第34話 錬金術は素材管理が大事
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第34話 錬金術は素材管理が大事
「錬金術工房の監査に同行していただけませんか?」
王都薬房の管理官は、そう言った。
俺は黙った。
リナも黙った。
勇者アレンは少しだけ嫌な顔をした。
ミリアは明らかに興味を持った。
セイルは静かに祈った。
ガルドは、薬房管理官の持っている分厚い帳簿を見ていた。
いつも通りだった。
王都薬房の隣には、王都錬金術工房がある。
薬房が薬を作る施設なら、錬金術工房は素材を混ぜ、加工し、変質させ、魔道具や薬剤や特殊金属を作る施設らしい。
いかにも錬金術。
いかにも素材を合成すれば便利アイテムができそうな場所である。
リナが小声で言った。
「見たことあります」
「言うな」
「錬金術です」
「言うな」
「素材を混ぜてすごいものを作るやつです」
「言うな」
「でもユートさんの場合、素材管理を見そうですね」
「そこだ」
薬房管理官は、前回のポーション瓶規格の件でかなりこちらを信頼しているらしい。
その信頼はありがたい。
ありがたいが、たいてい面倒事と一緒に来る。
「錬金術工房で、少し事故が増えています」
「爆発ですか」
管理官は頷いた。
「小規模ですが」
「小規模でも爆発は爆発です」
「はい」
「原因は?」
管理官は帳簿を開いた。
「素材の取り違え、ラベル剥がれ、保管瓶の形状統一不足、使用済み素材の戻し間違い、湿気、温度、そして研究員の思い込みです」
「最後が強い」
ミリアが言った。
管理官はため息をつく。
「錬金術師は優秀です。ですが、優秀な人ほど『見れば分かる』と言います」
俺は額を押さえた。
「駄目ですね」
「駄目です」
ミリアは少し気まずそうに目をそらした。
「私も魔石ならだいたい見れば分かるけど」
「だいたいで爆発する」
「分かってるわよ」
王都錬金術工房に入る。
白い石壁。
高い天井。
強化ガラスの窓。
棚。
棚。
棚。
瓶。
瓶。
瓶。
粉。
液体。
金属片。
乾燥した草。
魔石。
よく分からない粘液。
よく分からない骨。
よく分からない羽。
そして、焦げ跡。
かなりある。
工房長は、白衣を着た痩せた男だった。
髪が少し焦げている。
眉も少し焦げている。
だが、目は輝いている。
危ないタイプだ。
「ようこそ! あなたが噂の荷物持ちですね!」
「はい」
「素材管理の助言をいただけるとか!」
「まず現場を見ます」
「もちろん!」
工房長は棚を示した。
「こちらが基礎素材棚。右が鉱物、左が薬草、奥が魔石、手前が溶媒です」
一見、分かれている。
だが、近づくとすぐに分かる。
駄目だ。
かなり駄目だ。
瓶の形が同じ。
ラベルが手書きで、字が読みにくい。
似た色の粉が隣同士。
危険物と普通素材が同じ棚。
使用期限がない。
開封日がない。
誰が使ったか分からない。
戻し場所が曖昧。
棚板に焦げ跡。
「駄目です」
工房長の笑顔が止まった。
「早いですね」
「早い段階で駄目です」
リナが瓶を見て言う。
「この二つ、同じに見えます」
工房長は言った。
「片方は月白石の粉、もう片方は乾燥骨灰です」
「混ぜると?」
「反応しません」
「隣の青い粉は?」
「雷塩です」
「混ぜると?」
工房長は少し目をそらした。
「爆ぜます」
「なぜ隣に置く」
工房長は黙った。
ミリアが棚を見て言う。
「これは怖いわ。雷塩のラベル、薄れてるし」
「少し前に溶媒が跳ねまして」
「それで爆発しないのが不思議ね」
「小さく爆発しました」
「したんじゃない」
セイルが別の棚を見ている。
「薬草と毒草が近いですね」
工房長が言った。
「形が違うので」
「乾燥後も?」
工房長が黙る。
ガルドが床の箱を見ている。
「これは?」
「使用済み素材です」
「戻すのか」
「再利用できるものもあります」
「混ざっている」
「……はい」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響いた。
『爆ぜる』
「まだ爆ぜてません」
『このままなら爆ぜる』
「ですよね」
『素材は名前を持て』
「ラベルですね」
『名のない素材は、荷ではなく罠だ』
「かなり重い」
『貼れ』
「貼ります」
神託は単純だった。
貼れ。
かなり正しい。
俺は工房長に言った。
「今日は研究を止めます」
工房長が固まった。
「え?」
「素材管理を直すまで、調合を止めます」
「しかし、実験が」
「爆発してからでは遅い」
「小規模なら」
「小規模でも駄目」
管理官が静かに言った。
「工房長。薬房としても、隣で爆発されると困ります」
「はい……」
まず全素材を分類する。
危険物。
反応性素材。
通常素材。
薬用素材。
毒性素材。
溶媒。
使用済み素材。
廃棄。
保留。
「保留?」
リナが聞く。
「分からないもの」
「分からないなら置けないんですか?」
「分からないものほど、保留箱へ。通常棚に置かない」
「なるほど」
ミリアがうなずく。
「未知素材を適当に置くのは本当に危ないわ」
工房長が少し顔を赤くした。
心当たりがあるらしい。
次にラベル。
大きく書く。
素材名。
採取日。
開封日。
担当者。
保管条件。
混合禁止。
使用期限。
危険度。
そして、色と形。
危険物は赤枠。
毒性は黒三角。
湿気厳禁は波線。
火気厳禁は炎に斜線。
衝撃注意は割れ印。
文字だけに頼らない。
「これ、ポーション瓶規格と似ていますね」
リナが言った。
「同じ考え方だ」
「色、形、文字の三重表示」
「そうだ」
管理官が少し嬉しそうだった。
規格が育っている。
次に棚。
危険物は下段ではなく、専用棚。
地震や衝撃で落ちないよう扉付き。
湿気に弱いものは乾燥箱。
揮発性溶媒は換気棚。
毒性素材は鍵付き。
使用中素材は一時トレイ。
使ったら戻す前に確認台へ。
勝手に棚へ戻さない。
工房長が驚く。
「戻す前に確認台ですか」
「手元の思い込みで戻すと混ざります」
「確かに」
「確認者を別にする」
「二人確認」
「はい」
アレンが腕を組む。
「戦場の号令確認に似ているな」
「似ている」
ガルドが言う。
「剣の手入れでも、刃こぼれ確認は別にすることがある」
「どこも同じです」
セイルが毒草棚を確認する。
「毒性素材の近くに食事を置いてはいけません」
工房長が目をそらした。
「研究中に軽食を」
「駄目です」
セイルの声は穏やかだったが、かなり強かった。
工房長は深く頷いた。
「駄目ですね」
次に作業台。
作業台には、前の実験の粉が残っていた。
拭き残し。
これが一番危ない。
ミリアが指先で少しすくい、魔力で確認する。
「これ、雷塩混じってるわよ」
工房長が青ざめる。
「えっ」
「この台で火属性溶媒を扱ったら爆発する」
「昨日、扱う予定でした」
部屋が静まった。
小規模では済まなかったかもしれない。
管理官が低い声で言う。
「作業台清掃手順を作りましょう」
「はい」
俺は書く。
作業台清掃手順
一、実験終了。
二、使用素材の残量確認。
三、未使用素材を一時トレイへ。
四、廃棄物を分類。
五、台を清掃。
六、清掃後、色粉検査。
七、二人確認。
八、次の実験名を掲示。
工房長が言う。
「色粉検査?」
ミリアが答える。
「反応しない検査用粉を少量まいて、残留魔力を見る。残っていたら色が変わる」
「それはいい!」
工房長の目が輝いた。
危険な輝きだ。
「実験が増えますね!」
「増やすな」
俺とミリアが同時に言った。
工房長はしょんぼりした。
次に廃棄物。
これがまたひどい。
使用済み素材が一つの桶に入っている。
草。
粉。
液体。
金属片。
何かの殻。
危険。
非常に危険。
「混ぜるな」
俺は言った。
工房長は言った。
「廃棄なので」
「廃棄だから混ぜるな」
「え?」
「廃棄物同士が反応します」
「……します」
「知ってるなら混ぜるな」
「はい」
廃棄箱を分ける。
可燃。
不燃。
魔力残留。
毒性。
水濡れ禁止。
封印局送り。
不明。
最後の二つが多い。
封印局送り。
また封印局の仕事が増える。
いや、仕方ない。
危ないものは封印局へ。
その時、工房の奥から小さな音がした。
ぱん。
全員が止まる。
また、ぱん。
「何ですか」
俺は聞いた。
工房長が顔を引きつらせる。
「発酵瓶かもしれません」
「発酵瓶?」
奥の棚に、数本の瓶があった。
中の液体が泡立っている。
ラベルにはこう書かれている。
試作溶媒B
それだけ。
駄目だ。
かなり駄目だ。
「中身は?」
工房長が言った。
「薬草抽出液と、少量の糖と、魔力酵母を」
「発酵しますね」
「はい」
「ガス抜きは?」
工房長は黙った。
瓶が震える。
セイルが結界を張る。
ミリアが冷却魔法を構える。
ガルドが全員を下がらせる。
アレンが前へ出ようとする。
俺は止める。
「前に出るな」
「だが」
「瓶が爆発する」
「分かった」
成長している。
工房長が専用工具を持つ。
だが、手が震えている。
俺はリナに言った。
「窓を開ける。換気」
「はい」
ミリアが温度を下げる。
セイルが結界を薄く張る。
工房長が慎重に栓を緩める。
ぷしゅう。
泡が出る。
爆発はしなかった。
全員が息を吐いた。
工房長は汗だくだった。
「すみません」
「発酵するものには、ガス抜きと日付」
「はい」
「試作溶媒Bではなく、成分を書いてください」
「はい」
「Bだけでは誰も分からない」
「私には」
「あなたが倒れたら?」
工房長は黙った。
「他の人でも分かるように」
「はい」
ミリアが言った。
「研究者って、自分の頭の中を棚にしがちなのよね」
「棚は外に作れ」
俺は言った。
「名言っぽいわね」
「実務だ」
午後、工房全体の改修案がまとまった。
王都錬金術工房 素材管理規格 草案
一、素材は必ずラベルを貼る。
二、ラベルには素材名、採取日、開封日、担当者、保管条件、混合禁止、使用期限を記載。
三、色、形、文字で危険度を表示。
四、危険物、毒性、溶媒、通常素材、使用済み素材を分ける。
五、棚へ戻す前に確認台を通す。
六、作業台は実験ごとに清掃し、二人確認。
七、試作素材に「A」「B」だけの名称を使わない。
八、廃棄物を混ぜない。
九、発酵・揮発・加圧するものはガス抜き管理。
十、研究中に食事しない。
十一、分からないものは保留箱へ。
十二、封印局送りをためない。
十三、爆発を小規模で済ませたことを成功と呼ばない。
工房長が十三を見て、少し傷ついた顔をした。
「成功ではないんですか」
「成功ではありません」
「被害が小さかったのは」
「幸運です」
「はい」
神の強運を使っていないのに幸運頼りは危ない。
次に、初心者用の合言葉を作る。
ポーション瓶規格には、
割るな。間違えるな。期限を見ろ。
があった。
錬金術工房にも必要だ。
工房長が考える。
「混ぜろ。変えろ。創れ」
「危険です」
ミリアが即答した。
「錬金術師っぽいのに」
「危険です」
リナが言う。
「貼る。分ける。戻す前に確認?」
「良い」
俺は頷いた。
工房長は少し悔しそうだったが、最終的に採用した。
貼れ。分けろ。戻す前に確認。
かなり良い。
その日の夕方までに、棚の半分が整理された。
全部は無理だ。
素材が多すぎる。
だが、危険度の高いものは分けた。
雷塩は専用棚。
乾燥骨灰とは離した。
薬草と毒草も別。
発酵瓶にはガス抜き札。
廃棄物は分別。
作業台は清掃。
床のガラス片も除去。
かなり安全になった。
「これだけで、工房が広く見えますね」
リナが言った。
「床に物がないからだ」
ガルドが頷く。
「動きやすい」
セイルが言う。
「怪我も減りそうです」
ミリアが棚を見て言う。
「素材管理がきれいだと、魔力の流れも見やすいわ」
工房長は感動していた。
「研究効率も上がりそうです」
「安全管理は効率管理でもあります」
管理官が言った。
かなり良い。
その時、工房の若い研究員が走ってきた。
「工房長! 試作防水膜の素材が見つかりません!」
工房長は一瞬いつものように棚を見ようとして、止まった。
「ラベルは?」
研究員は固まった。
「え?」
「素材名は?」
「ええと、青っぽい粉で」
「保留箱を確認しなさい。ラベル不明素材は使用禁止だ」
研究員は驚いた顔をした。
工房長は少し誇らしげだった。
成長が早い。
俺は頷いた。
「良い判断です」
工房長は嬉しそうだった。
夜、薬房の会議室で、管理官と工房長が合同規格をまとめた。
王都薬房・錬金術工房 共通容器・素材管理規格
ポーション瓶。
素材瓶。
危険ラベル。
返却瓶。
廃棄物。
封印局送り。
かなり大きな規格になりそうだ。
また王都の書類が増える。
だが、爆発が減るならいい。
宿へ戻る途中、アレンが言った。
「錬金術とは、もっと神秘的なものだと思っていた」
「神秘の前にラベルだ」
「そうなのか」
ミリアが頷く。
「そうよ。素材名を間違えたら、どんな高度な術式も台無し」
セイルが言う。
「薬も同じです」
ガルドが言う。
「剣も同じだ。手入れ道具を間違えれば錆びる」
リナが言う。
「ラベル、大事ですね」
「大事だ」
俺は言った。
「名のない素材は罠だ」
「神託ですか?」
「神託だ」
宿へ戻ると、広報部の女性が待っていた。
やはりいる。
「聞きました! 錬金術工房の爆発を防いだとか!」
「爆発しかけただけです」
「題名はこれですね!」
紙が出た。
錬金術は素材ラベルを貼らないと爆発します
俺は黙った。
リナが笑った。
「そのままですね」
「そのままだな」
ミリアが言う。
「でも、本当にそうだったわ」
アレンが言う。
「貼れ。分けろ。戻す前に確認」
「覚えたか」
「覚えた」
「勇者にも必要だ」
「剣とマントにも?」
「マントは一枚だからラベル不要」
「まだ言うか」
セイルが言う。
「薬棚にも応用できますね」
ガルドが言う。
「武器庫にもだ」
「全部に使えます」
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よいラベルだった』
「ラベルですか」
『名は荷札だ』
「はい」
『荷札なき素材は、誰の荷かも、何の荷かも分からぬ』
「はい」
『分からぬ荷を混ぜるな』
「爆発します」
『爆発する』
「教義は?」
『貼れ。分けろ。戻す前に確認』
「採用ですか」
『採用』
神の教義が、かなり工房規格っぽくなってきた。
それでいいのか。
たぶんいい。
その夜、荷物台帳に記録した。
錬金術工房監査記録
一、似た色の粉を隣に置かない。
二、危険素材は専用棚。
三、薬草と毒草を近づけない。
四、試作素材A、Bは禁止。
五、発酵瓶はガス抜き。
六、作業台は実験ごとに清掃。
七、廃棄物を混ぜない。
八、分からないものは保留箱。
九、研究者の頭の中を棚にしない。
十、爆発が小さかったのは成功ではなく幸運。
ミリアが九を見て笑った。
「これ、刺さる人多いわよ」
「刺さってほしい」
「私にも少し刺さる」
「よかった」
セイルが十を見て頷く。
「本当に大切ですね」
ガルドが言う。
「幸運を成功と呼ぶと、次で死ぬ」
「その通り」
アレンが言う。
「勇者の勝利も、運だけなら危ないということか」
「そうだ」
「手順にする必要がある」
「そうだ」
「分かってきた」
本当に分かってきている。
聖剣が背中で光った。
『我にもラベルを貼るのか』
「聖剣、と書いてあるだろう」
『それだけでは足りぬのでは』
「追加するとしたら、長い、鞘必須、通路注意」
『貼るな』
「なら今のままでいい」
『うむ』
こうして俺たちは知った。
錬金術は、素材を混ぜる技術だった。
だが、混ぜる前に、素材を分ける技術だった。
何を持っているのか。
いつ採ったのか。
誰が開けたのか。
何と混ぜてはいけないのか。
どこに戻すのか。
いつ捨てるのか。
それが分からないまま混ぜれば、神秘ではなく爆発になる。
名のない素材は罠だった。
ラベルは飾りではない。
爆発を防ぐ荷札だった。
錬金術工房の棚は整理された。
雷塩は乾燥骨灰から離された。
発酵瓶は破裂せずに済んだ。
工房長の眉はこれ以上焦げなかった。
貼れ、分けろ、戻す前に確認、が工房の標語になった。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの素材管理は、これからだ。
「混ぜる前に読めよ」
第二部・完




