第36話 右手に封印されし力を格好よく見せようとしている
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第36話 右手に封印されし力を格好よく見せようとしている
「右手に、封印されし力が宿りました」
若い冒険者は、そう言った。
俺は黙った。
リナも黙った。
勇者アレンは少しだけ興味を持った。
ミリアは眉をひそめた。
セイルは静かに祈った。
ガルドは冒険者の右手を見ていた。
いつも通りだった。
王都冒険者組合の相談室。
机。
椅子。
水差し。
記録用紙。
そして、右手に黒い包帯を巻いた若い冒険者。
いかにもである。
右手に封印されし力。
いかにも強大な闇の力。
いかにも包帯を外すと暴走しそうなやつ。
いかにも「俺の中の力が目覚める」系である。
リナが小声で言った。
「見たことあります」
「言うな」
「右手に封印された力です」
「言うな」
「包帯を巻いてるやつです」
「言うな」
「でもユートさんの場合、荷物が持てないことを気にしそうですね」
「そこだ」
若い冒険者の名は、カイル。
剣士志望。
年齢は十七。
冒険者登録から半年。
最近、古い祠の調査依頼を受けた際、右手に妙な紋章が浮かび、力が宿ったらしい。
黒い包帯の下から、うっすらと赤い光が漏れている。
受付嬢が言った。
「医務局と封印局には相談済みです。命に別状はありません。ただし、右手から強い魔力反応が出ています」
「封印局の判断は?」
「応急封印済み。包帯を外さないこと。強い感情で反応が高まること。詳細解析中」
「応急封印」
「はい」
その言葉は怖い。
死のノートも、最初は応急封印だった。
ですノートも、最初は病扱いだった。
応急は、だいたい応急でしかない。
俺はカイルに聞いた。
「右手は動きますか」
カイルは少し得意げに右手を掲げた。
「ええ。ただ、力が強すぎて」
「物を持てますか」
カイルは止まった。
「え?」
「荷物を持てますか」
「いや、その……」
受付嬢が紙を出した。
「こちらが現在の問題です」
右手封印に伴う生活・冒険上の支障
一、剣を握ると魔力が暴発しかける。
二、荷袋を持つと布が焦げる。
三、食器を持つと震える。
四、寝ている間に包帯がずれる。
五、文字を書くとインクがにじむ。
六、仲間から少し距離を置かれている。
七、本人が少し格好よく見せようとしている。
最後。
かなり重要だ。
俺はカイルを見た。
カイルは目をそらした。
ミリアが呆れたように言う。
「少し格好よく見せようとしてるのね」
カイルは赤くなった。
「いや、その、封印されし力って、少し」
「分かるけど危ないわよ」
アレンが腕を組んだ。
「力が宿ったなら、鍛えれば武器になるのではないか」
「その前に生活できるかです」
セイルが言った。
ガルドも頷く。
「剣を握れない剣士は困る」
俺は言った。
「剣だけではありません。右手が使えないと、荷物、食事、記録、扉、手綱、ロープ、全部困ります」
カイルの顔が、少しずつ現実に戻っていく。
「そうなんです。かっこいいと思ったのは最初だけで、実際にはかなり不便で」
「でしょうね」
「昨日も、パンを掴んだら焦げました」
「パンが」
「黒く」
リナが心配そうに言う。
「食べられました?」
「焦げたところを削って」
セイルが静かに言った。
「それは早めに対策しましょう」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響く。
『右手は荷を持つ』
「はい」
『その右手が荷になっている』
「分かります」
『力は便利そうに見えるが、手を塞げば不便だ』
「はい」
『まず生活を戻せ』
「戦闘より?」
『戦闘より』
「教義が早い」
『飯が食えぬ者に奥義はいらぬ』
「重い」
俺は木札から手を離した。
「まず、右手を戦力として見ない」
カイルが驚いた。
「えっ」
「生活障害として見ます」
「生活障害」
「はい。剣士として強くなる前に、飯を食べ、荷物を持ち、寝て、記録を書けるようにする」
カイルは少し落ち込んだ。
だが、必要なことだ。
ミリアが言った。
「力を否定してるわけじゃないわよ。使う前に、暴発しないようにするってこと」
セイルが続ける。
「そして、あなた自身が困らないように」
カイルは小さく頷いた。
「お願いします」
まず現状確認。
包帯は封印布。
だが、巻き方が甘い。
右手首から指先まで巻いているが、指の関節部分がずれている。
封印局の応急処理らしい。
応急なので、食事や睡眠まで想定していない。
「封印局案件ですね」
受付嬢が言う。
「はい。ただ、封印局からは、冒険運用面は組合で、と」
「押し返された?」
「連携です」
便利な言葉だ。
まず、右手で持てるものと持てないものを確認する。
木の棒。
焦げる。
鉄の棒。
熱を帯びる。
革袋。
焦げ目がつく。
陶器の器。
震える。
ガラス瓶。
割れそう。
ロープ。
少し煙が出る。
紙。
端が黒くなる。
パン。
焦げる。
カイルが悲しそうな顔をした。
「パン……」
「深刻ですね」
リナが言った。
かなり深刻だ。
次に、左手。
カイルは右利きらしい。
左手で食べるのは苦手。
文字を書くのも難しい。
剣はほぼ無理。
荷物もバランスが悪い。
つまり、右手が封印されただけで、生活全体が崩れている。
「右手だけの問題ではないですね」
俺は言った。
「体全体の運用を変える必要があります」
カイルが言った。
「そんな大げさな」
「片手が使いにくいのは大きい」
ガルドが頷く。
「剣士なら分かる。利き手が使えないと、足運びも変わる」
アレンも言う。
「勇者でも、片手を封じられれば戦い方が変わる」
ミリアが言う。
「魔法使いも、杖を持つ手が変わると詠唱姿勢が変わるわ」
セイルが言う。
「治療も、手が使えなければ難しい」
カイルは少しずつ真剣な顔になった。
「じゃあ、どうすれば」
「まず、三段階に分けます」
俺は紙を出した。
右手封印運用計画
一、生活維持。
二、冒険最低限。
三、力の制御訓練。
「順番はこの通り」
「力の制御は最後ですか」
「最後です」
「でも、これが使えれば」
「使えれば、です。今はパンを焦がしています」
カイルは黙った。
かなり効いたらしい。
まず生活維持。
食器を持てないなら、左手用の器。
滑り止めつき。
取っ手が大きい。
パンは右手で触らない。
寝る時は包帯がずれないよう、手袋型の封印カバー。
文字は左手訓練。
または口述筆記。
服の留め具を左手でも扱えるものへ。
扉の取っ手も注意。
「ここまで必要ですか」
カイルが言う。
「昨日、パンが焦げたんですよね」
「はい」
「必要です」
「はい」
次に冒険最低限。
荷物は右手で持たない。
背負い袋の重心を調整。
左手で開けやすい袋へ変更。
右手が触れないよう、胸前の留め具を左側へ。
ロープは左手で扱う訓練。
瓶は右手側に入れない。
ポーション瓶は革ケース。
栓は左手で開ける練習。
剣は、しばらく抜かない。
「抜かない?」
カイルがショックを受ける。
「右手で握ると暴発するんですよね」
「はい」
「なら抜かない」
「でも剣士として」
ガルドが言った。
「剣士なら、抜かない判断もいる」
重い。
かなり重い。
カイルは黙った。
「左手短剣から始めろ」
ガルドが続けた。
「守る動きだけ。攻めるな。右手を使うな」
「はい」
次に力の制御訓練。
封印局の指導下で行う。
場所は防護室。
燃えないもの。
水桶。
砂。
封印布。
記録係。
暴発時の逃げ道。
本人の体調確認。
感情が高ぶると反応するなら、訓練前に呼吸。
ミリアが言った。
「魔力制御と同じね。感情で火力が上がるなら、まず落ち着く」
「封印されし力、落ち着いて使うものなんですね」
カイルが言った。
「当たり前よ。格好つけて暴発するほうが困るわ」
ミリアの言葉は厳しいが、正しい。
次に、包帯の見た目問題。
ここが難しい。
黒い包帯は目立つ。
本人も格好よく見せたくなる。
周囲も「危険な力」と見て距離を置く。
だが、必要以上に隠すと本人が孤立する。
セイルが言った。
「見た目を落ち着かせたほうがよいかもしれません」
「普通の手袋型にしますか」
リナが言う。
「黒い包帯だと、どうしても目立ちます」
カイルは少し抵抗した。
「でも、封印らしくて」
全員が見た。
カイルは小さく言った。
「すみません」
俺は言った。
「格好よさは後で考えましょう。まず周囲が安全に見える形」
ミリアが言った。
「封印具が派手だと、敵にも狙われやすいわよ」
カイルの顔が変わった。
「それは困ります」
「でしょう」
封印局へ移動した。
局長は、カイルの右手を見るなり額を押さえた。
「応急包帯がずれていますね」
「はい」
「申し訳ありません。戦闘用ではなく、搬送用の応急封印でした」
「やはり」
局長は封印技師を呼んだ。
封印技師は、カイルの右手を調べる。
「右手の紋章は、古い祠の守護魔力が移ったものですね。邪悪ではありません。ただ、出力調整ができていない」
「危険度は?」
「中。暴走すれば周囲を焦がす程度。ただし、本人の生活には高」
本人の生活には高。
かなり分かりやすい。
封印技師は新しい封印具を提案した。
包帯ではなく、手袋型。
内側に封印糸。
外側は灰色の革。
手の甲に小さな調整紋。
指先は厚め。
見た目は普通の作業手袋に近い。
かなり良い。
カイルは少し残念そうだった。
「黒い包帯では」
「燃えやすい」
封印技師が言った。
カイルは黙った。
「しかもずれる」
「はい」
「封印具は目立つためではなく、封じるためです」
「はい」
封印技師、強い。
手袋型封印具をつけると、右手の赤い光はほとんど見えなくなった。
木の棒を持つ。
焦げない。
革袋を持つ。
焦げない。
紙。
焦げない。
パン。
焦げない。
カイルの顔が明るくなった。
「パンが持てる!」
かなり切実だったらしい。
リナが笑った。
「よかったですね」
「はい!」
次に荷物テスト。
背負い袋を調整する。
右手で持ち上げず、左手と肩で背負えるよう、台の上に置いてから背負う。
袋の留め具は左側。
よく使うものは左側ポケット。
右側には熱に強いものだけ。
ポーション瓶は左前の革ケース。
パンは中央。
右手側には入れない。
「右手が使えるようになったのに、右手側には入れないんですか?」
カイルが聞く。
「封印具が壊れた時のため」
「壊れる前提?」
「壊れない前提で組むな」
カイルは頷いた。
かなり学んできた。
次に剣。
右手で握ると、封印具越しに少し反応する。
剣が赤く光る。
カイルは興奮した顔になった。
「これは」
「抜くな」
ガルドが即座に言う。
「でも」
「今は抜くな」
「はい」
剣は当面、左腰から背中側へ移動。
すぐ抜けない位置。
カイルは不満そうだったが、暴発防止のためだ。
代わりに、左手用の短剣と盾を持つ。
守るため。
戦うためではなく、撤退するため。
ガルドが動きを教える。
「左手で盾。右手は使うな。逃げ道を見る。相手を倒そうとするな」
カイルは何度も練習した。
右手を使いたくなる。
そのたびにガルドが止める。
「右」
「すみません」
「右」
「すみません」
「右」
「すみません」
かなり地味だ。
封印されし力の訓練なのに、やっていることは右手を使わない練習。
だが、重要だ。
ミリアが見て言った。
「暴走する力って、使う訓練より使わない訓練が先なのね」
「そうだ」
俺は言った。
「使わない自由がない力は、便利ではない」
セイルが頷く。
「抑えられない力は、本人も周囲も傷つけます」
アレンが言った。
「勇者の力も同じかもしれないな」
「かなり同じだ」
アレンは少し考え込んだ。
成長の材料が多い。
夕方、カイルの運用計画がまとまった。
右手封印生活・冒険運用手順
一、封印手袋を常時装着。
二、寝る時は固定帯を追加。
三、食事は左手中心。
四、右手で紙・布・食料を不用意に触らない。
五、剣は当面抜かない。
六、左手短剣と盾で防御・撤退。
七、荷物は左側から取り出せる配置。
八、ポーション瓶は左前革ケース。
九、感情が高ぶったら呼吸。
十、封印具に焦げ、裂け、熱を感じたら即中止。
十一、格好よく見せるために包帯を巻かない。
カイルが十一を見て顔を赤くした。
「はい」
ミリアが笑った。
「十一、大事ね」
「大事だ」
リナが言った。
「でも、手袋型のほうが普通に格好いいですよ」
カイルの顔が少し明るくなる。
「そうですか?」
「はい。ちゃんと管理してる感じがします」
「管理してる感じ」
カイルは手袋を見た。
「それは、それで」
危ない。
だが、良い方向の格好よさならいい。
封印具をきちんと使う格好よさ。
それは悪くない。
数日後、カイルは冒険者組合の軽い護衛依頼に復帰した。
ただし、戦闘なしの荷運び補助。
右手を使わない。
左手と台車。
最初は不満そうだったが、戻ってきた時には少し晴れた顔だった。
「荷物を焦がしませんでした」
「良い成果です」
「パンも焦がしませんでした」
「かなり良い成果です」
「剣は抜きませんでした」
ガルドが頷いた。
「よし」
「右手の力を使わなくても、依頼はできるんですね」
「そうだ」
俺は言った。
「力を使うことだけが冒険ではない」
カイルは深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
その右手は、まだ封印されている。
強大な力も、たぶんある。
いつか使う日が来るかもしれない。
だが、今日はパンを焦がさなかった。
それは、かなり大事なことだった。
宿へ戻ると、広報部の女性が待っていた。
もう疑問に思わない。
「聞きました! 右手に封印されし力を持つ冒険者を支援したそうですね!」
「生活支援です」
「題名はこちらで!」
紙が出た。
右手に封印されし力が宿ったせいで、荷物が持てません
俺は黙った。
リナが笑った。
「そのままですね」
「そのままだな」
ミリアが言う。
「封印されし力より、パンが焦げる問題のほうが切実だったわね」
「飯が食えぬ者に奥義はいらぬ」
「神託?」
「神託」
セイルが微笑む。
「よい言葉です」
ガルドが言う。
「剣を抜かない訓練も大事だ」
アレンが言う。
「使える力を使わない勇気か」
「そうだ」
「勇者にも必要だな」
「本当に必要だ」
アレンは真剣に頷いた。
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい右手だった』
「右手ですか」
『手は荷を持つ』
「はい」
『その手が力で塞がれば、力も荷になる』
「はい」
『まず飯を食え。次に荷を持て。それから力を使え』
「順番ですね」
『順番だ』
「教義は?」
『飯が食えぬ者に奥義はいらぬ』
「強いですね」
『採用』
その夜、荷物台帳に記録した。
右手封印運用記録
一、封印具は目立つためではなく封じるため。
二、応急封印は生活運用まで考えていない。
三、利き手が使えないと全身の運用が変わる。
四、パンを焦がすなら深刻。
五、力を使う訓練より、使わない訓練が先。
六、右手側に重要物を置かない。
七、剣を抜かない判断。
八、封印具破損時の予備手順。
九、格好よさは安全の後。
十、飯が食えぬ者に奥義はいらぬ。
リナが十を見て言った。
「分かりやすいですね」
「かなり」
ミリアが言う。
「右手封印って、もっと派手な話かと思ったけど、生活だったわね」
「派手な力も生活を通る」
セイルが言う。
「本人の尊厳にも関わりますね」
「はい」
ガルドが言う。
「右手を使わない訓練は、俺もやる」
「いいですね」
アレンが言う。
「俺も、聖剣を抜かない訓練を」
聖剣が光った。
『抜け』
「いや、必要な時に抜く」
『必要な時とは』
「通路が広い時」
『そこか』
「そこもだ」
聖剣は不満そうだった。
こうして俺たちは知った。
右手に封印されし力が宿ると、強くなる前に生活が壊れる。
剣が握れない。
荷袋が焦げる。
紙が燃える。
瓶が割れそうになる。
パンが焦げる。
寝ている間に包帯がずれる。
それは格好いい呪いではなく、毎日の困りごとだった。
力は、使えることより先に、使わずにいられることが大事だった。
飯を食べる。
荷物を持つ。
寝る。
書く。
歩く。
それが戻ってから、ようやく力の話ができる。
カイルは封印手袋を得た。
パンは焦げなくなった。
剣は当面抜かないことになった。
左手短剣と盾の訓練が始まった。
黒い包帯は卒業した。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの封印手袋運用は、これからだ。
「パンを焦がすなよ」
第二部・完




