第67話 エンシェントドラゴンが会いに来ましたが、一歩だけ右にお願いします
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第67話 エンシェントドラゴンが会いに来ましたが、一歩だけ右にお願いします
港町を出て、半日ほど歩いた。
俺は黙っていた。
リナも黙っていた。
アレンも黙っていた。
ミリアは海風で少し乱れた髪を直していた。
セイルは街道脇の祠に軽く頭を下げていた。
ガルドは、先の道を見ていた。
キュルルは俺の背負い袋の横を歩いていた。
聖剣は寝ていた。
まだ寝ていた。
かなり寝る。
まあ、最近は聖剣もいろいろあった。
起こさないでおく。
「次の町までは、今日中に着きそうですね」
リナが言った。
「そうだな」
俺は答えた。
「魔道列車にも乗れましたし、港町でも無事でしたし」
「無事の定義が広いな」
「海賊も倒しました」
「倒したな」
「船には乗りませんでしたけど」
「乗らなくてよかった」
「狙撃手さん、気になってましたよね」
「言うな」
「気になってました」
「言うな」
キュルルが鼻をひくつかせた。
「ユート、まだ少し港の匂いがする」
「どんな匂いだ」
「塩、魚、船荷証券、あと未練」
「最後は嗅ぐな」
「狙撃手の未練?」
「違う」
「違うの?」
「違うことにする」
ミリアが笑った。
「珍しかったわね。ユートがああいう目をするの」
「道具運用が気になっただけだ」
「はいはい」
「本当だ」
「はいはい」
俺は街道を歩いた。
港を離れると、潮の匂いは薄くなっていった。
かわりに草と土の匂いが戻る。
普通の街道。
普通の空。
普通の雲。
普通の旅。
かなり大事だ。
普通は大事だ。
リナが空を見た。
俺は言った。
「見るな」
「まだ何も言ってません」
「見るな」
「でも」
「言うな」
「遠くに、何かいます」
俺は黙った。
アレンが空を見た。
ミリアも見た。
セイルも見た。
ガルドも見た。
キュルルは俺の足元から、俺の背中の後ろへ移動した。
「ユート」
「何だ」
「大きい匂いがする」
「大きい匂いとは」
「古い岩、雷、乾いた空、あと通行止め届」
「まだ出してない」
「必要になる匂いがする」
俺は空を見た。
遠くの山の上に、影があった。
翼。
長い尾。
角。
大きい。
かなり大きい。
普通のドラゴンではない。
以前のドラゴンも十分大きかった。
だが、あれはまだ村の上にいた。
今見えている影は、山にいた。
山の上に、別の山がいるように見える。
俺は街道を外れた。
何も言わずに。
リナもついてきた。
アレンもついてきた。
ミリアも、セイルも、ガルドもついてきた。
キュルルは小走りでついてきた。
「ユートさん」
リナが小声で言った。
「何だ」
「隠れるんですか?」
「隠れる」
「戦わないんですか?」
「戦わない」
「ドラゴンですよ」
「だから戦わない」
アレンが小声で言った。
「以前は戦った」
「あれ一匹で、どれだけ後処理したと思っている」
アレンは黙った。
かなり納得した顔だった。
俺たちは街道脇の岩陰へ入った。
木の陰ではない。
相手が大きすぎる。
木では隠れた気がしない。
岩陰でも怪しい。
だが、何もしないよりはいい。
俺は息を殺した。
来るな。
こっちを見るな。
気づくな。
飛んでいけ。
別の山へ行け。
できれば、魔石も持っていることを忘れさせてくれ。
いや、持っているのは仕方ない。
だが、こちらに関係するな。
巨大な影が、空で向きを変えた。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
山の上の影が、こちらを見た。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアも黙った。
セイルも黙った。
ガルドも黙った。
キュルルは俺の背中にくっついた。
「……見つかってないよな?」
俺は言った。
リナが小声で言った。
「ドラゴンは目が良いらしいです」
「誰情報だ」
「祖父です」
「罠猟師のじっちゃん、何でも知ってるな」
影が近づいてきた。
翼が動く。
空が暗くなる。
風が押し寄せる。
草が倒れる。
砂が舞う。
キュルルが俺の背中の後ろで、さらに小さくなった。
「ユート」
「何だ」
「これ、逃げる?」
「逃げても追いつかれる」
「だよね」
「隠れる?」
「もう見つかっている」
「だよね」
「では?」
「対応する」
「君の心臓どうなってるの?」
答えなかった。
巨大な影が、街道のそばへ降りた。
地面が揺れた。
小石が跳ねた。
鳥が飛んだ。
遠くで馬の鳴き声がした。
たぶん、荷馬車の馬だ。
悪い。
今は待ってくれ。
エンシェントドラゴン。
そう呼ぶしかない存在が、そこにいた。
鱗は黒ではなかった。
赤でもなかった。
古い石のような銀灰色。
角は白く長い。
目は金色。
翼をたたんでも、影が街道を覆っている。
前脚だけで、荷馬車より大きい。
尾の先が、街道脇の小さな石橋に乗っていた。
石橋は、まだ頑張っている。
かなり頑張っている。
『そなたが、荷物の神の信徒か』
声が降ってきた。
空気が震えた。
俺は見上げた。
リナは俺の横で固まっている。
アレンは剣に手をかけているが、抜いていない。
ミリアは杖を握っているが、構えていない。
セイルは祈りの姿勢に入る直前で止まっている。
ガルドは、ドラゴンと街道の位置を見ている。
キュルルは、俺の背中の後ろから半分だけ顔を出している。
「はい」
俺は言った。
「そうです」
『魔王より話を聞いた』
「魔王様」
俺は少しだけ空を見た。
「何を話しているんですか」
『人間の荷を見、魔王軍の補償を見、神の荷を扱う者がいると』
「広報しないでほしい」
『面白き者だと聞いた』
「面白くはありません」
『会ってみたくなった』
「来ちゃった、みたいに言わないでください」
エンシェントドラゴンは、少し首をかしげた。
その動きだけで、街道脇の標識が倒れた。
俺は見た。
見たので記録する。
あとで直す。
『我は敵意を持っておらぬ』
「分かっています」
『攻撃もしておらぬ』
「分かっています」
『ただ会いに来ただけだ』
「はい」
『ならば、何が問題なのだ』
俺は街道を見た。
前脚。
影。
尾。
石橋。
震えて動けない荷馬車。
遠くで止まっている旅人。
俺はドラゴンを見上げた。
「ドラゴン様」
『何だ』
「一歩だけ、右に移動していただけませんか」
全員が俺を見た。
リナも。
アレンも。
ミリアも。
セイルも。
ガルドも。
キュルルも。
エンシェントドラゴンも、俺を見た。
『右』
「はい。こちらから見て右です」
『なぜだ』
「街道が塞がっています」
『む』
「荷馬車が通れません」
『む』
「あと、その尾の下に、たぶん小さい橋があります」
エンシェントドラゴンは、ゆっくり尾を見た。
『これか』
「それです」
『踏んでおったか』
「乗っています」
『すまぬ』
「いえ。なので、一歩だけ右へ」
『一歩でよいのか』
「まず一歩でお願いします」
エンシェントドラゴンが動いた。
ゆっくり。
とてもゆっくり。
それでも地面が揺れた。
前脚が上がる。
影が動く。
街道の上に、光が戻る。
尾が石橋から外れる。
石橋は、まだ生きていた。
俺は息を吐いた。
「ありがとうございます」
『これでよいか』
俺は街道を見た。
通れる。
たぶん通れる。
ただし、街道のすぐ横にエンシェントドラゴンがいる。
馬は逃げる。
旅人は泣く。
荷馬車は止まる。
だが、障害物ではなくなった。
一応。
「とりあえず、街道は復旧しました」
リナが小声で言った。
「これ、復旧なんですか?」
「障害物ではなくなった」
「街道の横にドラゴン様がいますけど」
「それは別問題だ」
「別問題」
「通行機能は戻った」
アレンが額を押さえた。
「勇者として、これでいいのか少し悩む」
「敵意がない相手を斬るよりはいい」
「それはそうだ」
ミリアが言った。
「でも、馬車は通れる?」
遠くで馬がまた鳴いた。
通れない。
かなり通れない。
俺はエンシェントドラゴンを見上げた。
「次に、もう少しだけ街道から離れていただけますか」
『まだか』
「馬が怖がっています」
『我は何もしておらぬ』
「分かっています」
『声も荒げておらぬ』
「分かっています」
『ただ座っておるだけだ』
「はい」
『ならば、なぜ馬が怖がる』
「大きいからです」
沈黙。
風が吹いた。
キュルルが、俺の背中の後ろから小さく言った。
「ユート、言い方」
「事実だ」
「事実だけど」
エンシェントドラゴンは少し首を引いた。
『大きい』
「はい」
『それは我の罪か』
「罪ではありません」
『では』
「運用上の問題です」
『運用』
「はい」
俺は街道を指さした。
「ドラゴン様に悪気がなくても、街道の横にその大きさで座っていると、馬が通れません」
『む』
「旅人も通れません」
『むう』
「荷が止まります」
『荷が』
「止まります」
エンシェントドラゴンは少し考えた。
そして、もう一歩だけ動いた。
さらに右へ。
街道から離れた。
影が街道から外れる。
遠くの馬車の馬が、まだ怯えている。
だが、少しだけ前に出た。
御者が恐る恐る手綱を引く。
荷馬車が、ゆっくり街道を進んだ。
御者は顔面蒼白だった。
通り過ぎる時、俺たちを見た。
エンシェントドラゴンを見た。
また俺たちを見た。
俺は手を上げた。
御者は何も言わず、すごい速さで頭を下げた。
馬車は通り過ぎた。
通れた。
たぶん成功である。
キュルルが俺の背中から言った。
「通れたね」
「ああ」
「でも、ユートの心臓はおかしいと思う」
「街道が塞がっていたからな」
「そういう話じゃないと思う」
『心臓』
エンシェントドラゴンが言った。
俺は見上げた。
『そなた、我を恐れぬのか』
俺は少し考えた。
怖いか怖くないかで言えば、怖い。
目だけで馬車くらいある。
歯は柱だ。
前脚は建物だ。
声は雷に近い。
怖くないわけがない。
だが、街道は塞がっていた。
橋は踏まれていた。
馬車は止まっていた。
「怖いかどうかと、街道が塞がっているかどうかは別です」
全員が俺を見た。
キュルルが俺の背中の後ろから言った。
「やっぱり心臓どうなってるの?」
「街道の話だ」
「違うと思う」
エンシェントドラゴンは、しばらく俺を見ていた。
金色の目。
動かない。
俺も動かなかった。
動けなかった、とも言う。
『面白い』
「面白くありません」
『魔王の言った通りだ』
「魔王様、本当に何を言ったんですか」
『荷を見る者だと』
「それは合っています」
『敵意ではなく、位置を見る』
「位置が悪かったので」
『我を、位置の悪い荷として扱ったのか』
「荷というより、大型通行障害です」
ミリアが横を向いた。
肩が震えている。
リナも口元を押さえている。
アレンは遠い目をしていた。
セイルは静かに目を伏せていた。
ガルドはうなずいた。
なぜうなずいた。
キュルルだけが、俺の背中で小さく拍手した。
「大型通行障害」
『大型通行障害』
エンシェントドラゴンが繰り返した。
声が大きい。
言葉も大きい。
「もう少し声量を落としていただけますか」
『む』
「近いので」
「こうか」
少し小さくなった。
それでも大きい。
だが、耳が痛くなくなった。
「ありがとうございます」
「人間は細かいな」
「ドラゴン様が大きいんです」
「むう」
リナが小声で言った。
「ユートさん、さっきから本当にすごいこと言ってます」
「必要なことを言っているだけだ」
「それがすごいんです」
「そうか?」
「そうです」
キュルルが俺の背中から顔を出した。
「僕はまだここから言うけどね」
「何を」
「相手が大きい時は、ユートの背中が安全」
「俺を盾にするな」
「してる」
「正直だな」
エンシェントドラゴンがキュルルを見た。
キュルルはすぐに俺の背中へ戻った。
「白き小獣」
「キュルルです」
キュルルは背中から言った。
「キュルル」
「はい」
「名か」
「名です」
「よい名だ」
「ありがとう。でも、あまり見ないで」
「なぜだ」
「こわい」
キュルルは頑張った。
ただし、俺の背中からは出なかった。
リナが口元を押さえた。
ミリアは完全に笑っていた。
セイルは静かに目を伏せていた。
ガルドは視線をそらした。
アレンは困った顔をしていた。
エンシェントドラゴンは喉の奥で低く鳴った。
たぶん笑ったのだろう。
地面が少し震えた。
「笑う時も、地面が揺れるんですね」
俺は言った。
「む」
「街道脇なので、できれば控えめに」
「人間は細かい」
「ドラゴン様が大きいんです」
「二度目だな」
「何度でも言います」
「面白い」
「面白くありません」
アレンが一歩前に出た。
剣には手をかけていない。
だが、背筋は伸びている。
エンシェントドラゴンの金色の目が、アレンへ向いた。
「勇者か」
空気が止まった。
アレンは答えた。
「そうだ。アレンという」
「勇者が、剣を抜かぬのか」
「今は討伐依頼の話をしていない」
エンシェントドラゴンは、しばらくアレンを見ていた。
「昔の勇者は、我を見ればまず剣を抜いた」
「今の俺は、ユートに止められる」
「俺のせいか」
「だいたい」
アレンは少し笑った。
その笑いは、軽くはなかった。
だが、剣は抜いていない。
エンシェントドラゴンは首を下げた。
街道脇の草が揺れる。
「よい勇者だ」
アレンは黙った。
少しだけ目を伏せた。
「ありがとう」
「魔王も、よい目をしていた」
「魔王に会ったのか」
「昔から知っておる」
「そうか」
「あれも、背負いすぎる」
アレンは少し苦笑した。
「俺もよく言われる」
「言っている」
俺は言った。
「言われている」
アレンは訂正した。
エンシェントドラゴンは、また低く喉を鳴らした。
地面が揺れた。
俺は見上げた。
「控えめに」
「む」
笑うのを止めた。
かなり素直ではある。
素直だが、規模が大きい。
キュルルが鼻をひくつかせた。
「古い岩、雷、乾いた空、あと大型同行条件確認書の匂いがする」
俺は振り向いた。
「今、何と言った」
「大型同行条件確認書」
「なぜその匂いがする」
「必要になりそうだから」
その時、エンシェントドラゴンが言った。
「決めた」
俺は嫌な予感がした。
かなり嫌な予感がした。
「しばらく、そなたらを見ていこう」
全員が止まった。
リナも。
アレンも。
ミリアも。
セイルも。
ガルドも。
キュルルも。
俺も。
「見ていく」
「うむ」
「どこから」
「近くから」
「近く」
俺は街道を見た。
街道の横にエンシェントドラゴン。
馬車は通れるようになった。
通れるようになっただけで、安心して通れるとは言っていない。
それが近くからついてくる。
無理だ。
かなり無理だ。
「同行は難しいです」
「なぜだ」
「大きいからです」
「またか」
「またです」
「では、小さくなればよいのか」
俺は止まった。
「小さくなれるんですか」
「なれる」
全員が止まった。
「できるなら、最初からやってください」
「聞かれなかった」
ミリアが空を見た。
「出たわね。古代存在の悪いところ」
エンシェントドラゴンの体が光に包まれた。
山のような影が縮む。
翼が畳まれる。
角が小さくなる。
尾が短くなる。
地面の揺れが消える。
そこに、白い小型竜がいた。
丸い。
小さい。
白い。
金色の目。
小さな角。
妙に偉そう。
肩に乗れそうな大きさ。
キュルルが固まった。
「……待って」
小型竜が胸を張った。
「これならよかろう」
「声は大きいですね」
「む」
「もう少し小さく」
小型竜は口を開いた。
「キュルル」
全員が止まった。
キュルルも止まった。
「……今、何て?」
小型竜は首をかしげた。
「キュルル」
キュルルが叫んだ。
「僕の名前なんだけど!」
「竜語の挨拶だ」
「よりによって挨拶!?」
「小さい、白い、人外、肩に乗れそう、偉そう」
ミリアが指を折った。
「しかも鳴き声がキュルル」
「被ってる!」
キュルルが俺の背中に隠れた。
完全に隠れた。
「ユート。反対」
「何に」
「この姿での同行」
「なぜだ」
キュルルは俺の背中から顔を出した。
「被ってるから!」
「我は古竜である」
「僕は説明マスコットだよ!」
「役割は違うな」
俺は言った。
キュルルがこちらを見た。
「でしょ?」
「だが、見た目の棚が近い」
「棚!?」
「白い小型人外枠だ」
「それ僕の棚!」
「棚とは何だ」
「分類です」
「我を棚に入れるな」
「入ってきたのはドラゴン様です」
「む」
キュルルは俺の背中から言った。
「あと鳴き声。絶対にだめ」
「竜語なのだが」
「僕の名前でもあるんだよ!」
小型竜は考え込んだ。
キュルルは背中から出てこない。
本当に出てこない。
セイルが静かに言った。
「人型にはなれないのですか」
「なれる」
全員がまた止まった。
俺はゆっくり聞いた。
「なれるんですか」
「なれる」
「できるなら、最初からやってください」
「聞かれなかった」
「二回目です」
「聞かれなかったからな」
ミリアが笑いすぎてしゃがんだ。
「もうだめ。古代存在、面倒すぎる」
小型竜がまた光に包まれた。
白い鱗がほどける。
翼が消える。
角が細くなる。
尾が消える。
そこに、白髪の少女が立っていた。
金色の目。
小さな角。
古い時代の衣。
見た目だけなら、かなり神秘的だった。
リナが息をのんだ。
アレンも黙った。
セイルも静かに目を伏せた。
ガルドは距離を測っていた。
ミリアは笑いながら涙を拭いていた。
キュルルは少女をじっと見た。
少女もキュルルを見た。
「……今度は被ってない?」
キュルルが聞いた。
俺は少し考えた。
「白い人外枠では、まだ少し被っている」
「まだ!?」
「だが、小型竜よりはましだ」
「ならよし」
キュルルは少しだけ俺の背中から出た。
少女が言った。
「我が名は、アングラルル・ヴォル・エンシェント・レギア」
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアが小声で言った。
「長いわね」
「古き竜の名ゆえな」
キュルルが首をかしげた。
「略称は?」
「アンでも、ルルでもよい」
キュルルが止まった。
「……ルル?」
「そうだ」
「僕、キュルルなんだけど」
「知っておる」
「鳴き声がキュルルで、略称候補がルル?」
「そうなるな」
キュルルは静かに俺の背後へ戻った。
「ユート。反対」
「何に」
「ルル呼び」
「なぜだ」
キュルルは俺の背中から顔を出した。
「死活問題だから」
「略称はアンで」
俺は言った。
「む」
「ルルは却下です」
「なぜだ」
「混乱防止です」
「僕の精神衛生です」
キュルルが言った。
「あと、ブランド保護」
「お前、ブランド意識があったのか」
「あるよ! やっと説明マスコットになれたんだから!」
アレンが少し手を上げた。
「待て。アンだと、俺の名前と少し近くないか」
俺はアレンを見た。
アンを見た。
「アレン」
「アン」
「……近いな」
ミリアが笑った。
「勇者と古竜美少女で名前が近いの、物語的には悪くないんじゃない?」
「管理上は悪い」
俺は言った。
キュルルが俺の背中から顔を出した。
「でも、ルルよりはまし」
「それはそうだ」
アレンも頷いた。
「ルルよりはましだな」
「なぜ皆、ルルを避ける」
「死活問題だから!」
キュルルが叫んだ。
アンは首をかしげた。
「説明マスコットとは、そんなに重要なのか」
「重要だよ!」
「むう」
キュルルはまだ背中から出ない。
強気に言う。
でも出ない。
相手はエンシェントドラゴンである。
仕方ない。
俺は記録帳を開いた。
「同行するなら、条件があります」
「条件」
「はい」
キュルルがすぐに口を開いた。
一枚。
「古竜同行条件確認書」
「出すのか」
「これは必要だよ」
二枚。
「巨大化事前申請書」
「二枚目を出すな」
「これは絶対いるよ」
三枚。
「鳴き声使用確認書」
「それはお前の私怨だろ」
「大事だよ!」
アンが紙を見た。
「紙か」
「紙です」
「古き契約は石に刻むものだ」
キュルルが即座に言った。
「重い!」
「その方向で被らないでくれ」
俺は言った。
アンが眉をひそめる。
「被るとは何だ」
「説明マスコットと古代契約石板は、遠いようで近いです」
「近くないよ!」
キュルルが叫んだ。
「僕は紙! 一枚ずつ! 持ち運べる!」
「我は石に刻める」
「持ち運べない!」
「役割は分けます」
俺は記録帳に書いた。
古竜アン同行条件。
一、人型を基本形態とする。
二、本来の姿への巨大化は禁止。必要時は事前申請。
三、小型竜形態は、キュルルと鳴き声および見た目の棚が被るため、原則禁止。
四、戦闘参加は原則禁止。
五、自衛は可。
六、キュルルの緊急退避を担当する。
七、古代知識の提供は可。ただし情報が古すぎる場合は注記する。
八、ルル呼びは禁止。
九、「キュルル」という竜語の挨拶は、キュルル本人の近くでは控える。
十、街道、橋、宿、馬車、村の近くで巨大化しない。
アンは紙を見た。
「多いな」
「ドラゴン様が大きいからです」
「またそれか」
「何度でも言います」
キュルルが六番を見た。
「僕の緊急退避係」
「必要だろ」
「必要」
アンがキュルルを見た。
「我が、この白き獣を運ぶのか」
「白き獣じゃなくてキュルル」
「キュルル」
キュルルは警戒した。
「今のは名前?」
「名前だ」
「ならいい」
アンはうなずいた。
「危険時に抱えて逃げればよいのだな」
「そうです」
「容易い」
「戦闘参加はしないでください」
「なぜだ」
「強すぎるからです」
「強いのは良いことではないのか」
「程度によります」
アレンが言った。
「試すか?」
俺はアレンを見た。
「なぜ試す」
「どれくらいか分からないと、扱えないだろう」
「それはそうだが」
アンがアレンを見た。
「勇者よ。よいぞ」
アレンは剣を抜いた。
もちろん本気ではない。
軽く打ち込むだけ。
確認のため。
アンは片手を出した。
アレンの剣が動く。
金属音がした。
剣が止まった。
アンの指二本で。
俺は黙った。
リナも黙った。
ミリアが小さく言った。
「今、素手よね」
「素手だな」
アレンの剣は止まっていた。
アンは不思議そうに首をかしげた。
「人型であれば、そなたも安心して剣を振れるであろう」
「安心はしていない」
アレンが言った。
「そうか」
「人型とは」
俺は言った。
アンは答えた。
「形が人に似ているだけだ」
「性能まで人に寄せてください」
「不便だな」
「こちらの台詞です」
俺は同行条件に書き足した。
十一、人型時も戦闘力は人間相当ではないため注意。
十二、勇者の剣を指で止めない。
アンが紙を見た。
「十二は必要か」
アレンが言った。
「必要だと思う」
「そうか」
素直ではある。
本当に素直ではある。
だが、事故物件である。
超がつく。
キュルルが俺の背中から、少しだけ前に出た。
「ユート」
「何だ」
「本当に同行するの?」
「拒否できるか?」
キュルルはアンを見た。
白髪の少女。
金色の目。
小さな角。
人型になっても、背後に山のような気配がある。
キュルルは俺の背中に戻った。
「運用しよう」
「そうなる」
アンが言った。
「我は面白きものを見たいだけだ」
「分かりました」
「邪魔はせぬ」
「邪魔にならないための条件です」
「む」
「悪気がなくても、街道は塞がります」
「むう」
「怒っていなくても、馬は逃げます」
「むう」
「軽く触れただけでも、勇者の剣が止まります」
「あれは軽く受けただけだ」
「その軽くが問題です」
アンは少し考えた。
「不便だな」
「こちらの台詞です」
リナが小さく笑った。
アレンも少し笑った。
ミリアはまだ笑っている。
セイルは静かに頷いた。
ガルドは短く言った。
「ルールがあれば動ける」
「そうだ」
俺は記録帳を閉じた。
古竜アン。
エンシェントドラゴン。
人型美少女。
強すぎる。
古すぎる。
でかすぎる。
小型竜になるとキュルルと被る。
鳴き声も被る。
略称候補も被る。
戦闘参加は禁止。
巨大化は事前申請。
役割は、観光客。
古代知識。
そして、キュルル係。
かなり変な仲間が増えた。
いや、仲間と言っていいのか。
同行者。
事故物件。
観光客。
大型通行障害の人型版。
どれが一番正しいかは、まだ分からない。
木札が温かくなった。
頭の中に神の声が響く。
『運用せよ』
「神様」
『持てぬ相手でも、歩く距離を決めれば隣に置ける』
「今回の教義ですか」
『採用』
「重いですね」
『古竜だからな』
「はい」
ミリアが俺を見た。
「神様、何か言ったの?」
「運用せよ、だそうだ」
「神様も投げてきたわね」
「だいたいそうです」
キュルルが俺の背中から言った。
「神様に聞いて。ルル呼びは禁止って」
俺は木札に触れた。
「神よ。ルル呼びは禁止でよろしいですか」
頭の中に声が響いた。
『避けよ』
「避けよ、だそうだ」
「よかった」
キュルルは、ほんの少しだけ胸を張った。
俺の背中の後ろで。
アンが少し不満そうにした。
「む」
こうして、エンシェントドラゴンが同行することになった。
王道なら、強大な古竜が仲間になった場面である。
だが実際に増えたのは、戦闘禁止の観光客で、キュルルの緊急退避係だった。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの古竜同行条件確認は、これからだ。
「強すぎる仲間は、戦わせるより観光客にした方が安全なんだよ」
第二部・完




