第40話 勇者の必殺技が派手すぎて保険組合員は真顔になる。
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第40話 勇者の必殺技が派手すぎて保険組合員は真顔になる。
「勇者アレン様の必殺技について、相談があります」
王都武闘大会運営委員長は、そう言った。
俺は黙った。
リナも黙った。
勇者アレンは少しだけ胸を張った。
ミリアは嫌な予感がする顔をした。
セイルは静かに祈った。
ガルドは訓練場の壁を見ていた。
いつも通りだった。
王都冒険者組合の訓練場。
先日の武闘大会で、アレンが優勝した場所である。
その中央には、優勝金杯が置かれていた。
銘文はこうだ。
突入する前に撤退路を見よ。
かなり良い。
ただし、その横に新しい書類の山が置かれている。
嫌な山だ。
リナが小声で言った。
「見たことあります」
「言うな」
「勇者の必殺技です」
「言うな」
「光って、叫んで、すごい斬撃が飛ぶやつです」
「言うな」
「でもユートさんの場合、観客席の保険料を見そうですね」
「そこだ」
委員長は青い顔で書類を出した。
「先日の武闘大会決勝で、アレン様は必殺技を使われませんでした」
「使っていないな」
俺は言った。
「はい。そこは問題ありません」
「では何が?」
「決勝後の公開演武で、少しだけ構えを見せられました」
アレンが頷いた。
「あれか。聖剣の光を少し出しただけだ」
「少しだけ?」
俺は聞いた。
「少しだけだ」
委員長は別の書類を出した。
公開演武後の報告
一、観客席前列の帽子が三十二個飛んだ。
二、屋台の旗が七本倒れた。
三、砂埃により観客二十名がくしゃみ。
四、貴賓席の花瓶が一つ割れた。
五、保険組合より、次回大会保険料の増額通知。
六、観客の満足度は高い。
最後が余計に悪い。
アレンは固まった。
「帽子が」
ミリアが笑いをこらえた。
「三十二個」
リナが困ったように言う。
「満足度は高いんですね」
「だから困っています」
委員長は言った。
「観客は、次回も勇者様の必殺技を見たいと」
「でしょうね」
「しかし保険料が上がります」
「でしょうね」
「次回大会を開催するには、必殺技の安全運用規程が必要です」
出た。
必殺技の安全運用規程。
もう何でも規程になる。
だが、必要だ。
アレンは不満そうだった。
「必殺技とは、危機を打ち破るものだ。規程で縛るものでは」
ミリアが言った。
「観客席に帽子飛ばしてる時点で縛られなさい」
「帽子だぞ」
「花瓶も割れてるわよ」
「む」
セイルが静かに言った。
「怪我人が出なかったのは幸運です」
ガルドが頷く。
「風圧で姿勢を崩す者もいる」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響く。
『派手だ』
「でしょうね」
『勇者の技は、人を集める』
「はい」
『人を集めれば、守る範囲も広がる』
「観客席ですね」
『そうだ。必殺技は敵だけを見て撃つな』
「教義ですか」
『採用候補だ』
「早い」
俺は木札から手を離した。
「まず、必殺技を三つに分けます」
アレンが眉をひそめる。
「三つ?」
「実戦用、演武用、宣伝用」
アレンはさらに眉をひそめた。
「宣伝用?」
委員長がすぐに筆を取った。
「必要です」
「必要なのか」
「観客が求めているのは、魔王を斬る最大出力ではなく、見て満足できる安全な光です」
アレンは衝撃を受けた顔をした。
「安全な光」
ミリアが肩を震わせている。
「いいじゃない、安全な光」
「勇者の必殺技を祭りの照明みたいに言うな」
「でも、演武ならそうでしょ」
正しい。
かなり正しい。
俺は紙に書いた。
勇者必殺技運用分類
一、実戦用。
二、演武用。
三、宣伝用。
四、構えだけ。
リナが言った。
「四つになりました」
「構えだけが一番安全だ」
アレンが少し不服そうに言う。
「構えだけで満足するか?」
委員長が言った。
「実は、観客アンケートでは『構えが格好よかった』が一番多いです」
アレンが黙った。
「斬撃より?」
「はい」
「光より?」
「はい」
「構えが?」
「はい」
アレンは複雑そうだった。
「見栄え枝に振っていないのに」
俺は言った。
「素質だ」
「褒めているのか?」
「たぶん」
まず、アレンの必殺技を確認することになった。
場所は王都郊外の訓練丘。
周囲に人なし。
背後に土壁。
観測係。
医務係。
魔力計。
風圧計。
飛散物確認係。
保険組合員。
保険組合員。
いるのか。
当然いるらしい。
保険組合員は、小柄な男性だった。
眼鏡をかけ、分厚い帳簿を持っている。
「保険料算定のため、危険範囲を確認します」
アレンは嫌そうな顔をした。
「勇者の必殺技を保険料で見るのか」
「事故が起きれば支払うのは我々です」
「それはそうだが」
保険組合員は真顔だった。
強い。
まず、構えだけ。
アレンが聖剣を抜く。
聖剣が光る。
風が起きる。
マントは一枚。
よし。
魔力計が少し振れる。
観測員が記録。
構えのみ:帽子飛散推定距離、前方五メートル。
「構えだけで帽子飛ぶのか」
俺は言った。
アレンは少し嬉しそうだった。
「勇者だからな」
「嬉しそうにするな」
次、宣伝用。
聖剣を掲げ、光だけ出す。
斬撃なし。
音あり。
風少し。
観測結果。
宣伝用:帽子飛散推定距離、前方十二メートル。旗倒壊注意。
委員長が言った。
「屋台旗は十二メートル以上離します」
「はい」
次、演武用。
光の斬撃を地面に向けて短く出す。
土壁に当てる。
ずどん。
土埃。
風圧。
保険組合員の眼鏡が少しずれた。
観測結果。
演武用:前方三十メートル立入禁止。横風あり。砂埃対策必要。貴賓席花瓶不可。
「花瓶不可」
ミリアがついに笑った。
「花瓶不可って」
「笑うな」
アレンが言った。
「いや、でも花瓶は置かないほうがいいわよ」
「それはそうだ」
次、実戦用。
アレンは聖剣を構えた。
空気が変わる。
聖剣が強く光る。
俺は嫌な予感がした。
「待て」
アレンが止まる。
「何だ」
「本当に撃つ必要がありますか」
保険組合員が即答した。
「算定には必要です」
ミリアが言った。
「安全距離足りる?」
ガルドが土壁を見る。
「足りないかもしれん」
セイルが言う。
「見学者をさらに下げましょう」
リナが旗を持って走る。
立入禁止線を後ろへ。
さらに後ろへ。
さらに後ろへ。
かなり遠い。
アレンは少し寂しそうだった。
「そんなに離れるのか」
「実戦用だろう」
「そうだが」
「敵以外も巻き込むな」
アレンは真剣な顔になった。
「分かった」
実戦用。
アレンが叫ぶ。
「聖光断――」
俺は止めた。
「技名も必要?」
「必要だろう!」
「音量測定もします」
保険組合員が言った。
アレンが絶望した顔をした。
「技名の音量まで?」
「観客の耳に影響します」
「……分かった」
アレンは少し抑えた声で叫んだ。
「聖光断!」
光が走った。
土壁が割れた。
奥の岩まで傷が入った。
風が吹いた。
遠くの草が倒れた。
ミリアの髪が少し乱れた。
聖剣は満足そうに光っている。
観測員たちは黙った。
保険組合員は帳簿を閉じた。
「大会会場では禁止です」
アレンが固まった。
「禁止」
「はい」
「実戦用だぞ」
「だからです」
保険組合員は揺るがない。
「大会観客席の構造、保険料、避難導線、土壁の強度、どれを見ても無理です」
「だが勇者の必殺技を」
「魔王に向けて撃ってください」
かなり正しい。
ミリアが腹を抱えている。
「魔王に向けて撃ってください」
「笑うな!」
俺は頷いた。
「実戦用は大会禁止。演武用は条件付き。宣伝用は安全距離あり。構えだけは通常許可」
アレンは肩を落とした。
「構えだけ」
リナが優しく言った。
「でも構えが一番人気でしたよ」
「そうだったな」
「安全に格好いいのは大事です」
アレンは少し復活した。
「安全に格好いい」
「はい」
悪くない。
かなり悪くない。
次に、観客席の問題。
委員長が会場図を出す。
前列。
貴賓席。
屋台。
花瓶。
花瓶は消す。
花瓶を消す。
「貴賓席に花瓶を置かない」
委員長が書く。
「はい」
「帽子が飛びやすい前列には注意書き」
「はい」
「演武中は帽子を押さえる?」
「それは変では」
「では、前列に帽子固定紐を配る」
委員長が本気で書きそうになる。
俺は止めた。
「そこまではいりません」
「そうですか」
「前列を少し下げる」
「はい」
「屋台旗は固定」
「はい」
「砂埃対策で水撒き」
「はい」
「聴覚対策。技名音量は抑える」
アレンが小さく呻いた。
「技名音量」
「必要だ」
「必殺技は叫ぶものだ」
「叫びすぎると苦情が来る」
保険組合員が言った。
「苦情も保険に影響します」
「何でも保険に影響するな」
「事故は何でも費用になります」
強い。
かなり強い。
次に、必殺技の事前申請。
大会で使う技は、名前、出力、方向、範囲、音、光、風圧、飛散物、観客影響を申請する。
ミリアが言った。
「魔法大会でも必要ね」
「かなり必要」
「火力だけじゃなくて、煙と匂いも」
「それも入れよう」
演武技申請項目
一、技名。
二、属性。
三、最大出力。
四、演武出力。
五、安全距離。
六、方向。
七、音量。
八、光量。
九、風圧。
十、煙・砂埃。
十一、飛散物。
十二、観客席影響。
十三、保険料影響。
アレンが十三を見て、かなり嫌そうな顔をした。
「必殺技に保険料影響」
「現実だ」
「夢がない」
「観客席に夢をぶつけるな」
ミリアが笑った。
「いい言葉ね」
セイルが言う。
「安全があってこそ、観客も楽しめます」
ガルドが言う。
「見せ技と殺す技は違う」
かなり重い。
全員が少し黙った。
そうだ。
見せる技と、殺す技は違う。
アレンも真剣な顔になった。
「それは、そうだな」
「大会で見せるなら、見せる技にする」
「分かった」
聖剣が光った。
『我の力を抑えるのか』
「演武ではな」
『不満だ』
「魔王に向けて撃て」
保険組合員が淡々と言った。
聖剣は黙った。
保険組合員、聖剣にも強い。
その日の夕方、演武用の新しい型が作られた。
名付けて、
聖光断・演武型
アレンは少し不満そうだったが、実際にやってみるとかなり良かった。
聖剣が光る。
アレンが構える。
足元に光の円。
短い斬撃が上空へ抜ける。
土壁を壊さない。
風圧は少ない。
音は抑えめ。
観客から見れば十分派手。
安全。
アレンはそれを見て、少し満足した。
「悪くないな」
「かなり良い」
俺は言った。
「本当に?」
「構えも映える。危険範囲も少ない。保険料も下がる」
「最後はいらない」
「いる」
保険組合員が頷いた。
「この型なら、保険料増額は小幅で済みます」
アレンは微妙な顔をした。
「勇者の技が保険料小幅」
「良いことだ」
「そうなのか」
「そうだ」
委員長はかなり喜んでいた。
「これなら次回大会で演武できます!」
「事前に安全説明を」
「はい」
「観客に、実戦用ではなく演武型だと説明する」
「それは言うのですか」
「言ったほうがいい。期待値を調整する」
アレンが言った。
「実戦用より弱いと見られないか」
「安全のために制御している、と見られる」
「制御」
ミリアが言った。
「そのほうが格好いいわよ。力任せより、制御できる勇者」
アレンの顔が少し明るくなった。
「制御できる勇者」
「そうだ」
「悪くない」
また良い方向の見栄えだ。
使える。
翌日、武闘大会運営委員会で正式な規程が作られた。
王都武闘大会 演武技安全規程
一、実戦用必殺技の使用禁止。
二、演武型を事前申請する。
三、安全距離を測定する。
四、観客席への風圧、音量、光量、砂埃を確認する。
五、屋台旗、花瓶、軽量装飾を固定または撤去する。
六、救護導線を塞がない。
七、保険組合の確認を受ける。
八、見せ技と殺す技を混同しない。
九、制御できることも勇者の力である。
十、帽子が飛んだ数を記録する。
十。
帽子。
「必要ですか」
俺は聞いた。
委員長は真剣に頷いた。
「次回比較に必要です」
保険組合員も頷いた。
「飛散物指標として有効です」
「帽子飛散数」
「はい」
そういう指標ができた。
王都は、またひとつ実務的になった。
宿へ戻る途中、アレンは新しい演武型を何度も確認していた。
「構え、光、短い斬撃、剣を下ろす」
「安全距離を守れ」
「分かっている」
「技名音量も」
「分かっている」
「帽子」
「飛ばさない」
「よし」
ミリアが言う。
「勇者が帽子を飛ばさない訓練してるの、すごいわね」
「必要なことだ」
アレンは真面目だった。
セイルが言う。
「力を人に見せるなら、見る人を守る責任がありますね」
ガルドが言う。
「殺す技を見せ技にするには、削る必要がある」
リナが言う。
「制御できる勇者、格好いいです」
アレンは少し照れた。
「そうだろう」
調子に乗りすぎない程度ならいい。
宿に戻ると、広報部の女性が待っていた。
今日は帽子を押さえている。
なぜ。
「聞きました! 勇者様の必殺技安全規程ができたそうですね!」
「帽子は?」
「念のためです」
「ここでは飛びません」
「題名はこちらで!」
紙が出た。
勇者の必殺技が派手すぎて、観客席の保険料が上がりました
俺は黙った。
リナが笑った。
「そのままですね」
「そのままだな」
ミリアが言う。
「保険料が上がる必殺技、強いわね」
セイルが言う。
「事故がなくてよかったです」
ガルドが言う。
「実戦用は魔王に」
アレンが少し力強く頷いた。
「そうだ。実戦用は魔王に。大会では演武型だ」
「よし」
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい演武だった』
「まだ本番ではありません」
『制御の方針が立った』
「はい」
『力は、強ければよいわけではない』
「はい」
『見せる力には、見る者を守る荷がある』
「かなり良いですね」
『採用』
「教義ですか」
『必殺技は、敵だけでなく観客席も見て撃て』
「実務ですね」
『花瓶も見よ』
「そこもですか」
『花瓶もだ』
その夜、荷物台帳に記録した。
勇者必殺技安全運用記録
一、実戦用、演武用、宣伝用、構えだけを分ける。
二、見せ技と殺す技を混同しない。
三、安全距離を測る。
四、音量、光量、風圧、砂埃を見る。
五、屋台旗、帽子、花瓶は飛ぶ。
六、貴賓席に花瓶を置かない。
七、保険料は現実。
八、制御できることも勇者の力。
九、帽子飛散数を記録する。
十、魔王に向けて撃て。
ミリアが十を見て笑った。
「保険組合員の名言ね」
「かなり強かった」
アレンが言う。
「保険組合員に聖剣が黙らされるとは思わなかった」
「保険は強い」
セイルが言う。
「費用は責任を見える形にしますね」
「そうですね」
リナが言う。
「帽子飛散数、ちょっと見たいです」
「増やすな」
ガルドが言う。
「次回はゼロを目指す」
「そうだ」
聖剣が光った。
『我の実戦用を抑え込むとは』
「大会ではな」
『魔王には全力か』
「周囲を見てから」
『周囲を』
「味方、地形、補給路、観客席」
『観客席は戦場にない』
「ないならよし」
聖剣は少し納得したようだった。
こうして俺たちは知った。
必殺技は、強ければよいものではなかった。
実戦で敵を斬る技。
演武で人に見せる技。
宣伝で期待を高める光。
構えだけで十分な場面。
それらを分けなければ、勇者の力は観客席へ飛ぶ。
帽子が飛び、旗が倒れ、花瓶が割れ、保険料が上がる。
力には範囲がある。
範囲には責任がある。
見せる力には、見る者を守る荷がある。
アレンの必殺技は測定された。
実戦用は大会禁止になった。
演武型が作られた。
貴賓席から花瓶は撤去された。
帽子飛散数という指標が生まれた。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの演武安全管理は、これからだ。
「帽子を飛ばすなよ」
第二部・完




