第17話 第一部完と言い続けたら本当に第一部完になりかけます
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第17話 第一部完と言い続けたら本当に第一部完になりかけます
「大変です!」
王都北方補給局から戻った翌朝、宿の食堂に学院広報部の女性が飛び込んできた。
俺はパンをちぎっていた。
リナはスープを飲んでいた。
勇者アレンはマントを畳んでいた。
ミリアは眠そうに紅茶を飲んでいた。
セイルは静かに祈っていた。
ガルドは干し肉を噛んでいた。
聖剣は部屋の隅で光っていた。
朝だった。
つまり、面倒事が来るには早すぎる時間である。
「何ですか」
俺は聞いた。
広報部の女性は、息を切らしながら一枚の紙束を差し出した。
「あなた方の旅の記録が、王都で大人気になっています!」
「それは困る」
「困るんですか?」
「困る」
「なぜですか?」
「人気が出ると、面倒が来る」
「もう来ています」
「でしょうね」
リナが紙束をのぞき込んだ。
そこには、これまでの俺たちの旅が見出しつきでまとめられていた。
伝説の宝珠を集めるだけの簡単なお仕事です
契約を迫る小動物が来ました
食べると能力が増える木の実を拾いました
勇者パーティから追放されました
抜いたら勇者になる剣が刺さっています
悪役令嬢が婚約破棄されました
壁の外から巨人が来ました
王立学院で能力測定を受けました
ダンジョン配信者になります
命を懸けた選別遊戯が始まります
死に戻ったと思ったら、出発前でした
分身を出したら全員が荷物持ちを拒否しました
変身ベルトを授かりました
未来を見たくはないかね
伝説の召喚獣を授かりました
神製バッグを出すしかない状況になります
俺は紙を閉じた。
「見出しだけ見ると、かなり冒険しているな」
ミリアが笑った。
「実際してるじゃない」
「やっていることはだいたい確認と運搬だ」
「それが面白がられてるのよ」
アレンは複雑そうな顔をした。
「俺の勇者要素が少ない」
「追放回と聖剣回にいるぞ」
「それは勇者要素なのか?」
「たぶん違うな」
広報部の女性は目を輝かせた。
「そこで、学院広報部、王都出版社、冒険者組合、補給局、そして一部の熱心な視聴者から提案があります」
「嫌な関係者が多い」
「皆さんの旅を、正式な連載記録として刊行したいのです!」
「断る」
「早い!」
リナが笑った。
「でも面白そうですよ」
「面白そうなものは、だいたい面倒だ」
広報部の女性は紙束をさらに出した。
「すでに仮タイトルもあります」
「勝手に?」
「はい」
「はいじゃない」
紙には、いくつもの案が並んでいた。
鍋の人と勇者たち
荷物持ちですが、なぜか勇者パーティの中心です
持てる分だけ持て、持てぬものは置いていけ
王都の物流勇者
俺たちの荷物はこれからだ
そして最後に。
第一部完
俺はその文字を見て止まった。
「これは駄目だ」
リナが首をかしげる。
「第一部完?」
「駄目だ」
アレンが聞く。
「なぜだ?」
「毎回言っていたせいで、本当に第一部が終わる気配がする」
ミリアが呆れた顔をした。
「そんなことある?」
セイルが真面目に言った。
「言葉には力がありますから」
ガルドが頷く。
「戦場でも、撤退と言えば流れが撤退に傾く」
聖剣が光った。
『物語の区切りは、思ったより重い』
「お前まで言うか」
広報部の女性は、少し気まずそうに言った。
「実は、そこが問題でして」
「問題?」
「王都出版社が、これまでの記録を一冊にまとめるにあたり、最後に大きく『第一部完』と入れたいと」
「入れるな」
「でも、毎回そう締めていますので」
「あれは様式だ」
「様式なら、なおさら使えます」
「使うな」
「さらに、王都書籍審査会が、第一部完と表記するなら、第一部としての完結性を確認したいと言っています」
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアが紅茶を置いた。
「何それ」
広報部の女性は真剣だった。
「第一部として刊行するには、第一部の目的、達成条件、主要な敵、未回収伏線、次部への引き継ぎ事項を整理する必要があります」
俺は頭を抱えた。
「物語が書類に捕まった」
セイルが静かに言った。
「ここまで来ると、逃げられませんね」
ガルドが短く言った。
「自業自得だな」
否定できなかった。
俺たちは毎回、ここで終わっても何の問題もないと言い続けてきた。
第一部完。
第二部完。
第三部完。
第十六部完。
毎回、終わったように締めてきた。
だが、終わるとは何か。
それを真面目に問われると、困る。
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響いた。
『聞いている』
「第一部完が、本当に第一部完になりそうです」
『言葉の荷を背負ったな』
「背負いたくないです」
『なら、整理せよ』
「何を?」
『何が終わり、何が続くのか』
「それをやると本当に完結しませんか」
『区切ることと、終えることは違う』
「今回は神様、まともですね」
『我はいつもまともだ』
「タライは?」
『戒めだ』
「まとも……ですかね」
『まともだ』
神は譲らなかった。
広報部の女性に連れられ、俺たちは王都出版社へ向かった。
王都出版社は、石造りの三階建てだった。
中では印刷機が回り、紙束が積まれ、編集者らしき人々が走り回っている。
紙。
紙。
紙。
大量の紙。
未来視で見た時とは違うが、やはり紙は重い。
応接室に通されると、眼鏡の編集者が待っていた。
「お待ちしておりました。鍋の人」
「その呼び方をやめてください」
「失礼しました。荷物持ちのユートさん」
「それでいいです」
編集者は分厚い企画書を広げた。
「今回、皆さんの旅を第一部として刊行するにあたり、構成を整理したいと思います」
アレンが腕を組んだ。
「第一部の主役は勇者パーティだな」
編集者は少し困った顔をした。
「読者反応では、主役は荷物持ちさんです」
アレンは傷ついた。
ミリアが肩を叩いた。
「現実を見なさい」
「勇者なのに」
「勇者なのにね」
編集者は紙に見出しを書いた。
第一部のテーマ:便利な力と、その運用コスト
俺は眉を上げた。
「まともですね」
「はい。宝珠、契約、暴食、聖剣、変身、召喚獣、神製バッグ。すべて便利なものですが、同時に運用コストがあります」
「なるほど」
「そして、あなた方は毎回、そのコストを荷物、契約、導線、記録、責任として扱ってきました」
リナが感心した。
「すごい。ちゃんと読んでますね」
編集者はうなずいた。
「編集ですので」
「編集者ってすごいですね」
「締切以外には強いです」
妙な言い方だった。
編集者は続ける。
「そこで第一部の終点をどこに置くかです」
「終点」
「はい。神製バッグ回は、第一部の締めに向いています」
「なぜですか」
「それまで禁じていた便利機能を、例外として使う。しかし代価として強運が消える。これは第一部全体のまとめになります」
俺は少し黙った。
確かに。
便利だから使うのではなく、必要だから使う。
だが、使えば代価がある。
それは、この旅で何度もやってきたことだった。
願いの宝珠。
魔法少女契約。
暴食スキル。
聖剣。
召喚獣。
変身装備。
未来視。
分身。
全部、便利に見える。
でも、重さがある。
「神製バッグで第一部完は、構造としては分かります」
俺は言った。
編集者は嬉しそうに頷いた。
「では」
「ただし、問題があります」
「何でしょう」
「この作品は、毎回終わるように見せて続くのが構造です。本当に第一部完にすると、次に普通に続く時の扱いが難しい」
編集者の目が光った。
「そこです」
「そこ?」
「だからこそ、第十七話が必要なのです」
「今ここが?」
「はい。第一部完と言い続けた結果、本当に第一部完になりかける回。ここで、第一部完を正式に処理します」
俺は頭を抱えた。
「メタすぎる」
リナが楽しそうに言った。
「でも、今まさにそうですね」
アレンが真剣に言った。
「つまり、我々はいま第一部完と戦っているのか」
「そう言うと、かなりばかばかしいな」
ミリアが笑う。
「でも相手は強いわよ。出版社と審査会だもの」
セイルがうなずく。
「言葉の手続きは、剣では斬れません」
ガルドが言った。
「紙の敵か」
聖剣が光った。
『我では斬れぬ』
「斬るな」
編集者は机に三枚の紙を置いた。
「第一部完に必要な書類です」
俺は嫌な予感がした。
「何ですか」
「第一部完了届、未回収伏線一覧、第二部継続申請です」
リナが吹き出した。
「第二部継続申請」
アレンが立ち上がった。
「物語を続けるのに申請がいるのか!」
編集者は真面目だった。
「刊行上は必要です」
「刊行上」
「第一部完と書く以上、第二部があるかどうかを明確にしなければ、読者が不安になります」
「毎回不安にさせていたのでは?」
「だから人気なのです」
「理不尽だ」
俺は書類を見た。
第一部完了届
一、第一部の開始点。
二、第一部の中心課題。
三、第一部で解決した課題。
四、第一部で残した課題。
五、第二部への引き継ぎ。
未回収伏線一覧
一、黒幕二号および選別遊戯委員会。
二、聖剣の本来の使命。
三、荷物の神の信徒拡大。
四、王都学院の評価基準改定。
五、変身装備ロードキャリア改良型。
六、白雷獅子ナベの再登場。
七、神製バッグの再使用条件。
八、勇者アレンのマント問題。
「最後は伏線か?」
俺は言った。
編集者は真剣に頷いた。
「読者関心が高いです」
アレンが胸を張った。
「やはりマントは重要だった」
「問題としてだ」
アレンはまた傷ついた。
三枚目。
第二部継続申請
希望する第二部の方向性。
一、魔王討伐本筋へ進む。
二、王都制度改革編へ進む。
三、黒幕組織との対決へ進む。
四、神様信仰拡大編へ進む。
五、普通に次の町へ行く。
俺は五に丸をつけた。
編集者が止めた。
「早い」
「これで」
「もう少し考えませんか」
「普通に次の町へ行くのが一番続けやすい」
「確かにそうですが」
「大きな目的を設定すると、終われなくなる」
「第一部完のあとに言うことでは?」
「だから言っています」
編集者は唸った。
「分かります。分かりますが、刊行上の引きとしては、もう少し」
ミリアが口を挟んだ。
「黒幕二号は?」
「回収が面倒だ」
「言い切った」
セイルが言った。
「魔王討伐は本筋では?」
「本筋だが、まだ補給線が整っていない」
ガルドが言った。
「神の信徒拡大は?」
「神が疲れる」
頭の中に声が響いた。
『少しならよい』
「神様?」
『倉庫持ちの信徒は欲しい』
「エルヴィラのことですか」
『見込みがある』
「そこは継続伏線ですね」
リナが言った。
「ナベにはまた会いたいです」
「それは俺も」
アレンが言った。
「マント問題も第二部で」
「しない」
「なぜだ」
「一枚で解決済みだ」
「式典用を」
「持ち歩かない」
「ぐっ」
編集者は嬉しそうにメモを取る。
「いいですね。各自の未回収要素が自然に出ています」
「今のも使う気ですか」
「もちろん」
「怖い」
第一部完了届の記入が始まった。
開始点。
八つの宝珠。
中心課題。
便利な名作的力に飛びつくのではなく、その重さを確認すること。
解決した課題。
宝珠、契約、暴食、追放、聖剣、婚約破棄、壁、能力測定、ダンジョン配信、デスゲーム、死に戻り、分身、変身、未来視、召喚獣、神製バッグの各事件。
残した課題。
多い。
かなり多い。
未回収伏線一覧が増えていく。
編集者が楽しそうに言った。
「これは第二部も安心ですね」
「安心とは」
「続けられるということです」
「終われないとも言います」
「連載とはそういうものです」
重い言葉だった。
俺は木札に触れた。
「神よ。連載とは何でしょうか」
『荷を増やしながら進むこと』
「嫌な答えですね」
『だが、持てる分だけ持て』
「持てぬ伏線は?」
『置いていけ』
「未回収になります」
『荷札をつけて置け』
「伏線一覧ですね」
『そうだ』
神が伏線管理を肯定した。
俺は未回収伏線一覧に、さらに一項目を追加した。
九、持てぬ伏線の一時保管。
編集者が目を輝かせる。
「いいですね」
「よくないです」
「第二部で使えます」
「使わない可能性もあります」
「その時は第三部へ」
「やめろ」
午後までかかって、書類は完成した。
第一部完了届。
未回収伏線一覧。
第二部継続申請。
方向性は、最終的にこうなった。
第二部:普通に次の町へ行く。ただし、黒幕二号、魔王討伐、神の信徒候補、ナベ、ロードキャリア改良型、学院評価改定などは、荷札をつけて一時保管。
編集者は満足していた。
「完璧です」
「完璧ではない」
「第一部完として十分です」
「本当に第一部完になるんですか」
「はい」
「次回、普通に続けてもいいんですか」
「第二部として」
俺は深く息を吐いた。
第一部完。
ついに本当に第一部が終わる。
毎回ふざけて書いていた言葉が、正式な書類になった。
これは怖い。
言葉は、繰り返すと制度になる。
ギャグも、積み重なると様式になる。
様式は、やがて手続きになる。
そして手続きになると、書類がいる。
かなり嫌な進化である。
出版社を出ると、夕方だった。
王都の空は赤い。
リナが隣を歩きながら言った。
「本当に第一部完ですね」
「ああ」
「でも、終わりじゃないんですよね」
「第二部継続申請が通ればな」
「通らないことあります?」
「分からん」
その時、広報部の女性が後ろから走ってきた。
「通りました!」
「早い」
「書籍審査会が即時承認しました!」
「雑」
「理由は『第一部完というタイトルで第一部完を処理しているため、完結性と継続性の両方を満たす』とのことです」
「何を言ってるんだ」
「私にも分かりません」
アレンが空を見上げた。
「つまり、俺たちの旅は続くのだな」
「そうだ」
ミリアが伸びをした。
「次は普通の依頼がいいわ」
セイルが微笑んだ。
「普通が来るとは限りません」
ガルドが言った。
「普通の荷物ならいい」
聖剣が光る。
『第二部でも我の出番はあるか』
「荷物としては常にある」
『武器としてだ』
「通路が広ければな」
『ぐぬ』
俺は木札に触れた。
「神よ。第一部完です」
『よく持った』
「はい」
『だが、荷はまだある』
「はい」
『持てる分だけ持て』
「はい」
『持てぬ伏線は、札をつけて置いていけ』
「それも教義に?」
『仮採用』
「検討ですね」
『検討だ』
神は検討が好きになってきたのかもしれない。
嫌だ。
夜、宿に戻ると、食堂の壁に早くも張り紙が貼られていた。
近日刊行予定
『名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない! 第一部完』
副題。
俺たちの荷物はこれからだ
俺は頭を抱えた。
リナは笑った。
アレンは自分の名前が小さく載っているか確認していた。
ミリアは「鍋の人」の文字を探している。
セイルは穏やかにお茶を飲んでいる。
ガルドは干し肉を噛んでいる。
聖剣は光っている。
いつも通りだった。
第一部が終わっても、荷物は残る。
それでいいのだろう。
たぶん。
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい区切りだった』
「終わりではなく?」
『区切りだ』
「今回の教義ですか」
『区切ることと、終えることは違う』
「採用ですか」
『採用』
「持てぬ伏線には荷札をつけろ、もですか」
『仮採用』
「そこはまだ検討なんですね」
『伏線は危険だからな』
「神様も扱いかねていますね」
『物語の荷は、見えにくい』
「重いですね」
『第一部完だからな』
こうして俺たちは知った。
第一部完は、言葉だけでできているわけではなかった。
開始点がある。
中心課題がある。
解決した事件がある。
残した課題がある。
未回収伏線がある。
次部への引き継ぎがある。
完了届がある。
継続申請がある。
そして、終わったふりを続けた責任がある。
終わりの言葉は、軽く扱うと本当に重くなる。
第一部完と言い続ければ、いつか第一部完の書類が来る。
完結とは、全部を消すことではない。
終わったものを確認し、残ったものに札をつけ、次へ渡すことだ。
区切ることと、終えることは違う。
そして続けるには、続けるための申請がいることもある。
第一部完了届は受理された。
未回収伏線には荷札がついた。
第二部継続申請は通った。
アレンのマント問題は保留された。
王都出版社は張り紙を出した。
俺は鍋の人ではなく荷物持ちと呼んでほしいと思った。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
本当に。
第一部・完




