1、ギオ=クラルテ 6
戦闘の幕切れは、あまりにも呆気なく訪れた。
『カナリア』に右腕を吹き飛ばされた後、〝黒影鬼〟に妨害電波を出していたアンテナ部分を壊された機体が、残っていた二,三機を放ってさっさと撤退してしまったからだ。
全員が全員とも言葉を失い、いち早く我に返ったギオとクリスマスはその機体を追いかけようとしたが、クリアに聞こえたエディの声で諌められた。
深追いはするな。
そんな命令を、クリスマスは不満を直接口に出しつつ、ギオは心に留めながら従った。しかし、その直後に叱責を受けたのはクリスマスではなくギオの方だった。
命令無視の理由。状況説明。
尋問のように問い質され、威圧されながらもどうにか説明した。やや舌足らずの説明だったが、大体のことは理解したらしく、エディはすぐに帰還命令を出した。ギオ達は、動かなくなった新機体の回収を買ってでた〝黒影鬼〟を残して基地に戻った。
不完全燃焼ともいえる形で終わった戦闘。しかし、高鳴り始めた鼓動は、〝白姫〟から下りた今でもうるさく響いていた。
(耳の後ろに心臓があるみたいだ……)
馬鹿なことを考えつつ、被っていた青いフルフェイスを外して左脇に抱える。
どくんどくんと。本当に心臓が耳の後ろに移動したのかと思うくらい、落ち着くことを知らない鼓動。喧しくてたまらないが、生憎とそれを鎮める術をギオは持っていない。
落ち着け心臓。静まれ鼓動。
そう言い聞かせるようにして、奥歯をきつく噛む。平然を装い、この高揚感を周囲に気取られないよう努めるが、既にシスターからは怪しむような目で見られていた。
(見るなよ)
不躾ともいえるほどあからさまな視線。思わず、やつあたりじみたことを思う。
「ギーオーっ」
「へーい」
周りを憚らないクリスマスの呼び声に対し、これ幸いとばかりに返事をする。意図的に彼女の視線を外へと追いやるが、特に追及はされなかった。
不謹慎な安堵を抱いてしまい、良心が罪悪感に浅く小さく、それでも確かに抉られた。
「罰則は免除だってな」
「大活躍したパイロット様は違うねえ」
「うるさい」
ギオと同じく青のパイロットスーツを着た同僚とクリスマスのからかうような台詞に、むっつりした顔で言い返す。
悪意のない、じゃれあうためだけの些細な言葉だ。彼らは本気で言ってなどいないし、ギオもまた、本気で気分を害してなどいない。
本当の悪意は陰で、なおかつ聞こえるようにして囁かれる。反論したくとも距離は遠く、ギオはいつだって歯痒く忌々しい思いを味わうのだ。
だからこそ、こういう言葉は逆に嬉しい。
「でも、免れたのは減俸だけだろうなーきっと」
「延髄切りかヘッドロックか、どっちにしたってジングウ中尉の制裁は覚悟しとけよー」
「随分楽しそうだなお前ら。人の不幸がそんなに面白いのかコラ」
「ああ面白いとも」
「ミシェルがお前に技かけんの、滅多に見れないしな!」
悪びれもなく言われ、さすがに頬が引き攣る。
喧しかった鼓動はいい感じに落ち着いてきた。
しかし、
「にしても、さっきの大使サマは凄かったなー」
唐突にその話題が振られ、一瞬だが体が強張った。
「そらそうだろ。リビングデッド・ラヴァーのノエル大佐なんだから」
「けどよー」
笑声混じりでかわされる会話。
他意の存在しない何気ないそれらが、却って図星や確信を突く。
大丈夫だろうか。
ちゃんと普段通りに見えているだろうか。
不自然な顔はしていないだろうか。
交錯する心の声。二人とも会話に夢中で、気づかれていないのがなによりの幸運だった。
(……ん?)
不意に感じた一つの視線。気づかれないよう慎重に視線のみを動かせば、見慣れた少女の青い双眸が窺うようにこちらを見ているのがわかる。
(見るな)
祈るように、苛立ったように。気遣う瞳から解放されたいと願う。
どうしてこんなにも、他人の優しさが癪に障るときがあるのか。理解できずに歯噛み、彼女を見ないように無理やり視線を間近の二人に傾けた。
目が合ったときのことを思うと、薄ら寒い。きっと自分の紅い目は、それだけで人を射殺せてしまうほどの怒気と殺意を孕んでいるのだろう。
――――中央第一ゲート、開門します。
――――総員は速やかに待避してください。
「お、噂をすればなんとやら」
響いたアナウンスに、クリスマスがおどけた声を零す。
フルフェイスを抱えていない方の脇腹をもう一人の同僚に小突かれて、そこでようやく先刻のできごとが脳内でリピートされた。
場は混乱し、来客者はしばらく外で待ちぼうけを食らった。それでも、ギオがその来客者と協力して戦ったことは変わらない。変わるわけがない。
望む望まないに関わらず、周囲は自分と来客者を引き合わせようとするだろう。
「…っ」
喉を鳴らし、息を飲む。
否応なしに高鳴る鼓動が酷く煩わしく。
だが、待ち侘びていたのも事実。
そう、ずっと待ち侘びていた。
自分が駆る白き姫の片割れを見ること。それを駆る者と出会うこと。
「……」
無意識に湿布が貼られた頬へと伸びる、厚手の手袋をはめた右手。
なんの他意もない行動なのに、それはなぜか頭の片隅で鮮やかに残った。
――――中央第一ゲート、開門。
響き渡った短いアナウンス。
それと共に開いていく、巨大な鋼鉄のゲート。
レールに乗った紫紺の鬼は、鈍く重たい音を響かせて来訪者用のボックスに収まった。
後ろ向きの機体が足場ごと回転して、前向きになった。
がちゃ
ハッチが開き、そこから一本のロープが垂らされる。
しゅるしゅると。乾いた音を立てて下りてくるのは、十字架や鎖の紋様が刻み込まれたローズグレイの礼服に身を包み、左手にだけ白い手袋をはめた一人の少女だった。
肩まで伸びた白髪と、血のような深紅の瞳。
そして、瞼の下にくっきりと浮かぶ隈。
一つだけでも珍しい色を同時に有している少女は、大使という肩書きに不釣り合いな幼さと際立つ濃い隈も相俟って、場に小規模の喧騒をもたらした。
たんっ
少女のブーツがリノリウムの床とぶつかって、やけに反響する音を出す。
話し声はピタリと止まり、静寂が訪れた。
「……〝白姫〟のパイロットは誰?」
一瞬で張りつめた静寂を打ち破る、凛としたアルト。
それで我に返ったクリスマスは、隣にいたギオを黙って前へと押しやった。
いきなり押され、つんのめることさえできなかったギオは数歩歩いて足を止める。わずかな変化だが、周囲に注意を向けていた少女にはそれで十分だった。
このとき、クリスマスは気づかなかった。
ギオの両目が驚愕で見開き、双肩が小刻みに震えていたことに。
「どうも」
足音を鳴らして歩み寄ってきた少女は、そういいながらにこりと微笑む。
清廉。
そんな表現の似合う笑みを浮かべたまま、伸ばされた右手。
「Ω‐12〝黒影鬼〟パイロット、『大使団』のマリオ=R=ノエルです」
それでもギオは、
「どうぞよろしく」
自分に向けられた好意を、
「えっと…名前は」
ばしんっ
全力で叩き落とした。




