1、ギオ=クラルテ 5
起動時以外の〝白姫〟のコックピットは、一見すると鏡張りに見える。
壁のほとんどがスクリーンに埋め尽くされて、外の景色を映していないときは黒色の物質で作られた鏡のように見えるからだ。
ちっちゃなミラーハウスみたいだな。
スクリーンに自分の顔が映るたび、ギオはよくその言葉を思い出す。
それを言ったのは、他の『DEM』が見たいという自分勝手極まりない理由で無理やりコックピットに入ってきたエディ=フォスターだ。
ミラーハウス。
言い得て妙だと思い、同時に的外れな例えだとも感じた。
鏡は合っている。だが、家というのはどうにもしっくりこなかった。
(なんでだろうな……)
ぼんやりと思い、すぐに頭を振ってその思考を遠くに追いやる。
余計なことを考えるな。
目の前のことにだけ集中しろ。
そう自分に言い聞かせて、ギオは発進準備の操作を再開した。
ボタンを押し、スイッチを順に上げ、レバーを手前に引き寄せる。
薄暗いコックピットの中を淡い光が照らしていけば、スクリーンが徐々に外の景色を移し始め。連動するように、モニターやその付近が小さな明かりを放ち始め。ノイズばかりが聞こえる無線からは、聞き慣れた操作者の声が二つ聞こえてきた。
[システムオールオンライン。コネクト良好、プログラム異常なし]
[右辺第一ゲート開門。『DEM』Ω‐01〝白姫〟、ボックスからの移動開始]
ガタンと一瞬大きく揺れ、眼前のスクリーンに映る景色が横にゆっくり流れだす。
距離的には数mにも満たないためか、小刻みで伝わってくる振動はすぐにやみ、流れていた景色も止まる。左方を見やれば、鋼鉄のゲートが閉じていくのがわかった。
周囲は厚い鋼鉄の壁。一条の光すら射さない。
完璧すぎる暗闇の中では、淡いはずのコックピット内の光すら強いものに感じられた。
[右辺第一ゲート閉門。大気調節及び重力調整が完了次第、右辺第二ゲート開門]
事務的で、けれど人工音声とは明らかに違う声がそう言い、
[大気調節及び重力調整完了。右辺第二ゲート開門します]
正面にあるゲートが音を立てずに開いていく。
広がっていく真空の闇。
遠くの方で、現れては散る戦闘の閃光。
異常だと指摘されるくらい優れたギオの視力は、常人なら闇と閃光しかわからない空間に味方の不利を見た。
コンボイ〝スナイパー〟と呼ばれるリビングデッドを駆るクリスマスが他の機体を引き連れて先陣を切ったが、見たこともない新機体が二十機ではさすがに分が悪いのだろう。撃墜こそはされていないものの、苦戦しているのはわかった。
(……あれか)
わずかに目を細めて闇を凝視し、飛び交う新型機体のうちの一機に焦点を合わせる。
外見とカラーは周囲の機体と変わらない。だが、対広範囲用長銃を唯一装備しているその機体が他の機体と明らかに異なっていることは一目でわかった。
眼光に宿る鋭さが増した。
[右辺第二ゲート開門。ギオ=クラルテ大尉、どうぞ!]
モニター付近の無線と、フルフェイスに内臓されているスピーカーから響いた声。
操縦桿をきつく握りしめた。
「《デウスエクスマキナ》Ω‐01〝白姫〟、発進する!」
声を荒げ、握った操縦桿を前へと倒す。
全ての固定具を外された全長数十メートルの巨人は、火花を散らしてレールの上を滑る。そして、数秒も経たないうちに真空の闇へと飛び出していき、それと同時に背中と足裏に取りつけられたエンジンが火を噴いた。
流星の如き速度で一気にゲートから離れていく〝白姫〟。
不意打ちを意図した発進だったので、誰かがその姿に気づく様子はない。
(好都合だ)
そう思いながら操縦桿を動かし、『カナリア』を構えさせる。すると、白い丸枠がモニターとスクリーンに現れ、それは発進前にギオが見ていた機体を捉えた。
遠距離戦に特化した〝白姫〟だけが持つ、全自動追尾システム。
標準をセットした白い丸枠は、その機体にぴったりと張りつき離れない。それどころか、標的が動けば動くほどロックはより精確なものとなり、スクリーンに表示されたやや小さめのスクリーンが、狙いたいところを大写しにした。
一応、予備ロックもかけておいた。しかし、気づかれて回避でもされない限り、外すことなど万が一にもありえない。
そして、今のところは回避される確率もゼロに等しい。
あの機体がなんらかの特殊なシステムを持っていたら話は別だが、不明瞭すぎる可能性を疑っていては、いつまでたっても攻撃に移れないのだ。
「……」
やるしかない。
そんな決意を固め、操縦桿のトリガーを引いた。
バシュンッ!
響く轟音。撃った反動により、〝白姫〟がわずかに後ろへと下がる。
放たれた一条の光線は音速に近いスピードで闇を裂いていき、一直線にターゲットへと向かっていった。
(よしっ!)
正確無比な一撃に、思わず笑みを浮かべて勝ち誇る。
だが、
「なにっ!?」
光の弾丸は寸前で避けられ、それを合図に味方機体のノーマル・リビングデッドと戦っていた敵機体がまとめて襲いかかってきた。
「ちぃっ!」
舌打ちをし、飛んできた光線を回避しミサイルを撃ち落とす。
二十機あったはずの敵機体は、十機弱に減っている。それでも、一人で楽々と対処できる数ではなく、まともな反撃もできずにギオは回避だけを専念せざるを得なかった。
[ギオ! なにしてんだテメエ!]
「うるさい! 集中してんだから黙ってろ!」
無線から聞こえてきた仲間の怒声に、負けないくらいの大声を返す。
[うるさいってなあ! テメエに発進命令は出てねえだろ!]
「お前らが発進した後に出たんだよ!」
[聞いてねえよ!]
「知らせてないからな! っていうかマジで話しかけんな墜落するだろうが!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら、追いかけてくるミサイル全てを白い丸枠で捉える。
コントロールパネルのキィをいくつか押した後にトリガーを引けば、全身に装備されたエネルギー砲から色の異なる光線が一気に放出された。
撃ち抜かれたミサイルが破裂し、それに巻き込まれて他のミサイルも砕け散る。
間近の爆発。それが終わるのを待たず、次のミサイルや光線が閃光の中から飛んできた。
「冗談じゃねえぞおい!」
乱暴に言い捨て、左手でビームサーベルを引き抜きミサイルを薙ぎ払う。
爆発する前に離れては他のミサイルを両断し、直線の光線を『カナリア』で防いではうまく距離を取って次の攻撃から逃れる。味方からの援護もあったが、敵機体は右足が取れようが左手が壊れようが、ひたすらに〝白姫〟への攻撃を続けた。
〝白姫〟は『DEM』だ。早めに排除したいという考えも頷ける。しかし、そのことを差し引いても、切れ目ない集中攻撃と躊躇のない敵機体の動きはあまりにも不自然だ。
クリスマスも感づき始めているのか、無線からの通信は途切れがちになっている。彼が操る深緑の機体が攻撃の対象を絞り始めているのが、彼がこの状況に違和感を覚え、なおかつ違和感の正体に近づいているなによりの証拠だった。
ギオが攻撃を当て損なった、対広範囲用長銃を装備する機体。
間違いなくあの機体が敵の要であり、畏れを知らない敵の動きにも通じているはず。
そう思ったからこそ、ギオは上官に与えられた『攪乱射撃』と『味方援護』の命令を無視して、真っ先にあの機体を狙った。裏目に出たと思わないでもなかったが、クリスマスがなんらかの違和感を感じてくれたことで、間違っていなかったという自信は持てた。
それでも、抱いた疑念は未だ疑念のまま。確信には変わっていない。
九十九%の自信と、一%の不安。
わずかでも晴らせない不安がある以上、ギオはどうしても標準を四肢に向けてしまう。
(……ちゃんと伝えといた方がいいな)
一%の不安を自信に変え、その自信を確信へと構築するために。
そう思い、無線の向こうにいる相手に喋りかけようとして。
「……?」
ふと、スピーカーからノイズが大量に溢れていることに気づいた。
「クリス?」
恐る恐る呼びかけて、返ってきたのは耳を塞ぎたくなるような不快な音。
「クリス? クリスマス=ライアン中尉?」
二度目の呼びかけ。返ってくるのはやはりノイズ。
遠くで声らしきものが聞こえた気もするが、雑音に掻き消されては音にしかならない。
「……?」
疑問を感じて首を傾げ、
「……!」
その理由に思い当たった。
「妨害電波かよ……っ!」
歯噛みをし、忌々しそうに言う。
随分とタイミングが良い。まるで、考えを見通しているかのようだ。
「むかつく…っ」
顔を顰めてそう零し、サーベルで新たなミサイルを壊す。
不安が徐々に確信に変わっていくが、けれど一歩を踏み出せない。
間違っていたら。そう思うと、操縦桿を握る手は怯えた子供のように震えてしまう。
怖い、のではなく。
ただ、嫌なだけ。
自分の予想が外れたとき、自分が撃ち抜いたもののことを考えると。
「くそっ!」
苛立たしさや焦燥。それらを全て吐き出すように、両手に力を込める。
『カナリア』は至近距離では撃てないし、ビームサーベルの扱いはさほど得意ではない。回避し続けるのもそろそろ限界だ。
「…っ」
歯を食い縛り、離れた場所にいる敵を見据える。
そのとき。
[なにを迷うの。こんな人形相手に]
クリアに聞こえた、聞き慣れない声。
それと同時に、チェーンに繋がれた黒い刃が一番近くの機体に深々と突き刺さった。
「…!?」
エンジンを正確に貫かれ、弾け飛ぶ機体。
驚いて目を見開き、引き抜かれた刃が戻っていった方向に視線を向けた。
いたのは、二本の角を生やした紫紺の鬼。
鬼は漆黒の双剣で近くにいた二機を薙ぎ払い、腕から放たれたチェーンで縛りつけた一機を他の機体にぶつけ、またも二機同時に墜落させた。
躊躇のない、戦闘機としては理想的な動き。突如乱入してきた機体に混乱を隠せないようだが、味方はこれ幸いにと一斉攻撃を始め、敵は急に勢いづいたこちらの動きに対処できず、〝白姫〟への集中攻撃をやめざるを得なかった。
統一されていた敵のバランスが乱れてきた。
たった一機のリビングデッドによって。
「……」
狙うなら今だと。
思考がそう訴えるのに対し、本能は体を凍りつかせる。
[――――君]
「!」
ビクリと。聞こえてきた声に体が震えた。
[狙える?]
紡がれたのは、主語を欠いた述語だけの言葉。
妨害用電波が張り巡らせているというのに、なぜかこの声だけはノイズに邪魔されない。そしてギオは、そんな不可解なことが起きる理由を一つ知っている。
同じ番号を持つ機体。つまり、同じ機種。
それならば、他機種が放つ妨害電波を弾いて交信することができるのだ。
――――紫紺のボディ
――――頭部には角が二本
――――ミスリル特殊金属のロングソードを二つ装備
――――腕に刃がついたチェーンを内臓
――――十二機中、最も〝特攻〟に特化した機体
脳裏を過ぎる、データカードの内容。
事実との符合がありすぎて、逆に心は戸惑った。
[答えて。狙える?]
「…………狙え…る……」
戸惑いによる震えを押し隠し、返事を返す。
声だけしか聞こえない。顔なんて見えない。
それでもギオは、声の主が笑んでいるのが手に取るようにわかった。
[援護するよ。撃って]
「……その前に一つ、いいか?」
[なに?]
「あんたは……」
誰?
そう続くはずの言葉は、微笑む気配を感じて止まった。
[マリオ=R=ノエル。よろしく]
耳を打つ、心地よい穏やかなアルト。
戸惑いの震えが、歓喜に変わった。
「――援護、頼む」
[もちろん]
キィの上に指を滑らせながらいえば、力強い返事が返された。
「……」
光を消したサーベルを腰元に戻し、代わりに『カナリア』を構え直す。
表示される白い丸枠は一つ。それが捉えるのは、最初に弾丸を当て損ねた機体。
「……」
小さいスクリーンが、対広範囲用長銃を持つ方の腕を拡大で映す。
こちらが構えていることに気づいたその機体は、逃げるようにして他の機体の間を飛び始める。しかし、宣言通りに援護をしている紫紺の鬼はそれを許さず、他の機体を双剣で薙ぎ払いながら確実にその機体を追いつめていた。
迷いなく敵機体を破壊するその姿に、思うところがないといえば嘘になる。だが、それ以上に今は別のもので満たされていて、普段なら思わず眉をひそめてしまうようなこともあまり気にならなかった。
双剣を振るう紫紺の鬼。
ヘルメット越し、スクリーン越しに見ても、抗いがたいものを感じてやまなかった。
「……〝黒影鬼〟」
自分にしか聞こえないていどの小声で呟いて、トリガーを引く。
轟音と光線が放たれた。




