38 補佐官と少女
メリルと二人で医務室へのんびりと歩く。
着替えている時に知ったが、魔王の気遣いという名の職権乱用で今日は一日休暇になっているらしい。
メリルが魔王から預かっていたというメモには、普段よりだいぶ雑な文字で『とっとと治して仕事に戻れ』とだけ書いてあった。
精神も体調もしっかり戻せ、という事だろう。
体調は魔王直々に壊してくれた気がするんですけどねー!
しかし、休暇のおかげで話す時間が持てたのも事実だ。
メリルを迎えに寄越した辺り、『ちゃんと話せ』って意味も含まれていたのかもしれない。
本当、いい対を持ったものだと思う。
「じゃあ、そのばー……ばーくらん公爵様? がいたから、外に出してもらえなかったの?」
歩くたびにメリルの頭についたレースの髪飾りらしきものが揺れる。
らしきなのは、生憎一目で髪飾りかただのリボンかの区別はつかないからだ。
頭に付いているのだから、髪飾りだろうと思っている。
「バーグランドね。市民や使い魔、上級悪魔の関係者だろうが関係なしに襲う悪魔で危険すぎるから、出会いそうな昼間は避けたかったんだよ」
「へ~。じゃあ、誰かと一緒じゃないとだめって言ってたのも、その人がいたから?」
「いや。それは単に、この城が広くて迷いやすいから」
「あぁ、そっか」
迷いやすいと言った時、メリルは凄く納得した表情をした。
バーグランド卿の事はピンと来ないのだろう。聞いてはいるようだが、どことなく生返事だった感じがした。
特に「へ~」の辺りが特に。
大丈夫かな……。とても不安になってくる。
念のためにと繰り返し危険人物だと説明するが、どうも警戒していないように見える。
いや、実際していないのだろう。何せメリルだ。
私と会った時も、一瞬たりとも警戒した様子がなかったし、誰かを警戒するという考えが抜けているのだろう。
このまま純粋に育って欲しいところだが、そうも言っていられない世の中だ。
せめて危険だと教えた相手や不審者に対する警戒心くらいは持って欲しい。
それにしても、だ。
医務室へ向かう道すがら、城内勤めの悪魔達と挨拶を交わしてきたが、ほぼ全員がメリルの事を知っているのだと改めて実感する。
メリルと初めて会う悪魔の方が割合的に多かったが、それでも大多数が
メリルを見て、
私の顔を見て、
もう一度メリルを見て、
あ!
のパターンだった。
正直、最初は何かと思ったが、よく考えればその反応は正しいものだ。
観光客を除けば魔王城に子供がいることは稀だ。
高官の子供や、幼くして地位を継いだ者達くらいしか城には来ない。もちろん、見た目が幼いままの悪魔は除く。
私がメリルの保護者(仮)ということも、メリルの噂と同時に広まっているのだろう。
私とセットの子供=メリル、の構図が出来ていても納得できる。
「にしても広まりすぎだよな」
「ん? 何か言った?」
「ああ、独り言。気にしくていいよ」
下を見れば、スカートのフリルを楽しげに揺らしながら、メリルが歩いている。
さて、初めて会う相手にも愛想を振りまいていた、この警戒心ゼロの子にどうやって危険という概念を教えようか。
どうせだからと城内を簡単に案内しながら歩いていたが、一階へと向かう階段を降りているところでメリルに限界がきた。
「リディア待ってー」
「え? あ、ごめん!」
階段の中段ほどでへたり込む姿に慌てて掛け寄れば、メリルはスカートの上から膝の辺りを撫でている。
メリルのいる位置より2段下の段にしゃがみこんで目線を合わせると、メリルが撫でるのを止めて顔を上げた。
「ごめん。気がつかなくて。膝が痛いの?」
「うん。でも大丈夫だよ。でも、ちょっと休ませてほしいかな」
笑ってはいるが眉尻は下がっているし、何より手が膝から離れない。
どうやら、気がつかないうちに無理をさせてしまったらしい。
考えれば分かることだが、リハビリ中の子供が一定のペースで動くには、この城は広く、私の部屋は最上階に近い階にあるため、一気にではなかったものの、数階分は降りている。
何より、私の部屋へ来る前に魔王の元や衣装課に行っていたらしいし、昨日の脱走も含めて連日動き続けていた事になる。
足が悲鳴を上げても無理はない。
「えへへ、リディアってわかりやすいね。リディアの方が痛そうな顔してるよ」
また顔に出ていたらしい。
両頬を撫でながら少し考える。
いくらこの子が鋭いのだとしても、政務官としてどうなのだろう……。
今まで聞いたことがなかったが、今度魔王にでも仕事中の様子を聞いてみようかなと考える。
「何かかんがえごと?」
うん。聞こう。
流石に私自身の問題な気がしてきた。
「うん。まあ、ちょっと……。ところで、医務室まで後ちょっとだけど、頑張れそう?」
聞くとメリルは幼い顔に難しい表情を浮かべて、ふらふらと立ち上がった。
まさか立とうとするとは思っていなかったので、慌てて手を差し出して支える。
「ちょっ、無理しなくていいよ!」
「う~ん。ごめんなさい。まだダメかも」
「見ればわかるよ」
再び座らせてから髪飾りを避けて頭を軽く叩けば、メリルはきょとんとした。
説教的なものつもりだったが、軽くだったので痛くはないはずだが。
「どうかした?」
「えっと、後で言う」
「? わかった。じゃあ、ほら乗って」
後で言ってくれるなら、恐らく大した事ではないのだろう。
気にはなったが後回しにすることにして、もう1段降りたところで後ろを向いてしゃがむ。
メリルも意図を理解したらしく、いいの? と聞いてきた。
気にしないでいいのに。
「いいよ。医務室まで後少しだし、どうせならゆっくり休憩したい方がいいから」
「そっか、そうだね。おじいちゃん待ってるもんね。よし! リディア、落とさないでね!」
「は?」
背負おうと考えて背を向け、前を向いていたのは失敗だった。
遠慮がちだった声が急に跳ねたと思ったら、よくわからない掛け声と共にメリルが飛んできたからだ。
「ちょあっ!!」
「ぎゃっ!」
中々乗ってこないメリルに、気を抜いていたのも間違いだったと思う。




