第5話 抜いたら勇者になる剣が刺さっています
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第5話 抜いたら勇者になる剣が刺さっています
「これが、選ばれし者にしか抜けぬ聖剣です」
僧侶のセイルが、厳かな声でそう言った。
山道を三日ほど進んだ先。
森に囲まれた小さな丘の上に、それはあった。
白い石。
古びた台座。
その中央に、一本の剣が深々と突き刺さっている。
柄には青い宝石。
鍔には翼の装飾。
刀身は石の中に埋まっていて見えない。
周囲には古代文字が刻まれている。
いかにも聖剣。
いかにも伝説。
いかにも選ばれし勇者イベントである。
勇者アレンは、腕を組んで聖剣を見下ろしていた。
金髪。
青いマント。
腰には剣。
胸元には王国公認勇者の紋章。
なお、マントは一枚である。
「ついに来たか」
アレンは低く言った。
「聖剣を抜いた者こそ、真の勇者。魔王を討つ資格を得る」
魔法使いミリアが目を輝かせる。
「伝説通りなら、この剣は魔を断ち、闇を払う力を持っているのよね」
剣士ガルドも興味深そうに腕を組んだ。
「一度でいい。抜けたところを見てみたいものだ」
リナは俺の隣で小声で言った。
「ユートさん」
「何だ」
「これ、かなり見たことありますね」
「言うな」
「石に刺さった剣を抜くやつです」
「言うな」
「王様になりそうです」
「言うな」
俺は胸元の木札に触れた。
別に祈ったわけではない。
ただ、この場面では何かに触れておきたかった。
「神よ」
頭の中に声が響く。
『聞いている』
「これは大丈夫ですか」
『剣を抜く話は古い』
「ですよね」
『古代より、選定の武具は各地にある』
「そうですよね」
『ただし、抜いた後に持ち運ぶ話は少ない』
「そこなんですよ」
『そこが荷だ』
ありがたい。
今回も神は物流に厳しい。
アレンが聖剣の前に立った。
風が吹く。
木々がざわめく。
雲の切れ間から光が差す。
まるで世界そのものが、勇者の儀式を見守っているかのようだった。
アレンは聖剣の柄を両手で握った。
「我こそは王国公認勇者アレン。魔王を討つため、この剣を授かる!」
声が丘に響く。
ミリアが息を呑む。
セイルが祈る。
ガルドが腕を組む。
リナがわくわくしている。
俺は荷物の位置を確認している。
アレンが力を込めた。
「はああああっ!」
聖剣は、動かなかった。
沈黙。
風だけが吹いた。
アレンがもう一度、力を込める。
「ふんっ!」
動かない。
「ぬうううう!」
動かない。
「おおおおおおっ!」
動かない。
ミリアが小声で言った。
「アレン?」
「分かっている!」
アレンは汗を流しながら、さらに力を込めた。
顔が赤い。
腕が震えている。
マントがはためく。
一枚だけなので、そこは改善されている。
だが聖剣はびくともしない。
俺はリナに小声で言った。
「抜けないな」
「抜けませんね」
「選ばれていないのかもしれない」
「言っちゃだめなやつでは?」
「だが、現実だ」
アレンは聖剣から手を離し、咳払いした。
「今日は剣の機嫌が悪いようだ」
ガルドが真顔で言った。
「剣に機嫌があるのか?」
「聖剣だからな」
ミリアが言った。
「魔力条件があるのかも」
セイルが言った。
「信仰心の問題かもしれません」
アレンは俺を見た。
「ユート」
「何だ」
「お前、やってみろ」
「俺が?」
「荷物持ちが抜けるとは思わんが、条件確認だ」
「今、かなり失礼だったぞ」
「いいから」
俺は聖剣を見た。
正直、抜きたくない。
抜けても困る。
剣は荷物になる。
しかも聖剣だ。
普通の剣より面倒な荷物に決まっている。
「神よ」
『やめておけ』
「ですよね」
『剣は長い』
「そこですか」
『鞘がない』
「そこもですね」
『だが、お前はやる流れだ』
「神でも流れには逆らえないんですか」
『物語の流れは、荷より重い時がある』
「嫌な名言ですね」
俺はため息をついて、聖剣の前に立った。
柄を握る。
冷たい。
手に吸いつくような感触がある。
俺は力を入れた。
軽く。
本当に軽く。
すぽん。
聖剣は抜けた。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアもセイルもガルドも黙った。
聖剣の刀身が、朝の光を受けて輝いている。
長い。
思ったより長い。
そして、やたらとまぶしい。
リナが拍手した。
「抜けましたね」
「抜けたな」
ミリアが叫んだ。
「ええええええ!?」
ガルドが目をむいた。
「荷物持ちが聖剣を抜いたぞ!」
セイルが膝をついた。
「神意です……」
アレンは顔を真っ赤にした。
「待て! 何かの間違いだ!」
俺は聖剣を持ったまま固まっていた。
剣は確かに軽い。
重さはそれほどでもない。
だが、長い。
刃渡りが長い。
俺の背丈ほどある。
しかも鞘がない。
抜いた瞬間から、むき出しである。
これをどう持ち運べというのか。
「リナ」
「はい」
「鞘は?」
「見当たりませんね」
「台座に収納されていたりしないか?」
「石しかありません」
「説明書は?」
「古代文字しかありません」
「神よ」
『見ている』
「鞘がありません」
『だから言った』
「これ、どうします?」
『置いていけ』
「聖剣を?」
『持てぬものは置いていけ』
「今それをやると、勇者イベントが終わります」
『終われば荷は軽い』
「神様、すぐ終わらせようとする」
その時、聖剣が淡く光った。
俺の頭の中に、神とは別の声が響く。
『我を抜きし者よ』
俺は嫌な予感がした。
『汝こそ、選ばれし勇者なり』
「違います」
全員が俺を見た。
リナが言う。
「何か聞こえたんですか?」
「聖剣が俺を勇者認定しようとしている」
アレンが叫んだ。
「認めん!」
俺も叫んだ。
「俺も認めない!」
聖剣の声は厳かに続いた。
『闇を払い、魔を断ち、世界を救う者よ』
「荷物持ちです」
『汝の手により、魔王は討たれん』
「荷物持ちです」
『勇者よ』
「荷物持ちです」
『勇者よ』
「荷物持ちです」
沈黙。
聖剣は少し困ったようだった。
『……兼任では駄目か?』
「駄目です」
アレンが俺から聖剣を奪おうと手を伸ばした。
「俺に貸せ!」
「危ない」
「貸せ!」
アレンが聖剣の柄を握った瞬間、聖剣は光を消した。
そして、ぴたりと動かなくなった。
「ぐっ……!」
アレンは持ち上げようとしたが、聖剣は地面に向かって沈むように重くなった。
俺が手を離すと、アレンはそのまま前のめりに倒れた。
聖剣は地面に落ちた。
ごん、と鈍い音がした。
「重っ!」
アレンが叫んだ。
俺が柄を握ると、聖剣はまた軽くなった。
「なるほど」
リナが言った。
「ユートさんしか持てないんですね」
「最悪だ」
「普通は喜ぶところでは?」
「普通の主人公ならな」
俺は聖剣を見た。
長い。
鞘がない。
俺しか持てない。
勝手に勇者認定してくる。
つまり、俺が運ぶしかない。
これは荷物として最悪の部類である。
ガルドが真面目な顔で言った。
「だが、聖剣があれば魔王討伐は近づく」
「そうですね」
セイルもうなずく。
「神の導きでしょう」
「たぶん違う神です」
ミリアが言った。
「とにかく持っていきましょう。すごい武器なんだから」
「どうやって?」
俺は聖剣を持ち上げた。
「鞘がない。長い。むき出し。町に入れば危険物扱い。馬車に載せるには斜めにしないと無理。背負えば後ろの人を刺す。横に持てば通行人を刺す。縦に持てば枝に引っかかる」
リナが想像して顔をしかめた。
「面倒ですね」
「面倒だ」
アレンがまだ地面に座ったまま言った。
「アイテムボックスに入れればいいだろう」
俺は目を閉じた。
リナも目を閉じた。
ミリアも、前回の件を思い出して目を閉じた。
セイルは祈った。
ガルドは少し距離を取った。
アレンだけが、きょとんとしていた。
「何だ?」
俺は静かに言った。
「三回目くらいだな」
「何が」
「その言葉」
「アイテムボックス?」
「四回目」
その瞬間、遠くで金属音がした。
からん。
丘の上に、どこからか小さなタライが転がってきた。
全員がそれを見た。
アレンが青ざめた。
「今のは何だ」
「警告だ」
「まだ持ってないぞ!」
「神の耳に入った」
「怖いな、お前の神!」
「俺もそう思う」
俺は聖剣を地面に置いた。
置くと、聖剣は俺以外には動かせない重さになる。
便利といえば便利だが、不便のほうが大きい。
「まず、運搬方法を考える」
俺は荷物袋から紙を出した。
ミリアが嫌な顔をする。
「また書類?」
「聖剣運搬計画書だ」
「そんなもの必要?」
「必要だ」
俺は紙に書き出した。
聖剣運搬計画書
一、鞘を作る。
二、運搬用の布で刃を覆う。
三、背負い用の固定具を作る。
四、町に入る際は危険物として申告する。
五、戦闘時以外は抜かない。
六、勇者認定発言を真に受けない。
聖剣が光った。
『六は不要ではないか?』
「必要だ」
『我は真実を述べている』
「荷物持ちです」
『勇者よ』
「荷物持ちです」
聖剣は黙った。
アレンが複雑そうな顔でこちらを見ている。
「……俺が勇者なのに」
「王国公認はお前だ」
「でも聖剣はお前を選んだ」
「俺は辞退したい」
「辞退できるのか?」
「分からん」
セイルが古代文字を読もうと台座に近づいた。
「少々お待ちください。ここに何か書かれています」
彼は指で文字をなぞった。
「ええと……『この剣を抜きし者、勇者として魔を討つべし』」
アレンが勝ち誇ったように言った。
「ほら見ろ」
セイルが続ける。
「『ただし、剣の運搬、保管、整備、鞘の準備については自己責任とする』」
俺は頭を抱えた。
「古代人まで責任を逃がしている」
「さらに書いてあります」
「まだあるのか」
「『刃物につき、公共施設への持ち込みには各地の法令に従うこと』」
「急に現代的」
「『選定結果に関する異議申し立ては受け付けない』」
アレンが崩れ落ちた。
ミリアが肩を叩く。
「アレン、元気出して」
「俺は何なんだ……」
「王国公認勇者」
「聖剣非公認勇者だ」
「新しいですね」
リナが小声で俺に言った。
「ユートさん、勇者になるんですか?」
「ならない」
「でも聖剣を持てるのはユートさんだけですよ」
「聖剣を運ぶ荷物持ちになる」
「それ、勇者より面倒では?」
「そうだな」
聖剣がまた光る。
『我と共に行け。勇者よ』
「荷物としてなら」
『我を荷物扱いするな』
「鞘もない刃物は、荷物以下だ」
『ひどくないか?』
「危ないんだよ」
その日の午後、俺たちは近くの鍛冶屋を探した。
強運の加護のおかげで、丘を下った先に小さな鍛冶小屋があった。
看板にはこう書かれている。
旅装具・農具・たまに聖剣鞘
「たまに聖剣鞘」
リナが看板を読んだ。
「都合がいいですね」
「強運だからな」
「でも、たまにって何ですか」
「知らん」
鍛冶屋の親父は、聖剣を見るなりため息をついた。
「またか」
俺は聞き返した。
「また?」
「ああ。十年に一回くらい、聖剣を抜いた若造が来る」
アレンが立ち上がった。
「十年に一回!?」
親父は無表情で言った。
「この辺、聖剣が多いんだ」
俺たちは黙った。
親父は続ける。
「昔の王国が、選定用の剣をあちこちに刺したらしい。勇者候補の地方発掘事業だな」
「地方発掘事業」
「だが、予算不足で鞘までは配備されなかった」
「公共事業の失敗じゃないですか」
「そうだ」
アレンが震える声で言った。
「俺たちが見つけたのは、唯一無二の聖剣ではないのか?」
親父は聖剣を見た。
「型番からすると、第三期選定剣だな」
「型番」
「量産型にしては出来がいい」
アレンが地面に手をついた。
「量産型……」
聖剣が抗議するように光った。
『我は量産型ではない。標準仕様だ』
「言い方の違いだ」
俺は言った。
親父は聖剣の長さを測った。
「鞘は作れる。ただし一日かかる」
「お願いします」
「あと、背負い具も必要だな。これをそのまま持ち歩いたら人を刺す」
「ですよね」
「追加料金だ」
俺はアレンを見た。
アレンは顔を上げた。
「なぜ俺を見る」
「勇者装備費だ」
「聖剣はお前を選んだ」
「魔王討伐に使うのはお前のパーティだ」
「ぐっ」
ミリアが言った。
「共同経費にしましょう」
セイルがうなずいた。
「それが妥当です」
ガルドも言う。
「聖剣は戦力だ」
リナが言った。
「でも運ぶのはユートさんです」
俺は紙を出した。
「では、聖剣運搬および使用に関する共同管理契約を」
ミリアが頭を抱えた。
「また契約書!」
「前回の教訓だ」
「いつまで続くのよ、契約書!」
「荷物がある限り」
聖剣が光る。
『我にも署名が必要か?』
「できるのか?」
『光れる』
「署名にはならない」
『では、聖剣印で』
「何だそれ」
親父が棚から古い木箱を出した。
「聖剣用の刻印板ならあるぞ」
「あるんですか」
「たまに来るからな」
この世界、思ったより聖剣の扱いに慣れている。
その日の夜。
俺たちは鍛冶屋の裏にある簡易宿に泊まった。
聖剣は鞘制作中。
アレンはまだ落ち込んでいる。
ミリアは契約書を読まされて疲れている。
セイルは聖剣の神学的位置づけを調べている。
ガルドは聖剣が量産型だったショックから、逆に興味を持っている。
リナは夕食を食べている。
俺は木札に触れた。
「神よ」
『聞いている』
「聖剣を抜いてしまいました」
『見ていた』
「これ、荷物ですか?」
『荷物だ』
「聖剣でも?」
『聖剣でも』
「勇者の証でも?」
『持ち運ぶなら荷物だ』
「ありがたいほど一貫していますね」
『剣は振るう時だけ武器である。運ぶ時は荷である』
「今回の教義ですか」
『採用』
「重いですね」
『剣が長いからな』
「はい」
『持てる分だけ持て』
「はい」
『持てぬ聖剣は鞘を作れ』
「置いていけ、ではないんですね」
『今回は持てるようにできる』
「例外ですか?」
『工夫だ』
神様の声は、少しだけ機嫌がよさそうだった。
アイテムボックスではない。
鞘を作り、背負い具を作り、危険を管理して持ち運ぶ。
それは神の教義に反しないらしい。
翌朝。
聖剣の鞘が完成した。
頑丈な革と金属で補強された長い鞘。
背負い具もついている。
背中に斜めに固定できるようになっていた。
かなり重い。
だが、持てないほどではない。
親父が言った。
「抜く時は周囲を確認しろ。後ろの人間を斬るな」
「はい」
「町に入る時は布を巻け」
「はい」
「雨に濡れたら拭け」
「はい」
「聖剣だからといって錆びないと思うな」
聖剣が光った。
『我は錆びぬ』
親父が無表情で言った。
「以前そう言って錆びた聖剣を見た」
聖剣は黙った。
俺は背負い具を装着した。
聖剣を背負う。
重い。
長い。
邪魔。
だが、危なくはない。
リナが俺を見て言った。
「勇者っぽいですね」
「荷物持ちだ」
「聖剣持ちの荷物持ち」
「より面倒になった」
アレンが複雑な顔で近づいてきた。
「ユート」
「何だ」
「その聖剣は、お前が持っていろ」
「言われなくても、俺しか持てない」
「だが、魔王と戦う時は貸せ」
「持てないだろ」
「お前が持って、俺が横から握る」
「危ない」
「では、俺が号令を出す」
「それならいい」
「俺は勇者だからな」
「王国公認勇者だからな」
アレンは少しだけ救われた顔をした。
王国公認勇者。
聖剣非公認勇者。
だが、号令担当。
だいぶ複雑な立場だ。
俺たちは鍛冶屋を後にした。
背中には聖剣。
荷袋には保存食。
腰には水袋。
手には杖代わりの棒。
前には道。
横にはリナ。
後ろには、少しだけ自信を取り戻した勇者パーティ。
聖剣が背中で小さく光った。
『勇者よ』
「荷物持ちです」
『荷物持ちよ』
「はい」
『我を落とすな』
「急に現実的になったな」
『鞘に入ると、少し不安だ』
「聖剣にも不安があるのか」
『抜かれてから初めて運ばれる』
「今まで石に刺さってたからな」
『世界は揺れるのだな』
「歩いてるからな」
少しだけ、聖剣がかわいそうになった。
ずっと石に刺さっていた剣が、初めて旅に出る。
それは武器にとって、もしかすると大事件なのかもしれない。
ただし、荷物としては邪魔だ。
そこは変わらない。
こうして俺たちは知った。
聖剣は、選定だけでできているわけではなかった。
台座がいる。
古代文字がいる。
鞘がいる。
背負い具がいる。
手入れがいる。
町に入る手続きがいる。
共同管理契約がいる。
そして、抜いた後に運ぶ人間がいる。
選ばれることと、持ち帰れることは違う。
聖剣を抜くのは一瞬でも、それを運ぶ旅は続く。
勇者の証も、背負えば荷物になる。
だからこそ、持ち方を考えなければならない。
聖剣は抜かれた。
勇者は少し落ち込んだ。
鍛冶屋は儲かった。
聖剣には鞘ができた。
俺は聖剣持ちの荷物持ちになった。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの聖剣運搬は、これからだ。
「だから鞘も用意しろよ」
第五部・完




