第35話 禁書が重すぎます。人の腰に優しくありません。
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第35話 禁書が重すぎます。人の腰に優しくありません。
「禁書庫の整理を手伝っていただけませんか?」
王都封印局の局長は、そう言った。
俺は黙った。
リナも黙った。
勇者アレンは露骨に嫌な顔をした。
ミリアは逆に目を輝かせた。
セイルは静かに祈った。
ガルドは局長の背後にある鉄扉を見ていた。
いつも通りだった。
王都封印局。
死のノート。
ですノート。
危険筆記物。
文体汚染。
そういうものを保管している、かなり嫌な役所である。
今回は地下三階ではない。
地下四階だった。
地下四階。
存在してほしくない階である。
リナが小声で言った。
「見たことあります」
「言うな」
「禁書です」
「言うな」
「読むと力を得るけど危ない本です」
「言うな」
「でもユートさんの場合、重さを見そうですね」
「そこだ」
局長は疲れ切った顔でうなずいた。
「今回の対象は、王都封印局禁書庫にある未整理禁書群です」
「禁書群」
「はい」
「一冊ではなく?」
「はい」
「何冊ですか」
局長は目をそらした。
「数え直し中です」
「駄目ですね」
「駄目です」
局長は正直だった。
封印局もかなり鍛えられている。
俺は聞いた。
「なぜ今、整理が必要に?」
局長は一枚の報告書を出した。
禁書庫第三棚、荷重過多により棚板変形。
第四棚、湿気による封印符劣化。
第六棚、禁書同士の相互干渉疑い。
搬出時、職員一名が腰痛。
最後。
かなり重要だ。
「腰痛」
「はい」
「禁書の呪いではなく?」
「医務局の診断では腰痛です」
「禁書が重い?」
「非常に」
ミリアが少し興奮して言った。
「禁書って、魔力的に重いの?」
局長は首を横に振った。
「物理的に重いです」
ミリアの顔が少し落ちた。
「物理的に」
「はい」
局長は遠い目をした。
「古代魔法大全、石板綴じ。冥界契約概論、鉄鎖装丁。星辰儀式目録、鉛板表紙。人の腰に優しくありません」
ガルドが短く言った。
「鈍器だな」
「鈍器です」
局長は即答した。
「読まずに殴っても危険です」
アレンが言った。
「禁書とは、内容が危険なのではないのか」
「内容も危険です」
「内容も」
「物理も危険です」
セイルが静かに言った。
「二重の危険ですね」
「はい」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響いた。
『重い』
「またですか」
『禁書は重い』
「物理的に?」
『物理的にも、意味的にも』
「どう扱えば」
『読むな。落とすな。積むな。濡らすな。腰を守れ』
「最後が実務ですね」
『腰が終われば、封印も終わる』
「はい」
禁書庫の扉が開いた。
重い鉄扉。
封印紋。
乾いた空気。
古い紙の匂い。
油の匂い。
少しカビの匂い。
そして、圧。
棚が並んでいる。
大きな本。
分厚い本。
鎖で縛られた本。
箱に入った本。
布で包まれた本。
石板。
巻物。
金属板。
どれも「持ちたくない」と思わせる存在感がある。
ミリアが一歩前へ出ようとした。
俺は止めた。
「触るな」
「分かってるわよ」
「本当に?」
「少し読みたいだけ」
「駄目だ」
局長が青ざめた。
「絶対に読まないでください。特に赤い背表紙は、見出しだけで軽度の悪夢が出ます」
「見出しだけで?」
「はい」
リナが後ろに下がった。
「怖いですね」
「かなり怖い」
俺は禁書庫を見る。
まず、棚の下に本が積まれている。
駄目。
通路にも木箱が置いてある。
駄目。
棚の上段に重そうな石板本。
かなり駄目。
湿気に弱そうな巻物が床近く。
駄目。
危険度ラベルが古い。
駄目。
禁書同士の距離が近い。
怖い。
「整理前に、現状の危険箇所を記録します」
局長が筆を取る。
「はい」
「通路の箱を撤去」
「はい」
「重い本を上段に置かない」
「はい」
「巻物を床近くに置かない」
「はい」
「棚ごとの荷重上限を設定」
「はい」
「禁書同士の相互干渉距離を確認」
「はい」
「腰痛対策」
局長が強く頷いた。
「はい」
まず、搬送具。
折り畳み台車。
ただし禁書庫内の床は石で、段差がある。
台車の車輪では少し不安。
封印局が用意していたのは、平たい低床台車。
かなり良い。
「これを最初から使えば」
俺は言った。
局長は目をそらした。
「近い棚だからと、職員が手で持ち上げまして」
「駄目ですね」
「駄目です」
「近い距離ほど油断する」
「はい」
まず標語。
近くても台車。
局長が真剣に書いた。
次に、禁書の持ち方。
両手で抱えない。
視界が塞がる。
腰を曲げて持たない。
二人で持つ。
台車に乗せる。
封印布の取っ手を使う。
背表紙だけをつかまない。
鎖を持たない。
栞を引っ張らない。
読むな。
「読むな」が何度も入る。
ミリアが少し不満そうだった。
「そんなに見ないわよ」
局長が真顔で言った。
「前任者は『目次だけなら』と言って三日ほど古代語で寝言を言いました」
ミリアは黙った。
「読まないわ」
よし。
次に分類。
禁書は内容で分類したくなる。
召喚。
死霊。
契約。
古代兵器。
封印破り。
神格接触。
夢界干渉。
文体汚染。
文体汚染が増えている。
ですノートのせいだ。
だが、内容分類だけでは危険。
物理管理には、重量、装丁、湿度、封印状態も必要だ。
俺は棚札を作った。
禁書管理分類
一、内容危険度。
二、物理重量。
三、封印状態。
四、湿度条件。
五、接触禁止条件。
六、閲覧許可条件。
七、搬送人数。
リナが言った。
「本にも搬送人数がつくんですね」
「つく」
「人みたいですね」
「荷物だからな」
ガルドが重い本を見て言った。
「これは二人以上」
局長が言う。
「古代魔法大全です」
「四人」
俺は訂正した。
「二人でも腰が危ない」
局長はすぐ書く。
古代魔法大全:搬送四名、低床台車推奨。
アレンが近づいて、石板綴じの本を見た。
「これを読む者がいるのか」
局長が言った。
「研究者が」
「筋力も必要だな」
「はい」
ミリアが小声で言った。
「魔法研究なのに筋力」
「禁書研究は体力仕事だ」
俺は言った。
作業が始まった。
まず通路の箱を退かす。
箱のラベル。
古代契約書写し。未確認。
駄目。
未確認が通路にあるな。
封印局員二名で台車に乗せる。
俺が位置を確認する。
リナが記録。
ガルドが支える。
アレンは周囲警戒。
セイルは体調確認。
ミリアは魔力干渉を見ている。
箱を動かした瞬間、隣の棚の巻物が少し震えた。
ミリアが手を上げる。
「止まって」
全員止まる。
「この箱、巻物と反応してる」
局長が青ざめる。
「どの程度?」
「軽い共鳴。近づけないほうがいい」
「内容は?」
「古代契約書写しと、向こうは……封印破り歌集?」
局長が悲鳴を飲み込んだ。
「近づけてはいけません」
「なぜ通路に?」
局長は目をそらす。
「仮置きで」
「仮置きは事故の母です」
「はい」
標語追加。
仮置きは事故の母。
次に、棚上段の石板綴じ本を下ろす。
これが大変だった。
職員四人。
低床台車。
滑り止め布。
持ち上げるのではなく、少しずつずらす。
棚から台車へ。
ガルドが支える。
アレンも支える。
勇者が禁書を運んでいる。
かなり地味だ。
だが、真剣だ。
本が少し傾く。
全員の息が止まる。
局長が叫ぶ。
「開かないように!」
本には封印帯。
もし落として開いたら、内容が見える。
内容が見えると、悪夢か何かが来る。
かなり嫌だ。
どうにか台車へ乗せた。
アレンが息を吐く。
「魔王より重いのでは」
「魔王を持ったことはないだろ」
「ない」
「なら比較するな」
「だが重い」
「それは本当」
古代魔法大全は、下段の専用台へ移された。
棚板の変形は少し戻った。
よし。
次は鉛板表紙の星辰儀式目録。
これがまた重い。
しかも、表紙に星図が刻まれている。
ミリアが目を細めた。
「見すぎないほうがいいわ」
「なぜ」
「星図が少し動いてる」
「嫌だ」
局長が布をかける。
「これも閲覧禁止期間です」
「なぜ置きっぱなしに」
「棚が足りず」
「禁書庫に棚が足りないのは危険です」
「分かっています」
「増設は?」
「予算が」
出た。
予算。
どの施設にもいる。
俺は言った。
「棚を増やすより、まず廃棄・移管・複製管理を確認しましょう」
局長が驚く。
「禁書を廃棄?」
「できるものがあるなら」
「ほとんどできません」
「では移管」
「王立書庫、神殿封印庫、魔導師団資料庫へ分散可能か確認します」
「一か所に集めすぎると、荷重も危険も集中する」
局長は深く頷いた。
「分散保管」
「はい。ただし所在台帳が必要」
「もちろんです」
禁書も小分け。
補給と同じだ。
全部一か所に置くと、棚も腰も終わる。
途中、封印局の若い職員が一冊の薄い本を持ってきた。
「これは軽いので手で」
俺は止めた。
「題名は?」
職員は表紙を見る。
「ええと、『読むだけで強くなる初級禁書』です」
全員が止まった。
ミリアが目を輝かせかけた。
俺は強く言った。
「読まない」
職員がびくっとする。
「題名も読まないほうが?」
「すでに読んだが、これ以上読むな」
局長が慌てて封印布をかける。
「これは新人研究者がよく引っかかる本です」
「なぜ薄いんですか」
「持ちやすいからです」
「悪質ですね」
「非常に」
薄い禁書。
軽い禁書。
持ちやすい禁書。
これが一番危ない可能性がある。
俺は分類に追加した。
軽量だが危険。
リナが言った。
「軽いから安全とは限らないんですね」
「そうだ」
「重い禁書は腰に、軽い禁書は頭に来る」
「良いまとめだ」
台帳に書いた。
重い禁書は腰に来る。軽い禁書は頭に来る。
ミリアが笑った。
「ひどいけど分かるわ」
さらに問題が出る。
禁書庫の奥に、紐で縛られた古い冊子が大量にあった。
局長が言う。
「古い禁書目録です」
「目録?」
「はい。禁書の一覧です」
「それは重要ですね」
「ただ、古いので内容が現在と合っていません」
「なぜ保管を?」
「歴史資料として」
「現行目録と混ざると危険です」
「はい」
古い目録。
現行目録。
仮目録。
未確認目録。
全部似た箱。
駄目。
文書管理の地獄である。
ですノート回の文体監査を思い出す。
文書は、内容だけでなく版が命だ。
俺は言った。
「最新版、旧版、参考資料、未確認を分ける」
局長が書く。
「はい」
「旧版を現場で使わない」
「はい」
「最新版には発行日」
「はい」
「禁書移動時は、目録と現物を照合」
「はい」
「目録だけで禁書を探さない。棚番号と封印番号も使う」
「はい」
局長は涙目だった。
「本当に、その通りです」
禁書庫整理は、結局一日では終わらなかった。
終わるわけがない。
だが、最危険箇所は潰した。
通路は空いた。
重い本は下段へ。
軽いが危険な本は専用箱へ。
湿気に弱い巻物は上段の乾燥棚へ。
反応する本同士は距離を取った。
仮置きは禁止。
低床台車の使用必須。
二人確認。
読むな。
かなり改善した。
夕方、局長は小会議室で新しい規程をまとめた。
王都封印局 禁書庫管理規程 改訂案
一、禁書は内容危険度だけでなく、重量でも分類する。
二、重い禁書を上段に置かない。
三、搬送人数を明記する。
四、低床台車を使用する。
五、仮置き禁止。
六、軽量禁書を安全扱いしない。
七、湿度条件を明記する。
八、禁書同士の干渉距離を確認する。
九、旧版目録と最新版を分ける。
十、見出しだけでも読まない。
十一、腰痛対策を封印業務に含める。
「十一、いいですね」
セイルが言った。
「封印業務に含めるんですね」
「腰を壊したら封印できない」
ガルドが頷く。
「体が資本だ」
アレンも言う。
「勇者も同じだ」
ミリアが言う。
「研究者も同じね」
局長は深く頷いた。
「今後、禁書庫職員の持ち上げ訓練も入れます」
「読む訓練ではなく?」
リナが聞く。
「まず持ち上げ訓練です」
かなり地味だ。
だが大事だ。
その時、ミリアが控えめに手を上げた。
「質問」
「どうぞ」
局長が警戒している。
「閲覧許可が出る禁書ってあるの?」
「あります。ただし申請、目的、閲覧場所、監督者、読後確認が必要です」
「読後確認?」
「悪夢、人格変化、語尾変化、不要な詠唱、手の震え、目次の暗唱などを確認します」
「目次の暗唱」
「危険兆候です」
ミリアは少し迷った後、言った。
「いつか、正式に申請するわ」
俺は言った。
「目的と必要性を明確に」
「分かってるわよ」
「持ち帰り不可」
「分かってる」
「写本不可」
「分かってるって」
局長は少し安心したようだった。
王都の人間は少しずつ学んでいる。
ミリアも学んでいる。
よい。
宿へ戻る途中、アレンが言った。
「禁書とは、もっと神秘的なものだと思っていた」
「神秘的だっただろ」
「だが、腰痛が」
「神秘も重ければ腰に来る」
アレンは黙った。
ミリアが言う。
「禁書って、読む前に持てないのね」
「持てても読むな」
「正式申請するわよ」
「してください」
セイルが言う。
「知識も荷ですね」
「はい」
リナが言う。
「軽い本のほうが危ないこともあるんですね」
「ある」
ガルドが言う。
「薄い刃も危ない」
「そういうことだ」
宿に戻ると、広報部の女性が待っていた。
今日は封印局の資料を持っている。
なぜ。
「聞きました! 禁書庫整理をされたそうですね!」
「極秘では?」
「一般的な禁書庫管理改善として聞きました」
「どこまで漏れてるんですか」
「題名はこれで!」
紙が出た。
禁書が重すぎて、封印より先に腰が終わります
俺は黙った。
リナが笑った。
「そのままですね」
「そのままだな」
ミリアが言う。
「でも、かなり本当だったわ」
アレンが言う。
「古代魔法大全は本当に重かった」
セイルが言う。
「腰痛対策は重要です」
ガルドが言う。
「低床台車がいる」
「そうだ」
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい禁書整理だった』
「禁書の中身には触れていません」
『触れなくてよい』
「読まずに終わりました」
『最良だ』
「禁書回なのに?」
『読んだら終わらぬ』
「確かに」
『知識も荷である。持てぬ知識は、封じて置け』
「重いですね」
『重い本だからな』
「今回の教義は?」
『読むな。落とすな。積むな。濡らすな。腰を守れ』
「そのままですね」
『禁書はそのままが大事だ』
その夜、荷物台帳に記録した。
禁書庫整理記録
一、禁書は内容だけでなく重量で管理する。
二、重い本を上段に置かない。
三、軽い禁書を安全扱いしない。
四、仮置きは事故の母。
五、近くても台車。
六、見出しだけでも読まない。
七、旧版目録を現場で使わない。
八、禁書同士の相互干渉に注意。
九、禁書研究には筋力も必要。
十、重い禁書は腰に来る。軽い禁書は頭に来る。
ミリアが覗き込んで言った。
「十、名言ね」
「嫌な名言だ」
「でも覚えやすい」
「それは大事」
アレンが言う。
「俺も禁書を運べるくらい鍛えるべきか」
「読むなよ」
「読まない」
「本当に?」
「……見出しも読まない」
「よし」
セイルが言う。
「知識は、必要な時に、必要な分だけ、正しく扱うものですね」
「そうですね」
ガルドが言う。
「本でも剣でも、持ち方を間違えると怪我をする」
「かなりその通り」
聖剣が背中で光った。
『我も禁書に負けず重いか』
「長いが、本よりは持てる」
『そうか』
「ただし通路注意」
『結局それか』
こうして俺たちは知った。
禁書は、読む前から危険だった。
内容が人を壊す。
封印が破れれば街を壊す。
そして、物理的に重ければ腰を壊す。
知識は軽いものではない。
本に閉じ込めても、石板に刻んでも、金属で綴じても、その重さは残る。
だから、読む前に棚を見る。
運ぶ前に人数を見る。
置く前に湿度を見る。
近くても台車を使う。
仮置きはしない。
持てない知識は、封じて置く。
禁書庫の通路は空いた。
古代魔法大全は下段へ移された。
薄い禁書は専用箱へ入った。
局長は腰痛対策を規程に入れた。
ミリアは正式閲覧申請を検討することになった。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの禁書整理は、これからだ。
「目次だけでも読むなよ」
第二部・完




