖」
「俺もそう思う」
「切るの?」
「切るつもり。邪魔だし」
「もったいなくない?」
「何が?」
「いや、長いし綺麗だし」
俺は髪を少し持ち上げた。
「乾かす時間と電気代増えるぞ」
「お前に聞いた俺が悪かった」
そう言われても事実だ。
◇
昼前。協会の生活支援担当と学校側の職員が病室へ来た。学校から来たのは、40代くらいの女性教員だった。
「県立朝霧高校の教務を担当している佐伯です。入学前に大変でしたね」
「雨宮湊です。すみません、入学前から面倒なことになって」
「あなたが謝ることではありませんよ。今日は、入学に必要な変更だけ確認しに来ました」
榊は帰ろうとしたが、俺が気にしないと言ったので病室の端に残った。佐伯先生は書類を広げた。
「協会から、迷宮性恒久身体変異の診断書を受け取っています。本人確認にも問題はないので、入学資格そのものには何の影響もありません」
「よかったです」
「問題になるのは、学校生活上の登録ですね。現在の身体に合わせて、健康診断、更衣室、体育授業などは女子生徒として対応する必要があります。氏名はそのままでいいですね?」
「変えるつもりないです」
「分かりました。出席簿などの内部情報も、必要な部分だけ変更します」
先生は俺が理解しているか確認しながら、ゆっくり説明する。
「制服については、男子用を既に購入済みと聞いています。これは迷宮性身体変異による再購入なので、協会の補助対象になる予定です。学校指定店にも事情は伝えてあります」
「全額ですか?」
「制服本体と指定品については、原則として補助されると聞いています。サイズ調整を急げば、入学式にも間に合うそうです」
「かなり助かります」
これは本当にありがたい。数万円単位で支出が減る。
「ただ、採寸は必要なので、退院後に指定店へ行ってください」
「分かりました」
「そのほか、学校生活で配慮してほしいことはありますか?」
考える。
「今のところ特にないです」
「更衣室やトイレについて不安は?」
「今の身体に合う方を使うしかないですよね」
「そうなります。学校側から必要以上に事情を広めることはしません。ただ、同じ中学校から進学する生徒には、以前のあなたを知っている人もいます」
「そこは大丈夫です」
榊を見る。こいつが最初の1人だ。
「俺が聞いていいのか分からないけど」
榊が口を開いた。
「学校で、雨宮が元男だったことって隠すんですか?」
佐伯先生は少し考えてから答えた。
「学校側が積極的に公表することはありません。ただし、本人が隠す義務もありません。迷宮性身体変異は病歴に近い個人情報なので、どこまで話すかは雨宮さん本人が決めることになります」
「別に隠すつもりはないです」
俺が言うと、先生が頷く。
「その方針なら、必要になった時に本人から説明する形でいいと思います。教師側には最低限の情報を共有しますが、クラス全員へ説明する予定はありません」
それで十分だ。俺が男だったことを知っているやつは知っている。知らないやつには、わざわざ入学初日に自己紹介する必要もない。
「あと、体育はすぐ普通に参加できます?」
「医師から運動許可が出れば。ただ、身体能力が大きく変わっているそうなので、最初は無理をしないでくださいね」
「分かりました」
その話が終わると、協会の担当者へ交代した。
「衣類補助についてですが、制服以外の日常衣類も一定額まで対象になります。身体変異直後の生活再建支援として、上限5万円です」
「5万円」
思ったより大きい。
「下着、靴、普段着など、現在の身体では既存品を使用できないものが対象です。レシートが必要になるので、購入時は捨てないでください」
「分かりました」
「それから、救助費15万円の納付についてですが、支払期限は3ヶ月後です。一括でなくても構いません。月ごとの最低額をこちらで固定する制度ではないので、期限までに合計額を納付してもらえれば問題ありません」
俺はスマホのメモを開いた。
「途中で払ってもいいんですよね」
「もちろんです。1万円ずつでも、まとまった時に5万円でも構いません」
「延滞したら?」
「未成年ですし、事情があれば相談には乗ります。ただ、何も連絡せず期限を過ぎれば通常の未納扱いになります」
「3ヶ月で払います」
「無理のない範囲でね」
そこは約束できない。俺にとって無理がない金額と、普通の高校生にとって無理がない金額は違う。担当者はさらに続けた。
「探索で返そうと考えているなら、資格再開後も最初は許可区域を守ってください。今回のことがあったからといって、第8層へ行く許可が出るわけではありません」
「第1層で稼ぐつもりです」
「それならいいです」
今の能力なら、第1層の素材採取効率は以前より上げられるかもしれない。PERが上がったことで周囲の異変にも気づきやすくなっているし、迷素糸があれば採取物や地形も探しやすい。わざわざ深い階層へ行く理由はない。
担当者と先生が帰った後、俺はスマホの家計簿アプリを開いた。現在の不足額。入学関連の不足は、制服補助が通ればかなり減る。
生活衣類も5万円まで補助。ただし救助費15万円は残る。装備修理。今後の食費増加。
医療費は大部分が補助対象らしい。
「それでも15万か」
榊が横から画面を見る。
「高校入る前に借金15万ってすごいな」
「自分で言うなよ。重くなる」
「バイトする?」
「普通に考えたらそうなんだけど」
俺は家計簿を閉じた。
「迷宮の方が早い」
「昨日死にかけたばっかりだろ」
「第1層なら話違う」
「でもお前、第1層から8層飛ばされたじゃん」
「それは事故」
「説得力ないな」
「次は転移罠踏まない」
「転移罠って踏みたくて踏むやついるの?」
「いない」
榊の言いたいことも分かる。俺も同じことが起こるなら入りたくない。ただ、あの転移が本当にただの偶然だったのかは少し引っかかっている。あの先に母さんのタグがあった。
装置は俺を《第二世代継承個体》として認識した。偶然踏んだ転移罠が、偶然母さんの情報が残る場所へ飛ばした。確率としては変だ。だからといって、今は何も証明できない。
「協会から許可出るまでは入らないよ」
「ならいいけど」
「お前、親みたいだな」
「15万借金ある中学生上がりを止めてるだけだ」
「同い年だろ」
「俺は借金ない」
「強い」
返す言葉がない。
◇
午後2時。退院許可が出た。病院側から簡単な説明を受け、異常が出た時の連絡先をスマホへ登録する。協会からは身体変異証明書の仮データ、学校へ提出する書類、生活用品補助の案内、救助費15万円の納付書を受け取った。
紙と電子データの両方があり、荷物が増えた。
問題が1つある。
「この格好で帰るの?」
榊が言った。病院へ来た時の探索服はサイズが合わない。しかもジャケットは石歯犬に噛まれて破れている。看護師が用意してくれた退院用の貸与服は、グレーのパーカーと黒いスウェットパンツだった。
身体には合っている。ただし病院の備品なので、見た目は完全に部屋着だ。
「家までならこれでいいんだけど」
「電車乗る?」
「じゃあバス」
「その髪で?」
「髪関係ある?」
「目立つ」
鏡を見る。腰近くまである灰黒色の髪に貸与パーカー、それに大きな破損バックパック。確かに少し変だ。
「先に服買いに行くか」
「補助出るんだろ?」
「レシートあれば」
「じゃあ行こうぜ。俺も付き合う」
「何で?」
「お前、女物の服分からんだろ」
「お前は分かるの?」
「分からん」
「役に立たないじゃん」
「1人で女子服売り場行くよりマシだろ」
「そうか?」
俺はあまり気にしない。必要なものを買うだけだ。ただ、サイズは分からない。店員に聞けばいい話ではある。
「まあ、付き合うなら来れば」
「その言い方ムカつくな」
「頼んでないし」
「帰るぞ」
「はいはい」
病院の出口へ向かう。自動ドアが開く。外の空気。2日ぶりの地上だった。
車の音。人の声。信号。普通の街。
迷宮へ入る前と何も変わっていない。変わったのは俺だけだ。榊が隣を歩く。
「雨宮」
「何」
「高校、本当に普通に来るんだよな?」
「行くよ。入学金払ってるし」
「そこかよ」
「他に何がある」
「いや、まあ……そうだけど」
俺はスマホの予定表を開いた。入学式まで8日。その前にやることは多い。服と靴の購入、制服の採寸、学校手続き、追加検査、探索資格の再判定、15万円の返済計画。
さらに、あの人工区画についての聞き取りと母さんのタグの鑑定もある。高校生活が始まる前から予定が詰まっている。
「とりあえず服からだな」
「お前、女子服売り場で普通に試着できる?」
「着ないとサイズ分からないだろ」
「そういうところ妙に強いよな」
「服買うだけだぞ」
俺としては、それ以上でも以下でもない。身体が女になったからといって、服が勝手に用意されるわけではない。必要なら買う。サイズが分からなければ測る。
似合うかどうかより、まず生活できるかどうかだ。
そう考えながら病院の敷地を出たところで、腹が鳴った。榊が振り返る。
「さっき昼飯食ってなかった?」
「食った」
「また?」
「今の身体、本当に燃費悪い」
「服より先に飯じゃね?」
俺は少し考えた。
「それはそうかもしれない」
予定表の一番上に、昼食を追加した。




