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名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!  作者: チンポジ博士


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第18話 名前を書くと死ぬノートなら、使えなくすればいいじゃない

名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!


第18話 名前を書くと死ぬノートなら、使えなくすればいいじゃない



「名前を書くと死ぬノートが、盗まれるらしい」


王都封印局の局長は、疲れ切った顔でそう言った。


俺は黙った。


リナも黙った。


勇者アレンは剣に手をかけた。


ミリアは眉をひそめた。


セイルは静かに祈った。


ガルドは出口を確認した。


いつも通りだった。


王都封印局。


王都の地下にある、危険な魔道具、呪物、禁書、封印物を保管するための役所である。


建物は地下三階。


入口には二重の鉄扉。


廊下には封印紋。


壁には警告札。


空気は乾燥している。


なぜか床はやたら清潔だ。


いかにも、危ないものが眠っている場所だった。


「確認します」


俺は言った。


「名前を書くと死ぬノート、ですか」


「はい」


「比喩ではなく?」


「比喩ではありません」


「名前を書くと、本当に死ぬ?」


「はい」


「死因は?」


「記録では心停止、事故、急病、落下、窒息など、状況によって異なるようです」


「状況によって?」


「はい。ただし、共通するのは、対象者が死亡するという結果です」


リナが小さく息を呑んだ。


ミリアの顔から茶化す気配が消える。


アレンは低い声で言った。


「そんなもの、存在してはならない」


「存在してしまっているから困っているのです」


局長は、額の汗を拭いた。


白髪交じりの中年男性。


役人らしいきっちりした服。


だが、目の下に深いくまがある。


相当寝ていない顔だった。


「現在、そのノートは応急封印してあります。開かないように鎖で縛り、封蝋を重ね、筆記具の持ち込みを禁じ、封印箱に入れています」


「応急封印」


俺は言った。


「はい。発見が昨夜でしたので」


「発見場所は?」


「王都西区の廃屋です」


「誰が?」


「警備隊です。違法呪物取引の摘発中に見つかりました」


「すでに何か書かれていましたか」


局長は一瞬、口を閉じた。


「最初の数ページに、名前らしき記載がありました」


「死者は?」


「照合中です」


「つまり、すでに使われていた可能性がある」


「……はい」


空気が重くなった。


これは、いつもの便利テンプレではない。


願いの宝珠でも、契約獣でも、暴食スキルでもない。


名前を書くと死ぬ。


能力としては単純。


そして最悪だ。


俺は木札に触れた。


「神よ」


頭の中に声が響いた。


『聞いている』


声が硬い。


いつもと違う。


「どう見ますか」


『最悪の筆記物だ』


「荷物ですか」


『荷物ではある。だが、普通の荷ではない』


「命の荷ですか」


『そうだ。開くな。書くな。読ませるな。持つなら封じろ』


「燃やしますか」


『燃やすな』


「なぜですか」


『灰に文字を書かれる可能性がある』


「破りますか」


『破るな。切れ端に名前を書ける』


「濡らしますか」


『濡らすな。にじみが名として扱われる可能性がある』


「怖すぎる」


『だから封じろ』


「封じるとは?」


『使えなくしろ』


俺は木札から手を離した。


「局長」


「はい」


「そのノートを守るだけでは足りません」


局長はうなずいた。


「やはり、警備を増やすべきでしょうか」


「違います」


「違う?」


「盗まれる予言が出ているんですよね」


「はい」


「詳しく聞かせてください」


局長は別室から一枚の記録紙を持ってきた。


王都未来視観測室。


なんだ、その部署。


王都には、本当に何でもある。


記録紙には、未来視担当者の証言が書かれていた。


夜。雨。濡れた石畳。黒い箱。黒い帳面。白い手袋。北側搬出口。馬車ではなく徒歩。帳面が開かれる。誰かが笑う。


リナが読み上げて、顔をしかめた。


「かなり嫌ですね」


「未来視は断片です」


局長は言った。


「ですが、封印物が持ち出される可能性が高い」


ミリアが腕を組む。


「盗まれる前提で考えたほうがよさそうね」


「警備強化は?」


アレンが言った。


「もちろん必要だ。だが、盗まれる未来があるなら、盗まれた後も考えないといけない」


俺は言った。


ガルドがうなずく。


「奪われた瞬間に終わるものは、守りにくい」


セイルが静かに言った。


「ならば、奪われても使えない状態にする」


「そうです」


俺は局長を見た。


「名前を書くと死ぬノートなら、使えなくすればいい」


局長は一瞬、理解できない顔をした。


「使えなく」


「はい」


「封印を強めるという意味ですか」


「それもあります。でも本質は違います」


俺は机の上に紙を置き、筆を取らずに指でなぞった。


「このノートの危険は、所持ではなく筆記です」


「はい」


「なら、筆記可能状態が一番危険です」


「はい」


「盗まれても、開かれても、名前が分かっても、書けなければ発動しない」


局長は目を見開いた。


「……書けなくする?」


「そうです」


ミリアが少し笑った。


「ユートらしいわね。殺すノートを倒す方法が、書けなくする、なの」


「倒すというより、運用不能化だ」


「もっとユートらしいわ」


局長は額に手を当てた。


「しかし、どうやって」


「まず現物を見せてください」


局長は青ざめた。


「開くのですか」


「開きません。封印状態、箱、保管環境、搬出経路、管理台帳、筆記具管理だけ見ます」


「なるほど」


「それと、封印加工の職人を呼んでください。紙、インク、呪物処理に詳しい人」


局長はすぐに部下へ指示を出した。


俺たちは、地下二階の封印保管室へ向かった。


重い扉。


封印符。


乾燥した空気。


部屋の中央に、黒い箱が置かれていた。


箱は鎖で縛られている。


封蝋が何重にも押されている。


箱には札が貼られていた。


黒ノート


俺は足を止めた。


「これは駄目です」


局長がびくっとした。


「何がですか」


「管理名です」


「黒ノートでは駄目ですか」


「駄目です。危険性が伝わりません」


「では、名前を書くと死ぬノート、と」


「それも駄目です。名称自体が広まりすぎる」


局長は混乱した。


「では何と」


「特級危険筆記物・第一号」


リナが小声で言った。


「地味ですね」


「地味でいい。分かりすぎても駄目、分からなすぎても駄目」


ミリアが札を見た。


「黒ノートだと、うっかり開ける人がいそうね」


「そうだ」


セイルがうなずく。


「名前を呼ぶこと自体が危険情報になるのですね」


「今回はそうです」


次に、保管台帳を確認した。


保管番号。


発見場所。


搬入時刻。


担当者。


応急封印者。


立会人。


そこまではよい。


だが、問題があった。


「担当者名が本名で書かれています」


局長が言った。


「通常の台帳ですので」


「この案件では駄目です」


「なぜ」


「名前を書くと死ぬノートの近くに、本名の台帳を置くな」


局長の顔が白くなった。


「……確かに」


「担当者は職員番号で管理してください。本名一覧は別封印。閲覧権限を分ける」


「すぐに改めます」


アレンが低く言った。


「名前そのものが危険物になるのか」


「そうだ」


俺は言った。


「少なくとも、このノートの前ではな」


次に筆記具管理。


保管室への筆記具持ち込みは禁止。


これはよかった。


だが、封印局員の制服には、小型の記録筆が標準装備されていた。


「全部外してください」


「ですが、記録が」


「保管室の外で記録する。中では番号札だけ」


「番号札にも文字が」


「記号にしてください」


「記号が古代文字として認識されたら」


ミリアが顔をしかめる。


「そこまで?」


「そこまで」


封印局の職人たちが呼ばれた。


紙専門の老職人。


防水魔法の女性技師。


封印膜の若い術師。


そして、なぜか塗料職人。


俺は箱の外から説明した。


「ノートの全ページを、筆記不能にしたい」


紙専門の老職人は眉をひそめた。


「書けなくする?」


「はい」


「呪物の紙に手を入れるのは危険です」


「だから、一枚ずつ確認しながらです」


防水技師が言った。


「撥水処理ですか?」


「それだけでは足りません」


塗料職人が口を開いた。


「白紙に撥水をかけても、乾いた顔料や刻みで書ける可能性がある」


「そうです」


「なら、紙面を先に潰す」


俺はうなずいた。


「全ページを黒インクで塗り潰す。その後、乾燥確認。さらに撥水、撥墨、撥血処理。最後に防刻膜を貼る」


部屋が静かになった。


リナが小さく言った。


「黒く塗ってから撥水」


ミリアが笑いそうになりながらも、真面目な顔をしている。


「かなり徹底してるわね」


「死ぬノートだからな」


防水技師が考え込む。


「黒く塗った場合、白インクで書かれる可能性があります」


「現代でも白インクは扱いが難しい」


塗料職人が言った。


「隠蔽力、定着、表面との相性。黒の上に白を確実に乗せるには条件がいる」


俺は言う。


「だから、その上から撥水処理です。色の問題ではなく、そもそも乗らないようにする」


防水技師がうなずいた。


「白インクでも血でも弾く膜を作ります」


防刻膜の術師が言った。


「爪や刃で刻む対策は、表面硬化と滑性膜を重ねます。ただし、厚くしすぎるとページが閉じにくくなる」


「閉じにくくていいです」


「いいんですか」


「開いても書けないことが目的です」


老職人が腕を組む。


「既存記載ページはどうする」


「そこは消せませんか」


老職人は首を横に振った。


「呪物の既存文字を塗り潰すと、発動済みか未発動か分からなくなる可能性がある。既存記載ページは封印膜で固定し、追加筆記できないようにするしかない」


「分かりました」


局長が青ざめたまま聞いた。


「この作業中に、誤って名前を書いたら」


全員が黙った。


俺は言った。


「名前を書かない作業手順にします」


「具体的には?」


「処理者は本名を伏せる。呼称は番号。作業記録も番号。ページ番号は数字も危険なので、穴位置で管理する」


「穴位置?」


「各ページの角に、処理済みを示す微細な穴を開ける。ただし文字ではない」


老職人が言った。


「穴の配列が文字に見えたら?」


「配列を規則化しない。処理済みは色ではなく、触感と水滴試験で確認する」


防水技師が少し笑った。


「水滴が丸く転がれば成功」


「はい」


塗料職人が言った。


「試験用に何か書く必要は?」


「ありません」


「書かずに確認するわけだ」


「このノート相手には、それが一番です」


作業が始まった。


封印箱が開けられる。


鎖を外す。


封蝋を割る。


中から、黒い表紙のノートが現れた。


表紙には、何も書かれていない。


だが、見た瞬間に分かる。


これは駄目だ。


空気が沈む。


視線が吸われる。


手に取りたくなるような、不自然な気配がある。


リナが一歩下がった。


アレンが剣に手をかける。


ミリアは唇を噛んだ。


セイルは祈りを強めた。


ガルドはノートから目を外した。


俺は木札を握った。


神の声が響く。


『見るな』


「見ています」


『長く見るな』


「はい」


『それは、荷を奪うものだ』


「命を?」


『命も、責任も、未来も』


「封じます」


『封じろ』


ノートは専用の台に置かれた。


作業者は、手袋、覆面、番号札をつける。


本名は呼ばない。


作業者一号、老職人。


作業者二号、防水技師。


作業者三号、防刻膜術師。


作業者四号、塗料職人。


俺は監査役。


リナは記録補助。


ただし、記録には名前を書かない。


アレンたちは警備。


最初の数ページには、確かに文字があった。


人名らしきもの。


俺は読まないようにした。


読ませないように、老職人が遮蔽板で覆い、既存記載ページを封印膜で固定する。


「既存記載ページ、追加筆記不可処理」


リナが記号で記録する。


声にも出さない。


そこから先の空白ページ。


黒インクで全面を塗る。


一枚。


乾かす。


水滴試験。


撥水前なのでまだ染みる。


二枚。


三枚。


十枚。


二十枚。


地獄のように地味な作業だった。


だが、誰も文句を言わなかった。


名前を書くと死ぬノートだ。


地味で済むなら、そのほうがいい。


途中、ミリアが小声で言った。


「これ、戦闘より緊張するわ」


「ミリア」


俺は言った。


「声を落とせ」


「あ、ごめん」


「名前も呼ぶな」


「あ」


ミリアは自分の口を押さえた。


俺はすぐに記録を確認する。


ノートから離れた場所だったので問題ない。


しかし、気を抜くと名前を呼んでしまう。


名前が危険情報になる。


ここまで来ると、空気そのものが危ない。


黒インクが乾いた後、撥水処理。


防水技師が薄い膜をかける。


撥墨処理。


撥血処理。


防刻膜。


最後に水滴試験。


水滴は、黒いページの上で丸くなり、ころりと転がった。


防水技師が言う。


「処理成功」


俺は息を吐いた。


一枚。


二枚。


三枚。


全部やる。


時間がかかる。


夕方までかかった。


だが、全ページ処理が終わった。


老職人が言った。


「これで、通常のインクは乗らん」


防水技師が言った。


「白インクも血液も弾きます」


防刻膜術師が言った。


「爪、刃、針での刻印も通りません」


塗料職人が言った。


「黒地に白で、という手も潰しました」


俺はうなずいた。


「乾燥確認は?」


「完了」


「二重確認は?」


「完了」


「封印箱へ」


処理済みノートは、元の箱へ戻された。


ただし、箱も変えた。


箱の外側にはこう書かれている。


特級危険筆記物・第一号

開封禁止

筆記具持込禁止

担当者は番号管理

搬送時は二名以上立会


黒ノートより、ずっとましだ。


局長は深々と頭を下げた。


「助かりました。これで盗難予言にも」


「まだです」


俺は言った。


「え?」


「盗まれる予言は残っています」


局長の顔がまた青ざめた。


「では、まだ危険なのですか」


「危険です。ただし、今なら盗まれても使えません」


ミリアがこちらを見た。


「まさか」


「盗ませるんですか?」


リナが言った。


アレンが眉をひそめる。


「危険だ」


「危険だ」


俺は認めた。


「でも、予言通りに盗まれるなら、盗人を捕まえないと終わらない。警備を固めすぎて別の未来に変われば、敵が残る」


セイルが静かに言った。


「盗まれる未来を、死人の出ない未来に変えるのですね」


「そうです」


ガルドが短く言う。


「使えない餌を置くわけか」


「言い方は悪いが、そうだ」


アレンはしばらく考えた。


そして頷いた。


「なら、俺たちが捕らえる」


「書かせる前に捕まえるのでは?」


ミリアが聞いた。


「いや」


俺はノートの箱を見た。


「書こうとして書けないところまで確認する」


「本気?」


「本気だ。敵が何を持っているか分からない。白インク、血、刻印、魔力筆記。全部試す可能性がある」


「それを見てから捕まえるの?」


「その間、絶対に対象の本名を知られないようにする」


ミリアは少し黙った。


そして、にやりと笑った。


「じゃあ、挑発役がいるわね」


「危険だ」


「安全確認したんでしょ」


「した」


「なら、信じるわ」


「ミリア」


「番号で呼ぶんじゃなかったの?」


「……三号」


「何それ。私、三号なの?」


「いま決めた」


「雑」


だが、ミリアは引かなかった。


夜。


予言通り、雨が降った。


濡れた石畳。


封印局の北側搬出口。


黒い箱。


未来視の断片と同じ状況。


ただし、中身のノートはもう書けない。


箱は、あえて応急封印に見えるよう外装を戻した。


本当の処理済みであることは、箱を開けるまで分からない。


搬出口の警備は、表向き少し薄くした。


実際には、アレン、ガルド、セイルが周囲に伏せる。


リナは屋根の上から監視。


ミリアは姿を隠している。


俺は少し離れた倉庫で、搬出記録を見ていた。


筆記具は持っていない。


今日は口頭確認と記号札だけだ。


雨音。


足音。


夜の匂い。


そして、黒い外套の男が現れた。


顔は見えない。


白い手袋。


未来視通り。


男は封印局員に変装していた。


だが、歩き方が違う。


局員なら、床の封印線を避けて歩く。


男はそこを踏みそうになり、慌てて避けた。


素人ではない。


だが、内部の人間でもない。


男は短い呪文を唱え、搬出口の鍵を開けた。


封印箱を持ち出す。


徒歩。


馬車ではない。


未来視通り。


俺たちは追わない。


泳がせる。


男は裏路地へ入り、廃倉庫へ向かった。


そこまで確認して、リナが合図を送る。


俺たちは廃倉庫を囲んだ。


中から、男の笑い声が聞こえた。


「ついに手に入れたぞ。名を書けば命を奪う、死の帳面を」


やはり黒幕二号の手の者か。


いや、本人かもしれない。


男は箱を開ける。


封印を解く。


ノートを取り出す。


黒く塗られたページを見て、一瞬止まった。


「……黒い?」


外からミリアが声をかけた。


「どうしたの? 書かないの?」


男が振り返った。


ミリアは倉庫の入口に立っていた。


腕を組み、杖を肩に乗せている。


雨で髪が少し濡れている。


表情は、挑発的だった。


「貴様、勇者パーティの魔法使いか」


男が笑う。


「よい。まずは貴様からだ」


ミリアは一歩前に出た。


「さぁ! 私を殺してみろ!」


俺は倉庫の影で息を止めた。


名前は出ていない。


ミリアは通称だけなら危険だが、正式名までは知られていない。


それでも、心臓に悪い。


男は黒いページにペンを走らせようとした。


黒インク。


だが、インクは乗らない。


つるりと滑り、玉になって転がった。


「なっ」


男はもう一度書く。


滑る。


三度目。


滑る。


ミリアが笑った。


「どうしたの? 死のノートなんでしょ?」


「黙れ!」


男は懐から白インクの小瓶を取り出した。


用意していたか。


やはり黒塗りだけでは駄目だった。


「黒く塗った程度で勝ったつもりか!」


白インクの筆がページに触れる。


白い液体は、黒い表面の上を丸くなって転がった。


乗らない。


定着しない。


男の顔が歪む。


「なぜだ!」


ミリアが言った。


「残念。色の問題じゃなかったみたいね」


男は自分の指を切った。


血で書こうとする。


セイルが動きかけた。


俺は手で止める。


まだだ。


血がページに触れる。


弾かれる。


赤い玉になって、黒いページの上を転がる。


男の呼吸が荒くなる。


「なら、刻めば」


爪でページを引っかく。


通らない。


短剣を出す。


その瞬間、ガルドが背後から男の腕を押さえた。


アレンが前に出る。


「そこまでだ」


セイルがすぐに止血布を巻く。


リナが屋根から降り、ノートを封印布で覆う。


ミリアが男を見下ろした。


「貴様ら……最初から私に盗ませるつもりだったのか!」


男が叫んだ。


ミリアはにやりと笑った。


「つまり、計画通りってやつね」


俺は倉庫の影から出た。


「手順通りだ」


ミリアが俺を見る。


「そこ、言い換えるの?」


「計画は崩れる。手順は確認できる」


「はいはい。手順通りね」


男は俺をにらんだ。


「貴様が……」


「死のノートは本物だ」


俺は言った。


「だから、書けないようにした」


男は歯を食いしばった。


「卑怯だぞ」


「人を殺すノートを正常運用させるほうがおかしい」


「力を恐れたか」


「恐れた」


俺は即答した。


「だから封じた」


男は黙った。


「便利な力なら、条件を確認する。危険な力なら、使わせない。今回は後者だ」


アレンが男を縛り上げた。


「王都警備隊に引き渡す」


セイルがノートを見ないよう布を重ねる。


リナが封印箱を用意する。


ガルドが倉庫の出口を確認する。


ミリアはまだ笑っている。


「それにしても、ほんとに弾いたわね」


「試験したからな」


「信じてよかったわ」


「二度と囮になるな」


「必要ならなるわよ」


「やめろ」


「安全確認したらね」


「それでもやめろ」


王都警備隊と封印局員が到着した。


黒い外套の男は、黒幕二号の配下だった。


選別遊戯委員会。


あのデスゲーム未遂の組織である。


やはり、第二部の荷札は回収され始めたらしい。


男は「ノートがあれば、委員会の敵を消せた」と供述した。


危なかった。


本当に危なかった。


封印局に戻り、ノートは正式な封印庫へ収められた。


今回は応急ではない。


台帳名は、特級危険筆記物・第一号。


担当者は番号管理。


筆記具持ち込み禁止。


本名台帳は別保管。


既存記載ページは封印固定。


空白ページは全黒塗り、撥水、撥墨、撥血、防刻処理済み。


開封には三部署の承認が必要。


さらに、乾燥確認記録が添付されている。


局長は何度も頭を下げた。


「死人を出さずに済みました」


「それが一番です」


俺は言った。


「ただ、まだ問題があります」


局長の顔が引きつった。


「まだ?」


「この処理方法を標準化してください。次に似たものが出た時、検討中で止まると危険です」


局長はうなずいた。


「すぐに規程を作ります」


「名称は?」


「特級危険筆記物の封印処理手順」


「いいと思います」


「黒塗り、撥水、撥墨、撥血、防刻処理を標準化します」


「乾燥確認も」


「もちろん」


「筆記具管理も」


「もちろん」


「名前情報の分離も」


「もちろん」


よし。


かなりまともな規程になりそうだ。


ミリアが横から言った。


「第何条に『計画通り』って入れる?」


「入れない」


俺は即答した。


リナが笑った。


アレンが真面目に言った。


「だが、今回は本当に見事だった」


「皆が手順を守ったからだ」


セイルがうなずく。


「危険な力を前にして、誰も焦らなかった」


ガルドが言った。


「敵は焦った。だから捕まった」


「そうだ」


俺は木札に触れた。


「神よ。今回はどうでしたか」


神の声は、少しだけ穏やかだった。


『よく封じた』


「はい」


『名を書くとは、命に刃を向けること』


「はい」


『ならば、紙を刃にするな』


「はい」


『書ける余地を消せ』


「それでよかったんですね」


『よい』


「燃やさず、破らず、濡らさず」


『使えぬまま、記録して封じる。それがよい』


「記録は必要ですか」


『危険物ほど記録せよ。ただし、危険な名は記録するな』


「難しいですね」


『だから手順がいる』


俺は少し笑った。


神が「手順」と言った。


この神も、ずいぶん実務寄りになってきた。


いや、最初からそうだったかもしれない。


その夜、宿に戻ると、広報部の女性が待っていた。


「聞きました! 死のノートを封じたそうですね!」


「配信していません」


「今回はしていません。でも噂が」


「噂を止めてください」


「無理です」


「無理か」


リナが小声で言う。


「タイトル、どうします?」


「タイトル?」


「また記録にされるんじゃないですか」


広報部の女性はすでに紙を出していた。


そこには、こう書かれていた。


第二部第一話候補

名前を書くと死ぬノートなら、使えなくすればいいじゃない


俺は頭を抱えた。


「もう決まってる」


ミリアがにやりと笑った。


「私の台詞も入れてよね」


「さぁ! 私を殺してみろ、ですか」


リナが言う。


ミリアは得意げだった。


「あれ、よかったでしょ」


「心臓に悪い」


俺は言った。


「安全確認したんでしょ?」


「したが、悪い」


アレンが言った。


「勇者の台詞も」


「何か言いましたっけ?」


リナが首をかしげる。


アレンは傷ついた。


「そこまで印象が薄いか」


ガルドが短く言った。


「腕は押さえた」


セイルが言った。


「止血しました」


ミリアが笑う。


「今回は実務班の勝ちね」


「いつもだいたい実務班だ」


俺は言った。


外では、雨が止んでいた。


濡れた石畳に、街灯の光が映っている。


未来視で見た夜は、終わった。


ノートは盗まれた。


だが使われなかった。


死人は出なかった。


それでいい。


こうして俺たちは知った。


名前を書くと死ぬノートは本物だった。


だからこそ、使わせてはいけなかった。


力を消したのではない。


運用を止めたのだ。


紙面を黒く潰し、インクを弾き、血を弾き、爪を通さず、名前を書ける余地を消す。


危険な力に勝つとは、派手に破壊することではない。


誰にも使えない状態にして、記録し、封じることだった。


死のノートは封印された。


黒幕二号の配下は捕まった。


ミリアは挑発役として妙に輝いた。


封印局は危険筆記物規程を作ることになった。


乾燥確認は重要だった。


物語は、きれいに一区切りを迎えた。


そう。


ここで終わっても、何の問題もない。


俺たちの危険物管理は、これからだ。


「乾かしてから閉じろよ」


第二部・完

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