4、喜劇の終わり 2
「基地周辺に無人機大量配備はないだろ……っ」
[あれじゃあ、ここが基地ですって宣伝するようなものだね。一日で見つかるわけだよ]
「一日っていうかなんていうか、既にらしきとかいう曖昧さを超越してるぞあれは! もうまんま賊の基地だろ、襲撃かけたって絶対バチ当たんねえよ!」
捲し立てるように悪態をつき、襲いかかってきた五,六機をビームサーベルとエネルギー砲で薙ぎ払う。爆発が起きる前にそこから離れ、今度は『カナリア』で遠くにいる機体をまとめて数機ほど貫いた。
これが人間の搭乗する機体だったら、ギオはここまで思い切った戦い方をできない。誰も乗っていない無人機だからこそ、彼は〝白姫〟の能力を全て破壊に注ぎ込める。
[共通軍法第七条、如何なる場合においても大々的な奇襲は禁ずる]
「先に奇襲されたのこっちなんですけど!」
[定められた法を守らないから賊と呼ばれる。既に研究所を一つ壊滅させた相手に常識を解くのは、馬に念仏を唱えること以上に無駄なことだよ]
あくまで落ち着いた口調と声音のマリオは、そういいながら黒い刃がついたチェーンを振り回し、三機をいっぺんに墜落させてから双剣で近寄ってきた数機を斬り捨てた。
手当たり次第のギオと違って、彼女の戦い方は効率がよくスムーズだ。
しかし、その戦闘スタイルは保守的というわけではなく、むしろ好戦的に近かった。
特攻に特化しているだけはあり、一撃一撃の攻撃力は半端ない。だが、特攻という分野が特出している以上、紫紺の鬼を守る盾はあまりにも少ない。
それを承知で敵に突っ込み、打撃を与える。
相当の場数を踏んで、なおかつ自らの操縦技術に自信がなければできない戦い方だ。
(……凄い)
素直に感心し、尊敬の念を抱く。
リビングデッド・ラヴァー。
最強。
彼女に纏わりついている大げさな称号や代名詞は、確かにマリオ=R=ノエルというパイロットの実力を極めて正確に表していた。
[力で捻じ伏せてこようとする相手は、力で捻じ伏せる]
「大使が言う台詞じゃないっすね」
[そうでもないよ。タカ派やレジスタンスを殲滅するのも、私達の仕事だから]
言い終わる前にまた一機が斬られ、破片が周囲の機体に被弾した。
五十はあった新型の無人機も、さすがに〝白姫〟と〝黒影鬼〟の『DEM』二機には歯が立たないのか、数は既に半分以上の十七,八機に減っている。
真新しいのは見た目だけ。装備している武器は一昔前に使われていた旧式ばかりで、最先端の技術が余すところなく使われている二機の敵ではない。それに、それらを駆るのは地球軍のトップパイロットであるギオ=クラルテと〝リビングデッド・ラヴァー〟で名高いマリオ=R=ノエルだ。
無人機達が一昨日の戦闘時より動きが悪いのも理由の一つだろう。しかし、リビングデッドの性能とパイロットの腕が、現在の優勢に大きく影響しているのは確かだった。
そして、揺るぎないその優勢がギオに致命的な油断を生じさせた。
「お」
三機を『カナリア』で撃ち抜いた後、右スクリーンの端に奇妙なものが映った。
敵から注意を逸らさずそこをズームインさせ、それが基地の入り口らしきものだと知る。
(ふぅん……)
周辺に機体はいくつかあるが、突破できない数ではない。
「ノエルさん」
[なに?]
「あそこに入り口が」
[え?]
本当?
そんな言葉の後に数秒の沈黙が続き、「本当だ」という確認の呟きが零された。
「どうします? 突入しますか?」
[いや、まだ様子を見ていた方がいいよ]
「なぜ?」
[罠の可能性が高い]
きっぱりとした口調で言い渡された正論。
紫紺の鬼が入り口に背を向けて双剣を振るう様を、思わず不満げ顔で見た。
罠。
その可能性が否定できないのは事実。だが、これだけ手応えのない相手に警戒するなど、ギオには到底信じられなかった。
ギオとマリオ。
能力が高い二人は、個人戦や一対多数の戦いでこそ実力を発揮できる。そして、個々の能力が秀でているからこそ、味方を気遣う戦い方がうまくない。
マリオはそれを補うため、時折一歩引くことで戦況を確認する。
しかしギオの場合、それを補うのは培ってきた経験ではなく、共に戦うことに慣れている周囲の人間と彼自身の才能。
優秀な実力は確かなもので、築いてきた実績にも偽りはない。
ただ、ギオは幼すぎた。
マリオのように、数多の修羅場をくぐったわけでもなく。クリスマスを始めとした同僚達のように、多くの戦闘を体験したわけではないギオは、周囲の者が思うほど、時に精神面で大きく左右されてしまう戦闘には適していなかったのだ。
[……クラルテ君?]
沈黙に不穏なものを感じとったのか、問いかけるような呼びかけが聞こえてくる。
少し逡巡し、それでもギオは己の決定を揺るがせなかった。
「罠なんてありませんよ」
[クラルテ君?]
「突入します」
[ちょっ、クラルテ君!?]
独断に走ったギオを、驚きを隠せていないアルトが咎めた。
しかしギオはそれに一切耳を貸さず、群がってくる機体をビームサーベルとエネルギー砲で蹴散らしながら入り口に向かう。
なにかを鳴らすような小さな音が聞こえ、それが舌打ちだと、初めて聞く苛立ったような声を聞いた後に遅れて理解する。どちらも彼女にはあまりにも不釣り合いで、それを自分が引き出しているのかと思うと、無性にたまらなくなった。
[戻りなさいクラルテ君! もど――――っ]
言葉が不自然なところで途切れ、左スクリーンの端に辛うじて映っていた〝黒影鬼〟がいきなり姿を消した。さすがに怪訝に思って視線をずらせば、右腕のない機体が紫紺の鬼を押さえつけているのが目に入る。
欠けた右腕。
おかしな形で欠けている頭部の一部。
一昨日逃げた機体だと気づき、慌てて援護に向かおうとする。だが、〝白姫〟はいつのまにか奇妙な機械を持った機体に挟まれ、うまく身動きが取れない状態になっていた。
「くそっ…!」
近い距離をさらに縮めようとするその機体をビームサーベルで追い払いながら、今になって己の行動の軽率さを悔いた。
それでもまだ、心のどこかで余裕があった。
彼女なら、マリオ=R=ノエルなら大丈夫。そんな気の弛みがあった。
しかしその甘さは、特殊金属のロングソードが一本弾かれ、〝黒影鬼〟の左腕が斬りつけられた瞬間、あっというまに消え去ってしまった。
「――っ!!」
声にならない叫びが、喉の奥から溢れ出る。
「ノエルさん!」
[右っ!]
自分が置かれている状況も忘れて、叫ぶように名を呼ぶ。
返事の代わりに返ってきたのは、右方に対する注意を呼びかける短い言葉。勢いよく右の方を向くものの、意識が散漫になっている状態で至近距離からの攻撃を避けられるはずもなく、奇妙な機械が放つ電磁波で〝白姫〟の右半分が拘束されてしまった。
「くっ…!」
なんとか引き剥がそうとするが、もがけばもがくほど電磁波は余計に絡みついた。
[クラ――テく――! ラテ――ん――――!]
電磁波の影響か、〝黒影鬼〟からの無線通信にもノイズが混じる。
キィを押してそれだけでもなんとかしようとするが、今のように妨害電波ではない障害はどうすることもできず、ノイズは増えるばかり。聞こえなくなっていくアルトに言いようのない不安を覚え、体がぶるりと震えた。
その間にも〝黒影鬼〟はなぜか苦戦を強いられていて、目立つ破損は見られないが、決して浅いとはいえない切り傷を負わされていた。
「……」
手を伸ばせば、助けられる距離にいる。
体が動けば、なにかができる距離にいる。
これでは、あのときと。
後少しの距離を縮められない理由は違っていても、これではあのときと同じ。
六年前と。
「……」
ノエルさん。
サイレントに呼んで、操縦桿から手を離す。
届かないのがわかっているのに。触れることなどできるわけがないのに。それでも、〝黒影鬼〟が映るスクリーンに手を伸ばさずにはいられなくて。
一瞬で戦意が喪失してしまったギオは、突入しようとしていた入り口に連れて行かれそうになっているのに、まともな抵抗一つしなかった。




