あなたのために答えを
◇
――一週間後。
再び湖でウナゼルクとエルヴィーナは木の幹に腰を掛けて会話を交わしていた。
「なぁ…」
ウナゼルクは空をぼーっと眺めてエルヴィーナに聞く。
「珍しいね、ウナゼルクから質問?」
エルヴィーナはからかう様にしてウナゼルクに聞く。
「俺は気になっているのだ。この戦争に、意味はあるのか…」
そう言いウナゼルクはただ湖を見つめる。
青く輝いている湖が、どこか寂しさを物語っているかのように。
「そこに答えを導き出せるかは…ウナゼルク次第じゃないの?」
「これは…俺だけの答えにはならない…はず。だから俺は…俺だけで答えを探し求めることは出来ない」
そうして珍しく彼は表情を暗くする。戦争の意味に答えが出せない、この問いに答えなんて存在出来ない。
「……私は、答えが見つけられないのなら…そこに関わる必要は無いと思ってる。でも、逃げられない問いに、あなたは悩んでいる…それなら…さ…」
エルヴィーナは木の幹から腰を上げ、ウナゼルクの前に立とうとする。
「どうした」
――あぁ、なんでだろう…こんなに胸が熱くなるのは…氷のように冷たい彼から、熱を感じるのは、おかしなことかな?
「…チュ」
「…!」
彼女からの急な接吻に、ウナゼルクは呆気にとられる。その行動に気付いた頃には、もう止める気にもならずに、それを快く受け止める。
「私が…あなたの戦争に行くための理由になっちゃ…ダメかな…だから、絶対に死なないでね…生きて帰るのが…この戦争への答えだから…」
エルヴィーナの綺麗な瞳から涙が零れ落ちる。
その涙は、ウナゼルクには綺麗に映った。
「約束しよう。俺は絶対に死なない」
その視線は、真っ直ぐにエルヴィーナを捉える。
しかしだ。ウナゼルクは不思議でたまらない。エルヴィーナに対して心を許したことなど無かったのに、どうして今になってここまで彼女の言葉に、行動に惹かれるのだろうか。
「……やはり、俺とお前は同じだ」
そう言い、ウナゼルクは木の幹から立つ。
「戦争は明日らしい。必ず…生き残る。だから、エルヴィーナも死ぬな」
「うん…!」
エルヴィーナは強く頷く。ウナゼルクは少しだけ微笑み、彼女の表情を見つめてからその場を去る。
「――あらあら、青春ねぇ」
妖艶な雰囲気を出す声が、エルヴィーナの後ろから聞こえてくる。
「はっ!!」
「見てたわ〜。やっと思い伝えれてよかったじゃない」
エルヴィーナは顔を赤くし、ウンディーネの居る方へと振り返る。
「ち…違うから!!あっ…いや、違くはないけど…まだ、言葉では伝えきれてないから…!それに――」
少し寂しそうにエルヴィーナは再びウナゼルクの消えた森の奥を見つめる。
「あの人…鈍感だから、ちゃんと伝えないと分かんないでしょ…!」
ウンディーネはその言葉に目を丸くしてぷっと笑う。
「ふふふ、確かにそれもそうね。彼の無事を願いましょう」
「絶対に…絶対…伝えるんだから…!」
エルヴィーナはそう、心に固く誓った。
明日行われる戦争…もしかしたら明日終わるかもしれないし、一週間後、はたまた一年後に終わるかもしれない。だが、エルヴィーナは待つ。たった一人の魔族…いや、人間のために――。
――次の日。
「――これより!人間と魔族の全面戦争が行われる!!各国、警戒態勢を高め、異種族も国の被害を抑えるように動け!!」
魔法石を通してそんな会話が聞こえてくる。人間と魔族の雄叫びが、離れていても国のあちこちで聞こえてくる。
そんな中、エルヴィーナは自身の王宮にて外の様子を眺め、魔族と人間の侵入を防ぐように指示を出す。
「…もう少し東門の結界を強めて、それだと上級魔法で破壊される可能性があるわ」
「――はっはい!」
外の様子を眺めている…とは言っても、ウナゼルクの様子が、エルヴィーナはずっと気になってならない。国の門の外で殺し合っている魔族や人間をどうせ見えないと分かっていても、つい目で追ってしまう。
「はぁ…門をずっと閉めるのだって…不可能に近いって言うのに…」
結界はどれだけ強くても張っている限り、消耗される。結界が切れてしまえば、その国は間違いなく終わるだろう。
「なんて数…」
エルヴィーナは数千万と居るような魔族と人間の群れをじっと眺める。
「――手伝ってはいけませんよ、姫」
真面目そうな声が隣から聞こえる。その声はエルヴィーナに向けられたものだった。
「わ、分かってるわよ。ツイズ…」
ツイズ・カストロン。エルヴィーナの側近である男性のエルフだ。ネイビー色の髪をしており、オールバックに眼鏡をしていて、いかにも真面目と言った雰囲気だ。
「手伝ってしまえば、我々も関係者となる…つまり魔族達から狙われることになりますからね」
「でも…それって間違いなのかしら…」
エルヴィーナはつい口からそんな問いを零してしまう。
「あっ、いけないわよね…こんなこと言っちゃ…」
エルヴィーナは慌てて訂正する。しかし、ツイズは冷静に微笑む。
「いえ、あなた様の判断を、間違いだと判断するつもりはありません。しかし、それが戦場では必要でない…ということだけですよ」
「ありがと。今のところ、こっちの国に被害は無いわよね?」
「はい、今のところは確認されておりません。しかし、少し様子のおかしい場所がありまして…」
ツイズは眼鏡を上にずらし、高い王宮の上からいつもの湖の場所を指差す。
「あそこを見て頂ければ分かるかと思いますが…この国を囲う程の数の兵士達が居るというのに…湖の周りだけが、戦っている兵士の数が明らかに少ないのです」
「あ…」
エルヴィーナはとある人を思い出し、少し笑う。
「きっと、そこの守護様でも居るのでしょう」
「ふふ…なるほど、あなた様が言うのなら、本当に居るのかもしれませんね」
「えぇ、居るわよ――」
◇
「ふんっ!でりゃあ!はぁぁっ!!」
剣が肉を裂き、血を飛ばす。同胞が隣で殺られていく中、ウナゼルクはただ剣を振って、魔王サタンの元へひたすらに突き進んでいく。
「――君ぃ……まじにめちゃくちゃ強いんだねぇ〜…」
「……!」
ゾワッとするような、落ち着いたマイペースな声にウナゼルクは動きを止め、前をしっかりと見据える。
「俺はぁ…ロッド・ブランデッドぉ〜。君があまりにも強すぎるからぁ…俺が出る羽目になっちゃったよぉ…」
「…!どれだけ強かろうが…関係ない…!」
ウナゼルクは左目の眼帯を外し、死滅の魔眼をロッドに向ける。その場の生命を縛るかのような空気に、ロッドも思わず肩をすくめる。
「ん〜…流石に…って言ったところだねぇ〜」
ロッドはボサボサの黒髪を掻きながら右手に魔力を溜める。
「行くよぉ〜」
ロッドがそう言い放つ瞬間――。
「死ね!!」
死滅の魔眼が、ロッドの生命を殺すように、ロッドと、その周りの空気が刈り取られる。
数人の魔族がバタバタと倒れる。
「……」
「よし…このまま…!」
ウナゼルクが前に進もうとした時。
――ボシュッ。
「――ガハッ…!!」
魔力の爆ぜる音が、僅かに腹の横で響く。もう、確認した時には遅かった。
「うぅ…なん…で…」
右横腹が、完全に消えている。ありえない量の血が噴き出る。
まさかとウナゼルクが後ろを振り返ると、無傷のロッドが、右手から煙を立てて立ち尽くしていた。
「残念だけどさぁ…俺はぁ、とっくに生命捨ててんだぁ…」
「う…そ…だ…」
ウナゼルクがもがき苦しんでいる時に、ロッドは右手の人差し指に魔力を極限まで圧縮し、それを構える。見た目は小さいが、神級レベルの魔法と比較しても大差ないほどの圧を放っている。
「別にぃ…勝てれば被害はどうでもいいって言ってたしぃ…いいよねぇ…」
そうしてロッドは、ウナゼルクに向け、偶然か、狙ったか、エルフの国を巻き込むようにして魔力を発する。
「黒龍炎弾」
――ギュウウウウンッ!!
「がっ…!!」
大量のエネルギーが発散され、高音と共に莫大な力を持つ魔力の熱線が、ウナゼルクとエルフの国を貫く。
「…悪く…思わないでよ……はぁ…」
◇
「……あっ…」
エルヴィーナは木っ端微塵になった王宮の瓦礫の下に敷かれ、身動きが取れないでいた。
「エルヴィーナ様…!!」
魔力がエルヴィーナの上にあった瓦礫を包み、移動する。隣を見るとツイズが魔力で退かせてくれているようだった。
「不甲斐ないわね…よそ見をしていて反応に遅れるだなんて…」
エルヴィーナは半壊し、死体が転がるエルフの国を見てぽつりと呟く。
「い…え…しっかり見ていた私ですら、判断に遅れを取りました…しかし…どうしましょうか…」
半壊したエルフの国…そして辛うじて生き延び、逃げ回るエルフの民達。
「ひとまず…!どこでもいい…残ってる建物に…皆を…」
「――そいつは叶わねぇよ」
低く、その場を制するような声が、二人の動きを止める。
「あなたは…!」
ガタイが良く、大振りの斧を持っている大男が、二人の前に立つ。
「俺は魔族四大四天王のアスモデウス・ブラッドだ。どうにも、ここにウナゼルクって奴が逃げ込んだらしいんでな。居場所を吐かせてもらうぜ」
「ウナゼルクが…!!」
エルヴィーナは一瞬、ピンチになったウナゼルクの姿を想像してしまうが、すぐにアスモデウスを睨む。
「…ここから先へは通しません…!!必ず…!!」
「エルヴィーナ様を怒らせては、五体満足では帰れませんよ…」
エルヴィーナとツイズは魔力を発し、構える。
「そうか、じゃあ死ねや――」
想定されていなかった戦いが今、始まる――。
スキーです!
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