34 魔王と少女
メリルがいたのは反対側の東の中庭だった。
魔猫達に言われなければ気がつかないほど器用に、樹木と草葉の陰に隠れている。
側にいる魔猫とでも話しているのか、時折揺れる後頭部を少し離れた所から眺めていた。
「陛下ー、あそこですにゃー」
「僕が見つけたんですよ!」
「オレが先だニャー」
「陛下〜、抱っこして〜」
「うっせえ……」
歩くうちに増え続けた魔猫は、メリルの元へ着いた時には十数匹に及んでいた。
何となくだが、集会では見なかった魔猫もいる気がする。
足元にまとわりつく魔猫達を蹴り飛ばさないよう歩くのは、中々骨が折れた。
もし一匹でも蹴飛ばして逃げられでもしたら、捜索は一からやり直し。
その方が面倒臭いと思ったので、まとわりつかせていたが、メリルも見つかったしもう散らしてもいいんじゃないかと思う。
そんな不穏な事を考えながら足元の魔猫達を見ていると、一匹の毛の長い魔猫が寄ってきた。
「陛下ぁ。あの子ね、たまーにああして夜にお散歩してるのよぉ」
「一人でか?」
「そうよぉ。お散歩だったり、本持って来たり、ぼんやりしたりしているわぁ」
わたしたち城飼いと同じ生活ぅ、と間延びした話し方をする魔猫は、くるりと方向転換するとメリルの元へ歩いて行った。
「あ、おい!」
「め〜ちゃ〜ん。お客様よぉ〜」
「お客様?」
魔猫の声に振り向いたガキは、確かにリディア達の言う通り妙な雰囲気を纏っていた。
吸い込まれるようだと聞いていた緑の目と、目があった事で気がついた。
人の割に魔力が強い……。いや、この魔力は……魔族と同じ物か?
一体何だこのガキ……。
リディア達は魔力の性質まで見ようとはしなかったのだろう。だからこそ、不思議だ不思議だと繰り返していたのだ。
月明かりで髪が明るい赤に見える。
魔力と相なって、まるで炎を纏っているようにも感じられる。
「えっと、どちら様ですか?」
気づかれたのでは仕方が無い。
観察を止めて茂みに近づけば、姿が見えたからかホッと息をつかれた。
「メリリアム、だな」
「えっと、はい。あの……どちら様ですか?」
再び問われ、俺の事を覚えていないのだと気がついた。
そりゃそうだろう。俺だってこのガキがそうだと言われなければ、妙な魔力のせいで気がつかなかったかもしれない。
何せある意味二人共初対面だ。
俺の方は保護した時に見ているが、顔だ何だと細かなところまでは見ていない。
ましてや、あの時のガキはボロ雑巾状態だった。ある程度健康と呼べる所まで回復した今と見分けがつく訳がない。
「だからぁ、お客様よぉ」
「ええと、うん。……うん?」
「バカ猫。素姓を聞いてんだよ」
魔猫が紹介しているからか、元からなのか、あまり警戒している様子は見受けられない。
隣に座っても、逃げる様子どころか首を傾げるだけだ。
「お前、何でここにいる?」
「お散歩してて、ちょっと疲れちゃってきゅうけいしてたの」
お月様きれいだったし、と言われ、魔猫も合わせ三人で上を向く。
満月とはいかないが、確かにいい月夜だ。
「だがお前、外出禁止だろう」
「そうなんだけど……」
暇を持て余したか好奇心からか、と問おうとしたが、俯いたガキの表情が泣きそうに歪み、出来なかった。
「『そうだが』、どうした」
「……思い出しちゃって」
「何を」
「……」
剥き出しの膝を抱えて縮こまる姿に、何となく合点がいった。
幼い子供のトラウマなんてそうそうあるはずもない。
こいつに関しては知る限り一つだけだ。
「幽閉--蔵にいた時を、か?」
返事はないが、小さな頭が縦に揺れた。
俺が口を閉ざせば、しんとした夜の中庭は、草むらの向こうを囲む魔猫達の鳴き声だけが響いた。
「……リディアがね」
ようやく口を開いたかと思えば、聞き慣れた名前が出てきた。
「リディアが出かけるのは夜だけって。誰かと一緒の時だけって」
「ああ」
「でも、それって蔵にいた時と一緒なの。たまに優しい兵隊さんが夜にだけ出してくれたことがあって。その人も来なくなっちゃったけど……」
「……」
恐らく、その兵は連れ出している事がバレたのだろう。
任を解かれたか、何らかの処罰を受けたか。まあ、このガキは知らなくていい事だ。
再び口を閉ざしそうになるガキに溜め息を零し、話を促す。
「で。あいつから、リディアから何故かって聞いたのか?」
「……聞いてない。でも……たぶん、わたしが人間だから。わたしがいるってばれちゃったら、リディアにめーわくがかかるから」
「迷惑ってどんなのだ。あいつがクビになるとでも思ってんのか」
「そんなの……」
誰が自分の対を離すか。
対でなくとも、あいつがいないと回らない部署もあると言うのに。
ふと俺が魔王だと知ったら、こいつはどういう反応をするのかと疑問に思った。
リディアや関わった奴らをクビにするなと泣きつくか。それとも逃げ出すか。
だが想像がつく前にガキが話しだした。
「そんなの、わかんない。けど、人間は魔界にいちゃダメって聞いたよ。それにリディアって、えらい人なんでしょ?」
そう言ってあげた顔は、相変わらず泣きそうではあるが涙はない。
むしろどうしたらいいのか分からない、といった感じの複雑な表情をしている。
自分の言っている事に納得できていないようだ。
幼いながらにわかっているのだろう。
リディアの意図した事が想像した内容とは違うことくらい。
ああ、面倒臭っせえなぁ。




