1、ギオ=クラルテ 2
「あ」
突然、なにかを思い出したような声がエディから零れた。なりゆきで昼食を共にすることになったギオ達は、食事する手をぴたりと休め、視線と顔をエディの方に向けた。
「なんです、いきなり」
「いや、尉官全員に伝えなきゃいけないことがあったのをすっかり忘れてたなー、と」
「「「忘れるなよ」」」
無責任な上官の言葉に、尉官三人は口を揃えてツッコミを入れた。
こういうときのコンビネーションは絶妙だ。
「伝えたいことならともかく、伝えなければいけないことを忘れるとは何事ですか」
魚の身をほぐす作業に戻ったミシェルが、呆れた口調で言う。
「確かこの前も、隊長議会の日程を当日に思い出しましたよね」
ピラフの人参とグリーンピースを取り除いては隣のクリスマスに押しつけているギオが、冷めた言い方で淡々と喋る。
「それで? 伝えなきゃいけないことって一体なんなわけ? っていうか人参とグリーンピースを人に押しつけるくらいなら最初からピラフなんて頼むなよ。この偏食家」
文句を言いつつもオレンジと緑を食べてやるクリスマスが、この三人の中では珍しく話を先に進ませるような発言をした。
偏食家という言葉に、ギオの眉間に皺が増える。しかし、偏食であることは事実であり、食べられない食物の一つを片づけてもらっている以上、そのことに対する反論はギオ自身が許さない。下手に機嫌を損ね、押しつけるものを突き返されたら困るのだ(本音)。
よって、黙秘権を行使。クリスマスは拗ねたような顔で追及をやめた。
「自分が食べる量全部をクラルテ大尉に奢らせるのもどうかと思うぞ、クリス」
「奢りで食わずにいつ食べるってんだ」
間髪入れずの即答に、エディが苦笑いを浮かべた。
「後輩にたかるな、先輩」
「部下には優しく、上官殿」
「……」
「……」
「そこ、第二ラウンドを始めようとしない」
同時にスプーンを叩きつけるようにして置いた二人に、ミシェルが制止を言い渡す。
アッパーのダメージが残るクリスマスは素早く、至近距離で腕相撲チャンピオンの実力を垣間見たギオはさりげなく、伸ばしかけた拳を引っ込めた。
それを見届けた後、空になった湯のみをやや乱暴な動作で置き、
「隊長も話を逸らさせないでください」
「はいはい」
非難を込めた声で隣を咎める。
返されたのは反省の色が見えない苦笑だが、本題を話す気にはなったらしく、平たい皿の上に残る茸を転がしていたフォークがトレイに戻された。
「実はな」
手を組んで肘をつき、重々しく口を開く。いつになく真剣なエディにつられ、ギオ達も真剣な顔で話を聞く態勢を取った。
しかし、
「明日、『大使団』の大使がこっち地球軍Ⅴ隊に来訪するんグワッ!」
エディが言葉を言い終える前に、隣にいたミシェルが強烈な一撃を見舞った。
額とテーブルは衝突こそしなかったものの、鈍い音が痛そうに響いた。
ミシェルに容赦なく殴られたことがあるクリスマスは、その一撃がそれなりに加減されていることを知っている。ミシェルに容赦なく殴られたことがないギオは、その一撃に加減が施されていることを知らない。
だが、どちらも同じようにイスを引きずって後退りをしていた。
触らぬ神に祟りなし。
問答無用で人(それも上官)を殴りつけるミシェル=ジングウに近寄るべからず。
「……中尉、痛い」
「そうなるように力を込めました」
なんでそんな大事なことを忘れるんですか貴方は、と。
拳をグッと握り、先刻よりも非難度が増した声で叱責する。
エディ=フォスターの官位は少佐、ミシェル=ジングウの官位は中尉。けれど今、現在の優位は現実の階級を無視してミシェルの手にあった。
『大使団』
不安定な地球と木星の関係を支えるいくつかの組織の中に、そんな名称のものがある。
主な活動内容は、他の組織と同じく地球と木星の橋渡し。タカ派やレジスタンスの撲滅といった戦闘面、法律改正や植民地の解放などの政事面にも深く携わり、単なる『橋渡し』に留まっていないところも多々あった。
正確な数は不明だが、構成人数はおよそ十数人。現存する組織の中では最も少ない。
しかし、和平条約締結に一役買い、双方の上層部と深い繋がりを持っている『大使団』の実権と影響力は、現存する組織のどこよりも高い。
共通軍法の成立。
植民地化していた木星惑星『イオ』の解放。
巨大レジスタンス〝オーガ〟の壊滅。
成し遂げた偉業は多く、地球と木星の上層部も『大使団』の決定には逆らえない。そのため一部では敬遠され、『大使団』を敵視しているタカ派やレジスタンスさえいた。
大使と呼ばれる構成員の一人一人が、軍でいうところの少将クラス、或いはそれ以上の権力と発言力を持つ。それが実力と才能に十分見合ったものであるにも関わらず、『大使団』の大使という存在は色眼鏡で見られていた。
そのせいか、彼ら大使は歓迎の類いを好まず、来訪も一部にしか伝えない傾向がある。ミシェルもそれは知っているので、尉官のみに報せようとしたエディの判断は正しいと思う。
だが、大使の来訪が大事でないかと聞かれれば答えはノー。少なくとも、隊長補佐は一週間ほど前から知らされていてもおかしくない。けれど、Ⅴ隊の隊長補佐であるミシェルがそれを知ったのは今。すなわち来訪前日だ。
恐らくクリスマスにも教えてはいまい。エディ=フォスターは本気で、今この瞬間までそのことをすっかり忘れていたのだ。
情けないとか。それでも上官かとか。
そういった悲嘆以上に、怒りがミシェルの中を占めていた。
尉官のみに話そうと思っていた事柄を食堂で話し始めた無神経さも、本人がそれに気づいていないという体たらくも、彼女の怒りを助長させるだけだった。
「『大使団』の大使が来訪することになった経緯を一切はしょることなく説明してもらいましょうか。エディ=フォスター少佐」
(うわぁー…、ミシェルが隊長のこと少佐って呼んでるよ……)
(珍しいを通り越して怖ぇ……)
微笑を浮かべ小声で上官を威嚇するミシェルに、傍観者二名は畏怖を抱く。
だが、威嚇されている張本人は怯むことなくミシェルを見つめ、平然と口を開いた。
「二週間前に隊長議会があったのは覚えてるか?」
「遅刻しそうな隊長を、私が地球本部までお連れしましたからね。他の隊長方が零した皮肉も覚えていますよ。一字一句漏らさずに」
「……まあ、それはそれ、これはこれ」
「話を逸らさずしっかり反省してください、海よりも深く空よりも高く。私がどれだけ他の隊長補佐に同情されたと思ってるんですか」
「……すまん」
辛辣かつ怖いほど事務的な口調で責められ、素直な謝罪が出た。
「で? 隊長議会がなんです? 私の記憶と隊長の言葉が正しければ、あのときの議題は和平条約についてのはずですが?」
「最初はちゃんと条約のことについて話してたさ。でも途中から、マリオっていう名前の大使が地球軍を来訪したいって話をⅩ隊が持ち出して、なら一度も『大使団』の大使を迎えていない隊のところに行かせればいいだろうって話になって」
「確かに、地球軍Ⅴ隊は一度も大使を迎えたことはありませんね。ですが、Ⅲ隊とⅦ隊とⅧ隊も大使を迎えたことはありませんよ?」
「そうだ。だからジャンケンで決めることになって」
「負けたわけですか」
「……」
「自分がジャンケンに弱いこと、よもや忘れたとは言わせませんよ?」
「忘れてた」
エルボーが決まった。




