自滅ショー(改)
加筆しました。
楽しんでいただけると幸いです。
ドゥエックが新兵訓練に向かい、たったの1週間で戻ってきたことにノエル卿は狼狽え、「どうしたのだドゥエック!」と声を荒げた。ドゥエックは不貞腐れて言った。
「だって父上、教官のやつはこの私に向かって『愚か者』というあだ名をつけ、朝4時起床で卑猥な言葉を唄いながらマラソンをし、そのあとに海辺でマラソンし、海に入って四つん這いで出てくるを繰り返す。ーーまあそこは許容しましょう。問題はアリーの態度です。この私に向かってまるで上官のような面で見て、廊下を歩いて行く。アイツに敬礼をしなければならない屈辱が分かりますか?アイツはいい気になっている。だからアイツの部屋に入って椅子に座ってやったんです。どちらが上かを分からせるために。そうしたら翌日から私だけ訓練は2倍。仲間も皆私を無視してくる。失礼にも程があります」
「アリーが少佐なのは知っているだろう?!どうしてそのような馬鹿なことを...」
「少佐だろうがなんだろうが、アイツは汚いヒキガエルですよ」
ノエル卿はドゥエックを殴りつけ、軍に電話をし、ドゥエックをもう一度新兵訓練に参加できないか頼み込んだ。電話に出た教官の男は難色を示したが、結局ドゥエックの復帰は許された。ーー次は無いということを確約させられて。
「ドゥエック!お前は今すぐ軍に戻り、訓練を続けろ!」
「誰があんなことをもう一度するものか!嫌に決まっています!」
「このバカ息子が!私に恥をかかせおって!お前の道は2つだ!軍に戻るかノエル家を出て行くかだ!さっさとせんか!」
もう一度殴るとドゥエックは渋々荷物を抱えて家を出て行った。ノエル卿はようやく息を吐き葉巻をくわえ火を点けた。ドゥエックはなにも分かっていない。軍に入ればアリーの方が上官なのは当然のこと。こんな騒動が社交界に広がらないようにとノエル卿は祈った。
実際のドゥエックの訓練態度をノエル卿は知らなかった。
ドゥエックは新兵が寝泊まりしている部屋に入るとまるで王様のように振る舞い、2段ベッドの下の人間に「おい、明日起こせよ」と命令した。
そしてハワード教官がやってきて彼の素行の悪さを一瞬で見破りドゥエックに『愚か者』というあだ名をつけるとドゥエックは顔を赤くして喚き散らし、教官は罰として訓練生全員に連帯責任として腕立て伏せをさせた。ドゥエックは腕を組んで従わなかった。ここから訓練生や教官、そしてドゥエックとの間に亀裂が入る。
訓練が始まってもドゥエックはマラソンも途中で投げ出して歩き出し、縄のぼりも障害物をよける訓練も銃の組み立てもボート担ぎもすべての訓練においてサボることが多く、おかげでドゥエックと同じ班の者たちは皆鬱憤を溜めていた。
ある日のこと、アリーとハワード教官が訓練生の様子を話しながら部屋に入ると、ドゥエックがアリーの椅子に座り、足を机の上に投げ出し、優雅に葉巻を吸っていた。怒鳴ろうとするハワード教官をアリーは腕で止め、尋ねた。
「あら、なにをしているのかしら?」
「なにって、お前の態度を改めさせるためにこうして待っていたんだよヒキガエル」
そう言ってドゥエックは床に唾を吐いた。怒りで赤くなるハワード教官とは対照的にアリーは余裕の笑顔で答えた。
「あらそう、それで?素行が悪く、訓練生全員から署名をされて除隊になるお前が私になんの態度を改めさせるつもり?」
「なんだと?!」
「先ほどまでその話をハワード教官としていたの。なんでもお前、ここへバカンスに来てるみたいね?そんな愚か者は我が国の軍にはいらないの。さっさと荷物をまとめて帰りな」
「そんなわけがない!私がリーダーで皆を統率してやっているんだ!そうでしょう教官!?」
「ドゥエック・ノエル、お前は何も分かっていない。訓練生の士気を下げるだけでなく、今度は少佐に対してこんな失礼ーーとっとと帰るがいい」
「おいヒキガエル!どうにかしろよ!」
「私は訓練の教官はしたことないの。そうね、ハワード教官、どうする?」
「....本来なら即除隊にしたいですが、仕方ありません。どのような愚か者でも叩けばどうにかなるというもの。厳しく行いましょう」
ハワード教官はそう言ってドゥエックに「さっさと立て愚か者!」と怒鳴り、ドゥエックを連れていった。アリーは通りすがりの下士官に「ちょっと」と声をかけた。
「悪いんだけど机と椅子と床を掃除するように掃除係に伝えて来てくれる?ドゥエック・ノエルっていう訓練生がこの部屋に侵入して椅子に座って机に足を乗せて葉巻を吸っていたのよ」
アリーのこの言葉でドゥエックは軍中の人間から嫌われることになった。
その日ドゥエックは一晩中コースを走り続けるように教官から言われ、建物内に入れないようにすべての鍵を閉められて、ドゥエックは怒りに任せながら走るわけもなく歩いては座っていた。明日の朝一番にアリーに文句を言うつもりでいた。
しかし彼が朝になり訓練生の部屋に入ると、ちょうど教官がやってきて言った。
「これからドゥエック・ノエルが決して訓練を怠ることが無いように皆で見張れ!今から腕立て伏せを始める!始め!」
そう言って訓練生と混ざってドゥエックがしぶしぶ腕立てをしているとハワード教官はドゥエックの背中に片足を乗せて「ふざけているのか!」と怒鳴った。
「なんだそのフォームは!やはり訓練生全員が言うようにお前は怠けていたな!今日からお前はほかの訓練生の2倍訓練を行え!腕立ては200回だ!」
ドゥエックは初めてきちんとしたフォームでやる腕立てのキツさにわずか50回で音を上げたが、教官は許さず、他の者は朝食へ行かせ、ドゥエックに200回腕立て伏せをさせた。
そしてドゥエックがいるせいでそのチームは必ず最下位になるという訓練生の抗議を受け入れ、ドゥエックには別メニューをやらせた。皆がグループで行っている中でドゥエックだけが1人違うメニューを行い、それも2倍の量だったためにドゥエックは早々に逃げ出したのだった。
ドゥエックが嫌々部屋に戻ってくると、自分のベッドのマットレスが引きはがされて床に落ちていた。そして水までかけられている。身体の大きな訓練生の1人が「おや」とニヤニヤ笑って言った。
「おーい皆、ドゥエック様のお帰りだぞー。よう愚か者、おうちに逃げ帰った気分はどうだよ?」
「ーーーッ」
「皆石鹸は用意したか?誰かこいつの口に猿ぐつわさせろ。脱走兵への制裁だ」
そう言うと皆が寄ってきて、ドゥエックの上着を脱がし、猿ぐつわをしてタオルで包んだ石鹸で身体を殴った。あまりの痛みにドゥエックは息ができなくなった。涙と鼻水が出てうずくまると、男たちは笑った。
「これからこいつのことどうする?」
「放っておけよこんな奴。相手にすると時間を無駄にする」
「こいつはただの雑魚だよ。すべてを無視してやろうぜ」
そう言って仲間たちはそれぞれのベッドに戻った。それからドゥエックは誰にも話しかけられず、教官にも期待されていないことを訓練で知り、完全に無視された状態でしばらくを過ごした。
人間とは社会性の生き物である。誰とも話すことなく、いないものとして扱われると、ドゥエックのように貴族でちやほやされるのが当然だった者ほど脆く壊れていく。
訓練生の男たちはドゥエックを徹底的に無視した。時間の変更も訓練内容が変わってもいないもののドゥエックに教えることはなかったし、わずかな時間の余暇のお喋りや食事にドゥエックを仲間に入れることは無かった。
彼らにとってドゥエックはアリー・ノエルの功績をこんな時だけ自分の功績として扱って当然とする薄汚い蠅と同じだった。
教官もそれを咎めなかった。教官といえど彼も軍人である。訓練生が少佐の部屋に無断侵入し、勝手に椅子に座り、葉巻まで吸っていれば、いる方が皆の迷惑になると判断をくだすのも無理は無いだろう。
規律なき者に軍での居場所などなかった。規律なき者は皆の士気を下げる。そうすれば結果は?そう、敗北と死である。
そしてドゥエックの性格はだんだんと陰気になっていき、訓練完了の少し前に『病気除隊』の烙印を押され、事実上の脱落をし家に戻ってきた。そのときにはすっかり生気を無くし、部屋に引きこもるようになった。それから社交界でドゥエックを見た者はいない。
家族も最初は心配はしたが、だんだんと昔のアリーのように下を向いてボソボソ話すドゥエックに嫌気が差し、食事だけは与え、医者にも診せるのをやめ、放っておくことにした。
だからドゥエックが家の金を盗んで蒸発したことにも誰も気づかなかった。




