常識と答え
◇
千年前、これは終末戦争の起きる前の話――。
「――ねぇ」
甘い少女の声が聞こえる。それは隣にいる左目に眼帯を着けている青年に向けての声。
「……」
しかし、向けられた声に対して返ってくるのは剣が空気を斬る音だけだ。
「ねぇ、なんで無視するの?」
少女の声は再び隣の者に向けられる。
その青年は剣を振る手を止め、白銀色に揺れる髪と険しい顔を緑と黄色の髪を持つ少女に向ける。
「"また"同じ質問だからだ」
「どうしてそれが分かるの?」
「感覚だ…」
少女は顔を前の湖に向ける。綺麗な湖…誰が見てもそうだった。
「ねぇ、この湖は綺麗?」
しかし、そんな当たり前に思うであろう質問を、わざわざ少女は青年にするのだ。
「濁っていて、汚い」
「……変なの」
「あぁ、そうだ。俺は変だ。昔から俺は他の奴らとは"違う目"を持ってるからな」
「そうやってすぐに自分の目のせいにするじゃん…感覚とかないの?」
少女はぶすっとした顔をし、青年を見る。
「察するのは苦手だ」
「うん、見てれば分かるよ」
そして青年は思い出したかのように再び剣を振るい出す。少女はただひたすらその光景を眺めているだけだ。
「どうして、剣を振るの?」
また質問。青年は木の幹に座る少女に向かって答える。
「いつも言っている」
青年は冷たく答える。
「いや…考えが変わったかなって」
「変わらん。今度ある戦争に必要だから振っているのだ」
青年は依然としてこの態度を変えない。少女はいつも思うのだ。『なぜ、こんな男にずっと話しかけるのだろう?』と。
なぜ話しかけるんだろうと考えている内に、少女はその答えを探すようになっていた。
「そうなんだね」
「いつも言っているのに、なぜ初めて聞くような反応をする?」
青年はここで初めて少女に質問する。
それに少女は目を輝かせる。
「あーーっ!!」
大きい声に青年は肩をビクッと動かし、少女を見る。
「ねぇ!今、初めて質問してくれた!?嬉しい!」
「……話をすり替えるな」
「ごっごめん…ごめん…だって、私は気になるんだもん」
「答えが分かっているのにか?」
青年は少しだけ驚いたように反応する。そして少女はそれに頷く。
「私…常識と答えは同じだと思ってないから」
そう言い少女は木の幹から立ち、近くの木から葉っぱを三枚、むしり取る。
「これは何枚に見える?」
少女は青年に質問する。青年は数えるまでもなく答える。
「三枚だ」
「ふーん…じゃあ…これから一枚引いたら?」
「…?二枚だ」
青年は迷わずに答える。それに少女はふっふっふと笑う。
「ざんねーん!正解は…多分今は二百万くらいだよ!」
少女が元気に言うその姿に青年は顔を歪める。
「は…?」
「だってさ、私…葉っぱの数は聞いてないよ?葉っぱの…細胞を聞いてたの!」
「つまらん屁理屈だな」
「そんなこと言わないでよー!……でも、私が言いたいのはこういうこと。葉っぱは成長すると細胞の数が変わるの。だからあなたも、成長すればまた答えが変わるかなって…今の答えだけが普通で、常識じゃないって、私は思ってる」
その少女の言葉に、青年は少し興味を示す。
「それには同感だ。しかし、答えを決めるのは…その者自身だ。お前が決めるものでもあるまい」
青年は剣の先をじっと見つめ、サッと剣で空気を穿つ。
「あのさぁ…」
少女は明らかに不機嫌な顔つきをし、可愛い声でため息をつく。
「名前…分からないんでしょ?お前とか言うのやめてよ。どうして名前聞いてくれないの」
「聞く必要が無いと思ったからだ」
「ある!私はある!それが私の答え!」
少女は青年の前に立ち、胸に手を当てる。
「私は!このエルフの国の王女!エルヴィーナ・エルフ・マナノリスカ!!」
青年はその言葉に驚く。
「王女…?そうだったのか…知らなかった」
「そうよ。あなた、違う国から来たのよね?それなら仕方ないけど…これを踏まえて、今度から私を貴様とか言うのはやめてよね!」
「……ウナゼルク」
青年は呟くように、エルヴィーナの目を見て言う。
「ウナゼルク・ベルヘフッカ。魔族だ」
「魔族…?あー…」
エルヴィーナはウナゼルクの瞳を見つめる。
確かに、魔族特有の赤い黒みがかった目をしている。
「でも、ウナゼルクさん、その服って勇者の服よね?なんで?」
「昔、俺は親に平原に捨てられていたらしい。それを、賢者の者が拾い、賢者の元で育ち、今は勇者の元で剣を鍛えている…ちなみに姓はその賢者から貰ったものだ」
エルヴィーナは引いたような顔でウナゼルクを見る。
「な、なんか凄い人生ね…」
「そうだろうか…まぁ、常人からして見れば、中々に濃い人生ではあるだろうな」
「うん、凄すぎるよ…それより――」
エルヴィーナは少し気まずそうにウナゼルクの顔を見て喋る。
「同種を…殺すのに抵抗感とかは…無いの?」
ウナゼルクは淡々と答える。
「愚問だな…きさ…エルヴィーナは、やってはいけない過ちを犯した同族に対し、嫌悪感や憎しみを抱かないのか?」
「それは…まぁ、嫌だよ」
「そういうことだ。俺は、俺を捨てた同族に対し、憎しみを抱いているわけでは無いが、俺を捨てたということは、俺を同族として見てくれていなかったということだろう。それなら、俺は魔族だが人間としての道を歩むことにする」
「ふーん。ほんとに凄い…ウナゼルクさんの話は聞いてて飽きないや」
すると、湖の水面からポコポコと泡が浮き出てくる。
「――あら、また二人で仲良く話しているの?」
コバルトブルーの髪を持った女性が水面から笑みを浮かべて出てくる。
「あ!セレン!」
エルヴィーナはウンディーネに向かい手を振る。
「またって…この前も見ていたのか」
セレンは頷く。
「えぇ、見ていたわよ。とっても楽しそう!私も交ぜてほしいわ〜」
「うん!ウンディーネもこっちに来て話しましょう!」
「別に、話すことなどない…」
「まぁまぁ、そんな堅いこと言わないで…さっき言ってた戦争の話について聞かせてくれないかしら?」
ウンディーネのその言葉に、ウナゼルクはあからさまに顔を歪める。
「今度…魔族との戦争がある…それがどうしたと言う」
「そんな怖い顔しなくたっていいじゃない?ただ…その戦争に私も交ぜてほしいなって…」
「ダメだっ!!」
ウナゼルクは手を横に振って吠える。今までここまで感情を出してこなかったウナゼルクが急に感情を出してきたのだ。
「セレン…お前はここを守るんだ…」
「守る…って…一体…?」
ウナゼルクは表情を険しくし、地面に視線を落とす。
「今度の戦争は…歴代にあった戦争とは比べ物にならない規模なんだ…!きっと、ここの国まで巻き添えを喰らう羽目になる。だからここの湖を傷付けないようにお前はここに残れ…」
「そう…ね…そうするわ。無関係の精霊が勝手に事に手を出そうとしてごめんなさい…」
セレンは表情を暗くする。その場の空気が静まり返る。
「もー!勝手に話暗くしないでよ!ウナゼルクさんは、強いんだから…そんなに心配しなくてもそこまで被害出ないよ!」
エルヴィーナは、この空気を変えるかのように、明るい声でウナゼルクに話す。
「……俺は強いか?」
「強いよ!だって、ウナゼルクさんの左目って、生命を奪う"死滅の魔眼"なんでしょ?」
今は眼帯で隠されているウナゼルクの左目…それはありとあらゆる生命を、自分の意思だけで奪うことの出来る。戦争では最強。しかし、最悪の力だ。
「これは…強さと呼べるのだろうか…かつて制御出来ずに…様々な命を奪ったこの眼に…」
「それを決めるのは、ウナゼルクさんだと思うよ。私は、今の制御出来るウナゼルクさんなら、もう立派な力って言っていいと思うよ!!」
ウナゼルクは口角を少しだけふっと上げる。
「そう…だな。俺もそう思う…どうやら、俺とエルヴィーナは思う事が同じなようだな」
「えっ!!」
この時、ウンディーネは、『早く結婚まで行きなさいよもうじれったい!!!』――と、心の中で叫ぶのだった。
「そんなに、驚くことだったか…?」
「えぇ、いや?…それより、勝つといいね…勇者側」
「あぁ、そうだな。だからそのために、俺は戦う…俺達には太陽神アマテラスがついているから、大丈夫だろうがな」
「そうなのね…でも、向こうも神を使ってきたらどうするの?きっと、魔神かなにかが控えてるんじゃ…」
「そうかもな。だが、確定していない事実に怯えてたんじゃ、始まらない…戦争すると決まったからには、勝つために動くだけだ」
そう話している内に、空は夕日に染まっていく。
湖の水面も、橙色に染まっていく。
「エルヴィーナは帰らなくていいのか?エルフの王宮は少し門限が厳しいと聞いたぞ」
エルヴィーナは「うん」と頷き、街の方向へ体を向ける。
「そうだね…じゃあそろそろ帰るよ。二人とも!またね!」
「あぁ、またな」
「じゃあねぇ〜」
そう言ってから、エルヴィーナは森の奥へと姿を消す。二人はそれをゆっくりと見届ける。
「セレン」
ウナゼルクはセレンの名を静かに呼ぶ。
「どうしたのかしら?」
「…エルヴィーナも頼めないか」
セレンは頷く。
「いいわよ。まぁ、彼女も強いから大丈夫でしょうけどね」
「とはいえ…やはり、分かっていても嫌なものだな…"予感"というものは――」
ウナゼルクは、求めきれない答えに苦悩を浮かべながら夕日を背にその場を去るのだった――。
スキーです!
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