第66話 海賊を退治したので船に乗ろうとしたら、狙撃手が気になります
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第66話 海賊を退治したので船に乗ろうとしたら、狙撃手が気になります
魔道列車に乗れた。
これは大きい。
本当に大きい。
俺たちは、徒歩なら何日もかかる道を、半日で移動した。
途中で名探偵っぽい一行を見送り、別系統の名探偵っぽい一行も見送り、ミミックに齧られたエルフを助けて駅員に引き継いだが、それでも乗れた。
乗れた判定でいい。
かなり乗れた。
そして着いたのは、港町だった。
潮の匂い。
カモメの声。
積み上げられた木箱。
行き交う船乗り。
魚を売る声。
ロープを引く音。
帆をたたむ音。
海面に反射する光。
リナは目を輝かせていた。
「海です!」
「海だな」
「すごいです!」
「広いな」
「船に乗るんですか?」
「予定ではな」
俺は港を見た。
船は便利だ。
大量の荷を運べる。
川や海を越えられる。
徒歩では行けない場所へ行ける。
ただし、荷物持ちの視点ではかなり面倒でもある。
濡れる。
揺れる。
腐る。
塩で傷む。
積み下ろしに時間がかかる。
船酔いが出る。
天候で止まる。
港湾使用料がある。
船荷証券がある。
そして、海には海賊がいる。
「海賊被害が出ています」
セイルが掲示板を読んで言った。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンは、もう掲示板の前に立っていた。
「見せてくれ」
「見るなと言っても見るよな」
「これは放っておけないだろう」
「まあ、そうだな」
掲示板には、港湾組合からの告知が貼られていた。
近海に海賊船出没。
商船三隻が襲撃。
積荷の一部奪取。
負傷者あり。
次便の出航延期。
討伐協力者募集。
報酬あり。
積荷返還時の確認手続あり。
「最後が大事だな」
俺は言った。
ミリアが呆れた顔をする。
「そこ?」
「奪われた荷を取り返すなら、返還確認がいる」
「海賊退治より先に?」
「海賊退治も大事だ。だが、取り戻した荷物を誰に返すかも大事だ」
キュルルが鼻をひくつかせた。
「港の匂い、すごいね」
「何が分かる」
「魚、塩、濡れた木、酒、古いロープ、船荷証券、未払いの港湾使用料」
「最後が嫌だな」
「あと、海賊被害届の匂い」
「それは紙か?」
「紙」
「だろうな」
キュルルは説明マスコットとして同行中である。
契約は迫らない。
説明する。
記録する。
紙を出す。
そして最近、匂いでもそこそこ役に立つ。
ただし、紙の匂いに偏っている。
アレンが言った。
「海賊を退治しよう」
その声は、かなり勇者だった。
俺は頷いた。
「分かった」
「いいのか?」
「人を襲い、荷を奪っている。これは止めるべき外部行動だ」
「言い方はともかく、助かる」
「ただし、船に乗る前に確認する」
「何を」
「保険、積荷、乗員数、海賊船の大きさ、奪われた荷の一覧、返還先、報酬条件、船酔い対策」
アレンは少し黙った。
「分かった。確認しよう」
本当に成長した。
港湾組合へ行くと、組合長が俺たちを迎えた。
日に焼けた中年の男だった。
顔色が悪い。
寝ていない顔だ。
「勇者様に来ていただけるとは……!」
「被害状況を聞きたい」
アレンが言った。
「はい。海賊船は一隻。黒い帆。小型ですが足が速い。商船を襲い、食料、布、薬、酒、金属工具を奪いました」
「人質は?」
「今のところ確認されていません」
「負傷者は?」
「数名。命に別状はありません」
セイルが静かに頷く。
「後で診ます」
俺は口を挟んだ。
「奪われた積荷一覧はありますか」
組合長は少し驚いた。
「積荷一覧ですか?」
「取り返した後に揉めます」
「あります!」
出てきた。
分厚い。
港湾組合だけあって、書類はある。
かなり好感が持てる。
キュルルが嬉しそうに覗き込んだ。
「いい紙だね」
「紙を褒めるな」
「でも、湿気対策が甘い」
組合長がぎくりとした。
「分かるのか?」
「紙の端が少し波打ってる」
「書類獣みたいだな」
「説明マスコットだよ」
呼び名が安定しない。
だが役に立つ。
海賊退治は、港湾組合の小型船に乗って行うことになった。
俺たちの荷は最小限。
救急箱。
水。
ロープ。
予備布。
記録帳。
キュルル。
聖剣。
聖剣は寝ていた。
起こすか迷ったが、起こさなかった。
今回はアレンの剣でいい。
たぶん。
「神よ」
俺は木札に触れた。
『聞いている』
「船に乗って大丈夫ですか」
『海賊退治ならよい』
「船旅そのものは?」
『短い。荷は軽い』
「なら行きます」
『ただし、海の物語には乗るな』
「海の物語」
『広い』
「でしょうね」
俺はそれ以上聞かなかった。
聞くと重くなる。
港を出ると、波が船を揺らした。
リナは楽しそうだった。
アレンは前方を見ている。
ミリアは帆の動きを見ている。
セイルは船酔いしそうな船員に声をかけている。
ガルドは甲板で立ち位置を確認している。
キュルルは木箱の上で丸くなっていた。
「大丈夫か」
俺が聞くと、キュルルは少し青い顔で答えた。
「書類が濡れそうで怖い」
「そこか」
「あと、揺れると一枚ずつ出しにくい」
「出すな」
「出さない」
偉い。
かなり偉い。
しばらく進むと、黒い帆が見えた。
海賊船だった。
小型だが速い。
こちらを見ると、進路を変えて近づいてくる。
「来たぞ!」
船員が叫ぶ。
アレンが前へ出た。
「こちらから行く!」
「船を壊すなよ!」
俺は言った。
「分かっている!」
アレンは分かっている時ほど危ない。
ミリアが杖を掲げた。
「風を読むわ」
「燃やすなよ」
「海で燃やすと思ってるの?」
「帆は燃える」
「分かってるわよ!」
ミリアは風を操った。
強風ではない。
帆を破らず、船を傾けず、こちらの船が少しだけ速くなる風。
火の魔法使いなのに、最近は火を出さない方が頼もしい。
リナがロープを見ていた。
「左から来ます! 鉤縄を投げてきます!」
その通りだった。
海賊が鉤縄を投げる。
ガルドが前に出て、剣の柄で弾いた。
「遅い」
低い声だった。
天狗面はない。
だが、言っていることは変わらない。
「ガルドさん、今の誰に言ったんですか?」
リナが聞く。
「鉤縄だ」
「鉤縄に」
「遅かった」
「そうですか」
海賊船が横付けする。
板が渡される。
海賊たちが叫びながら乗り込んでくる。
斧。
短剣。
曲刀。
粗い動き。
だが、海上の足場に慣れている。
普通の戦いとは違う。
甲板は揺れる。
足元は濡れる。
ロープがある。
箱がある。
帆柱がある。
転べば海。
「足元注意!」
俺は叫んだ。
「ロープを踏むな! 箱の上に乗るな! 濡れた板は滑る!」
アレンが剣を抜く。
「分かった!」
剣が海賊の武器を弾く。
一人。
二人。
三人。
アレンは前に出る。
だが、出すぎない。
船を壊さない。
敵を斬りすぎない。
武器を落とし、膝をつかせる。
かなり良い。
ガルドは別方向から来た海賊を止めている。
動きが短い。
甲板の揺れに合わせて、無駄なく踏む。
海の上でも強い。
「ガルドさん、船でも強いですね!」
リナが叫ぶ。
「足場が悪いだけだ」
「それが大変なんです!」
「慣れろ」
厳しい。
だが正しい。
ミリアは帆を燃やさずに、相手船の風を殺した。
黒い帆がだらりと落ちる。
海賊船の速度が落ちる。
「帆を焼くより上品でしょ?」
「かなり」
俺は言った。
「後で修理費を請求されにくい」
「褒め方が嫌!」
セイルは負傷者を見ている。
海賊も船員も、命に関わる傷はすぐ止める。
敵味方の区別は、戦闘が終わってからでいい。
今は死なせない。
キュルルが口を開いた。
一枚。
「拿捕記録票!」
「今は一枚でいい!」
「うん!」
ちゃんと止まった。
ただし風で飛びそうになった。
俺は近くの木箱で押さえた。
「紙は海に弱いな!」
「だから船は嫌なんだよ!」
キュルルが叫んだ。
確かに。
海と書類は相性が悪い。
海賊の頭目らしき男が出てきた。
大柄。
ひげ。
派手な帽子。
いかにも海賊だった。
「何者だ!」
アレンが剣を構える。
「勇者アレンだ」
「勇者だと?」
頭目が笑った。
「陸の英雄が、海で戦えると思うなよ!」
かなり王道の台詞だった。
アレンは少しだけ笑った。
「海では俺一人じゃ無理だ」
「何?」
「だから、みんなで来た」
ガルドが横から頭目の足場を崩した。
ミリアが帆の影をずらし、視界を奪う。
リナがロープを切り、逃げ道を塞ぐ。
俺が鉄棒で転がった箱を止める。
セイルが負傷者を下げる。
アレンが踏み込む。
剣が頭目の曲刀を弾き飛ばした。
頭目は甲板に転がった。
ガルドが剣の切っ先を突きつける。
「終わりだ」
本当に終わった。
海賊たちは次々に武器を捨てた。
戦闘は短かった。
被害は少なかった。
船も沈まなかった。
帆も燃えなかった。
かなり良い海賊退治だった。
その後が長かった。
海賊の拘束。
怪我人の治療。
奪われた積荷の確認。
濡れた木箱の乾燥。
所有者との照合。
港湾組合への連絡。
拿捕記録。
被害届。
海賊船の曳航。
キュルルは途中で紙を出しかけて、俺に止められた。
「今は何が必要だ」
「積荷返還確認票」
「一枚」
一枚。
「次は?」
「海賊拘束者一覧」
「一枚」
一枚。
「次」
「濡損報告書」
「一枚」
一枚。
キュルルは成長していた。
そして俺は、紙を押さえるための重しが欲しくなった。
軽くなった伝説の宝珠があれば、今こそ使えたかもしれない。
いや、今それを考えると別の荷が来る。
やめよう。
港へ戻ると、町は大騒ぎになった。
海賊船を曳いて帰ってきたのだから当然だ。
港湾組合長は泣きそうな顔で俺たちを迎えた。
「ありがとうございます!」
アレンが少し照れた。
「被害が減ってよかった」
「勇者様!」
町の人々が集まる。
拍手。
歓声。
感謝の声。
そして、宴会。
港町の宴会はすごかった。
魚。
貝。
焼いた海老。
塩焼き。
スープ。
パン。
果実酒。
船乗りの歌。
リナは魚料理に目を輝かせていた。
ミリアは港の酒を飲みすぎないようにセイルに見られていた。
ガルドは黙って食べていたが、皿がかなり早く空になっていた。
アレンは子供たちに囲まれていた。
「海賊を倒したんだろ!」
「剣見せて!」
「勇者様、船でも強いの?」
アレンは困ったように笑っていた。
だが、悪くない顔だった。
勇者として、ちゃんと人を助けた顔だ。
俺は港湾組合長と積荷返還表を確認していた。
宴会中にやることではない。
だが、宴会中にやらないと、明日の朝には誰が何を持っていたか曖昧になる。
キュルルが隣で紙を押さえている。
「風が強い」
「港だからな」
「紙に厳しい場所だね」
「それでも必要だ」
「うん」
キュルルは真面目に頷いた。
説明マスコットは、海風の中でも働いていた。
翌朝。
俺たちは港へ向かった。
船便を確認するためである。
海賊は退治した。
航路は再開する。
港湾組合長も、次の便に乗せてくれると言っていた。
つまり、船に乗れる。
今度こそ。
そう思っていた。
港に着くまでは。
港の向こうで、やたら元気な声が響いた。
「海賊王に――」
俺は聞かなかったことにした。
木札が熱くなった。
かなり熱い。
『乗るな』
「神よ」
『乗るな』
「二回言いましたね」
『大事なことだからな』
俺は港の方を見た。
小さくて騒がしい船がある。
船首が特徴的だ。
やたら元気な少年がいる。
剣士らしき男。
航海士らしき女。
料理人らしき男。
そして、長い鼻の狙撃手らしき男。
その一味の周りだけ、空気が違った。
夢。
冒険。
仲間。
宝。
賞金首。
騒動。
修理費。
食費。
キュルルが鼻をひくつかせた。
「夢、冒険、仲間、賞金首、食費、修理費の匂いがする」
「食費と修理費が現実的だな」
「あと、船がよく壊れそう」
「やはり乗らない」
アレンが首をかしげる。
「昨日、海賊は退治した。今日は船に乗れるのでは?」
「海賊は退治していい」
「なら」
「だが、海賊王を目指す船には乗るな」
アレンは黙った。
少し考えて、頷いた。
「何となく分かる」
「分かるのか」
「たぶん、長くなる」
「そうだ」
ミリアが港を見ながら笑った。
「でも、楽しそうじゃない?」
「楽しそうな船ほど危ない」
「昨日も似たようなこと言ってたわね」
「速い道、海の道、夢の船。だいたい危ない」
リナは少し残念そうだった。
「海、行かないんですか?」
「行かないわけではない。今日は行かない」
「今日は」
「今は陸路にする」
キュルルが言った。
「船便の払い戻し規定、読む?」
「読んでくれ」
「うん」
キュルルが口を開きかけたので、俺は止めた。
「出すな。掲示板を読め」
「はい」
本当に成長している。
俺は船を見た。
そして、少しだけ目が止まった。
長い鼻の狙撃手らしき男。
彼だけは、少し気になった。
腰には道具。
背には袋。
足元には弾薬らしき箱。
視線は相手ではなく、風と距離と足場を見ている。
前線に出る気配はない。
だが、戦場から目を離していない。
道具を使う。
距離を測る。
風を読む。
荷物も多い。
あれは、少し違う。
アレンが言った。
「どうした?」
「いや」
「気になるのか?」
「少し」
リナが驚いた。
「ユートさんが?」
「前に出ない。だが戦場を見ている。道具を使う。距離を測る。風を読む。荷物も多い」
ミリアがにやりと笑った。
「乗りたいの?」
俺は黙った。
少しだけ、考えた。
あの船に乗れば、面白いものが見られるかもしれない。
海。
島。
宝。
道具。
嘘。
狙撃。
逃げ足。
現場の工夫。
かなり気になる。
木札がさらに熱くなった。
『乗るな』
「分かっています」
『誘惑されているな』
「されています」
『素直でよい』
「ですが、乗りません」
俺は息を吐いた。
「あの狙撃手は参考にする。だが、あの船には乗らない」
キュルルが言った。
「物語の匂いが強すぎるよ」
「だろうな」
「あと、嘘の匂いもする」
「嘘?」
「でも、悪い匂いだけじゃない」
「そうか」
俺はもう一度だけ、港の船を見た。
長い鼻の狙撃手は、何か大げさに喋っていた。
周囲の仲間が笑っている。
たぶん、嘘をついている。
だが、ただの嘘ではない気がした。
時間を稼ぐ嘘。
仲間を安心させる嘘。
自分を奮い立たせる嘘。
そういうものもあるのかもしれない。
「ユートさん?」
リナが聞いた。
「行くぞ」
「船ではなく?」
「陸路だ」
アレンが苦笑した。
「海賊を退治した翌日に、船を避けるのか」
「海賊は退治できる。だが、あの船の物語は退治するものではない」
セイルが静かに言った。
「関わるもの、ではないのですね」
「少なくとも今はな」
ガルドが短く言った。
「持てぬ荷だ」
「そうだ」
木札が温かくなった。
『気になる荷ほど、持つ前に重さを量れ』
「今回の教義ですか」
『採用』
「重いですね」
『海だからな』
「海だから」
『あと、海賊王だからな』
「神様、名前を出さないでください」
『む』
神様が少し黙った。
気をつけてほしい。
この業界、ナマモノは危ない。
俺たちは港を離れた。
背中に荷物。
腰に記録帳。
足元は陸路。
海風はまだ吹いている。
昨日、俺たちは海賊を退治した。
宴会もした。
港町は救われた。
それで十分だ。
海に出れば、もっと広い世界があるのだろう。
夢もある。
宝もある。
仲間もいる。
嘘つきの狙撃手もいる。
少しだけ、見てみたかった。
だが、見ることと乗ることは違う。
参考にすることと、同行することは違う。
憧れることと、背負うことも違う。
俺たちは俺たちの荷を持つ。
持てる分だけ持つ。
持てぬ海は、今日は置いていく。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの陸路撤退は、これからだ。
「海賊は退治していい。だが、海賊王を目指す船には乗るな。旅が海より広がるぞ」
第二部・完




