第42話 ドラゴンの死骸がまだそこにあります
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第42話 ドラゴンの死骸がまだそこにあります
翌朝。
ドラゴンは、まだそこにあった。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアも黙った。
セイルも黙った。
ガルドも黙った。
村人たちも黙った。
ドラゴンだけが、黙って横たわっていた。
当たり前である。
昨日、アレンが倒したドラゴンだ。
倒したからといって、消えるわけではない。
光になって天へ昇るわけでもない。
経験値になって吸収されるわけでもない。
宝箱を落として消滅するわけでもない。
そこに、死骸として残る。
赤黒い鱗。
裂けた翼。
巨大な胴体。
地面に広がった血。
焦げた草。
潰れた柵。
塞がれた道。
そして、朝日を浴びて、少しずつ現実味を増していく山のような肉。
「……まだありますね」
リナが言った。
「あるな」
「消えませんね」
「消えないな」
「昨日は、何となく倒したら終わりみたいな気分でした」
「俺も少しそうだった」
「でも、ありますね」
「ある」
ドラゴンはあった。
圧倒的にあった。
村の外れの道を完全に塞いでいる。
荷車は通れない。
人も回り道しないと通れない。
尻尾は畑に突っ込んでいる。
翼は柵を押し潰している。
頭は村道のすぐ横にある。
牙だけで、人間の腕くらいある。
かなり邪魔だ。
かなり危ない。
そして、かなり高価そうだ。
アレンは腕を組んでドラゴンを見ていた。
昨日、村中から称賛された勇者である。
今朝も村人から感謝されていた。
子供たちには「勇者様」と呼ばれ、老人たちには手を合わせられ、村長には宴の残りを持たされかけていた。
そのアレンが、今はドラゴンの死骸を前にして固まっている。
「ユート」
「何だ」
「ドラゴンは、倒した後どうするものなんだ?」
「それを今から考える」
「知らないのか」
「荷物として扱ったことがない」
ミリアが眉をひそめた。
「荷物なの? これ」
「道を塞いでいて、動かす必要があるなら荷物だ」
「荷物の範囲が広すぎるわ」
「ドラゴンの死骸も広すぎる」
ガルドがドラゴンの脚を見た。
「解体するしかないだろう」
「どこで?」
俺が聞くと、ガルドは黙った。
「ここでやるのか?」
俺は続けた。
「村の外れとはいえ、道の横だ。血が流れる。臭いが出る。魔物が寄る。見物人も来る。子供もいる。川へ流せば下流が汚れる。畑に流れれば土が駄目になるかもしれない。火で焼けば煙が村へ行く。丸ごと運ぶには重すぎる」
ガルドは、もう一度ドラゴンを見た。
「面倒だな」
「面倒だ」
セイルが静かに言った。
「命を奪った後にも、責任は残るのですね」
「今回は、かなり物理的にな」
アレンは真剣な顔で言った。
「俺が倒した。なら、俺が責任を持つ」
俺は少しだけアレンを見た。
「本当に?」
「ああ」
「かなり面倒だぞ」
「分かっている」
「分かっていないと思う」
「なら、教えろ」
アレンは逃げなかった。
昨日の勇者は、まだそこにいた。
それは少し良かった。
「まず、所有権だ」
俺は言った。
アレンが固まった。
「所有権?」
「このドラゴンは誰のものだ?」
ミリアが首をかしげる。
「倒したアレンじゃないの?」
村長が慌てて近づいてきた。
「いえ、村を襲った魔物ですから、討伐者である勇者様のものでは」
別の村人が言った。
「でも、畑を潰されたのはうちです」
さらに別の村人が言った。
「ドラゴンの血がうちの井戸の近くまで流れています」
鍛冶屋らしき男が言った。
「鱗は武具素材になります。村の復興費にしたい」
猟師が言った。
「肉も食えるかもしれん」
薬師が言った。
「肝や血は薬材になる可能性があります」
商人が、いつの間にかいた。
「牙、爪、角、鱗、魔石なら買い取ります」
早い。
昨日の夜にはいなかったはずだ。
ドラゴン素材の匂いを嗅ぎつけたのか。
商人はすごい。
「ほらな」
俺はアレンに言った。
「倒した後も、もう揉め始めている」
アレンは額を押さえた。
「勝ったのに」
「勝ったからだ」
「どういうことだ」
「価値が残った」
ドラゴンは強い。
強いから倒す。
倒すと価値が出る。
価値が出ると、人が集まる。
人が集まると、揉める。
世の中はだいたいそうだ。
リナが言った。
「じゃあ、まず誰のものか決めるんですか?」
「その前に、安全確保だ」
「所有権より先ですか」
「腐る。臭う。魔物が寄る。見物人が近づく。まず立入禁止」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響いた。
『聞いている』
「ドラゴンの死骸です」
『大きい』
「見れば分かります」
『重い』
「でしょうね」
『臭う前に動け』
「やっぱりそこですか」
『死骸は待たぬ』
「今回、かなり急ぎですね」
『肉だからな』
神は実務的だった。
かなり実務的だった。
俺たちはまず、村人たちに縄を張ってもらった。
ドラゴンの周囲を囲う。
見物人を下げる。
子供を近づけない。
火気厳禁。
血だまりに近づかない。
爪や牙に触らない。
鱗を勝手に剥がさない。
商人は勝手に値踏みしない。
商人は少し不満そうだった。
「見るだけでも」
「駄目だ」
「買い取り価格を出すには確認が」
「所有権も処理責任も決まっていない」
「商談の機会を」
「後だ」
「後だと他の商人が」
「後だ」
商人は黙った。
アレンが感心したように言った。
「商人にも強いな」
「所有権未確定の死骸は、商談対象にすると揉める」
「ドラゴン相手でも同じか」
「ドラゴンだから余計に」
次に、村長の家で緊急会議を開いた。
参加者。
村長。
畑の持ち主。
井戸の管理人。
鍛冶屋。
猟師。
薬師。
アレン。
俺たち。
そして商人。
商人は勝手についてきた。
一応、隅に座らせた。
会議の議題は三つ。
一、ドラゴン死骸の安全管理。
二、解体場所と方法。
三、素材・損害・報酬の分配。
ミリアが小声で言った。
「英雄譚が会議になったわね」
「翌朝だからな」
「昨日の感動が」
「感動は消えない。ただ、死骸も消えない」
「嫌な言い方」
村長が困った顔で言った。
「ドラゴンなど、村で扱ったことがありません」
「普通はないでしょうね」
「王都に連絡すべきでしょうか」
「すべきです。ただし、王都の解体班が来るまでに腐敗が始まります」
薬師がうなずく。
「内臓は早い。特にこの大きさなら、熱がこもる」
猟師が言った。
「血抜きしないと肉は駄目になる」
鍛冶屋が言った。
「鱗も剥がす順番を間違えると傷む。魔力の通った素材は雑に扱うと割れる」
商人が身を乗り出す。
「だからこそ早めに買い取りを」
「まだだ」
俺は言った。
「まず処理場です」
村の周囲を地図で確認する。
村の西に川。
南に畑。
北に林。
東に古い採石場。
俺は東を指さした。
「採石場は使えますか」
村長が考える。
「今は使っていません。広さはあります」
「水場は?」
「少し離れたところに沢があります」
「村から風下ですか」
猟師が窓の外を見た。
「今日の風なら、村へは流れにくい」
「血は?」
「採石場なら地面が石だ。畑には流れない」
薬師が言った。
「処理後の排水は、直接川へ流さないほうがいい。血と脂が多すぎる」
「穴を掘って、石灰を混ぜて処理できますか」
鍛冶屋が頷いた。
「石灰ならある。皮なめし用の古いものだが使える」
「では、解体場所は採石場候補」
アレンが言った。
「そこまで運べるのか?」
全員が黙った。
問題はそこだった。
ドラゴンは大きい。
採石場までは少し距離がある。
丸ごとは無理。
ならば、現場で分割するしかない。
だが現場で大きく切ると、血が出る。
道も塞がっている。
ミリアが言った。
「魔法で軽くできないの?」
「一時的ならできるかもしれないけど、全体は無理ね。魔力量が足りない」
セイルが言った。
「聖なる結界で腐敗を遅らせることはできます」
「どれくらい?」
「半日から一日程度なら」
「十分助かる」
ガルドが言った。
「首、翼、尾、脚を落とせば運びやすくなる」
リナが顔をしかめた。
「言い方が」
「解体だ」
「そうですけど」
猟師が頷いた。
「まず尾を外す。次に翼。脚は最後でいい。胴体は丸太を噛ませて少しずつ動かす」
鍛冶屋が言った。
「刃物が足りない。普通の斧では鱗で駄目になる」
ガルドが剣を見た。
「俺の剣を使うか」
「壊れるぞ」
鍛冶屋が止めた。
「ドラゴン解体には専用の鋸と楔がいる。王都から借りるか、村の鍛冶場で急造する」
「急造できるのか」
「一日あれば」
「一日待つと腐る」
「なら、最低限の刃だけ先に作る」
俺は紙に書いた。
ドラゴン死骸処理手順
一、周囲立入禁止。
二、王都へ連絡。
三、採石場を解体場所として確保。
四、採石場に石灰、布、桶、滑車、丸太、縄を用意。
五、現場で最小限の分割。
六、尾、翼、血液、内臓、鱗、牙、爪、魔石を分類。
七、所有権・損害補填・売却益分配は別紙。
ミリアが言った。
「別紙」
「揉めるからな」
「出たわね、別紙」
商人が嬉しそうに言った。
「売却益分配でしたら、私が」
「まだだ」
商人は黙った。
次に、所有権。
これが難しい。
討伐者はアレン。
被害を受けたのは村。
素材の価値は大きい。
村の復興費も必要。
アレンの報酬も必要。
処理費もかかる。
王都の税も来るかもしれない。
全員で少し黙った。
アレンが口を開いた。
「俺は、素材の権利を全部持つつもりはない」
村長が驚いた。
「勇者様」
「村を守るために戦った。だから、村の復興を優先してほしい」
村人たちがざわめいた。
アレンは続ける。
「ただし、討伐に関わった仲間の治療費、装備修理費、補給費は出してもらいたい。ミリアの魔力回復薬も、セイルの治療道具も、ガルドの剣の手入れも、ユートの聖剣の……」
「聖剣は俺のではない」
『我は我だ』
聖剣が光った。
アレンは少しだけ笑った。
「とにかく、必要経費は精算したい」
俺はアレンを見た。
昨日に続き、また少しだけ感心した。
「いい判断だ」
「そうか」
「素材を独占したら揉める。全部放棄しても処理費が出ない。経費精算と村復興費を分けるのは現実的だ」
アレンは少し嬉しそうだった。
「俺も少しは分かってきただろう」
「かなり」
「かなりか」
「かなりだ」
ミリアがにやにやしている。
「褒められてるわね、アレン」
アレンは咳払いした。
「勇者だからな」
「そこで戻るのね」
だが、今回はいい。
勇者だから。
本当に昨日はそうだった。
分配案はこうなった。
一、解体・処理費を最優先で差し引く。
二、村の被害復興費を次に確保。
三、討伐参加者の治療・修理・消耗品費を精算。
四、残りは村、討伐者、協力者で分配。
五、魔石は王都鑑定後に扱いを決める。
六、商人への売却は複数見積もり。
商人が少し渋い顔をした。
「複数見積もりですか」
「当然です」
「私が最初に」
「当然です」
「少し高めにします」
「記録します」
「……お願いします」
商人は理解が早かった。
昼前、作業が始まった。
まず採石場の準備。
村人たちが桶、布、縄、丸太を運ぶ。
石灰を用意する。
滑車を古い採石小屋から出す。
ミリアが風向きを確認する。
セイルが腐敗遅延の祈りをかける。
ガルドと猟師が切断位置を確認する。
リナが子供たちを近づけないよう見張る。
アレンは村人たちと一緒に丸太を運んでいた。
勇者が丸太を運んでいる。
かなり地味だ。
だが、昨日の戦いよりも、今のほうが村人たちは安心しているように見えた。
勇者様が、後片付けまでしてくれている。
それは多分、かなり大きい。
俺は作業表を確認した。
「尾からいく」
ガルドが言った。
猟師も頷く。
「尾は長いし、道を塞いでいる。外せば通行路が少し戻る」
鍛冶屋が急造の大鋸を持ってきた。
普通の鋸より大きい。
刃が厚い。
柄も長い。
「これで鱗の隙間を狙う」
ガルド、猟師、鍛冶屋、村の若者たちが作業に入る。
切る。
硬い。
鱗が邪魔。
肉が厚い。
血が出る。
布で受ける。
桶に流す。
石灰処理。
思ったより、ずっと生々しい。
リナは少し顔色が悪い。
「大丈夫か」
「はい。倒した後って、こうなるんですね」
「そうだな」
「昨日はすごく格好よかったのに」
「昨日も本当だ。今日も本当だ」
「両方、本当」
「ああ」
ドラゴン退治は英雄譚だ。
ドラゴン解体は作業だ。
どちらも嘘ではない。
尾を外すだけで、かなり時間がかかった。
外した尾は丸太に固定し、滑車と人力で採石場へ運ぶ。
かなり重い。
アレンも引く。
ガルドも引く。
村人も引く。
俺も縄を持った。
戦闘力Fでも、縄は引ける。
神の声が響いた。
『よく引け』
「はい」
『勇者が倒した荷を、皆で動かす』
「はい」
『勝利とは、持ち帰れる形にして初めて村に残る』
「今回の教義ですか」
『まだ早い』
「検討ですか」
『ドラゴンは重いからな』
神も慎重だった。
夕方までに、尾と片翼を採石場へ移した。
まだ半分も終わっていない。
ドラゴン本体はまだ残っている。
村の道は少し空いたが、胴体は相変わらず山のようにある。
セイルの腐敗遅延が効いているとはいえ、急がなければならない。
アレンは泥と血で汚れていた。
昨日とは違う汚れ方だ。
それでも、村人と同じように縄を引き、丸太を動かし、桶を運んでいた。
村長が深々と頭を下げた。
「勇者様。ここまでしていただけるとは」
アレンは息を吐き、首を横に振った。
「俺が倒したものだ。最後まで見届ける」
いい言葉だった。
俺は何も言わなかった。
茶化したくなかった。
ミリアも、少しだけ優しい顔をしていた。
「アレン、また格好いいじゃない」
「また、とは何だ」
「昨日から」
「昨日からか」
「昨日からね」
アレンは少しだけ照れた。
夜。
村では、宴ではなく、作業飯が出た。
大鍋で煮た粥。
干し肉。
野菜。
昨日の勝利の宴とは違う。
今日は、明日も作業するための飯だ。
俺は粥を食べながら、作業表を見直した。
明日やること。
胴体の分割。
内臓処理。
魔石確認。
鱗剥ぎ。
牙と爪の取り外し。
血液処理。
採石場の消毒。
素材保管場所の確保。
商人見積もり。
王都への報告。
税の確認。
多い。
あまりにも多い。
ミリアがのぞき込んで言った。
「明日も大変ね」
「明日も大変だ」
リナが言った。
「ドラゴンって、倒してからのほうが大変なんですね」
「倒すのも大変だった」
「でも、倒すのは一瞬でした」
「一瞬ではない」
「そうですけど、物語としては一瞬でした」
「後片付けは長い」
ガルドが粥を食べながら言った。
「戦場もそうだ。勝っても片付けは残る」
セイルがうなずいた。
「弔いも、治療も、修復も」
アレンは黙って粥を食べていた。
そして、ぽつりと言った。
「昨日、俺はドラゴンを倒した」
「ああ」
「今日は、ドラゴンの死骸を運んだ」
「ああ」
「どちらも、勇者の仕事なのか」
俺は少し考えた。
「倒したならな」
アレンは俺を見た。
「そうか」
「倒して終わりにしたいなら、消える敵だけ相手にするしかない」
「そんな敵ばかりではない」
「そうだ」
「なら、これも勇者の仕事だな」
「たぶん」
アレンは粥を食べ終え、空になった椀を置いた。
「明日もやる」
「かなり臭いぞ」
「やる」
「重いぞ」
「やる」
「商人と揉めるぞ」
「それは、お前も頼む」
「そこは頼るのか」
「頼る」
いい判断だ。
俺はうなずいた。
「分かった」
夜、俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい後処理だ』
「まだ終わっていません」
『だからよい』
「終わってないから?」
『終わらせるために動いている』
「はい」
『倒すことと、片付けることは別である』
「今回の教義ですか」
『採用』
「やはり」
『だが、倒した者が片付けまで見るなら、それはよい勇者だ』
俺は少し笑った。
「アレンに言いますか?」
『言うな』
「なぜ」
『調子に乗る』
「分かります」
神もアレンを理解してきた。
翌朝も、ドラゴンはまだそこにあった。
だが昨日よりは少し小さくなっていた。
尾がない。
片翼がない。
道も少しだけ通れる。
村人たちの顔にも、少しだけ落ち着きが戻っていた。
それだけで、昨日の作業には意味があった。
こうして俺たちは知った。
ドラゴン退治は、剣だけでできているわけではなかった。
倒す者がいる。
守る者がいる。
治す者がいる。
避難させる者がいる。
そして、倒れた後に片付ける者がいる。
鱗がある。
牙がある。
爪がある。
肉がある。
血がある。
内臓がある。
魔石がある。
臭いがある。
税がある。
所有権がある。
復興費がある。
解体場所がいる。
英雄譚は、倒した瞬間に終わる。
だが、村の生活はその後も続く。
ならば、倒したドラゴンをどこで切り、どう運び、誰のものとし、何に使うのかまで考えなければならない。
アレンはドラゴンを倒した。
それは間違いなく勇者の仕事だった。
そしてアレンは、翌日もその場に残った。
縄を引き、桶を運び、汚れながら、倒したものを最後まで見届けようとした。
それもまた、たぶん勇者の仕事だった。
ドラゴンの尾は採石場へ運ばれた。
片翼も運ばれた。
道は少し通れるようになった。
商人は複数見積もりに不満そうだった。
村は復興費を得られそうだった。
アレンは昨日より少しだけ、勇者になった。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの解体作業は、これからだ。
「まだ胴体が残ってるだろ」
第二部・完




