第11話 死に戻ったと思ったら、出発前でした
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第11話 死に戻ったと思ったら、出発前でした
目を開けると、宿の天井が見えた。
木目。
梁。
少しだけ染み。
昨日泊まった王都の安宿の天井だ。
俺は黙っていた。
横のベッドでは、リナが毛布にくるまって寝ている。
窓の外からは、朝市のざわめきが聞こえる。
廊下では、誰かが水桶を運んでいる。
普通の朝だった。
普通すぎる朝だった。
ただし、ひとつだけ問題がある。
俺は昨日、この朝を経験している。
「……戻ったな」
俺は起き上がった。
リナが薄目を開ける。
「ユートさん……朝ですか?」
「たぶん昨日の朝だ」
「寝ぼけてます?」
「かなり起きてる」
「怖いこと言わないでください」
昨日、俺たちは王都地下の違法デスゲームを、持ち物検査と規約確認だけで開始前に潰した。
黒幕一号は拘束された。
黒幕二号は次回を匂わせて逃げた。
それで終わったはずだった。
その翌朝、俺たちは次の依頼に向かう予定だった。
依頼内容は単純。
王都近郊の古い礼拝堂まで荷物を届けるだけ。
危険度は低い。
報酬も普通。
書類も少ない。
つまり、珍しく平和な依頼だった。
はずだった。
なのに、俺はその依頼中に死んだ。
いや、死んだと思う。
少なくとも、強烈な衝撃と暗転はあった。
そして目を開けたら、出発前の朝に戻っていた。
リナが完全に起き上がった。
「え、本当に戻ったんですか?」
「ああ」
「死に戻りですか?」
「言うな」
「見たことあります」
「言うな」
「何度も死んでやり直すやつです」
「言うな」
「でも、ユートさんの場合、どこに戻ったんですか?」
俺は部屋を見た。
床には荷袋。
机には出発前の物資一覧。
椅子には乾かしていた手袋。
窓際には小鍋。
「荷造り前だ」
リナは少し黙った。
「死に戻りというより、荷造り戻りですね」
「最悪に地味だ」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響いた。
『聞いている』
「戻りました」
『戻した』
「神様が?」
『そうだ』
「なぜ?」
『荷が足りなかった』
「死因が荷物不足?」
『正確には、持つべきものを置いていった』
「何を?」
『考えよ』
「教えてくれないんですか」
『答えだけ持たせると、また忘れる』
「教育回ですか」
『荷造りは学びである』
リナが俺の顔をのぞき込む。
「神様、何て?」
「荷が足りなかったらしい」
「じゃあ何か忘れ物ですね」
「そういうことになる」
前回の今日、俺たちは古い礼拝堂へ向かった。
持ち物は軽めにした。
近場だったからだ。
水。
硬パン。
ロープ。
薬草。
小鍋。
火打ち石。
雨具。
聖剣。
いつもの基本装備。
届ける荷物は、小さな木箱ひとつ。
依頼主は王都の古物商。
届け先は、郊外の礼拝堂を修繕している職人たち。
中身は、古い祭具の修理部品だと聞いていた。
道中、最初は何もなかった。
昼前に雨が降った。
礼拝堂に着いた。
木箱を渡した。
その後、礼拝堂の地下室で古い魔法陣が暴走した。
床が崩れた。
俺はリナを押し出した。
そこで暗転。
そして今。
「地下室か」
俺はつぶやいた。
「原因は地下室ですか?」
「たぶんな」
「じゃあ、落下対策ですね」
「ロープは持っていた」
「長さは?」
「十メートル」
「足りなかったとか?」
「あり得る」
俺は荷物一覧を見た。
前回の装備は、通常の近距離配送用だった。
だが地下室があるなら足りない。
照明。
予備照明。
長めのロープ。
杭。
小型ハンマー。
粉塵対策の布。
崩落時の笛。
チョーク。
それから、礼拝堂なら祈りの通信に使える可能性もある。
「準備し直す」
俺は言った。
リナはうなずいた。
「はい」
そこへ、隣室からアレンが顔を出した。
「朝から何をしている?」
「死に戻った」
アレンは扉を閉めた。
少しして、もう一度開けた。
「すまん。聞き間違いか?」
「死に戻った」
アレンは真顔になった。
「大事ではないか!」
ミリア、セイル、ガルドも呼ばれた。
全員で宿の一室に集まり、俺の話を聞く。
ミリアは腕を組んだ。
「時間遡行系ね」
セイルは真剣だ。
「神の奇跡でしょうか」
ガルドは短く言った。
「何度もやるのか?」
「やりたくない」
アレンは少し興奮している。
「つまり、未来を知っているのだな」
「依頼先で地下室が崩れることだけは知っている」
「なら、事前に避ければいい」
「そうだ」
「簡単ではないか」
俺は首を横に振った。
「たぶん簡単ではない」
「なぜだ」
「神は『荷が足りなかった』と言った。つまり、避けるだけではなく、必要な物を持てということだ」
ミリアが嫌そうな顔をした。
「また荷造り?」
「死因だからな」
「重いわね、荷造り」
「荷造りは命に関わる」
俺たちは荷物を広げた。
王都の宿の一室は、完全に遠征準備室になった。
水。
食料。
ロープ。
長ロープ。
杭。
小型ハンマー。
予備照明。
油。
チョーク。
粉塵布。
笛。
包帯。
止血布。
小鍋。
火打ち石。
聖剣手入れ布。
そして届ける木箱。
リナが木箱を見る。
「これ、中身を確認したほうがよくないですか?」
「依頼品だから勝手には開けられない」
「でも、前回それで地下室が暴走したんですよね?」
「関係があるかもしれない」
アレンが言う。
「依頼主に確認しよう」
俺たちは古物商の店へ向かった。
前回と同じ時間。
前回と同じ道。
前回と同じ店。
古物商は、前回と同じように俺たちを迎えた。
「おお、冒険者の方々。こちらを礼拝堂へ届けていただきたい」
俺は木箱を受け取らなかった。
「中身を確認させてください」
古物商は眉を上げた。
「祭具の修理部品ですが」
「封印具に関係するものでは?」
古物商の表情が一瞬だけ変わった。
「なぜそれを」
「強運の加護です」
「便利な説明ですね」
「はい」
リナが小声で言った。
「ユートさん、最近それで押し切ってません?」
「事実だからな」
古物商はため息をつき、木箱を開けた。
中には、金属製の小さな楔が入っていた。
銀色。
表面に細かい文字。
セイルが顔を近づける。
「これは封印楔ですね」
「修理部品じゃないんですか?」
リナが聞く。
古物商は目をそらした。
「修理に使う部品ではあります」
「何の修理ですか?」
「地下封印の」
「重要なところを省くな」
俺は言った。
古物商は慌てて弁解した。
「いや、礼拝堂の職人から急ぎで頼まれたのです。危険なものではないと」
「危険なものではないなら、封印楔とは言わない」
セイルが静かに言った。
「礼拝堂に何が封じられているのですか」
古物商は困った顔をした。
「古い記録では、地下に小規模な魔力溜まりがあると」
ミリアが額を押さえた。
「小規模って言う時は、だいたい小規模じゃないのよ」
ガルドがうなずく。
「油断させる言葉だな」
俺は木箱の中身を確認し、封を戻した。
「追加料金です」
古物商が目を丸くする。
「え?」
「危険情報の後出し。地下封印関係。崩落リスク。追加料金です」
「しかし」
「命がかかる」
古物商は少し迷ったが、追加の銀貨を出した。
よし。
死に戻り一回分の報酬としては少ないが、ないよりいい。
宿に戻り、荷物を再調整する。
ミリアが言った。
「これで大丈夫?」
「分からない」
「未来を知ってるのに?」
「未来は荷物一覧ではない」
「またそれっぽいこと言ってる」
「自分でも少し思った」
神の声が響いた。
『悪くない』
「採用ですか」
『保留』
「検討ですか」
『神も検討する』
神まで検討し始めた。
やめてほしい。
出発。
前回と同じ道。
ただし荷物は少し重い。
ロープが増えた。
杭も増えた。
照明も増えた。
アレンのマントは一枚のまま。
ミリアの魔導書も一冊。
セイルの聖印は防水布で包んだ。
ガルドの予備剣はなし。
リナはチョークを持っている。
俺は昨日より、少しだけ安心していた。
昼前、前回と同じように雨が降った。
今回は全員が雨具を上に入れていたので、すぐ取り出せた。
前回、ここでミリアが魔導書を濡らしかけた。
今回は濡れない。
「本当に雨が降りましたね」
リナが言う。
「ああ」
「死に戻り、便利ですね」
「便利と言うな。死んでる」
「すみません」
礼拝堂に着いた。
古い石造り。
屋根の一部が壊れている。
足場が組まれている。
職人たちが修繕作業をしている。
前回と同じ。
ただし今回は、俺たちはすぐに木箱を渡さなかった。
責任者を呼んだ。
灰色の髭を持つ職人長がやって来た。
「封印楔を持ってきてくれたか」
「その前に確認です」
俺は言った。
「地下の魔力溜まりは安定していますか」
職人長の顔がこわばった。
「なぜそれを」
「強運の加護です」
リナが横で小さくため息をついた。
職人長は渋々、状況を説明した。
地下室の古い封印が弱っている。
封印楔を交換する必要がある。
ただし交換中に魔力が揺れる可能性がある。
床の一部は老朽化している。
「それを配送依頼に書け」
俺は言った。
職人長は目をそらした。
「人手が来なくなると思ってな」
「来なくなる理由があるなら書け」
「すまん」
俺は木札に触れた。
「神よ」
『聞いている』
「こういう後出し、多いですね」
『隠した荷は重くなる』
「名言ですね」
『これは言った』
「採用済みですか」
『採用済みだ』
俺たちは地下室へ入る前に準備した。
ロープを階段の手すりに固定する。
杭を打つ。
通路にチョークで印をつける。
照明を二つに分ける。
粉塵布を首に巻く。
笛の合図を決める。
崩れたら、一回で停止。
二回で引き返し。
三回で救助要請。
アレンが言った。
「少し大げさではないか?」
「俺は一回死んでる」
「そうだった」
「大げさでいい」
地下室は暗かった。
石壁。
湿気。
古い祭壇。
床には魔法陣。
中央の台座に、黒ずんだ楔が刺さっている。
前回、ここで職人が古い楔を抜いた瞬間、床が崩れた。
今回は違う。
「まず床を確認」
ガルドが床を叩く。
セイルが魔力の流れを見る。
ミリアが光を当てる。
リナが壁の亀裂を探す。
俺は荷物の位置を見る。
聖剣は邪魔なので、地下入口に置く。
ただし盗まれないよう、アレンを見張りにする。
アレンが不満そうに言った。
「俺は勇者だぞ」
「聖剣見張りも勇者の仕事だ」
「本当か?」
「今日は本当だ」
聖剣が光る。
『我を置いていくのか』
「地下が狭い」
『我は聖剣だぞ』
「長い」
『ぐぬ』
床を調べると、台座の右側が弱っていた。
前回、俺が立っていた場所だ。
「ここか」
俺はつぶやいた。
「ここに乗るな」
職人長が青ざめる。
「そんなに弱っていたのか」
「見れば分かる」
本当は一回落ちたから知っている。
だが、今はそういうことにしておく。
作業手順を変えた。
まず弱い床に板を渡す。
ロープを作業者の腰に結ぶ。
古い楔を一気に抜かず、少しずつ緩める。
ミリアが魔力の揺れを抑える。
セイルが祈りで封印を補助する。
リナが亀裂を監視する。
ガルドが支え板を押さえる。
俺は新しい封印楔をすぐ渡せる位置に立つ。
作業が始まった。
古い楔が軋む。
魔法陣が青く光る。
空気が震える。
前回と同じ気配がする。
俺の背中に冷たいものが走った。
死ぬ直前の感覚を、体が覚えている。
職人長が楔を引く。
床が鳴る。
ミリアが叫ぶ。
「魔力、揺れます!」
セイルが祈る。
「封を保て!」
ガルドが板を押さえる。
リナが叫ぶ。
「右の亀裂、広がってます!」
俺は笛を一回鳴らした。
作業停止。
全員が止まる。
前回なら、そのまま進めていた。
今回は止まる。
亀裂が少し広がり、砂が落ちた。
だが床は抜けなかった。
「補強を追加」
俺は言った。
杭を打ち直す。
板を追加する。
ロープをもう一本増やす。
職人長が汗を拭う。
「ここまでやるのか」
「死ぬよりいい」
再開。
古い楔が抜ける。
魔法陣が一瞬、強く光る。
俺は新しい楔を渡す。
職人長が差し込む。
入らない。
「角度が合わん!」
「貸せ!」
ガルドが支える。
リナが光を当てる。
ミリアが魔力を押さえる。
セイルが祈る。
俺は楔の向きを確認する。
前回は、ここで間に合わなかった。
今回は、木箱の中身を事前に確認している。
楔の表面に刻まれた小さな矢印。
それを魔法陣の北印に合わせる。
「こっちだ」
俺は向きを直した。
楔がすっと入った。
魔法陣の光が収まる。
床の震えが止まる。
地下室に沈黙が落ちた。
成功。
誰も落ちなかった。
誰も死ななかった。
リナが息を吐いた。
「終わりました?」
「たぶん」
職人長が膝をついた。
「助かった……」
ミリアも壁にもたれた。
「本当に危なかったわね」
セイルが静かに言った。
「準備がなければ、犠牲が出ていました」
ガルドが俺を見る。
「前回はここで死んだのか」
「たぶんな」
「なら、今回は勝ちだな」
「ああ」
俺は木札に触れた。
「神よ。これでよかったですか」
『よい荷造りだった』
「死に戻りって、またありますか」
『できればやりたくない』
「神様も?」
『神力をかなり使う』
「強運の加護は?」
『今日は薄い』
「だから雨に濡れそうだったのか」
『そうだ』
「代償ありなんですね」
『戻すとは、時間の荷を持ち直すこと』
「今回の教義ですか?」
『まだ早い』
「保留ですか」
『重いからな』
やはり、これは乱発できる奇跡ではない。
死んだら戻ればいい、ではない。
戻す側にも荷がある。
俺たちは地上に戻った。
礼拝堂の外は、雨上がりの匂いがした。
アレンが聖剣の前で待っていた。
「無事か」
「ああ」
「聖剣も無事だ」
「それはよかった」
聖剣が光った。
『我は出番がなかった』
「狭い地下室で振ると危ない」
『それは分かる』
「分かるようになったか」
『我も旅で学んでいる』
成長する聖剣。
方向性は地味だ。
職人長は、追加報酬を出してくれた。
危険作業補助費。
封印交換補助費。
事前調査費。
全部、後からだが出た。
俺は受け取った。
リナが笑う。
「死に戻り一回分には足ります?」
「足りない」
「ですよね」
「だが、ないよりいい」
王都への帰り道。
前回は存在しなかった時間だ。
俺は妙に静かな気持ちだった。
死んだ後のやり直し。
物語なら、大きな悲劇を避けたり、敵の正体を暴いたり、運命を変えたりするのかもしれない。
だが俺がやったのは、荷造りのやり直しだった。
ロープを増やした。
照明を増やした。
中身を確認した。
床を調べた。
笛の合図を決めた。
それだけで死ななかった。
たぶん、運命とはそういう小さいところで変わる。
リナが隣を歩きながら言った。
「ユートさん」
「何だ」
「もしまた戻ったら、どうします?」
「まず荷物を見る」
「やっぱり」
「死因はだいたい、足りなかったものの形をしている」
「それ、かなりいいですね」
「神の受け売り風だ」
神の声が響く。
『採用』
「今のは採用らしい」
「教義が増えていきますね」
「信徒が少ないから、更新が早いんだろう」
王都に戻るころ、夕日が出ていた。
宿の前で、俺たちは立ち止まった。
同じ宿。
同じ看板。
同じ入口。
だが、今度は昨日の朝には戻らなかった。
時間は進んでいる。
それだけで、少し安心した。
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい再梱包だった』
「再梱包」
『死に戻りとは、失敗した荷を詰め直すことである』
「今回の教義ですか」
『採用』
「重いですね」
『死んだからな』
「はい」
『戻る力に甘えるな。戻らず済む荷を持て』
「それも教義ですか」
『採用』
「今日は多いですね」
『疲れたからな』
「神様もお疲れさまです」
『次は死ぬな』
「はい」
こうして俺たちは知った。
死に戻りは、やり直しだけでできているわけではなかった。
宿の朝がある。
出発前の荷物一覧がある。
依頼品の中身がある。
隠された危険情報がある。
長いロープがある。
予備の照明がある。
床を叩く手間がある。
笛の合図がある。
そして、戻す側が背負う時間の荷がある。
運命を変えるのは、大魔法だけではない。
死を避けるのは、伝説の力だけではない。
一本長いロープ。
予備の照明。
中身を確認した木箱。
床を叩く手間。
笛の合図。
それらが、生き残る未来を作ることもある。
やり直せるとしても、死は軽くならない。
戻ることにも荷がある。
だからこそ、次は戻らなくて済むように、出発前に持ち物を見る。
礼拝堂の封印は修復された。
地下室は崩れなかった。
俺は今回は死ななかった。
神は少し疲れた。
聖剣は出番がなかったが、少し成長した。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの再梱包は、これからだ。
「だから戻らず済む荷物にしろよ」
第十一部・完




