第69話 ダンジョンスタンピードが起きましたが、古竜はインフレ防止で後方配置です
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第69話 ダンジョンスタンピードが起きましたが、古竜はインフレ防止で後方配置です
魔王城での話し合いは終わった。
終わったはずだった。
アンの扱いは決まった。
人型を基本形態。
巨大化禁止。
小型竜形態も原則禁止。
戦闘参加禁止。
自衛は可。
キュルルの緊急退避担当。
ルル呼び禁止。
かなり重要な条件である。
特に最後から二つは、キュルルが強く主張した。
そのキュルルは、今も俺の背中の後ろにいる。
アンは、魔王城の廊下で壁の装飾を眺めていた。
「この城は新しいな」
「さっきも言ってましたね」
リナが言った。
「我から見れば、たいていの城は新しい」
「基準が古いですね」
「古竜だからな」
「なるほど」
納得していいのか分からない。
魔王城の会計官は、古竜の宝という嫌な荷札を抱えたまま、別室へ戻っていった。
顔色は悪い。
だが、目に少しだけ財源の光があった。
危ない。
かなり危ない。
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響く。
『触るな』
「まだ何も言ってません」
『古竜の宝は触るな』
「分かっています」
『あれは荷の山だ』
「はい」
『山を荷袋に入れるな』
「入れません」
『比喩ではない』
「分かっています」
古竜の宝は、しばらく置いておく。
それでよい。
いや、それがよい。
俺たちは魔王の間を出ようとした。
その時だった。
廊下の奥から、兵が走ってきた。
かなり速い。
顔色も悪い。
魔王城の者は、顔色が悪くなりがちである。
「陛下!」
兵が叫んだ。
魔王が振り向く。
「何だ」
「東のダンジョンで異常発生! 魔物が溢れています!」
空気が止まった。
俺も止まった。
リナも止まった。
アレンはすぐに顔を上げた。
ミリアは杖を握った。
セイルは祈りの姿勢になった。
ガルドは廊下の出口を見た。
キュルルは俺の背中から顔を出した。
アンは首をかしげた。
「ダンジョンスタンピードか」
魔王が低く言った。
兵は頷いた。
「はい! 入口の封鎖隊が押されています! 周辺の村にも避難命令を出しています!」
魔王の表情が変わった。
さっきまでの会談の顔ではない。
魔王の顔だった。
「将を集めろ。補給隊もだ。負傷者搬送の準備を」
「はっ!」
兵が走る。
アレンが一歩前に出た。
「俺たちも行く」
魔王がアレンを見る。
「よいのか」
「魔物が溢れているんだろう」
「停戦中だ」
「だからこそ、今は止める」
魔王は短く頷いた。
「助かる」
俺は深く息を吐いた。
ダンジョンスタンピード。
魔物がダンジョンから溢れ出す現象。
冒険者なら聞いたことはある。
聞いたことはあるが、できれば遭遇したくない。
荷が多すぎるからだ。
戦闘。
避難。
負傷者。
補給。
封鎖線。
魔物の死骸。
魔石。
所有権。
討伐報酬。
被害補償。
責任範囲。
すでに頭が痛い。
キュルルが鼻をひくつかせた。
「焦げた紙、避難名簿、負傷者記録、あと大量の討伐証明書の匂いがする」
「もうするのか」
「する」
「嫌な鼻だ」
「僕も嫌だよ」
アンが俺を見た。
「我が行けばよいのではないか」
全員がアンを見た。
魔王も見た。
アレンも見た。
会計官がどこからか顔を出した。
早い。
「古竜様が前線に出られるのですか?」
会計官の声が少し震えていた。
期待と恐怖が半分ずつだった。
俺は即答した。
「出しません」
会計官が止まった。
魔王軍の兵も止まった。
アレンも少し驚いた顔をした。
アンが首をかしげる。
「なぜだ」
「インフレ防止です」
「インフレ」
魔王が繰り返した。
「戦力の基準が壊れます」
俺は言った。
「アンを前線に出したら、次から全部アンでいいになります」
アンは不思議そうに言った。
「我でよいのではないか」
「それが駄目なんです」
「なぜだ」
「物語が壊れます」
ミリアが小さく笑った。
「そこまで言う?」
「作戦上も壊れる」
俺は続けた。
「魔王軍と勇者側が共同で防いだ、という形が必要です。古竜が全部止めました、では後で説明ができません」
魔王が腕を組んだ。
「確かに、周辺国への説明は重い」
会計官がすぐに紙をめくった。
「古竜様が前線参加された場合、戦果配分、損害補償、地形破壊、軍事的威圧、周辺国説明、保険分類が発生します」
「後方で」
俺は言った。
会計官は深く頷いた。
「後方でお願いします」
アンは少し不満そうだった。
「我は戦えぬのか」
「原則禁止です」
「自衛は可だった」
「自衛は可です」
「では、魔物が来たら」
「止めてください」
「倒さずにか」
「止めるだけです」
アンは少し考えた。
「面倒だな」
「こちらの台詞です」
魔王が言った。
「だが、万が一、勇者も我も倒れた場合はどうする」
俺はアンを見た。
アンは俺を見た。
キュルルは俺の背中から顔を出した。
「その場合は、アンに止めてもらいます」
「勝たせるのではなく?」
魔王が聞いた。
「負けないためです」
アンが首をかしげる。
「我は安全装置か」
「はい」
「古竜を安全装置にするのか」
「戦わせるより安全です」
「むう」
キュルルが小さく言った。
「僕、安全装置に抱えられるの?」
「そうだ」
「すごいような、荷物扱いのような」
「重要物品だ」
「物品じゃないよ!」
アンがキュルルを見た。
「我が運ぶ」
キュルルは身構えた。
「緊急時だけだよ」
「分かった」
「落とさない?」
「落とさぬ」
「小型竜にならない?」
「ならぬ」
「鳴かない?」
「鳴かぬ」
キュルルは少し考えた。
「なら、緊急時だけ」
「よい」
この確認は、戦場へ行く前に必要だった。
たぶん。
魔王は地図を広げた。
東のダンジョン。
魔王城から半日ほどの距離。
山裾にある中規模ダンジョンで、普段は魔王軍が監視しているらしい。
停戦後は、人間側の冒険者も一部立ち入り可能になったばかりだった。
その矢先である。
「最悪ですね」
俺は言った。
「その通りだ」
魔王が答えた。
「共同管理の試験中にスタンピード。責任範囲が揉めます」
「そこか」
「そこもです」
「まず止める」
アレンが言った。
「止めた後で揉めればいい」
「止めた後で揉めないように、今決める」
俺は地図を指した。
「人間側の避難誘導はアレンとリナ。魔王軍側の避難誘導は魔王軍。封鎖線は共同。負傷者はセイルが優先順位を見ます。ミリアは火を使わずに進路制御。ガルドは抜けた魔物を止める。俺は物資と記録。キュルルは書類と匂い。アンは後方でキュルルを抱える」
「抱える?」
キュルルが言った。
「緊急時に」
「ずっとじゃない?」
「ずっとではない」
キュルルはアンを見た。
アンは真面目に頷いた。
「緊急時だけだ」
「ならいい」
魔王が地図を見たまま言った。
「ユート」
「はい」
「作戦立案が早いな」
「スタンピードは荷が多いので」
「荷」
「人、魔物、怪我人、補給、記録、責任。全部、動く荷です」
魔王は少し黙った。
「なるほど」
アレンが剣を握った。
「行こう」
俺たちは魔王城を出た。
人間側と魔王軍。
勇者と魔王。
荷物持ちと魔王城会計官。
説明マスコットと古竜。
かなり変な共同部隊だった。
東のダンジョンへ向かう道中、魔王軍の兵たちがこちらをちらちら見ていた。
アレンを見る。
魔王を見る。
アンを見る。
キュルルを見る。
そして俺を見る。
なぜ俺を見る。
アンは人型なので、古竜とは分かりにくい。
だが、魔王城内で名前が伝わったのだろう。
兵たちはアンに妙に距離を取っている。
キュルルはその距離を見て、俺の背中に隠れた。
「ユート」
「何だ」
「みんな、アンが古竜って知ってる?」
「たぶん」
「じゃあ僕が抱えられるところ見られるの?」
「緊急時はな」
「僕の地位はどうなるの?」
「説明マスコットだ」
「古竜に抱えられる説明マスコット」
「格が上がるのでは」
「上がるのかな」
アンが言った。
「我が丁寧に運ぶ」
キュルルはアンを見た。
「落とさない?」
「落とさぬ」
「小型竜にならない?」
「ならぬ」
「鳴かない?」
「鳴かぬ」
キュルルは少しだけ頷いた。
「なら、緊急時だけ」
「よい」
アンは真面目だった。
本当に真面目だった。
だから困る。
東のダンジョンが見えてきた。
山裾の黒い入口。
その前に、すでに魔物が溢れていた。
犬型。
虫型。
小鬼。
岩のような魔物。
空を飛ぶ小型魔獣。
かなり多い。
ダンジョン入口には、魔王軍の封鎖隊がいる。
押されている。
押されているが、崩れてはいない。
「持ちこたえているな」
ガルドが言った。
「だが長くはない」
アレンが答える。
魔王が手を上げた。
「第一隊、左翼を固めろ! 第二隊、負傷者を下げろ! 補給は後ろへ回せ!」
魔王の声が響く。
兵たちが動く。
かなり速い。
魔王はちゃんと魔王だった。
アレンも前へ出る。
「俺たちは右翼を押さえる!」
「分かった!」
リナが走る。
「逃げ遅れ確認します!」
ミリアが杖を構える。
「火は?」
「入口の中に向けるな!」
俺は叫んだ。
「煙で視界が落ちる!」
「分かってる!」
ミリアは火ではなく風を使った。
魔物の進路を少しずらす。
味方の足元に砂を巻き上げないように、狭く、短く。
最近、ミリアは火を出さない時の方が頼もしい。
セイルは負傷者の間を動いていた。
「重傷者をこちらへ。歩ける方は後方の白い布のところへ」
「白い布?」
俺は荷袋から布を出す。
ガルドが杭を打つ。
白い布を張る。
簡易の負傷者集積所。
キュルルが口を開いた。
一枚。
「負傷者搬送記録票」
「一枚でいい」
「うん」
二枚目を出そうとして、止めた。
成長している。
アンは後方に立っていた。
そしてキュルルを見た。
「抱えるか」
「まだ!」
キュルルは俺の背中にしがみついた。
「まだ前線崩れてない!」
「そうか」
アンは待機した。
本当に待機した。
古竜が、後方で待機している。
恐ろしい安心感である。
そして恐ろしいインフレの気配でもある。
魔王軍の将が俺のところへ来た。
「ユート殿」
「はい」
「やはり、アン様を前線に出せば」
「出しません」
「しかし」
「インフレ防止です」
「本当にそれで通すのですか」
「通します」
将はダンジョン入口を見た。
魔物は多い。
こちらは押されている。
アンは後方にいる。
気持ちは分かる。
「万が一の時は?」
「止めてもらいます」
「今は?」
「今は俺たちで止めます」
将は少し黙った。
そして頷いた。
「分かりました」
いい将だった。
アレンが前線で剣を振る。
魔王が左翼で魔法を放つ。
勇者と魔王が、同じ戦場で同じ方向を向いている。
普通なら、かなり熱い場面だ。
実際、熱い。
ただし、俺は荷物を運んでいた。
矢。
水。
包帯。
予備の槍。
魔石回収袋。
負傷者用の布。
そして記録帳。
熱い場面でも、荷はある。
リナが戻ってきた。
「右奥に逃げ遅れの荷馬車があります!」
「人は?」
「御者一人。足を怪我しています!」
「ガルド!」
「行く」
ガルドが走った。
ミリアが風で魔物をずらす。
アレンが前に出て道を開ける。
ガルドが御者を担いで戻る。
セイルが受け取る。
流れができている。
キュルルが一枚出す。
「救助記録票」
「よし」
「よしって言われた」
「成長している」
「僕もそう思う」
キュルルは少し嬉しそうだった。
その時、ダンジョン入口が揺れた。
奥から、大きな魔物が出てきた。
岩のような甲羅。
太い腕。
背中に棘。
前線が少し下がる。
魔王軍の兵が叫んだ。
「大型です!」
アレンが前に出る。
魔王も魔法を構える。
俺はアンを見た。
アンも俺を見た。
「出るか」
「出ません」
「大型だぞ」
「まだ勇者と魔王が立っています」
「そうか」
アンは引いた。
本当に引いた。
偉い。
かなり偉い。
アレンが大型魔物の腕を受け流す。
魔王の魔法が足元を固める。
ガルドが横から膝を止める。
ミリアが風で体勢を崩す。
リナが棘の隙間を叫ぶ。
「首の下! 左側!」
アレンが踏み込む。
魔王が同時に魔法を放つ。
剣と魔法が同時に入った。
大型魔物が倒れた。
歓声が上がる。
魔王軍からも。
人間側からも。
勇者と魔王が、同じ魔物を倒した。
共同戦果である。
俺はすぐに記録した。
共同戦果。
大型魔物一体。
勇者アレン、魔王、ガルド、ミリア、リナ支援。
アン不参加。
重要である。
かなり重要である。
会計官が横から紙を覗いた。
いつ来た。
「アン不参加、助かります」
「でしょう」
「戦果配分が軽い」
「そこです」
「そこですね」
会計官は深く頷いた。
戦場の隅で、会計官と頷き合う。
かなり変な光景だった。
だが、大事だった。
戦いは続いた。
封鎖線は少しずつ安定していく。
魔王軍が左を固める。
勇者側が右を固める。
セイルが治療の流れを作る。
キュルルが必要な紙だけを出す。
俺が物資を回す。
アンは後方で待つ。
キュルルはまだ抱えられていない。
「僕、まだ大丈夫」
「そうか」
アンが言った。
「必要なら言え」
「うん」
なぜこの確認が戦場で行われているのか。
分からない。
だが、行われている。
その時、空から小型魔獣の群れが抜けた。
前線の上を越え、後方へ来る。
負傷者集積所へ向かっている。
「後方!」
リナが叫んだ。
俺は鉄棒を握った。
ガルドは遠い。
アレンも魔王も前線だ。
ミリアが振り向く。
だが、間に合わない。
アンが動いた。
速かった。
本当に速かった。
まず、キュルルを抱えた。
「え」
キュルルが声を出した。
次に、片手を上げた。
小型魔獣の群れが止まった。
空中で。
見えない壁にぶつかったように。
全部、止まった。
落ちない。
進まない。
ただ、止まっている。
俺は叫んだ。
「倒さないでください!」
アンは言った。
「止めただけだ」
「そのままです! そのまま!」
キュルルがアンの腕の中で固まっていた。
「後方配置、強すぎない?」
「だから後方なんだ」
俺は言った。
アンは小型魔獣を止めたまま、首をかしげた。
「この後はどうする」
「ミリア!」
「任せて!」
ミリアが風を流す。
魔獣の向きを変える。
ガルドが戻る。
魔王軍の弓兵が構える。
矢が飛ぶ。
魔獣が落ちる。
アンは手を下ろした。
それだけ。
本当にそれだけ。
だが、後方は救われた。
キュルルはアンの腕の中で、まだ固まっている。
「キュルル」
俺は呼んだ。
「何?」
「大丈夫か」
「大丈夫」
「下りるか」
キュルルは少し考えた。
アンを見た。
地面を見た。
またアンを見た。
「もう少しだけ、このままでいい」
俺は黙った。
ミリアが笑った。
リナも笑った。
アンは真面目に頷いた。
「よい」
キュルルは小さく言った。
「落とさないなら、悪くない」
「落とさぬ」
「小型竜にならないなら」
「ならぬ」
「鳴かないなら」
「鳴かぬ」
キュルルは少し安心したようだった。
キュルル係は、ちゃんと機能した。
前線では、最後の波が押し返されていた。
アレンと魔王が並んでいる。
勇者と魔王。
普通なら敵同士。
今は同じ封鎖線を守っている。
アレンが叫んだ。
「押し返すぞ!」
魔王が続けた。
「入口まで戻せ!」
人間側と魔王軍が同時に動いた。
ガルドが道を開ける。
ミリアが風を押す。
リナが足場を指示する。
セイルが負傷者を下げる。
俺は補給を回す。
キュルルはアンに抱えられながら、一枚だけ紙を出した。
「共同封鎖記録票」
「その状態で出すのか」
「出せる」
「すごいな」
「説明マスコットだからね」
アンが言った。
「我が支えよう」
「支えてる」
「よい」
何だこの後方。
だが、機能している。
最後の魔物がダンジョン入口へ押し戻された。
魔王軍の術士たちが封印杭を打つ。
人間側の冒険者が鎖を引く。
アレンが最後まで前に立つ。
魔王が結界を閉じる。
光が走った。
入口の前に、半透明の壁ができた。
魔物の声が遠くなる。
封鎖完了。
誰かが息を吐いた。
次に、歓声が上がった。
人間側。
魔王軍側。
混ざっていた。
アレンは剣を下ろした。
魔王も手を下ろした。
二人は少し離れて立っていた。
だが、同じ方向を向いていた。
俺は記録帳に書いた。
ダンジョンスタンピード一次封鎖成功。
勇者側、魔王軍側、共同対応。
古竜アン、前線不参加。
後方防衛一件。
キュルル緊急退避実施。
被害、確認中。
会計官がまた覗いた。
「前線不参加、明記ありがとうございます」
「重要です」
「後方防衛一件は?」
「止めただけです」
「倒していませんね」
「倒していません」
「助かります」
何が助かるのか。
分かる。
分かるのが嫌だ。
戦いは終わった。
だが、処理は残る。
負傷者。
魔物の死骸。
魔石。
封鎖維持。
原因調査。
冒険者ギルドへの報告。
魔王軍の報告。
共同戦果の扱い。
アン不参加の確認。
後方防衛の記録。
キュルルの精神状態。
やはり荷が多い。
アンはキュルルを下ろした。
キュルルは地面に降りると、少しだけ背筋を伸ばした。
「僕、緊急退避された」
「されたな」
「悪くなかった」
「そうか」
アンが言った。
「また運ぼう」
キュルルは少し考えた。
「緊急時だけ」
「分かった」
「落とさないなら」
「落とさぬ」
「小型竜にならないなら」
「ならぬ」
「鳴かないなら」
「鳴かぬ」
キュルルは頷いた。
「なら、まあ」
少しだけ、距離が縮まったのかもしれない。
本当に少しだけ。
アレンと魔王が戻ってきた。
アレンは少し疲れている。
魔王も少し息が荒い。
だが、二人とも立っている。
「止まったな」
アレンが言った。
「止まった」
魔王が答えた。
俺は頷いた。
「勇者と魔王の共同防衛実績ができました」
アレンが少し笑った。
「そこか」
「そこです」
魔王も言った。
「だが重要だ」
「分かってくれて助かります」
魔王はアンを見た。
「アン殿は」
「後方で止めました」
アンが答えた。
「倒してはいない」
「よい判断だ」
魔王が言うと、アンは少し満足そうにした。
「我も運用を覚えてきた」
「早いですね」
俺は言った。
「古竜だからな」
「そこは古いのに」
「む」
キュルルが言った。
「アンはキュルル係としては悪くない」
アンがキュルルを見た。
「そうか」
「緊急時だけだけど」
「分かった」
二人は少しだけ距離を縮めた。
本当に少しだけ。
白い小動物と、白髪の古竜少女。
まだ被っている。
だが、役割は分かれてきた。
魔王軍の将が近づいてきた。
「ユート殿」
「はい」
「アン様を後方に置いた意味が分かりました」
「それはよかった」
「前線に出していれば、我々は何もできなかった」
「そうなります」
「だが、後方にいてくださるだけで、最後の不安が消えた」
「安全装置です」
将は深く頷いた。
「勝つためではなく、負けないため」
「はい」
会計官が横から言った。
「そして戦果配分が壊れないため」
「それも大事です」
「非常に大事です」
魔王が苦笑した。
「会計官らしいな」
「陛下、戦後処理は戦場で始まっています」
「知っている」
「では予算を」
「今はやめろ」
会計官は黙った。
だが、諦めてはいない顔だった。
俺はその顔を見なかったことにした。
見たが、記録しない。
いや、少し記録する。
戦闘後、封鎖線の仮設拠点が作られた。
魔王軍と人間側の合同拠点。
看板には、こう書かれた。
東ダンジョン共同封鎖管理所
俺はそれを見た。
「また管理所が増えた」
リナが笑った。
「この旅、管理所を作りがちですね」
「作らないと揉める」
「そうですね」
キュルルが口を開いた。
一枚。
「共同封鎖管理所設置記録」
「一枚でいい」
「分かってる」
アンがそれを覗いた。
「紙は便利だな」
キュルルが胸を張った。
「でしょ」
「石より軽い」
「そこ!」
キュルルは嬉しそうだった。
少しだけ。
アンも少しだけ満足そうだった。
俺は木札に触れた。
頭の中に神の声が響く。
『よい配置だった』
「神様」
『強すぎる荷は、前に置くと道を壊す』
「はい」
『後ろに置けば、支えになる』
「今回の教義ですか」
『採用』
「重いですね」
『古竜だからな』
「でしょうね」
ミリアが俺を見た。
「神様?」
「よい配置だったそうだ」
「神様も納得の後方配置ね」
「はい」
アレンが言った。
「アンが後ろにいると思うと、前に出やすかった」
魔王も頷いた。
「同感だ」
アンは少しだけ首をかしげた。
「我は何もしておらぬ」
「していないことに意味がありました」
俺は言った。
「不思議なものだ」
「運用です」
「む」
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
ダンジョンスタンピードは一次封鎖された。
勇者と魔王は共闘した。
アンは前線に出なかった。
キュルルは緊急退避された。
共同封鎖管理所ができた。
そして、また書類が増えた。
俺は記録帳を閉じた。
「強すぎる仲間は、勝つためじゃなく、負けないために後ろへ置くんだよ」
第二部・完




