第64話 契約マスコットが同行しますが、契約はしません
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第64話 契約マスコットが同行しますが、契約はしません
救急箱の運用を決めた翌朝。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアは、机の上に置かれた紙束を見ていた。
セイルは、静かにお茶を飲んでいた。
ガルドは、宿の入口を見ていた。
聖剣は寝ていた。
かなり深く寝ていた。
そして、キュルルがいた。
白い小動物。
長い耳。
丸い尻尾。
白い毛。
妙にきらきらした目。
契約を迫ってきた営業獣。
今は、俺たちの机の上で、救急箱の補充依頼書を整理していた。
「これ、昨日使った分の控えだよ」
キュルルは言った。
「応急処置記録票、十七枚。搬送記録用紙、六枚。小児搬送記録用紙、三枚。補充依頼書、一枚」
「よく覚えているな」
「紙のことだからね」
「紙のことだと強いな」
「営業獣だからね」
「だんだん納得しそうになるのが嫌だ」
キュルルは胸を張った。
契約獣。
いや、営業獣。
いや、最近は書類獣である。
出会った時点では、こいつは契約を迫る危険な白いマスコットだった。
だが、契約書を読まれ、説明会へ回され、救急現場で応急処置記録票を出し、救急箱の補充書類まで用意するようになった。
成長している。
たぶん。
「それで」
キュルルは、少しだけ姿勢を正した。
「相談があるんだけど」
俺は黙った。
リナも少し身を乗り出した。
アレンは警戒した。
ミリアは面白そうに笑った。
セイルは茶器を置いた。
ガルドは入口から視線を戻した。
「契約ならしないぞ」
俺は言った。
「違うよ」
「本当に?」
「本当に」
「魔法少女にもならないぞ」
「分かってる」
「魔法荷物持ちにもならない」
「それはまだ少し惜しいけど」
「惜しむな」
キュルルは少し耳を下げた。
「しばらく、同行してもいいかな」
俺は黙った。
リナの顔が明るくなった。
「キュルルさんが一緒に?」
「うん」
アレンが腕を組む。
「理由は?」
「契約トラブル防止説明会の実地研修」
「実地研修」
ミリアが笑った。
「完全に仕事じゃない」
「仕事だよ」
キュルルは真面目に言った。
「契約を取るだけじゃなくて、説明して、記録して、必要な書類を出す。そういう方向で営業獣協会に報告したら、しばらく実地活動をして成果を出せって言われたんだ」
「成果とは?」
俺が聞く。
「契約前説明の実施件数。契約トラブル防止件数。書類提供件数。あと、現場での書類活用事例」
「最後がうちのせいだな」
「たぶん」
「契約書で止血したから」
「正確には応急処置記録票だよ」
そこは譲らないらしい。
紙の分類にはうるさい。
アレンが言った。
「同行して危険はないのか」
「ないよ」
キュルルは胸を張った。
「契約しなければ」
「そこが怖いのよ」
ミリアが言った。
「契約しなければ安全なマスコットって、だいぶ危なくない?」
「だから、契約は迫らない」
「本当かしら」
「説明する」
「説明」
「記録する」
「記録」
「紙を出す」
「最後が一番得意そうね」
「得意だよ」
キュルルはまた胸を張った。
リナは嬉しそうに言った。
「私は、いてくれたら助かると思います。昨日も一昨日も、紙がすごく役に立ちました」
「一昨日は救急箱の書類だな」
「はい」
セイルも静かに頷いた。
「応急処置記録票は助かりました。正式な医療具ではありませんが、緊急時には使えました」
「正式な医療具ではない」
キュルルは少し真剣な顔で復唱した。
「次から、正式な緊急用厚紙も出せるように申請しておくよ」
「申請書系なら出せるのでは?」
俺が聞くと、キュルルは首を横に振った。
「出せる紙にも管轄があるんだ。契約・説明・同意・申請・記録は得意だけど、医療資材としての紙は別部門」
「紙の世界も面倒だな」
「どの世界も、書類は面倒だよ」
「お前が言うと重い」
ガルドが短く言った。
「便利ではある」
「珍しいな。ガルドが認めた」
「昨日の現場で使えた」
「それはそう」
「だが、荷は増える」
全員が俺を見た。
正しい。
キュルルが同行するということは、仲間が一匹増えるということだ。
仲間が増えるとは、荷が増えるということでもある。
食費。
寝場所。
安全確認。
迷子防止。
契約管理。
書類管理。
別紙管理。
「キュルル」
「何?」
「同行するなら条件がある」
「うん」
俺は記録帳を開いた。
キュルル同行条件。
一、契約を迫らない。
二、契約書は事前に渡す。
三、別紙を勝手に増やさない。
四、必要ない時に紙を出さない。
五、食費は自腹。
六、月露を請求しない。
七、紙を出す時は一枚ずつであることを自覚する。
八、出しすぎたら自分で回収する。
九、同行中に得た個人情報を無断で営業利用しない。
十、契約説明会を開く場合は、場所と時間と責任者を事前に決める。
キュルルは黙った。
リナも黙った。
アレンは頷いた。
ミリアは笑っている。
セイルは真面目に読んでいる。
ガルドは九番で少し目を細めた。
「九番、大事だな」
「大事だ」
俺は言った。
「救急現場で名前や怪我の情報を扱うことがある。説明会で願いを聞くこともある。それを営業に使われると困る」
キュルルは真面目な顔で頷いた。
「それはしない」
「本当だな」
「うん。契約トラブル防止説明会の規程にも、個人情報の目的外利用禁止って追加された」
「かなりまともになってきたな」
「君のせいだよ」
「俺のせいか」
「契約書を読まれたから」
「読まれる前提で作れ」
「最近、協会でもそれを言われる」
ミリアが吹き出した。
「すごいわね。ユート、営業獣協会を少し変えてるじゃない」
「変えたくて変えたわけではない」
「契約書を全部読む客は、業界を変えるんだよ」
キュルルがしみじみ言った。
「営業獣が言うと妙に説得力があるな」
アレンが同行条件を見た。
「十一番を足した方がいい」
「何だ」
「危険時は、ユートの荷袋に勝手に入らない」
キュルルが耳をぴくりとさせた。
俺はキュルルを見た。
「入るつもりだったのか」
「緊急避難先としては、いいかなって」
「駄目だ」
「少しだけでも?」
「駄目だ。神様が怒る」
木札が温かくなった。
『怒る』
「ほら」
キュルルはびくっとした。
「神様、聞いてるの?」
「たまに」
『たまにではない』
「よく聞いてる」
『荷袋に営業獣を入れるな』
「はい」
キュルルはしょんぼりした。
「じゃあ、どうすればいいの」
ガルドが言った。
「自分で走れ」
「厳しい」
リナが言った。
「小さいですから、踏まれない場所を決めましょう」
セイルも言う。
「戦闘時や事故現場では、キュルルさんの待機位置が必要ですね」
「それだ」
俺は十一番を書いた。
十一、危険時の待機位置を事前に決める。
十二、荷袋には入らない。
十三、足元をうろつかない。
十四、アレンのマントの中にも入らない。
アレンが俺を見た。
「なぜ俺のマントが出る」
「入りそうだから」
キュルルは目をそらした。
「少し考えた」
「考えるな」
「マント、広そうだったから」
「俺のマントを避難所にするな」
ミリアが笑った。
「マント増殖防止に続いて、マント避難所禁止ね」
「俺のマントに規則が増えていく」
「増やしているのはお前のマントだ」
「マントは何もしていない」
「油断すると増える」
アレンは額を押さえた。
セイルが同行条件を確認する。
「これなら、私は賛成です」
リナも言った。
「私も賛成です」
ミリアが肩をすくめる。
「面白そうだし、いいんじゃない?」
ガルドが短く言った。
「役に立つならよい」
アレンが最後に頷いた。
「契約を迫らないなら、俺も反対しない」
全員の視線が俺に戻る。
俺は少し考えた。
キュルルは危ない。
かわいい顔で契約を迫る。
だが、今は契約を迫るより、説明し、記録し、紙を出す方向に育っている。
便利すぎるわけでもない。
出せるのは主に書類。
しかも一枚ずつ。
戦闘力はない。
収納力もない。
食費は自腹。
月露は禁止。
荷袋にも入れない。
なら、まあ。
「分かった」
俺は言った。
「しばらく同行を認める」
キュルルの目が輝いた。
「本当?」
「ただし、契約はしない」
「迫らない」
「説明する」
「説明する」
「紙は必要な時だけ」
「努力する」
「そこは断言しろ」
「必要な時だけ出す」
「よし」
キュルルは嬉しそうに跳ねた。
白い小動物が跳ねると、見た目だけは本当にマスコットだった。
見た目だけは。
「じゃあ、同行契約書を」
キュルルが口を開きかけた。
俺は鉄棒をそっと前に出した。
キュルルは口を閉じた。
「契約ではなく、同行条件確認書だね」
「そうだ」
「出していい?」
「一枚だけ」
キュルルは口を開いた。
一枚。
紙が机に落ちる。
同行条件確認書。
そこで止まった。
全員が少し感動した。
「止まった」
リナが言った。
「止まれた」
キュルルは誇らしそうだった。
「成長している」
俺は認めた。
「営業獣だからね」
「それは関係あるのか」
「あることにして」
俺たちは同行条件確認書を読んだ。
読みやすかった。
かなり読みやすかった。
大きな文字。
箇条書き。
費用欄。
禁止事項。
解除条件。
別紙なし。
俺は少し驚いた。
「別紙がない」
キュルルは胸を張った。
「今回は一枚にまとめた」
「やればできるじゃないか」
「すごく大変だった」
「そうだろうな」
「別紙に逃げたかった」
「逃げなかったのは偉い」
「ありがとう」
内容は、さっき決めた条件そのままだった。
食費自腹。
契約勧誘禁止。
書類提供は必要時のみ。
個人情報の営業利用禁止。
危険時は指定位置へ退避。
荷袋・マントへの侵入禁止。
出しすぎた書類は自分で回収。
期間は「当面」。
解除は、ユートまたはパーティ多数の判断。
「多数決なのか」
アレンが言った。
「一人の判断だと揉めるから」
キュルルが言った。
「でも、契約勧誘違反だけは即時解除」
「そこは厳しいな」
「そこは厳しくしないと信用されないから」
かなり成長している。
俺は署名欄を見た。
「これは契約ではないんだな?」
「確認書だよ」
「拘束力は?」
「同行中のルール確認。違反時は同行解除」
「ならいい」
「願いは叶わないよ」
「叶えなくていい」
「魔法少女にもならないよ」
「ならなくていい」
「衣装も出ないよ」
「少しだけ残念ですね」
リナが言った。
「リナ」
「すみません」
「背負い袋モチーフはやめろ」
キュルルが小さく言った。
「デザイン案だけなら」
「出すな」
キュルルは口を閉じた。
危ない。
口を開くと何か出る。
確認書に全員で署名した。
キュルルも前足で小さく印を押した。
肉球印。
かわいい。
だが、契約ではない。
ここは大事だ。
その後、問題はすぐに発生した。
「キュルルの荷物はどうする?」
俺が言うと、キュルルは得意げに言った。
「僕は身軽だよ」
「書類は?」
「口から出す」
「食料は?」
「少し持ってる」
「どこに」
キュルルは目をそらした。
「口の中の保管区画に」
全員が黙った。
「お前の口、どうなっているんだ」
「営業獣の秘密」
「食料と書類は分けてあるんだろうな」
「もちろん」
「本当に?」
「もちろん」
「確認できないのが怖い」
セイルが言った。
「衛生上、救急用の紙は清潔区画から出してください」
「うん。医療系と契約系は分けた」
「医療系」
「昨日から増えた」
「営業獣の体内区画が増えるのか」
「申請が通れば」
ミリアが腹を抱えて笑っていた。
「何よ、体内区画の申請って」
「協会に出すんだよ」
キュルルは真面目だった。
「書類発行能力は、用途ごとに管理されているから」
「本当に書類の生き物ね」
「営業獣だからね」
アレンが言った。
「同行中の食事は普通のものでいいんだな?」
「うん」
「月露は?」
「好きだけど、請求しない」
「星砂糖は?」
「好きだけど、請求しない」
「偉いな」
キュルルは少し誇らしそうだった。
「最近、普通のスープも好きだよ」
リナが嬉しそうに言った。
「じゃあ、今度作りますね」
「ありがとう!」
キュルルは跳ねた。
マスコットらしかった。
かなり。
その日の昼。
俺たちは王都の外へ出た。
目的地は、近郊の小さな町。
そこに、契約説明会の依頼があるらしい。
キュルルが持ってきた依頼だ。
ただし、今回は契約獲得ではない。
契約トラブル防止説明会。
願いと契約の基礎。
魔法少女契約の危険性。
違約金の読み方。
マスコット同行費用。
解約条件。
別紙の確認。
「題目が重いな」
アレンが言った。
「願いは軽く見えるから、説明は重いくらいでいい」
俺は言った。
キュルルが隣を歩く。
小さいので歩幅が合わない。
時々、リナが速度を落とす。
「乗りますか?」
リナが聞いた。
「歩くよ。同行条件に、荷袋に入らないってあるから」
「私の肩は?」
「危険時以外なら、いいかな?」
「ユートさん」
リナが俺を見る。
俺は考えた。
「長時間でなければ可。ただし、戦闘時は降りる」
キュルルが耳を立てた。
「追加条項?」
「追加条件だ」
「紙にする?」
「今はしない」
キュルルは口を閉じた。
偉い。
かなり偉い。
街道を歩きながら、キュルルは俺たちを見上げた。
「ねえ」
「何だ」
「マスコットって、何をすればいいの?」
俺は少し考えた。
リナも首をかしげた。
アレンは難しい顔をした。
ミリアが言った。
「かわいくしてればいいんじゃない?」
「かわいさには自信あるよ」
「そこはあるのね」
セイルが言った。
「必要な時に、皆を和ませることも役割かもしれません」
ガルドが言った。
「邪魔をしないことだ」
「厳しい」
「だが重要だ」
「たしかに」
俺は言った。
「契約を迫っている間は危険物だった」
「ひどい」
「事実だ」
「うん」
「説明して、記録して、必要な紙を出すようになった今なら、マスコットになれる」
「そういうもの?」
「たぶんな」
「じゃあ、僕は何マスコット?」
俺は少し考えた。
「説明マスコット」
キュルルは微妙な顔をした。
「かわいくない」
リナが言った。
「書類マスコット」
「もっとかわいくない」
ミリアが笑った。
「契約を迫らないマスコット」
「それ、過去の失敗がずっとついてくるよね」
アレンが言った。
「同意確認マスコット」
「堅い」
セイルが言った。
「記録を残すマスコット」
「真面目」
ガルドが言った。
「紙」
「単語だけ!?」
俺は結論を出した。
「契約マスコット改め、説明マスコットだな」
キュルルは少し悩んだ。
「もう少し夢がほしい」
「夢の前に約款を読む」
「君らしいね」
「お前も覚えた方がいい」
「覚えたよ」
しばらく歩くと、道端に小さな看板があった。
契約説明会はこちら
矢印つき。
キュルルが胸を張る。
「今回の会場だよ」
「準備が早いな」
「今回はちゃんと事前告知した」
「いいことだ」
「参加無料。契約不要。持ち帰り資料あり」
「かなりいい」
「質疑応答あり」
「大事だ」
「個別相談は予約制」
「完璧では?」
キュルルは嬉しそうだった。
「頑張った」
本当に成長している。
会場は町の集会所だった。
中には、すでに人が集まっている。
若者。
親子。
老人。
冒険者。
商人。
願いを持つ者。
契約に興味がある者。
魔法少女という言葉に惹かれた者。
そして、たぶん危ない勢いで契約しそうな者。
キュルルは壇上に上がった。
小さいので、台の上にさらに箱を置いた。
その上に立つ。
かわいい。
だが、話す内容は重い。
「今日は、魔法少女契約の説明会に来てくれてありがとう」
キュルルは言った。
「最初に言っておくね。今日、ここで契約はしません」
会場が少しざわついた。
「契約しないのか?」
「願いは?」
「魔法少女は?」
キュルルは首を横に振った。
「願いは大事だよ。でも、願いに契約がつくと、義務もつく。費用もつく。解約条件もつく。だから、今日はまず読む」
俺は少し驚いた。
キュルルは続けた。
「願いが軽く見える時ほど、契約は重い。契約とは、目に見えない荷だよ」
俺は木札に触れた。
神の声が響く。
『よい』
「神様、公認です」
『説明獣としてならよい』
「契約獣では?」
『説明獣だ』
キュルルの肩書きが神に変えられた。
本人は知らない。
あとで言うか迷う。
キュルルは一枚だけ紙を出した。
一枚。
概要説明書。
会場が少しどよめいた。
「一枚だけ?」
「今日は一枚ずつ出す練習も兼ねています」
俺は小声で言った。
リナが笑った。
キュルルは概要を説明する。
願いの範囲。
審査。
災厄討伐義務。
衣装破損。
マスコット同行費用。
解約条件。
違約金。
肖像利用。
精神的損耗。
会場の空気が、だんだん現実的になっていく。
夢が冷める音がする。
だが、それでいい。
夢は冷めてから契約しても遅くない。
質疑応答で、若い少女が手を挙げた。
「好きな人に振り向いてほしい願いは叶いますか?」
キュルルは即答しなかった。
昔なら、きっと曖昧に笑っただろう。
だが、今は違った。
「他人の意思に関わる願いは審査になるよ。相手の心を無理に変える願いは、基本的に通りにくい」
少女は少し驚いた。
「そうなんですか」
「うん。願いは自分のものだけど、相手の心は相手のものだから」
俺は少しだけ目を細めた。
かなりまともなことを言っている。
次に、若い男が聞いた。
「金持ちになりたい場合は?」
「金額、方法、税、出所確認が必要だよ」
「税?」
「もちろん」
男は静かに座った。
次に、母親が聞いた。
「病気の子を治す願いは?」
キュルルは少しだけ声を落とした。
「医療系の願いは、状態と範囲によるよ。願いでできることと、治療でできることを分けて確認する必要がある」
セイルが静かに頷いた。
キュルルは続けた。
「願いで何でも一瞬で、とは言えない。言えないものは、言えない」
会場は静かになった。
それは、夢のある説明ではなかった。
だが、誠実だった。
説明会が終わる頃には、契約希望者はゼロだった。
相談予約は五件あった。
契約回避者は、たぶん多い。
質問件数は二十七件。
配布資料は一枚。
追加資料希望は三件。
キュルルは、壇上で少し疲れていた。
だが、どこか満足そうだった。
「契約、取れなかったね」
リナが言った。
キュルルは頷いた。
「うん」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。今日は説明会だから」
「そうですね」
「契約を取らない日も、仕事になるんだね」
「なりますよ」
キュルルは少し笑った。
「変な感じ」
俺は記録帳を開いた。
契約説明会記録。
一、契約は行わず。
二、概要説明書一枚配布。
三、願いの範囲、義務、費用、解約条件を説明。
四、質問二十七件。
五、相談予約五件。
六、契約希望者ゼロ。
七、契約回避者、多数と思われる。
八、キュルルは紙を一枚で止めた。
九、契約マスコットから説明マスコットへ移行中。
キュルルが八番と九番を見た。
「そこ、いる?」
「重要だ」
「最近、毎回書かれてる気がする」
「成長記録だ」
「ならいいか」
「いいのか」
「成長してるなら」
かなり前向きになっている。
帰り道。
キュルルはリナの肩に乗っていた。
同行条件に従い、通常移動時のみ。
戦闘時は降りる。
荷袋には入らない。
マントにも入らない。
紙は勝手に出さない。
ちゃんと守っている。
「ねえ、ユート」
「何だ」
「僕、マスコットできてるかな」
俺は少し考えた。
「契約を迫らないだけで、かなりできてる」
「基準が低い」
「出発点が危険だったからな」
「それはそう」
リナが笑った。
「かわいいですよ」
「ありがとう」
ミリアが言った。
「ただ、口を開くと紙が出そうで緊張するわ」
「最近は止められるよ」
「たまに出てるわよ」
「たまにね」
アレンが言った。
「今日の説明はよかった」
キュルルは少し驚いた顔をした。
「勇者に褒められた」
「契約を急がせなかったからな」
セイルも頷いた。
「できないことを、できないと言っていました」
ガルドが短く言った。
「それが信用だ」
キュルルは黙った。
そして、小さく言った。
「契約を取るより、信用を取る方が難しいね」
俺は言った。
「だが、たぶんそっちの方が長持ちする」
「営業獣協会に報告するよ」
「別紙にするなよ」
「努力する」
「断言しろ」
「別紙にはしない」
「よし」
木札が温かくなった。
神の声が響く。
『契約の前に説明を置け』
「今回の教義ですか」
『採用』
「重いですね」
『契約だからな』
「はい」
『説明獣は、しばらく許す』
「本人に伝えます?」
『調子に乗るから後でよい』
「神様、だいぶ分かってきましたね」
『営業獣だからな』
そこは違う気がする。
夜。
宿に戻り、同行条件確認書を荷物に入れた。
契約書ではない。
確認書である。
そこは何度も確認した。
キュルルは部屋の隅で丸くなっていた。
白い毛玉のようだった。
見た目は完全にマスコットである。
ただし、たまに寝言のように言う。
「別紙……減らす……」
かなり仕事に追われている。
俺は記録帳を閉じた。
こうして俺たちは知った。
マスコットは、かわいいだけでできているわけではなかった。
契約がある。
説明がある。
費用がある。
責任がある。
守秘がある。
同行条件がある。
待機位置がある。
食費がある。
荷袋に入ってはいけない規則がある。
そして、契約を迫らないという信頼がいる。
願いを叶えると言って近づいてくる白い小動物は、危ない。
だが、願いの前に契約を説明し、契約の前に約款を渡し、必要な時に紙を一枚だけ出せるなら、少しだけ頼れる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
契約マスコットは、契約を迫らなくなった。
説明マスコットになった。
書類は一枚で止まるようになった。
たまに二枚出るかもしれない。
そこは今後の訓練である。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの説明マスコット運用は、これからだ。
「マスコットは、契約を迫らなくなってからが本番なんだよ」
第二部・完




