十五年の無名
まずい…腹の中っ…こんなのどうしようもない…いや、"あれ"を使うか…?いやまだ治癒魔法で…どうにか…は出来ないか…
くそ…腹が痛い…もう意識が無くなる…じゃあやっぱり……?
「世界魔法…時間遡行――!!」
俺は声を振り絞り、魔法を発動させる。
「あ…?くそっ!させるか――」
◇
「はっ…」
「――おいおい、そう言う割には随分と考えてるような顔するじゃねぇか?ビビってるのか?」
戻った……これで時間遡行魔法を使うのは三回目…まだ特に体に変化は無い…そう簡単には使いたくなかったが…死ぬ直前で使ったから、死の因果はそこまで強くないはず…俺が再び死ぬかもしれない可能性はないだろう。
「ふ…ビビっている…?まぁそうだな…お前の魔法はまだ観察する必要があるかもしれぬが…お前の魔法の解析にそこまでの時間は掛からない」
シメルドの魔法は血を操ったり性質を変えたりする力だと聞いた…だがさっきの行動を見るに血の中なら自由に移動することも出来る…のか?それとも…もっと別の…なにか?
「こっちの方が都合が良いかもしれんな」
俺はミロクの姿を解き、身体の形を変えていく。白い髪に、赤い目…体つきは女性の姿で――。
「シメルド…あなたが血の中を移動出来るのだとしたら、私の魔族の身体はとても相性が悪いんじゃないかしら?」
「…!おめぇは…サナ・グランド…そうか、お前がそうだったか…」
「言い得て妙ね。私のことを知ってるみたいに言うじゃない」
「そりゃあそうだ。二週間くれぇ前にレフィアがリーダーだった時に魔王城に交渉に行っただろう?あの時に俺は同行してたからな」
やはり見られていた…意外と正体がバレればまずいことになるというのに…
「そう…まぁ別に今あなたをここで殺せば問題は無いわ」
俺は氷魔法で氷の剣を創り、手に持つ。冷気が周りの空間をじわじわと支配し始める。
「特に俺から情報は抜き取らないと?」
「話したくても話せない…違うかしら?」
確信を突くように言うとシメルドは顔を歪ませる。
「…!なぜ分かった…?その辺の白マントから聞きやがったか?」
え?ほんとにそうなの?知らなかったんだけど…
「ん…え…そうよ」
「クソ野郎共が…まぁいい…別に話せることはどうせ話せないんだから関係ねぇか」
話したくても話せない……か…なにかの制約を課せられているのか?あともう少しでなにか…なにかの手掛かりが掴めそうな気がする…
「ま…どうでもいいわ…さっさとあんたを氷漬けにしてここから出るだけよ!氷針!」
無数の氷柱が俺の周りに形成される。その氷柱達は空気を穿ち、シメルドに真っ直ぐ向かう。
「おいおいまじかよ…規格外すぎんぜそれは…!」
周りに血は一滴もない。さっきみたいに体の中への侵入だけ防げばなんとでもなるはずだ。
「さらに追撃!隕氷!!」
デカい氷の塊がシメルドの頭上を取る。デカい影がシメルドの意識を逸らす。
「ちょっ――」
――グシャッ。
「残念ね。氷針はブラフ…体には魔力を纏わせてあるから、体にも入ってこれていないでしょう…?って言ったって聞こえてないわね」
よっしゃあああ!完全にやってやったぜこの野郎。こんな奴に時間遡行使うことになるとは思ってもいなかったが…勝ちは勝ちだ。
「……死んで…るよな…?」
なんかこういうトリッキーなタイプの敵は復活するってのがお決まりなんだよなぁ…とは言えここでずっと見とくってのも…
「血さえ蒸発させておけば大丈夫か…怒炎!」
炎の塊がシメルドの死体に目掛けて飛ぶ。
――ギュウウウン!!
炎の塊は音を立てて派手に大爆発。規模は申し分ない。血どころか肉片も残らないだろう。
「よし…さっさと出るとしよう…てか…シメルドが空間魔法を使えないならここに閉じ込めておけばどのみちここ開かない限りは一生出れないか…」
サナの姿を解き、ミロクの姿になる。
俺は空間魔法を使い、空間に穴を開ける。さっさと出ようと頭を空間の穴に入れようとした時――。
「――それは賢い選択とは取れないわね」
「はっ…」
その声が聞こえた時には宇宙のような空間が広がっている。空間の穴は気付けば消えているし、全くどういう状況なのか分からない。
「一体どういうことなんだよ…"女神"!!」
俺が後ろを振り向くと、豪華な赤い椅子に橙色の髪をした女神が、じっと見つめている。
「どういうこともなにも…あなたはあのまま空間を出ていれば死んでいた…私はただそれを助けてあげただけよ」
「死んで…いた…?どうして…?なぜだ…?」
俺には言葉の意味が全くもって分からない。ただ女神は全てを見透かしているように、俺を試すような目で見ている。
「あなた…気付いてないの?シメルドは血さえあれば…どこにでも移動が出来る…それすなわち、血のある物体が近くにあれば…それに乗り移れるのよ?」
「いや…そんなこと分かってる…だから俺はサナになって、魔族の血を回しつつ、尚且つ魔力で体を覆った…ここまでしてるのにシメルドが俺の体に入り込めるわけないだろう…」
「――それじゃあ…もしこの場にあなた以外の血を持つ者が居たとすれば?」
女神は鋭い目つきで、確信を帯びたように言う。
「予備の体を…保持してるとでも?だが…そんなものあの体のどこに…」
「はぁ…あなたは現実的に考えすぎねぇ…魔法具を使ってる可能性を考えたことはないわけ?」
言われてみればそうだ。というか…今は気になることが少し多すぎる。
「ちょ…ちょっと待て…お前は…シメルドの全てを知っているかのような言い方をする…それに…今この間時間は進んでいるのか?だとしたら俺は殺されちまう…」
「時間は進んでないわ…それと、シメルドについてだけど…分かったかしら?」
「まぁ…大体は…とりあえず、俺は今殺されそうで…シメルドは体の予備を持っていると…そう言うんだな…?」
女神はこくりと頷く。そしてニヤリと笑みを浮かべ始めた。
「そこでなのだけれど…あなたの体を貸してほしいの…」
「は……?」
こいつは全てが意味不明すぎる。何を言っているんだ?体を……貸す……そんなこと一体どうすればいいのやら。
「体を貸すって…出来たとしても俺はやらんぞ」
「えー?どうして?シメルドを倒すためにはそれが必要なのよ」
「なんでだ…体を受け渡したところで、力量は変わらないだろうし、なにをしでかすか分かったもんじゃない…」
確かに、この力は元々は女神のもの…なにかあるのかもしれん。だが、シメルドが復活したところでどのみち俺に敵うかどうかで言われれば、俺の方が有利なはず…体を受け渡す意味が分からない…
「一体なにを考えている……女神!!いい加減教えろ!」
俺は女神に向けて声を張り上げる。しかし、女神は座ったまま落ち着いて俺を見る。
「まだ教えられない…それが私の今の力だから…とにかく、貸してほしいの。それとも、また無駄に時間遡行魔法の制限回数を減らしたいの?」
「そっ…それは…そう…だが…」
正直、本当に信頼していいかだなんて分からない。嘘を見抜く魔法なんてない。こいつはいつもなにを考えているのか分からないし、それでいてなぜか俺の未来を見透かしている。だが――。
「……」
無言で真っ直ぐ見つめてくる女神が、嘘をついているようには全く見えなかった。
「分かった……お前のことは信用する…だが…もしも万が一にでも、俺の機嫌を損ねるようなことをするのであれば…二度とお前の言うことは聞かないことにする…いいな」
「えぇ、分かったわ。約束する…それと――」
女神は困ったように笑みを浮かべて自分を指差す。
「私に名前をつけてくれないかしら…?」
「……名前…?」
あぁ…そういえばこいつは十五年間ずっと女神呼びで、正式な名前とか決めてなかった…
「神なのに名無しなんだな」
「えぇそうね…私は嫌われ者だもの」
なんとなく分かる。そう思ってしまったが、実際俺も嫌いだと思っているので気にすることでもないか。
「"バラ"…だ」
俺はそう口にする。女神は目をパチパチとさせてその名前を自分で口にする。
「バラ……?花の?」
「あぁ、そうだ。バラにはオレンジ色もあるし、お前の雰囲気に合うかと思ってだな…気に入らなかったか」
「いいえ…とても気に入ったわ……それじゃあ…十五年の時を経て、ようやっと正式な契約ね」
女神は笑顔のまま手をそっと伸ばす。
「あぁ…そうだな――。あっ契約と言っても力の全ては俺が受け持つことには変わりないんだからな」
「ふふふ、分かってるわよ。というか、どうせ今あなたは私の力の十分の一も使えてないのによく言うわね」
「えっ…そうなのか…?」
「まぁまぁいいのいいの。また今度ゆっくり教えてあげるわ…そして、体を借りるとは言ってもあなたに随分と力を持たせすぎてて馴染むまで少し時間がかかるわ…それまでの間は…"彼女"らに任せましょうか…」
「彼女らって………」
バラに聞こうとすると、俺の意識は途端に途切れていく。
「あ……ちょ…いきなりすぎ……だ……」
◇
「クハハハ…油断してんな…ミロク…!見ろよ…俺様のこの姿を!!いやー…回収したおいてよかったぜ…力が漲る漲る!!!ロッドにも匹敵するかもしれねぇ自信があるぜこれはよ!!」
ミロクの後ろには黄金と赤の魔力を纏っている金髪の男が肩を震わせて立っていた。
「改めて名乗るとしよう…今の俺様は、黄血司祭…シメルド・カンノメルド!!」
そう、今のシメルドはかつて黄金司祭を名乗っていたアウルの死体を血で操り、操作しているのだ。元々のシメルドの体に残っていた魔力も全てアウルに注ぎ込み…今やアウルとシメルド。両方の力を合わせ持つ者となった。
「死ねや!!ミロク!!」
金の炎を纏った血の槍がミロクに目掛けて飛ぶ。
「――そこまでだな」
――スパッ。
空間を斬る斬撃が、シメルドの攻撃をミロクから防ぐ。
「あ…?」
シメルドが声のした方向をゆっくりと向く。
「のう…シメルド……ガンスールの敵……取らせてもらうぞ!!!」
「僕も忘れないでほしい…これはついでにアウルも倒せるってことだろう?いいじゃないか…お父さんの代わりに君を倒そう…」
シメルドの向いた方向にはマルメードとクフゾが魔力を纏わせながらシメルドを睨んでいた。
「へははっ…!!来いや…三下共がぁっ――!!」




