忘れ物きっぷは、持ち主の未練を印字する
深夜ダンジョン駅の階段は、下りるほど駅らしくなくなった。
壁は古い石造り。
天井には青い火。
けれど足元には黄色い点字ブロックが続いている。
白瀬透は、遺失物台帳を抱え直した。
「地下三十七階ホームまで、運賃はいくらですか」
隣を歩く自動改札精霊ナナセが、胸を張る。
「気合いです」
「料金体系が崩壊しています」
「だから赤字です」
透はため息をつき、忘れ物きっぷを見た。
『持ち主: 帰れなくなった冒険者』
『忘れ物: 地上行きの勇気』
『保管場所: 地下三十七階ホーム』
切符の裏に、新しい文字が浮かぶ。
『未精算: 救援依頼三件、壊した壁二枚、未払い帰還料一名分』
「勇気より先に請求書が出てきました」
「迷宮ではよくあります」
三十七階ホームには、ひとりの少年冒険者が座り込んでいた。
剣は折れ、膝は震え、目の前には上り階段があるのに動けない。
「帰れないんだ」
少年は小さく言った。
「仲間に置いていかれた。帰ったら笑われる。だから、帰り道が分からなくなった」
透は切符を少年へ見せる。
「これはあなたのものですか」
少年は頷いた。
切符の印字が変わる。
『持ち主確認済み』
『返却条件: 帰宅経路の再発行』
透は台帳を開いた。
「迷子冒険者の帰宅経路再発行。料金は」
ナナセが即答する。
「銀貨五枚です」
「高いです。迷子から取る金額ではありません」
「では無料に」
「無料にすると赤字が増えます。初回は銅貨二枚。二回目以降は講習付きで銀貨一枚」
ナナセの目が光った。
「規則っぽい」
「規則です」
透は少年に銅貨二枚分の仮精算票を渡した。
「今払えなければ、地上のギルドで後払いにできます。その代わり、次から帰還経路を確認してから潜ってください」
少年は切符を握った。
震えはまだ残っている。
けれど、立ち上がった。
「帰っても、いいのかな」
「忘れ物は、持ち主へ返すものです。あなたも例外ではありません」
改札が青く光る。
少年が通ると、地下三十七階ホームの赤字表示が少しだけ減った。
ナナセが息を呑む。
「減りました。赤字が、三百円くらい」
「小さいですが、正しい減り方です」
透は台帳に記す。
『忘れ物きっぷ一枚。持ち主へ返却。帰宅経路再発行料、後払い』
深夜ダンジョン駅の黒字化は、まだ遠い。
けれど最初の客は、ちゃんと改札を通って帰った。
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