従う奴と従わせる奴
「嘘の匂い…とは。具体的にどのようなことで?」
俺は高い椅子から見下げてくるレヴィアの赤い目を睨む。そしてレヴィアもまた俺を睨み返す。
「その目つき…とても魔王様を見るような目とは思えないわね…それに、あなたは妙に"なにか"を探っているような仕草を取っている気がするの…」
「魔王の前では嘘は通じない」。小さい頃に言われてた気がする、まさか本当だとはな。
「ご無礼な態度…失礼しました。私がなにかを探っていると…なぜそう思ったのですか?」
俺はバレないように平然を取り繕う。
最悪、どこかの壁に穴でも空けて逃げるか…薄い壁でもあればいいのだが…
「周りを見過ぎて目がグルグル回ってるわよ?そんなに物珍しいものがあるわけでも無いと思うのだけれど…」
しまった…目線か。流石、魔王と言ったところだ。
「すみません。レヴィア様に会えると考えると、つい緊張してしまいまして…癖のようなものでございますよ」
俺は咄嗟の言い訳を考えて言い放つ。
その言い訳に魔王はまだ疑いの目を向ける。思わずその視線に心臓が止まりそうになるが、こんなところで俺の野望が終わってたまるかという信念でなんとか持ちこたえる。
「それじゃあ…信用出来んな。我に対して絶対的な服従を誓うために覚悟を示してみろ」
魔王は黒銀色の髪をイジりながら俺を睨む。
また服従させられる…
だが、ここでやめてしまえばきっと、もうこの世界を支配することは出来なくなってしまうだろう。
――そんなことになるくらいなら。
「はっ…!!」
俺は自らの心臓に氷の剣を作り出し、それを突き刺そうとする。その行動にレヴィアは目を見開く。
「えっ!?ちょ…」
レヴィアは自身の血を操作し、俺の手を拘束する。氷の剣は既に皮膚を掠め、俺の体からは少しだけ血が出ていた。
「まさか本気にするとは思わなかった…あなたの覚悟…相当なものね…分かったわ。信用してあげる…」
ちょっと危なかった。これが失敗してたら死んでるところだった…
「これからよろしく頼むぞ?サナ」
にしても、レヴィアは俺がここまですると思ってなかったのだろう。少し焦り気味に俺を魔王軍へと引き入れてくれた。随分と容易いものだ。心の弱みというものは、俺が誰よりも知っている。支配する奴と支配される奴はお互いに心を掴み合っているものだ。
「ありがたき御言葉…ありがとうございます」
俺はそう言い、踵を返す。
後ろでは魔王の威厳がまだ異彩を放っていた。
だが、なんだろう。
どうにも、俺は奴を魔王とは思えない。
階段を降り、サラムへと会いに行く。その道中で魔族達はレヴィアに挨拶に行った俺を尊敬するかのような目で見ていた。
「新人お前すげぇな…レヴィア様に挨拶しに行ってタダで帰れる奴は少ないからな」
「あはは…まぁちょっと覚悟を示すために少し怪我したけどね。危うく死にかけたし…」
冗談めかして言うと、その魔族も笑う。
「ははは!まぁ、ここに来たからにゃそんな簡単には休めねぇからな…テキパキ働けよ!」
そう言い、その魔族は俺から遠ざかる。
そして俺も再びサラムの居る方へと戻る。
「サラム。挨拶に行ったわ」
俺はサラムにレヴィアと会ったことを報告する。
紫髪の少年は振り向いてホッとしたような表情を浮かべる。
「ん、よかったな。適正無いやつだとワンチャン殺されてるぜ」
魔王軍はもっと殺伐としている所だと思っていたが、どうにもそういうわけではないようだ。
「あなた…優しいのですね。私はもっと…過酷な環境を生きてきてたので」
「人間とはちげぇよ。人間は…嘘ばかりで過酷な環境なんだ」
この時、サラムは後ろを向いていたが、俺には分かる。
――魔族達も、なにかを抱えているのだと。
「そうですね…人間は…つまらないですよ」
俺がそう言うとサラムは「プッ」と言い吹き出して少し笑う。
「やっぱ、嘘つきだ…"人間って"」
「んな…」
サラムは俺に近づいてきてサラムの腰に下げている剣を俺の首元に一瞬で近付ける。あまりの速さに風が巻き起こる。
「俺はな、心が読めるんだ。お前人間だろ」
やべっ、バレた。
「へぇ…分かっちゃうんだぁ?」
サラムは俺の目を見てニヤリと笑う。
しかしすぐにサラムは自身の身を引く。
「言っとくが俺は手加減出来ねぇぞ…」
サラムは腰に下げている剣に手を伸ばす。
「上等よ」
俺は氷の魔力を身に纏い、辺りに氷を生成する。
幸いサラムの居た場所は他の魔族が居ないから一瞬で決着をつければ証拠を残さず殺せるだろう。
「【アイザード】!」
氷の礫を氷の風に乗せてサラムに飛ばす。
氷の風はサラムにものすごい勢いで降り注ぐも、サラムはびくともしない。
「ふんっ!」
サラムは剣を一振りするだけで氷の風を吹き飛ばす。
「なっ…」
「終わりだ!くそ人間!!」
サラムが剣を俺の喉に突き刺す。
しかし――、
「んなっ…」
サラムの突き刺したのは…氷の姿で創られたサナ。
甘い。しかし、このサラムとか言う奴の剣技は確かなものではある…
「【グレイシャスノー】!!」
氷の上級魔法。俺が使えば都市を全て凍り尽くせるだけのものだ。サラムは間違いなく終わった。
そう思った時――、
「あ…!?あ〜!!!待て待て…!」
サラムは剣を鞘に納める。それと同時に殺意も消える。
「なによ」
「いや…さ、お前の心を見た限り、どうやら悪いことをしてぇ訳でもねぇみてぇだな。勇者と魔王…全てを束ねる…ての興味ある」
「悪いことだとは…思わないの?」
「別にな…じゃあ俺があんたの仲間第一号になってやる。あ〜いや、あんたの考えからして…下僕ってとこかい?」
サラムは相変わらずニヤニヤして言ってくる。
コイツが何を言っているのか、俺には最初分からなかった。
自ら下僕になりたい奴が居るのか?と。
「なんでよ…?下僕ってどういう立場か分かって言ってるの?そもそもなんで興味無いのに入ろうとしてんのよ」
「アハハ。俺、誰かの命令無しにじゃあ動けないからさ。誰かの下について勇者軍を倒すために魔王軍に入ったんだけど……俺が魔王軍に入って、勇者軍を潰すと言ってから…何年経ったか…なら、あんたと手を組んだほうがマシだよ」
こんな考え方のやつ、初めて見た。今の俺にはコイツの気持ちが全く分からない…がしかし…戦力になるのも事実ではある。
「っ…裏切ることになるんだぞ…仲間を…なんで…それでいいのか…」
俺はサナの変身を解いてカルノの格好へとなる。
仲間を裏切ることへの意味と、俺の下僕になる意味。どっちもわけが分からない。
「下僕を集めようとしてるくせに裏切るなってなんかわけわかんねぇな…」
裏切られた仲間はどう思うのか、裏切った側はどういう気持ちなのか。今思えば、和真達も俺をどういう目で見てたのか。
俺は悔しさと憎しみで拳を握る。
「俺も、あんたと同じで昔はイジメを受けてたのさ。剣を振るうことしか考えられなくて、剣バカとか言われて剣を隠されたこともあったっけか…」
「そうなのか…」
「まぁ、今ではそいつら負け組なんだけどさぁ」
サラムは興味を示す目で俺の顔の前に顔を近付ける。
「あんたが、服従して何をしたいのか…教えてくれよ」
「…っ!」
俺は一呼吸置いて答える。
「俺は、全ての種族を服従させるために、自らの正義と悪を執行し、絶対の王の象徴となる。全ての種族を服従させたら、そいつらを俺の正しいと思える奴らにさせる」
「やっぱ、おもしれーな。人間ってのは…」
サラムは俺の前で膝を付き、顔を下げる。
「んじゃ、よろしくな。えーと…なんて呼べばいいんだ?」
サラムは少し困った表情を浮かべる。
そういえば…新しい姿を作ってるんだった。
「俺は…世界を裏で操る者、ミロク・プリンス!正義と悪の執行者だ!」
俺の姿はまた変わる。
赤ワイン色の髪に、橙色の目を持たせる。
そして、黒い服に金色の装飾が付いた服…
「そして王の前では常に敬語を使え、サラム」
俺はサラムを仲間とは別のものを見るような目で見つめる。
「ハハッ…よろしくお願いしますよ!!ミロク様!」
俺とサラムは風を切って、二つの影が魔王城を越え、夜の街の空を駆け抜けた。
従う奴と従わせる奴。
本当に強いのは、どちらなのか――。




