我が侭な子供のための挽歌 ‐Call my name‐
思えば、最初から気にしていた存在ではあった。
私の〝こくえいき黒影鬼〟と対をなす『DEM』〝白姫〟のパイロットとして、地球軍Ⅴ隊に出向く前から興味があった存在ではあったのだ、彼は。
珍しいことだと、私の話を聞いた同僚の男は言った。
私もそうだと思った。けど、あのときは確かにただの『興味』でしかなかった。
大尉。
トップパイロット。
『DEM』の駆り手。
物珍しい条件が揃った彼は、(記憶を失ったあの日、私の身を包んでいた木星軍の軍服についている階級章が正しいのだとすれば)元大佐で、同じ『DEM』の駆り手でもある私の興味をくすぐるには十分だった。そして、本当に最初はそれだけでしかなかった。
出会うまでは、あのとき顔を合わせるまでは。
彼に抱いていたのはただの興味。それが抗いがたい、砂鉄を引き寄せる磁力じみたものに変わってしまったのは、彼が私を怯えた目で見たあの瞬間。
怯えられるのは初めてではない。
だけどその感情は、私ではない別の誰かに向けられているものだった。
彼が見ているのは私のはずだったのに、それでも彼は私を見ていない。湧き上がった焦燥は露骨で隠しようがなく、でも私は、それを嫌だとも疎ましいとも思わなかった。
彼にちゃんと私を見てもらいたくて、だから何度でも彼のことを許した。
そうするたび、彼はマリオ私を私として見てくれた。
謝罪も罪悪感も、全て私だけに向けられる感情だった。
それが嬉しくて、だから私は彼を赦した。
欲しい。
ここまで明白でわかりやすい欲心を抱いたのは初めてだった。
欲しいなんて思いたくなかった。
得れば必ず失うときがくる。失う怖さを知る私は、それが嫌でたまらない。
だから、欲しいなんて思いたくなかった。
それなのに今、私は彼が欲しくてたまらない。
彼の視線が私に向くことを望んでやまない。
欲しいなんて思いたくなかったのに。
彼のせいだった。
あんな顔をした、あんな目で私を見た、彼の。
こんこん、
草木さえ眠りにつく深夜。
そんな時間帯に、Ⅴ隊基地VIPルームのドアを叩く者がいた。
『……はい?』
ドアの真横に設けられているスピーカーから、平素なマリオの声が零れる。
「ギオ=クラルテです」
『…………こんな時間にどうしたの?』
「ちょっと用事があって。――入れてもらえますか?」
『…………いいよ』
沈黙を置いての了承だったが、そこに嫌そうな響きはなかった。
数秒のタイムラグの後に、非常識な客のためにドアが開く。非常識な客であるギオは周囲を見渡してから、素早くドアを通り抜けてVIPルームの中に入った。
「…………どうしたの?」
先刻のものと同じような問いを、今度は肉声がした。
ギオは初めて見るVIPルームを暫し観察した後、ベッドに腰かけているマリオの隣に許可なく座る。マリオは咎めなかったが、それでも物凄くなにか言いたげな顔はした。
嫌われているよりは好かれていた方がいい。
怯えられるよりは懐かれた方がいい。
だが、初対面から現在に至るまで、劇的な変化を遂げすぎな気がしないでもなかった。
「この部屋、防音ですか?」
「そうみたいだけど」
「左右に誰もいませんよね?」
「いないよ」
「歌ってください」
「……………………ごめん、もう一回言って」
一瞬幻聴かと思い、思わず聞き返す。
「もう一回ですか?」
「もう一回」
「歌ってください」
「……用事ってそれ?」
「はい」
「……本当に? 冗談じゃなく?」
「ええ」
「……」
二の句が繋げず、こめかみを指先で押さえる。
歌?
こんな深夜に?
至極真っ当な疑問が脳裏を過ぎり、今のも幻聴ではという考えが浮かぶ。
非常識だ。こんな時間帯の訪問もそうだが、その理由が歌というのが信じられなかった。
「ほらあれですよ。№00310で歌ってた」
沈黙を選曲のためと取ったらしく、さらに非常識な言葉が飛び出た。
「……鎮魂歌だよ、あれ」
「いいんです。鎮魂歌だろうが賛美歌だろうが」
貴方が歌う唄なら、なんでも。
TPOによってはとてつもなく恥ずかしい台詞を、ギオは真顔でさらりと言う。
「それと、もう一つお願いが」
「……まだあるの?」
「はい。っていうか、これが一番の目的です。唄はオプション」
「……正直だね」
「それほどでも」
褒めてないんだけど。
らしくない切り返しを心の中でしつつ、黙することで相手の出方を待つ。
三十秒くらいの沈黙が続いた後。ようやく自分が喋らなければ会話が進まないと悟ったギオは、先刻よりもさらに真剣な顔をして言った。
「俺のこと、名前で呼んでみてください」
「…………それが一番の目的?」
「はい」
「……」
言葉を失い、窺うようにギオを見た。
さすがに気恥ずかしくなってきたのか、頬を掻いてばつが悪そうに視線を逸らされる。そんな態度が冗談ではないことを如実に表していて、微笑ましさを感じると同時に嬉しさが湧き上がってきた。
「――――いいよ」
「本当ですか?」
「うん。だから、そこのイスに座って」
「わかりました」
促されるまま、ギオはベッドから少し離れたイスに腰かける。
正面から向き合うような形になり、互いの視線が緩やかにだがはっきりと絡む。だが、どちらもその視線を解こうとはしなかった。
紅蓮のように赤い眼と、血のように紅い眼。
二つの赫は、静かに互いの色を映しあっていた。
「ギオ」
密やかに、甘いアルトが名前を呼ぶ。
「……君は我が侭だね」
「よく言われます」
「正直だね」
先程言った言葉をもう一度繰り返してから。
「じゃあ、私も一つ、いいかな?」
「なんです?」
「……私のことも。名前で呼んでよ」
マリオの要求に、ギオはその目を丸くしてから。
「マリオ」
「……うん」
優しげな呼び声に、満足したように頷く。
そして、鎮魂歌が奏でられ始めた。




