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名前を背負う屍


「ミロクは…ミロクは大丈夫なのか…?」


マルメードとクフゾは病院でミロクをしばらく預けることにし、待合室前の椅子で待機していた。クフゾもマルメードも、暗い表情で思い詰めるように下を向く。


「マルメード…一つ提案なんだが…」


クフゾは沈黙の中、口を開く。


「今回のオークションの任務…彼に託すのは辞めないか」


その言葉に強い怒りを覚えたマルメードは椅子から立ち、拳をクフゾの後ろの壁にめり込ませる。


「もう…無理なのだ…これは逃げるのが怖いわけでもなく、白マントに恐怖しているわけでもなく…彼に押し付けてしまった責任に…妾は怒っているのだ…」


「君の気持ちは分かるが…それなら尚更だろう?今回の任務は…彼に任せるべきではない…必要なのならば、魔王帝国からロッドやコクレクト共和国からクロスでも…」


「ロッドは…『面倒くさいからパスでぇ〜』って言うし…クロスは…『俺の国以外の問題はやらねぇ主義なんだよ』って言うから無理なのだ…あの二人は各国代表の付き人役ですらサボるのだぞ!?」


「……あ〜…うん…そうか…」


なんとも言えない空気が流れている中、ふとマルメードはミロクの居る待合室の扉を見る。


「信じておるぞ…」


そして待合室の扉の中、ミロクは布団の中にうずくまって震える。自分の体験した恐怖に…そして、あったかもしれない世界――。そんな状況にミロクは奥歯を震わせることしか出来なかった。


「俺は…何を…すればいい…?俺は…誰で…何をする者なんだ…?なぁ…教えてくれよ…姫野弥勒――」


なにも出来ない。今は…ただの俺としか認識出来ない。俺が誰なのか…

それはきっと"姫野弥勒"が教えてくれるはずだ。そう今のミロクは考えている。


「クフゾに…もう一回頼めば…聞けるのか…?そうだ…!アイツなら…!きっと俺のことも…!」


「――それは賢い選択とは取れないわね…」


「は…?」


ミロクは隣の患者のベッドに目をやると同時にそのベッドを隠すカーテンが開かれる。


「おまっ…」


そう、顔こそ身体を乗っ取っているから違うが橙色になびくその髪は女神だった。

その女神の目はミロクを軽蔑するような視線で睨んでいる。


「お前…なんて言ったんだ…!」


「だから、それは賢い選択とは言えない…そう言ったのよ」


「それは…!なんでだ…」


「短い間しか言えないから簡単に言うと…今のあなたが…姫野弥勒に依存する必要がない…そうとしか言えないわね」


「なんでだよ…俺は…だって…姫野弥勒から…言われたんだよ…姫野弥勒としてなれるようになったらまた来いって…」


それに女神はやれやれと言った表情を浮かべる。

その表情は優しそうな表情とも取れるような…また厳しそうな表情とも取れるような表情だった。


「それじゃあ…あなたは姫野弥勒になれた…そう思ってるの?」


ミロクはその言葉に少し狼狽える。

実際のところ、ミロクは自分がどう弥勒になればいいかなんてことは何も分からないし、分かろうとしたところでどうなるかなんて知るわけがなかった。


「いや…別に…でも、ヒントくらい…貰えないかなって…」


「はぁ…あなたは姫野弥勒じゃないわ」


その言葉にミロクは本来あったかもしれない自分に言われた時の光景がフラッシュバックし、目を閉じる。


「そんなこと今更言われなくたって…!分かってんだよ!そこからの答えが出せねぇっつてんだよ!!」


「そう、その答えでいいじゃない。あなたは姫野弥勒を捨てたわけじゃない。姫野弥勒を意志を継ぐ者…そうして生まれたのがあなた…"ミロク・プリンス"じゃないのかしら?」


「え…」


「だって、人はいつだって変わる生き物なのよ。姫野弥勒が姫野弥勒じゃなくなったっていいじゃない。それが、姫野の選んだ、新しい道…違うかしら?」


「なんで…お前…いつも俺のことを馬鹿にして…」


「別に馬鹿にしてたわけじゃないわよ…やり方が気に食わなかっただけで…まぁ、ただ…あなたのやり方を否定したかったわけでもなかったのよ。あれはただの助言だから、それに従うかどうかはあなたが決めなさい」


「お前の発言は中々に信じれれねぇな…」


「あら、もうツッコむ余裕が出来たの?」


「あっ」とミロクは今の自分を認識する。その瞬間、口角が少し上がる。


「ふふ…それじゃあ、行ってきなさい。ミロク・プリンス…視てるわよ――」


女神はそれだけ言い残し、乗っ取っていた身体をベッドに眠らせる。


「待ってろよ…姫野弥勒…お前は…!俺じゃねぇ…俺の答えは――」



「ミロク…彼の回復を待つぐらいなら…もうオークションを後回しにするって手も――」


――ガラガラガラ。

クフゾがマルメードに提案を出していたところ、マルメードの部屋の前の扉が開く。


「えっ!?」


「クフゾ。もう一度試練を受けさせてくれ」


さっきまで精神を崩壊させていた男がいきなりいつもの雰囲気で頼み事をしてくる。

当たり前だがクフゾやマルメードは困惑の表情を浮かべる。


「ちょちょ…待ってよ…!全然時間が経ってないのに…」


「そうだ。もう少し休んでおくがよいぞ」


クフゾやマルメードは心配な顔をして俺の顔を見る。

確かにさっきまでの自分はハッキリ言うとクソダサたった…とはいえ、もう大丈夫なもんは大丈夫だ。


「心配ない。あれは一時的なものだったんだよ」


そうは言っても、信じないだろう。

二人の顔はまだ疑念のある眼差しで俺を見つめる。


「そ、そんなに信じられないか…」


「いや、お主程の逸材となれば信じない…というわけでもないが…あまりに唐突すぎるので怖いぞ」


「まぁ…それは僕も同意見だな…それよりも君宛てに一通の手紙が来ているよ。君の魔力を検知して誰かの飼い鳥が持ってきてくれた」


「手紙…?」


俺はクフゾから受け取り、封を開けて中身を見る。


「あっ…ミナノ…か」


その手紙の主の名前は「ミナノ・カーシャ」だ。

俺が一週間の休暇をあげてから連絡が無かったのだ。


「魔法通信機を使えばいいものを…なぜ手紙で…」


「もしかしたら…深い理由でもあるかもしれぬのぉ」


「確かにそうだな…」


そう思うと少し緊張してくる。

恐る恐る俺は手紙の内容を読む。


『ミロク様。休暇をくれてありがとうございます。私と姉は今、実家でゆっくりと過ごしています。さて、私が伝えたいのはこんなことではなく…ミロク様がエルフの国の調査へ行ったすぐに、国の一部区域で通信用魔力が不正に乗っ取られるという事案が起きておりまして、それも…カミスに聞いて調査してもらったところ、そこは白マントの集団が行動していた場所であることが判明致しました。もしかしたら魔法通信機では会話が聞かれる可能性があると思い、今回は手紙で内容を送らせて頂きました。そして、ミロク様が行ってから三日目にオークションについて国の首脳同士の会話があるそうで…ネオミシスカ代表でカミスと、レヴィアの付き添いでサラムが来ることが決定していますので、その二人から詳しい話は聞いてください。それでは健闘をお祈りします』

そんな内容が手紙には(つづ)られていた。


「マル…俺は何日あの様子だった…」


「ん…来た日を合わせて二日だな。どうかしたか?」


「――明日、会議があるんだってな」


その言葉にマルメードは目を細める。


「その手紙の持ち主から聞いたか?」


「まぁ…そんなとこだ。そこでなんだが…」


俺は真っ直ぐにマルメードを見つめる。


「警備を厳重にしろ」


「なぜだ…」


「白マントが…来る…!」


その言葉にマルメードとクフゾは目を大きく見開く。

おおよそ信じられないと言った表情だ。


「ほう…それは誠か…?」


「あぁ、ここ最近、色んな区域で通信用魔力が乗っ取られる事案が発生してるみたいなんだ…!それが起きた始めたのが俺がここに来た日…だからそこから三日もあれば、ここが安全地帯じゃなくなるのも時間の問題だ…!」


「会議には強者が集まると分かっていよう…?そこまで気にするものか」


「あいつらは何処から入手したかも分からない魔法具を使いやがる…だから油断は大敵…それに、十四の時に習ったが…会議中は決められた時刻になるまでは絶対に扉が開かなくなるそうじゃねぇか…だから会議中に狙われでもしたら手の施しようが無くなるぞ…!」


「そこに関しては僕に任せてほしい…外から扉にかけられた魔法陣を解錠するよ」


クフゾが声を上げる。


「全知全能なら…いけんのか…?」


「ふふ…任せてくれたまえよ…それと…"不完全"全知全能ね…」


よく分からない謙遜をするが、とにもかくにもクフゾの協力を得られるのはデカい。


「さぁ…時間がねぇ…マル、クフゾ…!頼んだ…」


俺の視線に二人は顔を見合わせ頷く。


「あぁ、分かったよ。任せておくれ」


「えぇい…もうどうにでもなるがよい…!さっ…空間を開く…!さっさと終わらせるぞ…」


マルメードはそう言い空間を切り開く。そしてその中をクフゾの創造した空間へと接続する。


「さぁ…決着つけてくるとしようか…!!」

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