4、喜劇の終わり 3
(システムオールオンライン。左腕のコネクト不調、上半身のコネクトに異常発見)
ああ、まただ、と。
自分の意思を無視して勝手に展開していく思考に、マリオは頭痛を覚えた。
(プログラムは正常。但し、一次接触時にウイルスを送り込まれた可能性あり)
まるで、〝黒影鬼〟の状態を常時把握しているように正確な声。頭の中で響く声は確かに自分のものなのに、淡々と続く言葉は自分の支配下から完全に離れていた。
頭が痛い。
鈍器で殴られているような感覚に、握った操縦桿を離しそうになるのを必死で堪える。
けれど、
(ウイルス消去を実行せよ)
頭の中の声に命令を下された途端、右手はあっさりと操縦桿から離れた。
「ういるす…しょうきょ……」
呂律の回らない声で復唱し、親指の腹に歯を立てる。
皮が裂かれ肉が裂かれ、じわじわと溢れてくる赤黒い鮮血。それを躊躇いなくコントロールパネルのキーボードに垂らし、落ちた血の雫はキィとキィの間に流れ込んでいく。
流れ込んだのを最後まで見届けてから、左手も操縦桿から離す。
キーボードに添えられた右手と左手。二つの手は目にも止まらぬ速さでキィを叩き、膨大な回数を重ねたにも関わらず、動作自体は物の数秒で片がついてしまった。
(ウイルス消去完了。コネクト良好。プログラム正常化)
そこでようやく声が消え、頭には頭痛の余韻が残った。
「……はあ」
息を吐き、操縦桿を握り直す。
右手の親指が疼くように痛むが、頭痛の余韻の方が酷かったのであまり気にならない。というより、今ばかりは自分の痛みに注意を払うことができなかった。
(…………クラルテ君)
連れて行かれた少年のことを思い、手の力が強まる。
こんなところでもたついている暇はない。
早く助けに行かなければ。
助けに行ってあげなければ。
久しく感じたことのない焦燥が空回り、余裕が消えていくのを否応なく感じた。
「……」
無線のダイヤルをいじり、通信を対峙している敵に繋げる。
そして、相手がこちらになんらかのリアクションを返すのも待たず、らしくない一方的な宣告を相手に言い渡した。
「急いでいるんだ。少し本気を出させてもらうよ」
[負け惜しみを!]
「さようなら」
相手の反論も聞き流し、自分の言葉だけを押しつける。
「悪いけど、ここで君の道は絶たせてもらうよ」
手加減できる余裕はないから。
静かに言い放ち、紫紺の鬼は黒い剣を両手で持った。
「変な顔」
真っ赤な髪の女の子は、目隠しがされた顔をこちらに向けて断言した。
「……変な顔?」
「うん。とっても変な顔してる」
思わず顔に手が伸びた。
視界の端にいる黒髪の男が、肩を震わせてさもおかしげに笑っている。暴力的な衝動を感じさせる態度だ。無性にあの頭を殴りたくなってくる。
そう思っていたら、真っ赤な髪の女の子が黒髪の男の頭を小突いた。
目隠し越しなのに本当に正確だ。実は見えているのではないだろうか。
でも私は、目隠しの下になにがあるのかを知っている。だから、すぐにその考えを捨て去ろうと、不自然に見えないていどに軽く頭を振った。
その直後、大股で近寄ってきた真っ赤な髪の女の子がいきなり、私の顔を両手で挟むようにして持ち上げた。
「変な顔。――――でも、とても良い顔」
「どっち」
「両方」
また断言されて、私はいよいよ言葉に困った。
「気になる人でもできた?」
……どうしこうも上手に核心を突けるのか。
最早才能としか言いようがない。
「気になるというのは、少し違う気がするけど」
「いるの?」
「どんな奴なんだ?」
黒髪の男まで話に入ってきた。
どうしよう。迷う。
少し悩んだ末、私は続きを喋ることにした。
「同じにおいがする。あんなに違っているのに」
二人共、心底驚いたような顔で私を見た。
気持ちはわかる。私だって、どうしてこんな気持ちになっているのかわからないから。
彼のせいだ。
彼が、あんな顔をするから。




