戦の夜空
――次の日の夜。
ネオミシスカの空は黒く沈み、瓦礫の影が長く伸びている。 静かすぎる。 まるで、この街そのものが息を潜めているみたいだ。
「……」
俺は廊下を歩く。
医療施設の中。薬品の匂いや、かすかな血の臭いが混ざっている。
やがて歩みを止め、一つの扉が視界に止まる。
「……」
ノックはせず、そのまま開ける。
中には――レフィアがいた。
「わっ!?……あ…ミロク様でしたか」
レフィアはベッドの上。 まだ完全には動けないが、上半身は起こしている。
「無理はするなよ」
「誰のせいだと思ってるのですの…」
即答だった。
「……悪かったな。俺も油断してた」
口から出た言葉に、自分でも少しだけ違和感を覚える。
「……へぇ」
レフィアが目を細める。
「ミロク様が謝るなんて珍しいこともあるのですね」
「気分だ」
「そう…」
「ミナノは?」
「変わらない…戦闘に復帰してくれれば助かるのだがな」
レフィアの視線が少しだけ落ちる。
「……そう」
「次、どうするの?」
「決まってる」
俺は壁にもたれる。
「三日後――叩く」
「随分と悠長ですね…」
「準備が要るんだ」
「向こうもでしょ?」
「だろうな」
だからこそ…
「その前に終わらせる」
「……え?」
レフィアが顔を上げる。
「どういう意味です?」
「予定より前に仕掛ける」
単純な話だ。
「待つ理由が無いのでな」
「ちょ…ちょっと待ってください?三日後に仕掛けるのですよね…?」
「あぁ、まぁ下準備と言ったところか…俺は自分の力で支配出来ればなんでもいいんだ。その自分の力にはどんな手段も問わない…」
「罠を仕掛ける…みたいなことです?」
「そういうことだ」
「無茶ですよ」
「分かっている」
「なら――」
「そこも含め分かってる。だがそれでもやる」
言い切る。
レフィアはしばらく俺を見ていた。
「……あなた、本当に」
「何だ」
「壊れていますわね…」
「褒め言葉か?」
「どうかしら」
少しだけ、笑った。
「でも――」
その目が、真っ直ぐになる。
「嫌いじゃないわ。だからこそ着いていくことを約束したわけだしね…ちゃんと私を満足させて、ディアマテ解放教を潰しなさいよ。これは私の責任と覚悟でもあるんだから…」
「そうだな。出来ればそうする」
ほんの少しだけ、空気が軽くなった気がした。
席を立ち、部屋を出る。
そのまま外へ出た。
夜風が、少しだけ冷たい。
「……」
空を見上げる。
静かだ。
静かすぎる。
だからこそ分かる。
「来るのか…?」
嫌な予感じゃない。確信だ。
「随分と無茶を言いますねぇ」
背後から声がする。
振り返らなくても分かる。
「カミスか」
「えぇ」
カミスは隣に並ぶ。
「前倒しで攻める、ですか」
「お前の好きそうなことではあるが…嫌か?」
「いえ、合理的ではあります」
カミスは笑う。
「ですが――勝算は?」
「作る」
「へぇ〜…具体的には?」
「お前が考えろ」
「はは、それはまた」
軽く肩をすくめる。
「まぁ、案はありますよ」
「言ってみろ」
「カリスイノの魔法」
「あぁ…俺は喰らったことが無いんだが…」
「あれは“認識”が鍵です」
カミスは指を立てる。
「ならば逆に――認識を“固定”すればいい」
「……どうやってだ?」
「単純ですよ」
カミスは楽しそうに笑う。
「情報量で押し潰す」
「つまり?」
「同時多発的な攻撃、広範囲制圧、視界と感覚の飽和」
「認識する前に、処理を破綻させる」
「……なるほどな」
雑だが、理にかなってる。
「それと」
カミスは続ける。
「ミリアさんですが」
「あぁ……」
「彼女、完全には壊れていません」
「根拠は?話を聞く限りだと結局ミナノが行っても振り返らなかったんじゃ…?」
「そうですね…ですが妹の存在を認識していたこと。これはかなり大きいことなんじゃないかと思います」
「……」
「つまり――」
「隙がある。ということであってるか?」
「えぇ」
カミスは頷く。
「そこを突ければ、拘束は可能かと」
「殺さずに、か」
「難しいですか?」
「そんなわけ。ただミナノがどう思うか…」
「同感です」
少しの沈黙。
「……お前はどうする」
「何がです?」
「俺が、あいつを殺すって言ったら」
カミスは少しだけ考える。
そして。
「別にどうもしませんよ」
即答だった。
「……そうか」
「そもそも――」
カミスは笑う。
「私がどうこうする前に、あなたが止まる可能性の方が高そうですがね」
「……」
「二人共――」
エクスが後ろから歩いてくる。
「おやおや…勇者さん…どうしました?」
「僕は今回の騒動には参加出来ないことになった」
「ん?なぜだ」
「とある国の姫様の護衛任務を任されることになったんだ。それで明日の朝までには着いておかないといけない…代わりに僕の部下を送る。それでなんとかしてくれ」
「ま…まじですか…」
「安心しろ。あと五時間ほどで着くらしい。あいつらもすぐには来ないだろう」
「いや――それはどうかな」
その時。
「――っ!」
空気が、変わった。
重く圧がかかる。
「……来たか」
「なっ…まさかもう来たってのか!」
遠く。
ネオミシスカの外縁。
光が、揺れた。
「予定より早いですねぇ」
「準備が予定よりも速く終わったらしいな」
俺は一歩前に出る。
「望むところだ」
その瞬間。
――ズンッ。
地面が揺れる。
空気が裂ける。
そして。
“それ”は現れた。
遠くの空。
歪んだ光の中から、複数の影が降り立つ。
「……はは」
思わず笑う。
「見ろ。全員で来たようだぞ」
ディアマテ解放教。
その主力が――集結していた。
「な…なんですって!?そんな…予定外な…」
「うーん…これは僕も簡単には通してくれなさそうだ…」
血が騒ぐ。
痛みも、疲労も、全部どうでもよくなる。
「――戦争だ」
呟く。
静かだった夜が、終わる。
嵐が、始まる。
ネオミシスカ最終決戦。
その火蓋が――今、切って落とされた。




