37 補佐官と少女
カーテンから漏れる朝日が眩しくて目が覚める。
だからといって直ぐに起きる事は出来ず、ぴっちりと閉まっていないカーテンに文句を零しつつシーツを頭まで被り、寝返りを打って朝日から逃れてもう一休み。
普段の寝起き以上に働かない頭で、眠気覚ましに今日一日の予定を思い出す。
えっと、今日の予定って何だっけ。
ラオーナの派遣依頼は任せたし、バディの視察は昨日だったし……。
昨日? 昨日昨日。
何だっけ?
何かあったような。
「----ア~」
何だか妙に、頭がぼんやりするな。頭重いし、風邪かな?
えーっと、昨日。
「リディアー?」
メリルの声が聞こえる気がする。
そうそうメリルに会いに行くから、視察の後魔王を迎えに行って、それで仕事手伝って。
そうしたら確か
「もう! リディアってば!」
「ぐふっ!!」
普段以上にぼうっとする寝起きの頭で昨日の予定を思い出しつつ、メリルっぽい声がする気がするなと思っていると、脇腹に衝撃と後を引く痛みを感じた。
「痛ったー。……何?」
訳がわからないまま被っていたシーツを捲り、首だけ動かして--というか上半身が起こせないので--何かが乗っている腹の辺りを見れば白い塊。
頭が疑問符で一杯になる前に、白い塊もといメリルが顔を上げた。
「おはよ! リディアって本当に朝ダメなんだね」
「おは、よう?」
さっきの衝撃はメリルが飛び乗ったせいか、とようやく合点がいく。
人の腹の上に跨り、にこにこと笑うメリルはいつもの入院服とは違い、何故か白いレースの塊状態。
赤い髪には同じく白いレース地の小さめの髪飾りがついている。
衣装課の新作かな。メリルの髪色だと大量のレースは似合わないと思うけど。
「リディア、まだ眠いの?」
こてんと首を傾げると、髪飾りも揺れる。
………………ん?
周囲を見回して自分の部屋である事を確認する。
うん。私の部屋だし、私のベッドだ。
メリルがいること以外、いつもと同じ。
メリルがいること以外……。
……。
「何でメリルが!!??」
「きゃあっ」
状況が理解出来ず、思わず飛び起きると広いシーツの上でメリルが転がった。
「……痛ててて……」
そして脇腹の痛みに私も転がった。
え、何これ?
腹を抱えて悶える私の側へ、ふかふかのベットの上を歩きにくそうにして寄ってきたメリルに声をかけられる。
「大丈夫?」
「ちょっと、無理……」
「あはは。おじいちゃんの言うとおりだね。早く診せに行こう」
「え、何を?」
「おなかのあざ」
あざ、痣?
何の事だろうと考えて、そっとクッションを背に敷いて起き上がる。
クッションを背に敷く時に、脇腹に大きなガーゼが貼ってあるだけで、上半身に何も着ていない事に気がついた。
そっと剥がしてみれば、直径約10センチサイズの黒い痣。
思わずガーゼを戻して目を逸らす。
「おじいちゃんがね。『しんさつに来なさい。手とあざりょーほう診てあげるから』、だって。だからおむかえに来たんだよ」
「手?」
「……右手だよ。リディア、本当にだいじょうぶ?」
薬は貰い溜めしていたはずと一瞬思ったが、呆れたような、本気で心配しているような声でメリルに右手の指先を握られ、ようやく右手の包帯が数週間前の厚さになっている事と、昨日の出来事を思い出した。
瞬間、手で顔を覆った。
うっわー……、思い出したくなかったなー。
クッションを背にずるずるとシーツの中に潜り込む。
脇腹が痛むが気にしていられない。
朝から感じていただるさと頭の働かない理由も、全部合点がいった。
「頭が働かないのは泣き過ぎか~」
「リディアずっと泣いてたもんね。陛下が”お説教”してる間も泣いてたって言ってた」
あの野郎。何が”お説教”だよ。
確かに説教だったけど、半分以上ストレス発散だったじゃないか!
後で文句の一つでも言ってやろうかと思うが、考えるほどに昨日の自分の情けなさを思い出し、気分が落ち込んで行く。
頭まで被ったシーツの上からメリルの明るい声が聞こえるが、話半分で耳を通り抜けていく。
しかし更に下へと潜ろうとした時、シーツが横へと引っ張られたことで思考が現実へと戻り、メリルの声が聞きとれた。
「起きる? って聞いてるのー。返事してくれないとシーツ取っちゃうよー」
「…………すみません。もうちょっとこのままで……」
気分が落ち着くまで放っておいてもらったが、しかしいつまでも潜ったままでいる訳にもいかない。
それでも昨日のことを考えると、何と無くメリルの顔が見辛いと感じてしまい、打開策としてシーツを挟んだまま声をかけた。
「ねえ、メリル。その、嫌な思いをさせて本当にごめんなさい」
「もう! まだ言ってる! 昨日『いいよ』って言ったでしょ」
再び飛び乗ってきたメリルは怒った口調で話すが、それでもあえてずらしてくれたのか脇腹ではなく胸の上に乗ってきた。
苦しくも痛くもないのだが、身動きは取れなくなる。
被っていただけのシーツを捲られると、頬を膨らませたメリルがこちらを見ている。
「わたしもかってにおさんぽしてたし。リディアが怒るのは、えっと、とうぜんのけんりなんだよ」
当然の権利、とは最近知ったばかりなのだろう。
意味も理解して使っているのはわかるが、舌足らずさについ笑ってしまう。
「ふふ、誰に教わったの? あのね、私が謝っているのは閉じ込めてしまった事」
「でも、リディアは守ろうとしてくれたんでしょ? だからもういいよ」
「よくないよ。私がきちんと話さなかったから、メリルに辛い記憶の追体験、えっと、嫌な思いをさせてしまったから」
だからきちんと説明しないといけない、しなければならない、そう思った。
相変わらず膨らんだままのメリルの頬をそっと撫でる。
「説明するから許してくれる?」
「んもう……。だから怒ってないってば」




