4 補佐官と魔王
「いい加減、顔上げろ」
あぁ、やっぱり上がってなかったみたいだ。
もう一度試してみる。また軋む音がしたけど、今度は上がったかな。
「リディア、前向け前。何、目だけ泳いでんだよ」
「……申し訳ありません」
そうは言われても、簡単には焦点が定められない。
泳ぎ続ける視界の端で、魔王の指が水晶を突つくのが見えた。
もしかして、ヒビが? と考えたところで、書類を引ったくられた。
つい、目が書類を追う。
「あ」
「やっと、顔上げやがったな」
ついに、目が合ってしまった。
どうやら、水晶を突ついていたのは、罠だったらしい。
引ったくった書類をすでにあった書類の山に積むと、魔王は椅子に深く座り直した。
柔らかそうな革張りの椅子が、ギシリと音を立てた。
あああぁぁぁ、もう逃げられない。
「で、何だったんだ?」
「……ついカッとなって」
「通り魔か、お前は」
「すみません」
通り魔……、毎回言われている気がする。
実は結構、カッとなりやすい。何故か魔王限定だけど。
「お前なぁ。怯えんなら、ちったぁ抑えろ」
「仰る通りです」
「で、今回は何が原因だ?」
「………………水晶」
「あぁ? それだけか?」
更に目つきが悪くなった。
もう本当に怖い!
「だ、だって! もう何日になると思っているんですか!? 仕事だって溜まる一方だし。いつ話しかけても上の空! 城内でも噂になり始めているんですよ!!」
「噂ぁ?」
うぅ、いちいち凄まないで欲しい。
赤い目って、何でか怖いんだから。
それにしても、やっぱり魔王本人は知らないのか。
まぁ、話しかけられても上の空なのに、噂を把握していたら逆に怖い。
どういう耳してんの? って話になる。
「……陛下が恋煩い中」
「………………は?」
「陛下、が、誰か、に、片思い」
あっ、ポカンとしてる。
久々に見た気がする。
いつも無表情で、眉間のシワも寄り易いからか、ちょっと幼く見える。
それでも、格好いい奴は格好いいって、腹が立つなぁ。
まあとにかく、この反応はどういうことだろうか?
「違うので?」
「あるわけねぇだろ……」
あらあら、頭抱えてる。
表情も、普段以上に不機嫌そうな、魔王様に戻ってしまった。
そんなに、衝撃的だったのか。
「原因は先ほど申し上げた通りですよ。それと、水晶をずっと見ているからです」
頭を上げた魔王が、机の上の水晶を指差した。
「お前が割ろうとした理由も、それか?」
「…………すみません」
うぅっ、まだ引っ張るか。
魔王の視線は、そのまま水晶に戻ってしまったが、今度はただ眺めているだけみたいだ。
そうやってぼおっとしているから、片思い中なんて思われるのに。
忠告してやろうかと考えたところで、声を掛けられた。
「何ですか?」
「"見守る"って何だ」
「………………はい?」




