第60話 密室事件を調べますが、真実より先に足跡を見ます
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第60話 密室事件を調べますが、真実より先に足跡を見ます
王都の商人組合から、依頼が来た。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアは、依頼書を読んで笑いをこらえていた。
セイルは真面目に読んでいた。
ガルドは、部屋の入口を見ていた。
聖剣は寝ていた。
昨日からまだ寝ている。
使い手の剣筋を全力補正したせいで、しばらく休むと言っていた。
聖剣にも休息は必要らしい。
その間に、俺には鉄棒が増えた。
杖であり、天秤棒であり、護身具である。
倒すためではない。
一呼吸を稼ぐための棒だ。
ガルドの天狗面つき訓練で、かなり叩き込まれた。
判断が遅い。
呼吸が乱れている。
荷の呼吸だ。
忘れたくても忘れにくい。
面のせいで。
「で、依頼は何なんだ」
アレンが言った。
俺は依頼書を広げた。
「商人組合の宝物庫から、魔道具が消えた」
「盗難か」
「たぶん」
ミリアが言った。
「宝物庫って、警備あるわよね?」
「ある」
「鍵は?」
「かかっていた」
「窓は?」
「閉まっていた」
「扉は?」
「外側の二重鍵は無事。中の落とし閂も下りていた」
アレンが眉をひそめた。
「中の閂が下りていたら、普段どうやって開けるんだ」
「そこは確認済みだ」
俺は依頼書の補足欄を指で叩いた。
「この宝物庫の閂は、内側だけの普通の閂じゃない。夜間閉庫用の落とし閂で、外から専用の解除棒を差し込んで上げられる仕組みらしい」
「つまり、外から開けられるのか」
「管理用にはな」
ミリアが言った。
「じゃあ密室じゃないじゃない」
「一般人には密室に見える。管理者には開け方がある。そこを悪用された可能性がある」
「急に実務っぽい密室ね」
「完全密室より怖いぞ。運用手順の穴だからな」
リナが首をかしげた。
「解除棒を持っている人は?」
「管理責任者、副組合長、保管主任の三人」
アレンが腕を組んだ。
「内部犯の可能性が高いな」
「まだ分からない」
ミリアが少し楽しそうに言った。
「でも、密室事件っぽいわね」
セイルは静かに言った。
「魔法による侵入の可能性は?」
「商人組合の説明では、転移阻害の結界あり」
「この前の転移魔法陣の後だと、少し信用しにくいですね」
「それはそう」
ガルドが短く言った。
「現場を見るしかない」
俺は頷いた。
「その通りだ」
アレンが俺を見た。
「ユート、お前が調べるのか」
「俺だけでは無理だ」
「では?」
俺はリナを見た。
リナは少し驚いた顔をした。
「私ですか?」
「密室でも、跡はあるかもしれない」
「跡ですか」
「俺は荷物の導線を見る。だが、床の埃や窓枠の擦れ、匂い、空気の流れはリナの方が強い」
リナは少しだけ背筋を伸ばした。
「分かりました」
ミリアがにやりと笑った。
「リナ探偵ね」
「探偵ではありません」
リナは即答した。
だが、少し嬉しそうだった。
商人組合の宝物庫は、王都の倉庫街の奥にあった。
石造りの建物。
厚い扉。
二重の鍵。
高い位置に一つだけ窓。
外には鉄格子。
警備兵が二人。
受付には記録台帳。
かなりしっかりしている。
案内役は、商人組合の副組合長だった。
小太りの男で、汗を拭きながら何度も頭を下げている。
「勇者様に来ていただけるとは、本当に」
アレンが答えた。
「盗まれた魔道具とは何だ」
「風読みの羅針盤でございます」
「羅針盤」
「はい。風と魔力の流れを読んで、航路や隊商路の危険を察知する古い魔道具です。高価ですが、それ以上に、組合の信用に関わります」
俺は反応した。
「荷の道を見る道具か」
「そうです。商人組合にとっては、かなり重要なものです」
「それはまずい」
「はい」
宝物庫の前に着いた。
扉は開けられていた。
外側の二重鍵は壊れていない。
扉の内側には、下りたままの落とし閂が残っている。
ただし、その閂は外から専用の解除棒で上げられる構造らしい。
扉の横には、細い解除口があった。
副組合長が説明する。
「朝の点検時、外側の鍵は閉まっていました。管理責任者が鍵を開け、解除口から解除棒を差し込んで閂を上げました。しかし中を確認すると、羅針盤だけが消えていました」
「誰が最初に開けた」
「管理責任者です。こちらに記録があります」
俺は台帳を見た。
開錠時刻。
立会人。
警備兵。
管理責任者。
異常発見。
すべて記載されている。
悪くない。
「台帳はありますね」
副組合長は少し胸を張った。
「商人組合ですから」
「よいことです」
ただし、台帳があるから盗まれないわけではない。
台帳は発見後に効く。
盗難そのものを止めるものではない。
リナが扉の前でしゃがんだ。
「入っていいですか?」
副組合長が言った。
「どうぞ」
「全員、少し待ってください」
リナの声が、いつもより真剣だった。
アレンが足を止める。
ミリアも止まる。
セイルも。
ガルドも。
俺も止まった。
副組合長だけが半歩進みかけたので、俺が鉄棒で軽く前を塞いだ。
「止まってください」
「え?」
「リナが止めたので」
「はい」
ガルドがこちらを見た。
少しだけ頷いた。
一呼吸を稼ぐ鉄棒。
使い方として合っている。
リナは床を見ていた。
扉の内側。
石床。
埃。
細い傷。
小さな黒い点。
「犯人の人の足跡がありません」
リナが言った。
副組合長が困惑した。
「それは、密室ですから」
「違います。人が歩いた跡がないだけです」
リナは指を差した。
「でも、跡はあります。ここに、細い擦れ跡があります」
俺は近づかず、少し身を乗り出して見た。
確かにある。
細い線。
床の埃が、一本だけ切れている。
「糸か?」
俺が言うと、リナは頷いた。
「たぶん。かなり細いものです」
ミリアが眉をひそめた。
「糸で羅針盤を引いた?」
「それだけなら、この扉の仕組みは説明できません」
リナは扉の横を見る。
「あと、解除口の周りに油の匂いがあります」
セイルが静かに言った。
「油?」
「はい。金属用の油です。でも、この扉の蝶番には使われていません」
副組合長が慌てた。
「昨日の整備では、油は使っておりません」
「では、誰かが使いました」
リナは解除口には触らず、目を細めた。
「正規の解除棒より、もっと細いものを差し込んだ跡があります」
「分かるのか」
アレンが聞いた。
「はい。縁の擦れ方が違います。正規の解除棒なら、もっと広く当たるはずです」
副組合長の顔色が変わった。
「つまり、解除棒以外で閂を操作したと?」
「可能性があります」
リナは床へ視線を戻した。
「でも、それだけでは羅針盤を運べません」
ミリアが小声で言う。
「探偵っぽくなってきたわね」
リナは咳払いした。
そして、宝物庫の入口で振り返った。
「真実はいつも一つです!」
俺は黙った。
アレンも黙った。
ミリアが、かなり嬉しそうに笑った。
「言いたかったの?」
「言いたかったです」
リナは少し赤くなった。
「でも、現場に残る跡は一つとは限りません」
「急に斥候に戻ったな」
「はい。真実は一つでも、通ったものは一人とは限りません」
これは、なかなかよかった。
宝物庫の中に入る前に、リナがもう一度止めた。
「順番に入ってください。足元を踏み荒らさないように」
「了解」
アレンが素直に従う。
勇者が斥候の指示に従う。
かなり良い。
宝物庫の中は、棚が並んでいた。
箱。
布包み。
封印された小瓶。
古い貨幣。
台座。
そして、中央奥に空の展示台。
そこに風読みの羅針盤が置かれていたらしい。
台座の周りには、赤い紐で囲いがある。
保護結界の簡易印。
だが、羅針盤だけがない。
周囲の品は無事。
宝物庫に荒らされた様子はない。
密室に見える宝物庫。
一点だけ盗難。
いかにも事件だった。
副組合長が言った。
「これが現場です。扉は閉まっており、外側の鍵も無事。落とし閂も下りていました。窓は高く、鉄格子も無事。転移阻害結界も動いていました」
「なるほど」
俺は台座を見た。
「羅針盤の大きさは?」
副組合長が手で示す。
「このくらいです。両手で持つ程度」
「重さは?」
「子供でも持てます」
「箱入り?」
「いいえ。展示時は裸です。移動時だけ専用箱に入れます」
「専用箱は?」
「倉庫にあります」
「確認したい」
副組合長は少し戸惑った。
「羅針盤が消えたのに、箱ですか?」
「荷物は、入れ物から見ることもあります」
「は、はい」
リナは台座を見ていた。
「ユートさん」
「何だ」
「台座の埃が変です」
「どう変だ」
「羅針盤が置かれていた跡があります。でも、その跡の端に、細い引っかき傷があります」
「引きずった?」
「少しだけ。持ち上げたというより、横へずらした感じです」
ミリアが言った。
「糸で引いたのかしら」
「でも、台座から扉までは遠いです」
リナは床を見る。
「床に三種類の跡があります」
「跡?」
「一つ目は、人の靴跡です。管理責任者のもの。たぶん今朝のものです」
副組合長が頷く。
「管理責任者の靴底は確認できます」
「二つ目は、警備兵のもの。入口近くまで」
警備兵が頷いた。
「入室時にそこまで入りました」
「三つ目は」
リナは指を差した。
「足跡ではありません」
俺は目を凝らした。
小さな点。
一定間隔。
棚の影から台座まで。
そして台座から壁際へ。
「虫か?」
ガルドが言った。
リナは頷いた。
「虫か、小型の魔物か、あるいは足のある道具です」
副組合長が青ざめた。
「足のある道具」
ミリアが少し楽しそうに言う。
「魔導ゴーレムかしら」
「小さなものです」
リナは床に顔を近づけた。
「埃が押されています。軽いけど、荷を持った時だけ少し深くなっています」
俺は感心した。
「荷を持った前後が分かるのか」
「はい。行きより帰りの跡が深いです」
「すごいな」
リナは少し照れた。
「祖父に教わりました」
「祖父?」
「村で罠猟をしていた人です」
ミリアが目を輝かせた。
「来たわね」
リナは咳払いした。
「じっちゃんの名にかけて」
俺は黙った。
アレンも黙った。
セイルは目を伏せた。
ガルドは少しだけ首を傾げた。
ミリアは笑った。
「言いたかったの?」
「言いたかったです」
「探偵じゃなくて罠猟師のじっちゃんなのね」
「でも、足跡と匂いと罠の読み方は教わりました」
「なら合ってる」
俺は頷いた。
「かなり合ってる」
リナは気を取り直して続けた。
「これは人が入った密室ではありません。小さいものが荷物だけを運び出した密室です」
「搬出経路は?」
俺が聞く。
リナは壁を見た。
高い位置の窓。
鉄格子。
そして、その下の換気口。
人は通れない。
子供でも無理。
だが、羅針盤なら?
「換気口です」
リナが言った。
副組合長が慌てた。
「そこは格子があります!」
「格子の内側を見てください」
リナは鉄棒で示す。
俺の鉄棒が役に立った。
高い場所も示せる。
リナの指示で、ガルドが椅子に乗り、換気口を見る。
「一本、歪んでいる」
「外からですか?」
「内側からだ」
リナは頷いた。
「中から小型のものが押したんです。たぶん一度に羅針盤は通りません。でも、紐か細い腕で外へ渡した」
俺は考えた。
「つまり、侵入は小型の魔導具か魔物。搬出は換気口。外か別区画に受け取り先がある」
「はい」
アレンが言った。
「犯人は外にいるのか」
リナは首を横に振った。
「外に受け取り先はあったと思います。でも、この宝物庫の構造と解除口を知っていないと無理です」
副組合長の顔色が悪くなる。
「内部犯ですか」
リナは言った。
「内部協力者はいます」
「犯人はこの中に?」
ミリアが楽しそうに言う。
リナは少し考えた。
そして言った。
「搬出口は、この部屋の中にあります」
俺は少し笑った。
そっちか。
かなりこの作品らしい。
「犯人を決める前に、搬出経路を確定する。いい判断だ」
リナは頷いた。
「はい」
副組合長が震える声で言った。
「では、どうやって犯人を」
「羅針盤は今、どこですか?」
リナの問いに、全員が黙った。
確かにそうだ。
犯人探しより、荷物の現在地。
重要である。
俺は副組合長に聞いた。
「風読みの羅針盤には、何か特徴はありますか?」
「風と魔力の流れに反応して、微弱な風を出します」
「微弱な風」
「はい」
リナが目を細めた。
「今、この部屋の空気、変です」
「分かるのか」
「換気口から入る風とは別に、床の方で細く動いています」
俺は床を見る。
分からない。
リナには分かる。
「羅針盤は外へ出ていない?」
アレンが言った。
リナは頷いた。
「たぶん、すぐ外には出されていません。風の流れが地下へ向かっています」
副組合長が青ざめた。
「地下保管庫……」
「あるんですね」
「はい。古い在庫の保管場所です。今はあまり使っていません」
「鍵は?」
「管理責任者と副組合長、そして保管主任が」
ミリアがにやりと笑った。
「関係者が増えたわね」
「喜ぶな」
俺は言った。
地下保管庫へ向かった。
階段は宝物庫の外、廊下の奥にあった。
リナは階段の前で止まる。
「ここにも跡があります」
小さな点。
宝物庫の中と同じ。
階段の端を通っている。
人の足跡に踏まれない場所。
「小さいものは端を通るんだな」
「踏まれにくいですから」
「なるほど」
地下保管庫は薄暗かった。
古い箱が並んでいる。
布袋。
壺。
使われていない棚。
埃が積もっている。
その奥に、小さな木箱があった。
箱の前に、細い風が巻いている。
リナが指さした。
「あれです」
副組合長が走りかけた。
俺が鉄棒で止めた。
「止まってください」
「なぜ!」
「罠かもしれません」
リナが頷いた。
「箱の周りだけ埃がありません」
「また埃か」
アレンが言った。
「今回は信用できる埃です」
リナは慎重に近づいた。
床の端。
壁の穴。
箱の蓋。
紐。
「糸があります」
俺は目を凝らす。
細い糸。
箱の蓋から棚の裏へ伸びている。
「開けると?」
ミリアが言う。
「棚の上の壺が落ちます」
リナが言った。
見上げると、棚の上に重そうな壺。
落ちたら痛い。
かなり痛い。
副組合長が震えた。
「誰がこんな」
「盗んだ人です」
リナは淡々と言った。
「回収に来た人以外が開けたら、壺が落ちるようにしています」
「雑だが有効だな」
ガルドが言った。
「壺は痛い」
「ガルドさんが言うと重いですね」
リナは糸を外し、箱を開けた。
中には、風読みの羅針盤があった。
青い針がゆっくり回っている。
無事らしい。
副組合長が膝から崩れ落ちた。
「よかった……!」
俺は羅針盤を見た。
「まだ持たないでください」
副組合長が止まる。
「なぜ」
「返却処理が先です」
「返却処理」
「発見場所、発見者、状態、罠の有無、触った者、移動経路。全部記録してからです」
副組合長は少し泣きそうな顔をした。
「はい」
リナは周囲を見回した。
「犯人、来ます」
アレンが剣に手をかける。
「なぜ分かる」
「この罠は、回収に来る前提です。羅針盤を地下に隠したままにする意味がありません。たぶん夜に取りに来るつもりでした」
ミリアが言った。
「じゃあ張り込み?」
リナは頷いた。
「はい」
探偵というより、斥候だった。
かなり頼もしい。
その夜。
地下保管庫で張り込んだ。
暗い。
埃っぽい。
俺はくしゃみを我慢した。
リナは棚の影にいる。
ガルドは入口近く。
アレンは階段の陰。
ミリアは灯りを消して杖を構える。
セイルは結界の準備。
俺は羅針盤の箱の近くで、記録帳を持っていた。
しばらくして、足音がした。
軽い足音。
人間のものではない。
小さな魔導人形が階段から降りてきた。
四本足。
背中に小さな箱。
目の部分に魔石。
その後ろから、保管主任が来た。
中年の男。
鍵束を持っている。
腰には、細い棒。
正規の解除棒より細い。
たぶん、改造したものだ。
リナが小声で言った。
「来ました」
保管主任は、小さな魔導人形に囁いた。
「箱を持ってこい」
魔導人形が進む。
その瞬間、ガルドが入口を塞いだ。
アレンが前に出る。
ミリアが灯りをつける。
セイルが結界を張る。
リナが背後に回る。
俺は記録帳を開いた。
「現行犯ですね」
保管主任は真っ青になった。
「な、なぜ」
リナが言った。
「跡が残っていました」
「跡?」
「正確には、足跡ではありません。小型魔導人形の接地跡です」
保管主任は崩れ落ちた。
アレンが言った。
「理由は後で聞く。まず、羅針盤を返してもらう」
「はい……」
保管主任は抵抗しなかった。
魔導人形もミリアに停止させられた。
事件は解決した。
少なくとも、羅針盤は戻った。
犯人は捕まった。
動機は借金だった。
商人組合内部の横領を隠すため、羅針盤を売ろうとしたらしい。
かなり現実的だった。
密室に見える宝物庫のわりに、動機は俗だった。
翌朝。
商人組合の会議室で、リナが説明した。
「密室に人は入っていません」
副組合長、警備兵、管理責任者、商人たちが聞いている。
「入ったのは、小型魔導人形です。扉横の解除口に細い棒を差し込み、落とし閂を外から操作しました。油を使ったので、解除口の周りに匂いと擦れ跡が残りました」
「そんなことが」
副組合長が呻く。
「その後、小型魔導人形は宝物庫に入り、羅針盤を台座からずらし、換気口まで運びました。換気口の格子は内側から一本だけ歪められています」
リナは続ける。
「羅針盤はすぐ外へ出されず、地下保管庫に隠されました。夜に保管主任が回収する予定でした」
「なぜ分かったのですか」
リナは少しだけ胸を張った。
「跡です」
「跡?」
「人の靴跡だけではありません。埃の切れ目、接地跡、荷を持った後の沈み方、風の流れ、油の匂いです」
会議室が静かになる。
リナは少し緊張していた。
だが、声はしっかりしていた。
「真実はいつも一つです。でも、搬出経路は一つとは限りません」
俺は黙った。
アレンも黙った。
ミリアは満足そうだった。
セイルは静かに頷いた。
ガルドも頷いた。
副組合長は深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
リナは少し照れて、頭を下げ返した。
「いえ。斥候の仕事です」
その日の夕方。
俺たちは宿に戻った。
リナは少し疲れていたが、どこか嬉しそうだった。
アレンが言った。
「リナ、見事だった」
「ありがとうございます」
ミリアが笑った。
「完全に名探偵だったわね」
「斥候です」
「じっちゃんの名にかけて?」
リナは赤くなった。
「あれは、少し言いたかっただけです」
「かなり言いたかったでしょ」
「少しです」
セイルが言った。
「跡を見る力は、人を救う力でもあります」
「ありがとうございます」
ガルドが短く言った。
「よく見ていた」
リナは、ガルドに褒められてかなり嬉しそうだった。
俺は記録帳を開いた。
密室盗難事件記録。
一、密室でも荷物が消えたなら搬出経路がある。
二、人が通れなくても、荷物は通ることがある。
三、人が入れなくても、小型魔導人形は入る。
四、足跡とは、人の靴跡だけではない。
五、接地跡も記録になる。
六、埃は記録になる。
七、匂いも記録になる。
八、風も記録になる。
九、外から操作できる閂は、管理手順ごと確認する。
十、宝物庫の換気口は要点検。
十一、地下保管庫も要点検。
十二、羅針盤返却時は状態記録を残す。
十三、真実はいつも一つ。
十四、ただし搬出経路は一つとは限らない。
リナが十三番を見て、また赤くなった。
「そこ、書くんですか」
「重要だ」
「十四番だけでよくないですか?」
「十三番があるから十四番が効く」
ミリアが笑った。
「分かってるじゃない」
「何がだ」
「名作への敬意よ」
「参考だ」
「はいはい」
アレンが言った。
「リナがいなければ、俺たちは宝物庫に入って跡を潰していたな」
「たぶん」
リナは首を横に振った。
「でも、皆さんが止まってくれたから見られました」
「斥候が止めたら止まる。これも大事だな」
俺は言った。
ガルドが頷く。
「前を見る者を信じろ」
セイルも言った。
「それぞれの役目です」
リナは少しだけ笑った。
こうして俺たちは知った。
密室事件は、密室だけでできているわけではなかった。
扉がいる。
鍵がいる。
閂がいる。
解除口がいる。
管理用の解除棒がいる。
窓がいる。
換気口がいる。
埃がいる。
匂いがいる。
風がいる。
足跡がいる。
接地跡がいる。
そして、荷物がどこを通ったかを見る目がいる。
犯人はこの中にいる。
そう言いたくなる時もある。
だが、荷物が消えたなら、まず搬出経路を見る。
誰がやったかの前に、どう動いたか。
なぜ消えたかの前に、どこを通ったか。
真実は一つかもしれない。
だが、跡は一つとは限らない。
リナはそれを見た。
誰よりも先に止めた。
誰よりも細い跡を拾った。
宝箱を開けるより先に床を見る。
犯人を探すより先に導線を見る。
それが斥候の仕事だった。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの名探偵斥候は、これからだ。
「密室でも、荷物が消えたなら搬出経路を探せよ」
第二部・完




