第31話 田舎でのんびりスローライフ
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第31話 田舎でのんびりスローライフ
「田舎でのんびり暮らしませんか?」
王都不動産紹介所の職員は、そう言った。
俺は黙った。
リナも黙った。
勇者アレンは腕を組んだ。
ミリアは少しだけ興味を持った顔をした。
セイルは穏やかに微笑んだ。
ガルドは紹介所の窓から外を見ていた。
いつも通りだった。
王都不動産紹介所。
土地、家、倉庫、畑、工房、馬小屋、別荘。
そういうものを扱う役所兼商会らしい。
壁には物件情報が貼られている。
南区小倉庫。水路近し。湿気注意。
東門近郊畑付き家屋。井戸あり。屋根補修要。
北方山村空き家。景色良好。冬季孤立注意。
リナが小声で言った。
「見たことあります」
「言うな」
「スローライフです」
「言うな」
「田舎でのんびり暮らすやつです」
「言うな」
「でもユートさんの場合、冬支度から入りそうですね」
「そこだ」
職員はにこにこしていた。
「最近、冒険者の方々の間で、田舎暮らしや小さな農園つき住居が人気でして」
「なぜですか」
「魔王軍との補給戦、危険筆記物、文体汚染、武闘大会運営、料理祭搬入など、王都が少々慌ただしいので」
「少々?」
ミリアが言った。
「かなり慌ただしいわよ」
「それで、静かな村で畑を耕し、鶏を飼い、パンを焼き、のんびり暮らしたいという声が増えています」
アレンが言った。
「悪くないな」
「勇者が言うな」
「勇者にも休息は必要だ」
「それはそうだが、魔王との件が途中だ」
「少しだけ考えるくらい」
職員は一枚の物件票を出した。
山裾の空き家
畑付き
井戸あり
小川近し
薪置き場あり
家畜小屋あり
王都から馬車で二日
賃料安め
備考:冬季注意
「こちら、人気です」
俺は最後の備考を見た。
「冬季注意」
「はい」
「具体的には?」
職員は一瞬だけ目をそらした。
「雪が」
「どの程度」
「道が閉じることがあります」
「何日?」
「長いと一ヶ月」
部屋が静まった。
「のんびり暮らす前に、冬を越す準備が必要ですね」
「はい」
「食料は?」
「備蓄が必要です」
「薪は?」
「必要です」
「井戸は凍る?」
「対策が必要です」
「畑は冬に取れない?」
「取れません」
「小川は?」
「増水します」
「家畜は?」
「餌が必要です」
「屋根は?」
「雪下ろしが必要です」
ミリアが額を押さえた。
「全然スローじゃないじゃない」
職員は苦笑した。
「暮らし始めれば、のんびりできるかと」
「準備が終わればな」
俺は言った。
セイルが穏やかに言う。
「生活は、継続するものですからね」
ガルドが言う。
「村は戦場より静かでも、冬は敵だ」
リナが物件票を見ている。
「でも、畑付きは少し憧れますね」
「憧れと準備は別だ」
俺は言った。
そこへ、紹介所の奥から若い夫婦らしき二人が出てきた。
夫は元冒険者風。
妻は薬草師風。
二人とも少し不安そうだ。
職員が言った。
「実は、こちらのお二人がその物件を借りる予定なのですが、準備に不安があると」
俺は職員を見た。
「俺たちは相談係ですか」
「はい」
最近、どこの役所もそうだ。
夫が頭を下げた。
「すみません。俺たち、冒険者を引退して田舎で暮らそうと思ってるんです」
妻も言う。
「薬草を育てて、少し売って、静かに暮らせたらと」
「良いと思います」
俺は言った。
二人の顔が少し明るくなる。
「ただし、準備表を作りましょう」
明るさが少し減った。
俺たちは現地を見に行くことになった。
馬車で二日。
本当に王都から離れている。
道中は悪くないが、山に近づくにつれて道が細くなる。
折り畳み台車は馬車の中。
右車輪は修理済み。
かなり頼もしい。
物件のある村は、山裾にあった。
小さな家々。
畑。
井戸。
薪棚。
鶏の声。
遠くには森。
空気は澄んでいる。
確かに、のんびりしている。
だが、俺はすぐに見た。
道が細い。
橋が古い。
井戸の蓋が軽い。
薪棚が小さい。
家の屋根に少し歪み。
畑の排水が弱い。
「準備が必要ですね」
リナが言った。
「かなり」
家は悪くなかった。
木造。
一階に台所、居間、寝室。
二階は物置。
小さな地下貯蔵室。
家畜小屋。
畑。
小川まで少し歩く。
ミリアは窓を開けて言った。
「風通しはいいわね」
セイルが台所を見る。
「水場も近いです」
ガルドが梁を見ている。
「補修したほうがいい」
アレンは外を見て言った。
「景色はいい」
「景色では冬を越せない」
「分かっている」
少しずつ分かっている。
夫婦は家を見て、やはり嬉しそうだった。
ここで暮らしたい気持ちは分かる。
だからこそ、準備がいる。
俺は紙を出した。
スローライフ開始前準備表
一、食料備蓄。
二、薪備蓄。
三、井戸凍結対策。
四、屋根補修。
五、畑の排水。
六、家畜小屋補修。
七、冬道の確認。
八、村との関係作り。
九、収入計画。
十、病気・怪我時の連絡手段。
夫が言った。
「多いですね」
「暮らしですから」
妻が言った。
「畑は春から始めれば」
「春に植えるなら、今は土を見る」
「今?」
「排水、日当たり、獣害、道具置き場、種の保管」
妻は少し驚いた後、頷いた。
「薬草は湿気を嫌うものもあります」
「なら、乾燥棚も必要です」
「乾燥棚」
「売るなら品質が必要です」
リナが畑を見て言った。
「鹿とか出ますか?」
村人が答える。
「出る」
「柵が必要ですね」
「そうだな」
夫は少しずつ顔が現実に戻っていく。
だが、悪い顔ではない。
夢が壊れたというより、作業が見えてきた顔だ。
まず食料。
冬に一ヶ月孤立する可能性。
二人暮らし。
最低一ヶ月分。
余裕を見て二ヶ月分。
穀物、豆、干し肉、塩、油、保存野菜。
妻が薬草師なので、薬も少し。
ただし薬と食料は分ける。
次に薪。
暖房、調理、湯沸かし。
冬に足りなくなると命に関わる。
村の老人が言った。
「薪は思った倍いる」
かなり重い言葉だ。
俺は準備表に書いた。
薪は思った倍。
ミリアが言った。
「名言ね」
「実務だ」
次に井戸。
蓋を重くし、断熱布を用意。
雪が入らないようにする。
水桶を室内に一つ置く。
小川は冬や増水で使えない日がある。
次に屋根。
ガルドが屋根に登る。
梁の補修が必要。
雪が積もると危ない。
大工を呼ぶ。
費用が出る。
夫が少し青ざめる。
「思ったよりかかりますね」
「家は借りて終わりではありません」
「はい」
次に家畜。
鶏を飼いたいらしい。
鶏は卵を産む。
よい。
だが、餌がいる。
小屋の防寒がいる。
獣対策がいる。
病気対策もいる。
リナが言った。
「かわいいからって増やしすぎないほうがいいです」
説得力がある。
白雷獅子ナベの経験が生きている。
妻が笑った。
「まず三羽くらいからにします」
よし。
次に収入計画。
薬草を育てて売る。
だが、売るには乾燥、束ね、品質、運搬、取引先。
王都まで馬車で二日。
頻繁に売りに行けない。
村の行商人に預けるか、組合経由で出す必要がある。
俺は言った。
「販路がない豊作は荷物になります」
妻は真剣に頷いた。
「少量から始めます」
次に村との関係。
これがかなり重要だ。
スローライフ作品だと、村人が優しいことが多い。
だが、現実には、外から来た人には距離がある。
水路。
道普請。
祭り。
雪かき。
共有林。
井戸。
村には村の仕事がある。
村長が来た。
小柄な老人。
目が鋭い。
「王都から来るなら、村の決まりは守ってもらう」
夫が頷く。
「もちろんです」
村長は言った。
「冬前の道直しに出ること。井戸掃除に出ること。共有林の薪を勝手に切らないこと。獣が出たら知らせること。薬草を売るなら村の市を通すこと」
「分かりました」
「あと、王都の流儀を押しつけないこと」
夫婦は少し緊張した。
俺は言った。
「契約書にしましょう」
村長がこちらを見る。
「お前は?」
「荷物持ちです」
「荷物持ちが契約書を?」
「揉めないためです」
村長は少し考えた後、頷いた。
「それはよい」
村の決まりを書面にする。
ただし、厳しすぎるものではなく、確認用。
夫婦が何を守るか。
村が何を支援するか。
井戸の使用。
薪の入手。
雪かき。
売買。
緊急時の合図。
これを決める。
セイルが言った。
「互いに安心できますね」
「そうです」
スローライフは、孤独な楽園ではない。
村の運用に入ることだ。
午後、準備表を見直す。
かなり多い。
夫は苦笑した。
「のんびり暮らすつもりだったんですが」
「のんびりするための準備です」
妻が言った。
「でも、見えてよかったです。何となく始めていたら、冬に困っていました」
「それが一番危ない」
アレンが外を見ながら言った。
「平和に暮らすのも、簡単ではないのだな」
「そうだ」
「戦場より静かなだけで、必要なものはある」
「かなりある」
「勇者を引退したら、俺も考えるべきか」
「まずマントの保管からだな」
「そこか」
「そこからだ」
夕方、村の広場で、簡単な説明会が開かれた。
新しく来る夫婦と、村人たち。
俺は準備表を読み上げた。
食料。
薪。
井戸。
屋根。
畑。
鶏。
販路。
村の仕事。
緊急連絡。
村人たちは、ところどころで助言をくれた。
「この辺は秋に熊が出る」
「屋根は北側が傷む」
「井戸の蓋は石を置け」
「薬草なら南の斜面がいい」
「鶏は狐に気をつけろ」
「冬の小川は危ない」
経験は強い。
かなり強い。
妻は必死にメモしている。
夫も頷いている。
リナが村の子供たちと話している。
ミリアは台所の火口を確認している。
セイルは村の薬箱を見ている。
ガルドは屋根補修の手伝いをしている。
アレンは村の若者に剣を教えている。
勇者パーティが、完全に村の準備隊になっている。
夜。
村長の家で食事をいただいた。
豆の煮込み。
黒パン。
干し肉。
野菜の漬物。
素朴だが、うまい。
アレンが言った。
「落ち着く味だ」
村長は笑った。
「派手なもんはないがな」
「派手でなくても、腹に残る」
魔王城節約煮込みを思い出す。
食べ物の実務は、どこでも似る。
食後、夫婦は村長に改めて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
村長は短く頷いた。
「冬を越せたら、村の者だ」
厳しい。
だが、分かる。
冬が試験なのだ。
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい準備だった』
「スローライフなのに忙しかったです」
『のんびりとは、準備の上に乗る荷だ』
「荷なんですね」
『そうだ。準備なくのんびりすれば、冬が来る』
「かなり怖い」
『井戸と薪を侮るな』
「はい」
『村に入るなら、村の荷も少し持て』
「村の仕事ですね」
『そうだ』
「教義は?」
『スローライフは、開始前が忙しい』
「そのままですね」
『そのままだ』
翌朝。
準備表は最終版になった。
山裾暮らし開始準備
食料二ヶ月分。
薪、想定倍。
井戸蓋補強。
屋根補修。
排水溝掘り。
乾燥棚。
鶏小屋補修。
獣避け柵。
村の決まり確認。
行商人との販路相談。
緊急連絡笛。
薬箱。
冬道確認。
夫婦は、すぐに入居するのではなく、一ヶ月準備してから移ることにした。
良い判断だ。
職員は少し残念そうだった。
「契約が遅れますね」
「事故るよりましです」
「はい」
紹介所としても、冬に問題が出るよりいいはずだ。
王都への帰り道。
馬車の中で、リナが言った。
「田舎暮らし、憧れますけど、準備がすごいですね」
「暮らしだからな」
ミリアが言う。
「魔法でどうにかなる部分もあるけど、薪とか水とかは結局いるわね」
セイルが頷く。
「毎日続くことが大事です」
ガルドが言う。
「冬が強い」
アレンが言う。
「俺は、もう少し勇者をする」
「急にどうした」
「田舎暮らしは、今の俺にはまだ早い」
「マントの保管が?」
「それもある」
分かってきている。
王都に戻ると、広報部の女性が待っていた。
なぜか紹介所の前にいる。
「聞きました! スローライフ相談に行かれたとか!」
「情報が早い」
「題名はこれですね!」
紙が出た。
スローライフを始める前の準備が忙しすぎます
俺は黙った。
リナが笑った。
「そのままですね」
「そのままだな」
ミリアが言う。
「今回は本当にそれだったわね」
セイルが言う。
「でも、準備できれば穏やかに暮らせそうでした」
ガルドが言う。
「冬を越せればな」
アレンが言う。
「冬を越せたら村の者、か」
「重い言葉だ」
夜、宿で荷物台帳に記録した。
スローライフ開始前確認
一、土地より先に水を見る。
二、家より先に屋根を見る。
三、畑より先に排水を見る。
四、鶏より先に餌と小屋を見る。
五、冬より先に薪を見る。
六、収穫より先に販路を見る。
七、村に入るなら村の仕事を見る。
八、のんびりは準備のあと。
九、薪は思った倍。
十、冬は強い。
ミリアが覗き込む。
「十、短くて怖いわね」
「村の実感だ」
セイルが言う。
「生活の知恵ですね」
リナが言う。
「準備表、あの夫婦の役に立つといいですね」
「立つだろう」
アレンが言う。
「俺の引退後準備表も、いつか作るか」
「まずは現役の荷物を減らせ」
「マントは一枚だ」
「よし」
聖剣が光った。
『我は田舎暮らしに向くか』
「向かない」
『なぜだ』
「畑で長すぎる」
『畑で使うな』
「なら何に使う」
『魔を断つ』
「田舎に魔が出たらな」
『出るかもしれぬ』
「その時は頼む」
聖剣は少し満足げに光った。
こうして俺たちは知った。
スローライフは、何もしない暮らしではなかった。
水を汲む。
薪を割る。
畑を見る。
屋根を直す。
鶏に餌をやる。
井戸を守る。
雪に備える。
村の仕事に出る。
収穫したものを売る。
それらを整えて、ようやく少しのんびりできる。
静かな暮らしにも、荷はある。
ただ、その荷を見える場所に置けるなら、暮らしは続く。
山裾の空き家は、すぐには借りられなかった。
準備期間が置かれた。
屋根は直されることになった。
薪は思った倍になった。
鶏は三羽から始めることになった。
村長は少しだけ認めた。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの冬支度は、これからだ。
「薪を見積もれよ」
第二部・完




