第71話 キャンプで怖い話を始めました
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第71話 キャンプで怖い話を始めました
ダンジョンスタンピードのリザルト確認は、どうにか終わった。
一次封鎖。
共同管理所。
負傷者の移送。
魔石の仮保管。
討伐数の暫定記録。
仮払い。
共同署名。
アン前線不参加。
聖剣未使用。
キュルル緊急退避実施。
どれも重要だった。
重要だったが、多い。
多すぎる。
俺は記録帳を閉じた。
「今日は、ここで野営ですね」
リナが言った。
「ああ」
俺は答えた。
「共同封鎖管理所から少し離れているが、呼ばれればすぐ行ける」
「近すぎると、また書類に呼ばれますからね」
「そうだ」
近すぎると、会計官が来る。
遠すぎると、封鎖線に何かあった時に困る。
ちょうどよい距離が必要だった。
ちょうどよい距離。
旅にも、書類にも、古竜にも必要である。
焚き火を作った。
鍋をかけた。
干し肉と野菜を入れた。
パンを並べた。
湯を沸かした。
アレンは剣を手入れしている。
リナは周囲の足跡を見ている。
ミリアは薪を追加している。
セイルは負傷者用に残った布を畳んでいる。
ガルドは何も言わずに鍋を見ている。
キュルルは俺の背中の後ろにいる。
アンは少し離れたところで、空を見ている。
白髪。
金色の目。
小さな角。
見た目だけなら、少し変わった少女である。
だが、中身は古竜。
後方配置の安全装置。
キュルル係。
役職が多い。
聖剣は、俺の背中で静かだった。
たぶん寝ている。
たぶん。
「今日は、ようやく落ち着いたわね」
ミリアが言った。
「落ち着いたと言っていいのか」
アレンが言う。
「少なくとも、今は魔物が来ていないわ」
「それは落ち着いたと言えるな」
「でしょ」
ミリアは焚き火を見た。
ぱちり。
火の粉が上がる。
夜の空は黒い。
共同封鎖管理所の明かりが、少し離れた場所に見える。
人の声も、遠くに聞こえる。
近すぎず、遠すぎず。
悪くない。
ミリアが、なぜか楽しそうに言った。
「せっかくだし、怖い話でもしない?」
俺は薪を持つ手を止めた。
リナが小さく手を上げた。
「見たことあります」
「言うな」
俺は言った。
「日常系の肝試し回です」
「言うな」
「このあと、二人一組で暗い場所へ行きます」
「言うな」
「途中で妙な音がして、誰かが悲鳴を上げます」
「言うな」
「最後に、本当に何かいました、で締まります」
「言うな」
ミリアが笑った。
「いいじゃない。たまには普通の怖い話回で」
「普通の怖い話回とは」
「焚き火を囲んで、ひとりずつ怖い話をするのよ」
アンが首をかしげた。
「怖い話とは何だ」
「夜に聞くと、少し怖くなる話よ」
「古竜が街道を塞ぐ話か」
「それは実話です」
俺は言った。
キュルルが俺の背中から顔を出した。
「しかも僕にとっては受難回だった」
「まだ言うのか」
「言うよ。見た目の棚、鳴き声、ルル候補」
「三回刺されたな」
「刺されたよ」
アンは不思議そうに言った。
「我に悪意はなかった」
「だから余計にひどいんだよ」
キュルルは俺の背中に戻った。
「悪意がない事故って、避けにくいからね」
「それはそうだ」
俺は鍋をかき混ぜた。
怖い話。
危険は少ない。
いや、怖い話をするだけなら少ない。
肝試しで暗いところへ行くなら止める。
夜間。
戦闘後。
ダンジョン近く。
封鎖管理所近辺。
少人数行動。
危険要素しかない。
「話だけならいい」
俺は言った。
「肝試しはなしだ」
ミリアが頬を膨らませた。
「つまらないわね」
「夜間に封鎖中のダンジョン近くを歩き回る方が怖い」
「怖い話としては正しいけど」
「実施しない怖さで終わらせる」
「ユートらしいわ」
アレンが剣を置いた。
「なら、話だけにしよう」
セイルも微笑んだ。
「たまにはよいかもしれません」
ガルドは鍋を見たまま言った。
「飯の後でいい」
「それはそうだな」
飯を食べた。
温かいものは大事だ。
ダンジョンスタンピードの後なら、なおさらである。
食べ終わると、ミリアが待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「じゃあ、私からね」
「本当にやるのか」
「やるわよ」
ミリアは焚き火に薪を足した。
炎が少し高くなる。
「夜の魔法実験室には、使ってはいけない鏡があるの」
「急にそれっぽいですね」
リナが言った。
「その鏡は、姿を映さない」
ミリアは少し声を落とした。
「映るのは、魔法に失敗した時の自分」
キュルルが顔を出した。
「失敗した時の自分?」
「そう。焦げた髪。割れた杖。怒った教師。消えた単位」
「最後だけ現実的ですね」
俺は言った。
ミリアは真顔で頷いた。
「そこが怖いのよ」
「単位とは何だ」
アンが聞いた。
「失うと怖いものです」
セイルが静かに答えた。
「そうか」
アンは納得した。
納得していいのか分からない。
リナが小さく手を上げた。
「次、私でいいですか」
「どうぞ」
ミリアが言う。
リナは焚き火を見た。
「森で、足跡を見たことがあります」
少し空気が変わった。
リナの話は、たぶん普通に怖い。
「足跡は森の奥から来て、私たちの野営地の周りを一周して、また森へ戻っていました」
「獣では?」
アレンが聞いた。
「人の足跡でした」
焚き火が、ぱちりと鳴った。
「ただ、変だったんです」
「何が?」
ミリアが聞く。
「足跡が、行きも帰りも、こちらを向いていました」
誰もすぐには話さなかった。
キュルルが俺の背中に隠れた。
「それ、普通に怖いやつだよ」
「はい」
リナは頷いた。
「祖父は、見なかったことにしろ、と言いました」
「それで?」
「見なかったことにしました」
「正しい」
俺は言った。
「記録は?」
「していません」
「正しい」
「ユートさんが記録しないと言うの、珍しいですね」
「記録すると、関係ができる場合がある」
ミリアが嫌そうな顔をした。
「やめてよ。怖くなるじゃない」
「怖い話だろう」
「そうだけど」
次はアレンだった。
アレンは少し考えた。
「怖い話か」
「勇者にもあるんですか?」
リナが聞く。
「勇者候補の訓練場には、夜に剣の音がする場所があった」
キュルルが小さく震えた。
「音だけ?」
「最初はな」
「最初は」
「そこでは昔、候補が一人消えたらしい」
アレンは焚き火を見た。
「翌朝、剣だけが残っていた」
「剣だけ」
「その剣に、手の跡が残っていた」
ミリアが眉をひそめる。
「柄に?」
アレンは首を横に振った。
「刃の方に」
キュルルが小さく言った。
「痛そう」
アレンは頷いた。
「痛かったと思う」
聖剣が、背中でかすかに震えた。
『剣を握る場所は、選べ』
「起きていたんですか」
『剣の話だからな』
「怖い話に参加しますか」
『後でな』
「するんですか」
『剣にも怖い話はある』
それは少し聞きたい。
聞きたくない気もする。
次はセイルだった。
セイルは静かに手を合わせた。
「昔、誰もいない祈祷室で、鈴が鳴ったことがあります」
「風では?」
ミリアが聞いた。
「窓は閉まっていました」
「誰かいたのでは?」
「足跡はありませんでした」
セイルは焚き火を見た。
「ただ、鈴の下に、祈りの札が一枚置かれていました」
「何て書いてあったんですか」
リナが小声で聞く。
「助けてください、と」
誰も笑わなかった。
キュルルが俺の背中に張りついた。
「その後は?」
アレンが聞いた。
「翌朝、祈祷室の扉が内側から開かなくなりました」
「内側から?」
「はい」
「誰かいたのか」
「いませんでした」
「開けたのか」
「開けました」
「何があった?」
セイルは少しだけ目を伏せた。
「鈴が、床に落ちていました」
焚き火が鳴った。
ぱちり。
ガルドが鍋を見たまま言った。
「山で、後ろから声をかけられた」
全員がガルドを見た。
短い。
だが、ガルドが話すと重い。
「振り向いたの?」
ミリアが聞いた。
「振り向かなかった」
「どうして?」
「前にも同じ声を聞いた」
「誰の声?」
ガルドは少しだけ黙った。
「死んだ師匠の声だ」
焚き火が、また鳴った。
ガルドはそれ以上、何も言わなかった。
それが一番怖かった。
キュルルが俺の背中から顔を出した。
「じゃあ、僕の怖い話」
「お前の怖い話か」
「うん」
キュルルは小さく咳払いした。
「あるところに、契約書を読まない人がいました」
俺は黙った。
アレンも黙った。
ミリアも黙った。
会計官がいたら、たぶん震えた。
「説明したのに、聞いていませんと言いました」
「怖いな」
俺は言った。
「同意欄に署名したのに、そんなつもりではありませんと言いました」
「怖いな」
「そして最後に、説明が足りないと言いました」
「怖いな」
キュルルは胸を張った。
「でしょ」
「それは怪談ではなく実務事故だ」
「実務事故は怖いよ」
「それはそうだ」
アンが焚き火を見た。
「では、我も話そう」
全員が少し身構えた。
古竜の怖い話。
単位が違う可能性が高い。
アンは静かに言った。
「昔、山脈の向こうに国があった」
空気が変わった。
焚き火の炎が、少し小さく見えた。
「その国は、三日で消えた」
俺は手を上げた。
「待ってください」
アンが首をかしげた。
「なぜだ」
「規模が違います」
「怖い話であろう」
「怖すぎます」
キュルルが俺の背中から言った。
「古竜の怖い話、怖さの単位が違う」
アンは不思議そうだった。
「では、七日で消えた村の話にするか」
「そういう調整ではありません」
「む」
「もう少し、個人規模でお願いします」
アンは考えた。
「昔、洞窟に入った旅人がいた」
「それくらいなら」
「旅人は、出てこなかった」
「普通に怖いですね」
「千年後、我が入った」
「急に長い」
「骨があった」
「怖いですね」
「まだ温かかった」
全員が止まった。
俺は手を上げた。
「やっぱり規模が違います」
アンは少し不満そうだった。
「怖い話であろう」
「怖いです」
「ならよい」
よくない。
背中の聖剣が震えた。
『では、我も一つ』
「本当にやるんですね」
『昔、聖剣が台座に刺さっていた』
「普通ですね」
『誰も抜けなかった』
「よくある話ですね」
『百年、誰も来なかった』
急に静かになった。
『剣は暇だった』
「怖さの方向が寂しい」
『その後、ようやく誰か来た』
「よかったですね」
『抜けなかった』
「悲しい」
『次も来た』
「抜けましたか」
『抜けなかった』
「怖いというか、切ない」
聖剣は少しだけ光った。
『最後に、ようやく抜けた』
アレンが聖剣を見た。
「俺か?」
『違う』
アレンが黙った。
『昔の話だ』
「そうか」
『だが、抜かれた後も怖いことはある』
「何だ」
『勇者が、剣に頼りすぎることだ』
アレンは黙った。
聖剣も黙った。
俺は少し息を吐いた。
この聖剣、たまにまともなことを言う。
本当にたまに。
ミリアが空気を変えるように手を叩いた。
「じゃあ、次はユートね」
「俺か」
「荷物持ちの怖い話、あるでしょ」
「あるにはある」
「聞きたい」
俺は少し考えた。
荷物持ちの怖い話。
紐が切れる。
底が抜ける。
数が合わない。
預かった荷の所有者が消える。
預かっていない荷がある。
最後のが一番怖い。
俺が話そうとした時、リナが小さく手を上げた。
「見たことあります」
「言うな」
「日常系の肝試し回です」
「言うな」
「このあと、本当に何か出ます」
「言うな」
「ユートさんの怖い話の途中で、別の怖さが出ます」
「言うな」
ミリアが笑った。
「じゃあ、次は作者の番ね」
俺は薪を持つ手を止めた。
リナも止まった。
アレンも止まった。
セイルも止まった。
ガルドも顔を上げた。
キュルルが俺の背中に隠れた。
アンが首をかしげた。
聖剣も、少しだけ震えた。
「……誰?」
俺は聞いた。
ミリアも首をかしげた。
「今、私、何て言った?」
「作者の番、と」
「私、そんなこと言うつもりなかったんだけど」
焚き火が、ぱちりと鳴った。
風はない。
誰も動いていない。
それなのに、焚き火の横に、一枚の紙が落ちていた。
さっきまではなかった。
キュルルが鼻をひくつかせた。
「紙の匂いがする」
「書類か」
「違う」
「何だ」
キュルルは俺の背中から、紙を見た。
「原稿」
俺は紙を拾った。
題名は、
「嫌ってはいけない人間」
そう書かれていた。
焚き火が、ぱちりと鳴った。
その下には、本文が続いている。
その街には、「嫌ってはいけない人間」がいた。
俺は黙った。
アレンも黙った。
リナも黙った。
ミリアも黙った。
セイルも黙った。
ガルドも黙った。
キュルルは俺の背中に隠れた。
アンは紙を見ていた。
聖剣も静かだった。
リナが小声で言った。
「見たことあります」
「言うな」
「作者の番です」
「言うな」
第二部・完




