哀しみの湖
――ドガァァッ!!
街の破壊される轟音と、人々の悲鳴が耳をつんざくように響く。
そんな中、エルヴィーナとツイズはアスモデウスとの戦闘を繰り広げていた。
「自然さん達!私を守って!!」
エルヴィーナの後ろから尖った木々が走る。
それはアスモデウスに向かって真っ直ぐと飛んでいく。
「ふんっ!!」
――バキィッ!!
「いつまでこうするつもりだ。俺が破壊し続ければ、お前の魔力などすぐに無くなる」
エルヴィーナの攻撃は確かに強力。しかし、限度がある。このままでは負けてしまうかもしれない。
「エルヴィーナ様!諦めないでください!」
ツイズの激励する声が横から聞こえる。
ツイズは魔力を溜め、アスモデウスに向けて放つ。
「うりゃあっ!!」
――ガキィッ!!
「ん…」
ツイズの溜めた魔力弾はアスモデウスの腕に直撃し、その腕を少しだけ焦がす。
「これは…ただの魔力弾ではないな…魔族を焼く天滅の光を持っている…これがお前の固有魔法だな?やりおる…しかしだ――」
「げほっ…ぐは…」
ツイズは吐血し、その場に膝をつく。
「つ、ツイズ!!慣れない魔法なんて使うから…!」
エルヴィーナはツイズに近付き、治癒魔法をかける。
そう、ツイズは普段魔法を使わない影響で、体の魔力が毒素となり、無理に魔力を使えば毒素が体中に回るようになっているのだ。
「お離しくださいエルヴィーナ様…!今、対抗できるのは私だけなのです!!今ここで魔族の主戦力を持っていく…!!」
ツイズはおぼつかない足取りで再び立ち上がり、ツイズに向け魔力を溜める。
「そんな魔力を溜める暇があるかよ――」
アスモデウスは目に見えない速度で、大斧をツイズに叩きつけるようにして振り被る。
「そうはさせないわ!!」
エルヴィーナは魔法を発動させる。手の魔法陣が赤く光る。
「ん…んおおおおっ!?」
地面から木が生え、空気を揺らす勢いで空高くアスモデウスを空へと突き上げていく。
「さらに…こうよ!」
木は、空高く伸びたかと思えば、次は下へと物凄い速さで伸び、アスモデウスを地面にぶつける。
「最後にもう一回!!」
エルヴィーナは天候を操り、雷を木の先に落とす。
雷鳴が轟き、木を燃やす。
「さぁ…これで…はっ…!」
勝ったと確信したエルヴィーナの前で巨漢が木を割り、炎の中から出てくる。
「流石に効いたな。流石エルフの国の女王…自然を操る力を持つか」
アスモデウスは確かに体に傷を負ってはいた。しかし、それは重傷には程遠く、火力不足であった。
「――喰らえ!!天地光滅!!」
ツイズは魔力を溜め終わり、連撃を叩き込むようにして、再度アスモデウスにその攻撃を負わせる。
光の熱線が、地面ごと焼きながらアスモデウスを抉り取る。
――ズドオオオオンッ!!
「があっ!!」
ツイズは今度は目と耳から手を噴き出し、体を横に倒す。
「はっ…!」
エルヴィーナはツイズに近付き、治癒魔法を再びかける。
「ツイズ…!もうやめよう…!早く逃げて!!」
しかし、エルヴィーナの必死の声も、今の彼には届かない。ツイズは魔力を溜めるのを止めず、アスモデウスが下敷きになっているであろう箇所に向け、魔力を向ける。
「エルヴィーナ様…!油断なさらないでください…!奴はきっとまだ生きています…!!」
「――中々に容赦の無い奴らだ。これは俺も本気を出さなきゃならねぇぞ」
ツイズの言っていることは本当だった。
アスモデウスは先程よりも確実にダメージは入っている。しかし、本気を出すとなれば、次はもうダメージなど入れることは不可能に近しいかもしれない。そんな最悪の未来がエルヴィーナは頭に浮かぶ。
「うぁぁぁああああ!!死ね!!」
ツイズは周りの家を遥かに超える大きさの魔力を溜め、それを迷わず真っ直ぐにアスモデウスに向け、放つ。
「上等だ!!俺が魔族四大四天王の一人として、貴様の覚悟を本気で受けてみせようぞ!!」
アスモデウスは大斧に魔力を溜め込み、構える。
「やめて!ツイズ!あなた…もう次こそ死ぬわ!私の言うことが聞けないって言うの!?」
エルヴィーナは目に涙を浮かべ、必死にツイズに訴えかける。しかし、それにツイズはふっと笑って返す。
「エルヴィーナ様。御言葉ですが…私はあなた程のわがままではありませんよ…ただ、あなたの国を守りたいという意志は…!私が叶えます…!!」
「そんなっ…!やめて!!」
エルヴィーナはツイズに手を伸ばす。
「エルヴィーナ様。どうか…幸せな人生を送りください…私はいつまでもエルヴィーナ様を想っております…」
エルヴィーナの声掛けは虚しく、とうとうツイズの手から魔力が離れる。
「光雷未来終焉!!」
アスモデウスの巨体を焼くほどの光が、エルフの国を貫くようにして発射される。
「天地黒滅!!」
アスモデウスは、ツイズの光を叩き切るような闇の魔力を纏った大斧で大地を叩き割る。
お互いの光が、エルフの国全体を包み込むようにして大爆発を起こす。
「――離れるわよ。エルヴィーナちゃん」
心優しい、温まるような声がどこからか聞こえる。そう認識した瞬間、エルヴィーナは眩い光に視界を奪われる。
「――っ…!」
次に目を開けた時には、被害のまだ少ない、いつもの湖。
「こ…ここ…は…なんで…」
エルヴィーナは辺りを見渡し、ツイズの姿を探す。
しかし、ツイズの姿はどこを見ても居ない。
「い…居ない…!それにどうしてこんな所に…」
「――エルヴィーナちゃん。目覚めたようね」
優しい声が後ろから聞こえる。
エルヴィーナは振り向き、その姿を見る。
「う…ウンディーネ…なんで…!ツイズは…?ねぇ!ツイズはどうなったの!!」
エルヴィーナは小さいながらも身長の高いウンディーネの肩を掴み、揺らす。セレンは黙ったまま、ただ向こうを指差す。
「――っ…!!」
目線の先には、もはやそこに国があったとは到底思えないような、悲惨な光景がエルヴィーナの眼前に映る。
「な…に…これ…」
火の粉と煙が飛び交い、瓦礫のクズだけが散らばっている。辺りは焦げた跡がついており、人の死体が無残に転がっている。
「そう…もう遅かったのね…」
「そんな顔しないでちょうだい。なにも悪いことだけじゃない。ツイズのお陰で、アスモデウスの気配は消えたもの…」
「それってつまり…!倒せたってことなの…!?」
「えぇ、そうね。彼が居なければあなたも、私も殺られていたかもしれない…だから、今は彼に敬意を払ってあげなさい」
そう安堵を覚えたところで、崩壊した街の奥で尚、続いている戦争の光景を見てエルヴィーナは思い出す。
「はっ…ねぇ……!ウナゼルクは来ていないの…!?」
ウンディーネは目を細める。
「ウナゼルクが…どうかしたのかしら?」
「さっき…アスモデウスがここに逃げてきてるって…!」
しかし、いくらウナゼルクとは言えども、ツイズとアスモデウスの全力の魔力の波長を喰らえばひとたまりもない。ましてや、逃げてくるほどのピンチな状況で、万が一当たっていたとしたら、それは最悪の結末となるかもしれない。
「残念だけど…今はまだ見てないわ…」
「それじゃあ…今から探しても…」
――ガサッ。
近くの草木から物音がする。その物音に二人の視線は固まる。
「――俺は…生きている…」
「ウナゼ――…はっ…!」
草木から出てきたのは、右腕を切断され、既に全身がボロボロなウナゼルクの姿がそこにあった。
ウナゼルクは息を荒く吐きながらゆっくりとエルヴィーナの元へと来たと思えばその場に倒れる。
「そん…な…ウンディーネ!早く治癒魔法を一緒に…!!」
「………」
しかし、ウンディーネは黙ったままウナゼルクを見続ける。
「ダメね…これはもう手遅れよ。いくら治療したって…傷が深すぎるし、魔族の攻撃よ…魔族と正反対の魔力の性質を持つ精霊やエルフじゃ、治せないし…ウナゼルク自身だって魔族だから…私達の治療法じゃ…」
「……っ…!なんでよ…ウナゼルクぅ…!!まだ…!私…伝えきれていないこといっぱいで…!約束だって…!!」
エルヴィーナはウナゼルクの倒れた身体を抱いて見つめ、涙がウナゼルクの頬へと落ちる。
「――エルヴィーナ…」
ウナゼルクがか細い声でエルヴィーナの頬に触れ、優しく涙を拭き取る。
「命をたくさん奪った俺には真っ当な未来なんだ…まさか時間遡行をしようだなんて思うな…どうせ遡ったって、命の因果は変えられないんだからな…だから…俺なんかにそんな目を向けないでくれよ…」
「……」
その時、エルヴィーナは本能的に悟った。ウナゼルクの命はそう永くはないと…エルヴィーナは覚悟を決め、最期に話しかけることにした。
「ねぇ…ウナゼルク」
――ポチャン。
エルヴィーナの、涙の雫が湖に落ちる。
その瞬間、湖は青く光出す。
「こっ…これは…!!」
湖の中に居たウンディーネは目を見開き、その湖の中を覗く。すると、湖の中は魔力の粒子で埋め尽くされていた。
「なんてことだ…こんな…一つの涙で…いや…まさかっ…!」
そして、ウンディーネは気付く。それが、エルヴィーナの魔力の全てなのだと。たった一つの涙などではない。これは、エルヴィーナの全てなのだ。
「まって…!エルヴィーナ……!そんなの許されないわ…!!ツイズの繋いだあなたを…!ウナゼルクが守ったあなたを…!無駄にするっていうの!」
そんなウンディーネの言葉も気にせず、エルヴィーナはウナゼルクに話しかける。
「ねぇ…ウナゼルク――」
「……」
「この湖は……綺麗――?」
「あぁ…綺麗さ、世界で一番……な」
そう言い、二人の魔力反応は途絶える。それがウンディーネには伝わった。
今のセレンには戦争の騒がしさも、国の悲惨も、全てが静かに感じる。
「あーあ…託されちゃった…さて…あとは…」
ウンディーネは国の奥に見える、禍々しい太陽と、おぞましい魔神の顔を持つ異形を見つめる。
「"ディアマテの完成"…これが、戦争の真の目的…さて、私も…参加しましょうか。この惨劇に…」




