第70話 リザルトが出ましたが、討伐数より書類数の方が多いです
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第70話 リザルトが出ましたが、討伐数より書類数の方が多いです
ダンジョンスタンピードは止まった。
一次封鎖。
仮設拠点。
共同管理所。
負傷者集積所。
魔王軍の封鎖隊。
人間側の冒険者。
勇者。
魔王。
荷物持ち。
説明マスコット。
後方配置の古竜。
かなり変な現場だった。
だが、止まった。
それは間違いない。
アレンは剣を鞘に納めた。
魔王も手を下ろした。
ミリアは杖を肩に乗せて息を吐いた。
リナは足元の泥を払っている。
セイルは負傷者の確認を続けている。
ガルドは封鎖線の杭を一本ずつ見ていた。
キュルルはアンの腕から下ろされ、少しだけ背筋を伸ばしていた。
アンはその横で、何もしていない顔をしている。
いや、何もしていないわけではない。
後方で魔物を止めた。
キュルルも運んだ。
だが、前線には出ていない。
そこが大事だ。
「勝ったな」
アレンが言った。
俺は記録帳を開いた。
「まだだ」
アレンがこちらを見た。
「まだ?」
「リザルトが出ていない」
「リザルト」
ミリアが嫌そうな顔をした。
「今、それ言うの?」
「今言わないと、後で揉める」
魔王が頷いた。
「分かる」
「分かるんですか」
「戦後処理は、勝った直後から始まる」
会計官がどこからか現れた。
本当にどこにいた。
「その通りです」
「会計官」
魔王が言った。
「前線に出るなと言ったはずだが」
「前線ではありません。戦後処理の最前線です」
「屁理屈ではないのが困る」
会計官は紙束を抱えていた。
キュルルがそれを見て、少し対抗心を出した。
「僕も出せるよ」
「今は必要な分だけでいい」
「分かってる」
キュルルは口を開いた。
一枚。
「スタンピード一次封鎖リザルト票」
「何だそれ」
アレンが言った。
「結果報告用だよ」
キュルルは胸を張った。
「討伐数、負傷者数、死者数、封鎖状態、共同戦果、後方防衛、古竜前線不参加、全部書ける」
「最後の項目、必要か?」
アレンが聞いた。
俺と会計官が同時に言った。
「必要だ」
アレンは少し引いた。
「そうか」
必要である。
かなり必要である。
俺はリザルト票を受け取った。
見出しが並んでいる。
東ダンジョンスタンピード一次封鎖結果報告。
討伐数。
負傷者数。
死者数。
行方不明者数。
封鎖状態。
魔石回収予定。
損害状況。
共同戦果。
参加者。
非参加戦力。
後方防衛。
特殊事項。
備考。
「非参加戦力って何だ」
アレンが覗き込んだ。
「アンです」
「我か」
アンが言った。
「前線に出ていないので、非参加戦力として明記します」
「参加しなかったことを書くのか」
「書きます」
「なぜだ」
「後で、古竜が全部倒したことにされないためです」
アンは首をかしげた。
「倒しておらぬ」
「だから書きます」
「人間は細かいな」
「ドラゴン様が大きいんです」
「今はアンだ」
「アンが大きいんです」
「今は小さい」
「影響が大きいんです」
「むう」
このやり取りにも少し慣れてきた。
慣れていいのかは分からない。
魔王軍の将が来た。
人間側の冒険者代表も来た。
村の代表者も来た。
会計官が来た。
もういた。
セイルが負傷者を確認しながら、こちらに人数を書いた紙を渡した。
「現時点です。重傷者三名。軽傷者二十一名。死者は確認されていません」
「死者なし」
俺は記録した。
アレンが目を閉じた。
魔王も短く息を吐いた。
ミリアは小さく笑った。
リナは胸を押さえた。
ガルドは何も言わなかった。
アンは首をかしげた。
「よい結果なのか」
「かなり」
俺は答えた。
「スタンピードで死者なしは、かなり良い」
「そうか」
「はい」
アンは少しだけ頷いた。
「ならば、後ろにいてよかったのか」
「よかったです」
「我が何もしないことに意味がある」
「今回はありました」
アンは少し考えた。
「不思議だな」
「運用です」
「む」
キュルルがリザルト票を覗き込んだ。
「討伐数は?」
魔王軍の将が答えた。
「小型魔物、百二十七。中型、三十四。大型、一」
人間側の冒険者代表が言った。
「ただし、魔石未回収の個体がある。入口付近は危険だ」
俺は書いた。
討伐数、暫定。
小型百二十七。
中型三十四。
大型一。
魔石回収、未完。
「暫定です」
会計官が言った。
「確定ではありません」
「分かっています」
「魔石回収後、価値評価が必要です」
「分かっています」
「共同戦果なので、配分も」
「分かっています」
「では」
「今は書かないでください」
会計官は黙った。
だが、書きたそうだった。
かなり書きたそうだった。
魔王が言った。
「会計官、今は結果確認だ」
「結果確認は配分の入口です」
「分かっている」
「では予算を」
「今はやめろ」
会計官はまた黙った。
しかし諦めてはいない。
この人も強い。
別方向に強い。
アレンがリザルト票を見た。
「共同戦果、という欄があるな」
「あります」
「大型魔物は、俺と魔王の共同でいいのか」
魔王が答えた。
「我だけでは倒せなかった」
アレンも頷いた。
「俺だけでも無理だった」
リナが言った。
「首の下の隙間を見つけました」
ミリアが言った。
「体勢を崩したのは私よ」
ガルドが言った。
「膝を止めた」
セイルが静かに言った。
「負傷者を下げたので、前線が広がりました」
俺は書いた。
大型魔物一体。
共同戦果。
アレン、魔王、リナ、ミリア、ガルド、セイル、魔王軍左翼隊支援。
アン、前線不参加。
キュルル、記録補助。
ユート、補給記録。
「俺の欄、地味だな」
「荷物持ちなので」
「そうだったな」
アレンは少し笑った。
キュルルが言った。
「僕も地味?」
「重要だ」
「本当?」
「リザルト票を出した」
「そうだね」
キュルルは少し嬉しそうだった。
アンがそれを見ていた。
「紙を出せるのは、便利だな」
「便利でしょ」
キュルルが言った。
「石より軽い」
アンが言った。
「そこ!」
キュルルがすぐに反応した。
少し仲良くなっている。
たぶん。
仮設拠点の中央に、簡易の卓が置かれた。
そこへ、魔王軍と人間側の記録係が集まる。
俺も座る。
キュルルも横に座る。
会計官も座る。
当然のように座る。
「リザルト確認を始めます」
俺は言った。
アレンが少し離れたところで聞いている。
魔王も腕を組んで立っている。
アンは後方で立っている。
キュルルは椅子に乗っている。
リザルト確認。
一、一次封鎖成功。
二、死者なし。
三、負傷者二十四名。
四、大型魔物一体討伐。
五、中小型魔物討伐数は暫定。
六、魔石回収未完。
七、封鎖維持に必要な人員未確定。
八、共同管理所設置。
九、アン前線不参加。
十、後方防衛一件。
十一、キュルル緊急退避実施。
「十一番いる?」
アレンが言った。
キュルルが胸を張った。
「いる」
「なぜ」
「僕が緊急退避されたから」
「記録としては必要か?」
会計官が言った。
「後方防衛一件の詳細として必要です」
「必要なのか」
「必要です」
会計官とキュルルが同時に頷いた。
アレンは黙った。
書類側が強い。
魔王がリザルト票を見た。
「アン殿の扱いは、本当に非参加でよいのか」
「前線不参加、後方防衛一件です」
俺は答えた。
「戦果ではなく、防衛記録」
「そうです」
「なるほど」
魔王はアンを見た。
「アン殿、それでよいか」
アンは少し考えた。
「我は止めただけだ」
「はい」
「ならばそれでよい」
「ありがとうございます」
アンは素直だ。
素直だが、強い。
その強さを使わないための記録が必要になる。
やはり、すごい事故物件である。
人間側の冒険者代表が言った。
「報酬はどうなる?」
来た。
来たくなかったが、来た。
会計官の目が光った。
キュルルも口を開きかけた。
俺は手を出して止めた。
「報酬は確定後です」
「確定後?」
「討伐数は暫定。魔石回収も未完。封鎖維持も継続中です」
「でも、戦った者には報酬が」
「もちろん必要です。ただし、今ここで金額を決めると揉めます」
魔王が頷いた。
「正しい」
会計官も頷いた。
「非常に正しい」
冒険者代表は少し不満そうだった。
アレンが言った。
「仮払いはできないか」
会計官が目を細めた。
「仮払い」
「負傷者もいる。今日の飯もいる。帰れない者もいる」
会計官は紙をめくった。
「仮払いなら可能性があります。ただし、後日精算前提です」
俺は書いた。
討伐報酬、仮払い検討。
後日精算。
魔石評価後に確定。
「キュルル」
「何?」
「仮払い受領確認書を一枚」
「うん」
キュルルが口を開いた。
一枚。
「仮払い受領確認書」
冒険者代表が紙を見た。
「もうあるのか」
「説明マスコットなので」
キュルルが胸を張った。
アンが小さく拍手した。
キュルルは少しだけ得意そうだった。
アンに褒められるのは、嫌ではなくなってきたらしい。
リナが封鎖線の方から戻ってきた。
「入口の内側、まだ動きがあります」
「再発?」
「すぐには出てこなさそうです。でも、封鎖杭を増やした方がいいです」
魔王軍の術士が頷いた。
「同意します。今の封鎖は急造です」
ミリアが言った。
「火を入れて焼き払うのは?」
俺は即座に言った。
「煙、酸欠、内部崩落、未回収魔石、全部出る」
「分かってたけど聞いただけ」
「聞くだけで怖い」
ミリアは肩をすくめた。
セイルが負傷者表を持ってきた。
「明日まで動かせない方がいます」
「宿泊が必要ですね」
「はい」
会計官が顔色を悪くした。
「宿泊費」
「出ます」
俺は言った。
「食費も」
「出ます」
「護衛費も」
「出ます」
会計官は深く息を吐いた。
「スタンピードは高い」
「はい」
アンが首をかしげた。
「魔物が出ただけではないのか」
「出た後が高いんです」
「そうか」
「ドラゴンと似ています」
アンは少し黙った。
「我も高いのか」
「かなり」
「むう」
キュルルが小さく言った。
「アンは後方配置でよかったね」
「本当に」
俺は答えた。
リザルト確認は続いた。
討伐数。
負傷者。
魔石。
封鎖。
仮払い。
宿泊。
補給。
交代要員。
責任範囲。
共同管理所の看板。
看板の表記。
人間側を先に書くか、魔王軍側を先に書くか。
そこでも揉めかけた。
俺は言った。
「東ダンジョン共同封鎖管理所」
「所属表示は?」
魔王軍の将が聞いた。
「左右に分ける」
「どちらが左だ」
人間側の冒険者代表が聞いた。
「入口に向かって左が魔王軍、右が人間側」
「なぜ」
「現場配置と同じです」
「なるほど」
決まった。
こういう細かいところで揉める。
揉める前に決める。
それが大事だ。
キュルルが言った。
「リザルトって、思ったより長いね」
「勝利画面ではないからな」
「何なの?」
「次の揉め事を減らすための棚卸しだ」
「棚卸し」
「そうだ」
アンが言った。
「戦の後に、これほど紙がいるのか」
魔王が答えた。
「昔よりは、いる」
アンは魔王を見た。
「昔はどうしていた」
「勝った側が決めた」
「早いな」
「早いが、残る」
「何が」
魔王は少し黙った。
「恨みだ」
アンは黙った。
アレンも黙った。
俺は記録帳に線を引いた。
勝った側が決めるのは早い。
だが、早いだけだ。
共同で記録するのは遅い。
だが、残るものが少し変わる。
俺はキュルルに言った。
「共同確認署名欄を作れるか」
「作れる」
一枚。
「共同確認署名欄」
「一枚で独立して出るのか」
「便利でしょ」
「便利だ」
キュルルは嬉しそうだった。
魔王がその紙を見た。
「署名か」
「はい」
「勇者と魔王が同じ紙に署名するのか」
アレンが言った。
「嫌か?」
魔王は少し笑った。
「いや」
「なら書こう」
アレンが署名した。
魔王も署名した。
人間側代表。
魔王軍代表。
会計官。
俺。
キュルルは自分の名前を書こうとして、少し迷った。
「僕も?」
「記録補助だ」
「じゃあ書く」
キュルルは小さな足跡のような印を押した。
アンがそれを見た。
「我もか」
俺は少し考えた。
「後方防衛記録には必要です」
アンは署名欄を見た。
「我が名は長い」
「アンでお願いします」
キュルルがすぐに言った。
「アンで」
アンは少し不満そうにした。
だが、書いた。
アン。
短い。
助かる。
本当に助かる。
会計官がその紙を見て、深く頷いた。
「歴史的な紙です」
「重くしないでください」
「ですが、勇者、魔王、古竜、説明マスコットの署名があります」
「重いですね」
「重いです」
キュルルが言った。
「僕も歴史的?」
「たぶん」
キュルルは少し得意そうだった。
アンが言った。
「よいことだ」
キュルルは少しだけ照れた。
距離がまた少し縮んだ。
たぶん。
リザルト確認が一通り終わったころには、日が傾いていた。
戦闘より長かった気がする。
気のせいではないかもしれない。
アレンが言った。
「戦っている時間より、確認している時間の方が長くないか」
「よくある」
俺は答えた。
「そうなのか」
「ドラゴンで学んだ」
全員が少し黙った。
アンも黙った。
「ドラゴンは後が長い」
俺は言った。
「古竜として、少し耳が痛い」
アンが言った。
「今回は前に出していないので大丈夫です」
「そうか」
「はい」
「出ていたら?」
「リザルトが終わりません」
「む」
アンは納得したようだった。
魔王が仮設拠点の外を見た。
封鎖線。
管理所。
負傷者用の白い布。
積まれた魔物の死骸。
集められた魔石袋。
共同署名された紙。
勇者と魔王軍の兵が、同じ鍋からスープを受け取っている。
「変な光景だな」
魔王が言った。
「そうですね」
アレンが答えた。
「だが、悪くない」
「はい」
リナが笑った。
「みんなでリザルト確認したからですかね」
「そうかもしれない」
セイルが静かに言った。
「結果を一緒に見ることも、共闘の一部なのでしょう」
ガルドが頷いた。
「終わった後に逃げないのは大事だ」
「そうだな」
俺は記録帳を閉じた。
木札が温かくなった。
頭の中に神の声が響く。
『リザルトも荷である』
「神様」
『勝ちを背負える形に直す作業だ』
「今回の教義ですか」
『採用』
「重いですね」
『勝利も荷だからな』
「はい」
ミリアが俺を見た。
「神様?」
「リザルトも荷だそうです」
「神様までリザルトに巻き込まれてるのね」
「だいたい巻き込まれています」
キュルルが言った。
「神様も署名する?」
俺は木札を見た。
頭の中に声が響いた。
『しない』
「しないそうだ」
「残念」
『増やすな』
「増やすな、だそうだ」
キュルルは少ししょんぼりした。
アンが言った。
「神も紙を避けるのか」
「神様は荷を見ているので」
「なるほど」
納得していいのか分からない。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
スタンピードは止まった。
リザルトも確認した。
勇者と魔王は署名した。
アンはアンと書いた。
キュルルは足跡を押した。
会計官は仮払いと戦果配分の紙を抱えた。
そして、討伐数より書類数の方が多くなった。
俺はリザルト票をしまった。
「勝利は終わりじゃない。リザルト画面の始まりなんだよ」
第二部・完




