4、喜劇の終わり 4
目の前には、信じられない光景が広がっていた。
「どうだい。素晴らしいだろう!」
どこかで見たことのある男が、両手を広げて自慢げに言う。
素晴らしい?
これが?
異様な光景を至高のものとしてみている男の神経が信じられず、ギオは忌々しいものでも見るような目で男を見た。
「狂ってる……!」
言い捨て、こんなもの見ていられるかといわんばかりの態度で目を逸らす。男は黙って白衣の内ポケットから拳銃を取りだし、ギオがそれに気づく前に彼の右腿を撃ち抜いた。
「ぎぃ、っ…!」
「口には気をつけたまえよ、ギオ=クラルテ君」
走った激痛に顔を顰めて膝を折るギオを顧みず、男は拳銃を持ったまま淡々と言った。
「思ったことを言ってなにが悪い……っ」
それでも怯まず睨みつけてくるギオに、男は嘲笑と共に二発目を今度は左肩に撃つ。
響く銃声と零れる呻き声。男は顔色一つ変えず、嘲笑いを浮かべたままで口を開いた。
「少しは賢いところを見せておくれ」
そういって、拳銃を持つ手とは逆の手を高々と持ち上げた。
(狂ってる……)
焼けつく痛みに脂汗を滲ませながら、今度は心の中で吐き捨てる。
開拓惑星№00310にあった墓守の家以上に白い、広々とした部屋。
そこに並ぶのは、緑色の液体と異形の赤子が入れられた試験管。
信じられなかった。
とても、正気の沙汰とは思えなかった。
基地の中に連れてこられ、〝白姫〟に触らないことを条件にリビングデッドから降りたギオを出迎えたのは、白衣と着た男女数名と、迷彩服を着て銃を持った男達だった。
「歓迎するよ、ギオ=クラルテ君」
「……!」
「おや、なぜ名前をとでも言いたげな顔だね」
当たり前だろう。
見ず知らずのテロリストが、自分の名前を知っているんだから。
そう言い返したい気持ちを押さえて、目の前の彼らをねめつける。
「獣にしては賢いな」
「そうですね。獣にしては賢い」
あからさまな侮蔑の言葉に、感情が沸騰しかける。
だが、ここで怒声を上げれば、それこそ彼らの思うツボ。
「…っ」
唇を噛みしめ手のひらに爪を立て、そうすることで湧き上がる怒りをギオは抑圧する。
「挑発にも乗らない」
「知能レベルは人間と同等ってことかしら」
「博士の作品に間違いないな」
「それにしても、よくできている」
「――――なんなんだよお前らはっ!」
人間ではなく『物』に対して向けるような言葉に我慢ならず、声を上げてしまった。
目を伏せ俯くギオを、彼らはさも興味深そうな目で見る。不躾な視線。それは『物』に向けられるもので、生きた人間に向けるものではない。それなのに、彼らは人間であるギオをまるで無機物のように見た。
思い出すのは昔のこと。
両親の研究所に通っていた研究者達の目だった。
「君に見せたいものがある。ついてきたまえ」
先頭に立っていた白衣の男がそういい、迷彩服が銃を突きつける。
力に屈するのは腹立たしかったが、ギオは渋々とそれに従った。
死にたくなかったのか。時間稼ぎがしたかったのか。
せめて後者であることを信じ、その男と二人きりで一番奥の部屋に入った。
そしてギオは、一つの〝狂気〟を見せられた。
「素晴らしいだろう?」
嬉々とした声を上げながら、男は試験管の一つに触れた。
「まだまだ博士の域には達していないが、忌まわしい『大使団』の連中によって技術が根絶されつつある現代でここまで造れるのは私くらいなものだよ」
恍惚。
まさにそれを体現したような笑みを浮かべ、試験管を我が子のように撫ぜる。緑色の液体の中で、ぷかりと浮かんでいる赤子。鳥類の羽が背を突き破るような歪さで生えているが、それさえ除けば人間だった。
尻尾の生えた赤子。
鱗を持つ赤子。
水かきがある赤子。
蔦が生えた赤子。
花を咲かせた赤子。
棘がある赤子。
明らかに異質なところさえ除けば、赤子達は紛れもなく人間。
これらがなにを示すのか。
赤子達は一体なんなのか。
理解できないほど、ギオは無知ではなかった。
「特異性体質者か……!」
「ご名答」
馬鹿にした態度で、男はパチパチと手を叩く。
特異性体質者。
それは、遺伝子を人為的に操作された者の総称。
研究及び作製は法で一切禁じられ、露見すれば即死刑。それでも特異性体質者の研究者は後を絶たず、けれど誰もが完璧な特異性体質者を造ることにことごとく失敗した。
訓練学校の世界史の授業では、そう教わった。
「――――なんで、こんなもの」
「彼ら〝獣性体質〟と〝植物性体質〟は、特異性体質者の中では造りやすいとされているからさ。しかし、人間の遺伝子に動物や植物の遺伝子を組み込ませるのはやはり難しくてね。お恥ずかしながら、完成した物にはどうしても組み込ませた遺伝子の一部が出てしまう」
「そんなことは聞いてない!」
痛む足を叱咤し、声を荒げて立ち上がろうとする。
だが、立ち上がる前に三度目の銃声が響き、三発目の弾丸は脇腹を撃ち抜いた。
「っぅ…!」
座り込んだギオを、クスクスと歪んだ笑声が嘲笑う。
嫌な笑い声だと思った。
どこまでも癪に障り、原因を徹底的に壊したくなる。腹立たしくて吐き気すら覚え、距離がもっと近ければ、胃液を飛ばしてやることすら厭わないような。
「なんで、こんな無意味なものを造ってるんだ」
無事な右腕で体重のほとんどを支え、顔から目を逸らさずに唸る。
その言葉に対して返ってきたのは、腹を抱えて笑うというものだった。
「なにがおかしい……っ」
「これが笑わずにいられるかい」
ケラケラと悪意ある笑顔を浮かべる男は、笑いながら言った。
「いくらカイン=クラルテ博士の最高傑作とはいえ、特異性体質者が特異性体質者を無意味だと言っている」
笑い話以外、何物でもないさ。
そういってまた笑いだす男の声を聞きながら、ギオは男の言葉をリピートさせた。
――――カイン=クラルテ博士の最高傑作、
――――特異性体質者が特異性体質者を、
――――カイン=クラルテ、
――――特異性体質者、
言葉の中にちりばめられたキーワード。
それを拾い上げては、嘘だと叫んで放り投げ、また拾い上げる。
嘘だ。
嘘に決まっている。
祈るように何度も繰り返し、また言葉に手を伸ばす。
発達した視力。
獣のような俊敏さ、身軽さ。
否定しきれない要素は、確かにギオの中にある。
しかし、だからといって納得できるわけもなくて。
視力が異常なほど良い人間だって、この世にはきっといる。
獣のように俊敏で身軽な人間だって、探せばきっといる。
そうやって嘘だと言い張り、手を伸ばしてはまた繰り返した。
「そんなこと、あるわけ」
「まさか君、知らないのかい?」
ようやく笑うのをやめた男が、羽が生えた赤子がいる試験管をノックするように叩いた。
その音に反応して、目を見開く赤子。
黒い頭髪が生えかけている赤子の目は、ギオと同じ紅蓮の色をしていた。
「特異性体質者の目は、どういうわけか例外なく紅くなる」
「うそ、だ……」
震える声で否定し、ゆるゆると頭を振る。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ!
同じ言葉が、頭の中を埋め尽くしていく。
全てをこの言葉で満たせば、いずれは本当に『嘘』に。ありえない願望が脳裏を過ぎって、そんな願望を抱いてしまった自分にさらに打ちのめされた。
「カイン=クラルテ博士とサラ=クラルテ女史は大変優秀でね。私は彼らを心の底から尊敬している。だからこそ、彼らが最後に造り上げた傑作品である君に興味を持った。君を細胞レベルまで解剖し、彼ら二人がどんな技術で君を完成させたのかが知りたくなった。
だからこそV隊の基地を襲撃して君を確保しようとしたのだが……まさか自らやってきてくれるとは!」
四度目の銃声が響き、四発目は右足のふくらはぎを傷つけた。
右腕に限界が訪れ、男の前でうつ伏せに倒れてしまうという屈辱的な体勢になる。なんとか起き上がろうとするものの、続け様に肩に何発も撃ち込まれ、体はビクビクと痙攣したように震えただけだった。
麻痺し始めているのか、痛みの感覚が乏しくなっている。
痛覚が曖昧になるのは危険信号だ。わかっているのに、どうにかしようとする気力が湧き上がらない。それどころか、意識を保つのに必要な精神力が徐々に失われてきていた。
「右腿に一発、左肩に三発、脇腹に一発、右のふくらはぎに一発で計七発。さあ、次はどこを撃ってあげようか」
いたぶることに一種の歓喜を見出したのか、男は明らかに目的とずれたことを言う。
向けられた銃口。
鈍い光を放つそれが次に狙うのは、未だ無傷な右腕、その手のひら。
「右手もいらないね」
かちり、
乱れたギオの呼吸に掻き消されかけた小さな音。
六年前を彷彿とさせる音。
だが、絶望感で溢れそうな心に恐怖の入り込む余地はなかった。
ぱんっ、
破裂音が響いた。だが、予想していた右手の痛みはいつまでたっても訪れなかった。
その代わり、
「うぎゃあああああっ!!」
劈くような悲鳴が轟き、拳銃が床に落ちる音が悲鳴の合間に高く響く。
「私の腕が、腕が、腕がぁっ!」
先刻までの余裕が嘘のように、男は右腕を押さえながら無様にのた打ち回る。その間にも銃声は断続的に響いて、押さえる箇所と悲鳴に混じる名称が増えていった。
突然のことに頭がついていかず、ギオはうつ伏せのまま悶える男の姿を見ていた。
そんな彼の背に、ローズグレイの上着がかけられる。
「……ノエル、さん」
顔を上げればそこには、泣きそうな顔をしたマリオ=R=ノエルがいた。
「…………ごめん」
「なにが、です」
「遅くなって、君にこんな怪我」
「気にしないでください」
貴方がきてくれたから、これだけなんですよ。
心穏やかになるのを感じながら、白い頬に手を伸ばす。
温かい。心を埋め尽くしていた負の感情全てを消すには、それだけで十分だった。
「ごめん」
「だから」
いいですってば。
蘇ってきた痛みのせいで引き攣る顔に笑みを乗せ、精一杯の笑顔を彼女に見せる。
マリオの顔で綻ぶ、心底安堵したような微笑み。
そして彼女は二,三度瞬きをした後、視線をギオから男に向けた。
「――――シュバルツ=キタラ氏」
男の動きがピタリと止まる。
「地球軍に対する謀反行為、テロ組織結成、大量殺人、新機体強奪、違法研究。以上の罪状により、共通軍法、ひいては『大使団』の名において、不穏分子たる貴方と貴方の賛同者を、このマリオ=R=ノエル大使が処刑させてもらいます」
淡々とした声音で紡がれる、事務的な言葉。
その姿は一昨日の姿と重なったが、恐ろしいとは思わなかった。
『大使団』のマリオ=R=ノエル。
今の彼女は、それ以外の何者でもない。
「事故当時に外出し、事故後に姿をくらます。それじゃあ誰だって怪しみます。それに、新型機体を原形にしたレプリカを造る場合、最低でも一ヶ月以上は必要。わずか数日であれだけの数を生産するなんて、地球軍と木星軍の整備士全員を集めても不可能ですよ」
「わ、私はまだ……っ!」
「穴だらけでずさん。こんなものを造ることに心血を注ぐくらいなら、もっと周囲の目を欺けるような上手な作戦を作ってください」
そう言い終わる前に銃声がまた響き、大きなコンピューターが煙を出す。
男――――シュバルツ=キタラはそれを見て、しばらく放心した後に狂ったような笑い声を上げ始めた。
白髪の少女はそれを、哀れむような慈悲深い笑みで静かに見下ろす。
「さようなら、愚かな男。貴方には、気狂いの研究者と呼ぶことさえ勿体ない」
一際軽く響いた最後の銃声が、一つの人生に幕を下ろした。




