27 ある主従と3バカ
暗い夜の山路でガタリゴトリと馬車が揺れる。
うとうとしつつ馬車を走らせていると、ガタンッと音を立てて馬車が跳ねた。
しくった石に乗り上げたか、と手早く手綱を掴み直して体勢を立て直すと、後ろで客車の窓が開いた。
「おい。どうした」
「すみません。足元見えないもんで」
「気をつけろ。彼女に何かあったら、お前に責任を取らせるぞ」
「……すみませんでした」
あっぶね。事故ってたら殺されるところだった。
大体さー、『何かあったら』って、どうせ”何かした後”じゃん。
窓を開けた瞬間甘い匂いが漂い始めたという事は、すでに何かしたという証拠だ。
まだ窓の閉めた音が聞かなかった気がしたので、後ろのご主人に声をかけた。
「窓閉めてくださいよー!」
「ん? ああ」
彼女か~。可愛いかったんだけど、どんなになっちゃったかな。
つい数時間前に会った時の華奢な身体を思い出していると、風に乗り再び甘ったるい匂いが香った。
どうやら窓を開けたままにしているらしい。
今御者台は風下だ。いくら窓より一段上の位置に座っていても、風が吹けば匂いが風に乗ってくる。
眠い時に麻薬の香りなんて勘弁してくれよー。
「あー、クソ主人め。死ねばいいのに」
匂いにつられて眠ってしまわないよう気を張りながら走らせていると、前方に道を塞ぐように焚かれている焚き火が見えてきた。
こちらに気がついたのか、焚き火を背に立ち上がった3匹も。
馬の目が灯りで眩まないよう少し離れた距離で馬車を止め、御者台を降りて近づけば、向こうもこちらに近寄って来た。
真近で見る3匹は、呆れるくらい見た目からバカだった。
麻の服の上に、獣の皮を継ぎ接ぎした上着。そこまでなら「ド田舎出身か」程度にしか思わないのに、そこから先が酷い。
上着と靴には中途半端に、本当に中途半端に継ぎ目から獣の牙やら角やらが飛び出している。アクセサリーっぽい物はかなり研いだと思われる尖った石だ。
それが3匹お揃い。
かなり引いた。
リアル3馬鹿だ……。
恐らくリーダーであろうでかいトカゲが下がった分近づいてきて、傷の多い顔が頭上に迫り、巫山戯た格好でなければ迫力あっただろうと思わず感心してしまった。
「おいおいおいおい、にいちゃーん! 何見てんだごらぁ!!」
「あんちゃん! 『ガンつけてんだ』の方が格好いいって、この前決めたじゃん」
「あ」
……前言撤回。ねーわ迫力。
「なあ、通して欲しいんだけど」
「あ"あー? だったら金置いてきなー!」
「あんちゃん格好いいっ!」
「そーだ、金置いてけー」
後ろに控えている、見た目は人型と鳥の子分(?)は飛べるらしい。
背丈はでかトカゲの半分なのに、飛んで顔を並べている。
面倒になり、いっそ殺していいかと許可を取るために客車の扉まで下がり、薄暗いカーテン越しに、恐らく彼女をスケッチしているであろうご主人に話しかける。
「ご主人。殺していい?」
「何だ、もう諦めたのか」
「嫌っす。こんなアホの相手」
早く帰りたいし。
すると渋々といった感じでご主人はスケッチを置き、3匹を呼ぶように言った。
何だ殺さないのかと不思議に思いつつでかトカゲの前に戻り、ご主人の元へ来るよう伝えると、渋るかと思ったのにあっさり承諾。
本当、こいつら何なの……。
でかトカゲとご主人が話している間、子分達と共に待っていたが、暫くしてでかトカゲが焚き火に向かった。
お! 退く気になったか。後は消えるまで待つだ
「せやっ!!」
……ありかよ。
待つまでもなく、一瞬で焚き火は消えた。
回し蹴りのような巨大な尾の一振りで焚き火は崩れ、薪は粉々になり、一瞬で闇と道が戻った。
馬車のランタンだけが照らす暗がりでぽかんとしていると、肩を強く叩かれ思わずよろける。
振り向けば、後ろには肩に子分を担いだでかトカゲ。
「お貴族様はわかってんな! 暗れえから気を付けな!」
「え? あ、ああ?」
でかトカゲには見えているのか、暗がりで荷物を纏めると、俺たちの来た方へ上機嫌に山を下って行った。
「え……、マジ何あれ……?」
ガタリゴトリと馬車が揺れる。
城に着いてからと言われているが、……気になる。
結局走り始めてから小一時間も経たない内に、俺は話しかけていた。
「ご主人。どう説得したんですか? バカって、普通の説得じゃ聞かないでしょ」
「もう少し我慢を覚えろ……。なあに、簡単な事だ。何処へ何をしに行くのか、と聞いただけだ」
答えてくれる辺り、ご主人の機嫌がいいのかもしれない。
「はぁ。で?」
「彼奴ら何て答えたと思う? 『魔王城に殴り込みに』だそうだ」
「…………馬鹿だ。あんな格好じゃ、入る事だってできねえよ」
馬鹿丸出しな格好を思い出して呟くと、後ろから低い笑い声が聞こえた。
「ああ。だからな、こう言ったのだよ『ならば手助けしよう! この金で服を買い直し、余った金でツアーに申し込むといい。そうすれば城に入れるだろう』とね。ついでに、計画も建ててあげたよ」
「あんたはまーたそういう事を。『手助けしてもらった』ってすぐ言っちまう」
「問題はない。この香を嗅いでいたから、こちらの顔は覚えていないさ。それよりも見ろ。中々いい出来になった」
殺した方が安心安全なのに。
自分の毒を過信し過ぎじゃないだろうかとは言わず、御者台の後ろの小窓から差し出された一枚のスケッチを受け取る。
「うげっ! 可愛いかったのに」
描かれていたのは、両足が太ももで千切れ片腕は途中からなくなり、身体中が傷と血塗れになった拘束具だけ身につけた、数時間前に捕まえた彼女だった。
「いい出来だろう。さあ、もう君の望み通り食べて差し上げよう」
後半は彼女に向けたものだ。
何でも喰べる趣味には辟易するが、それにしてもまだ生きているとは流石に驚いた。
だが、彼女の『食べて欲しい』は、そっちの意味じゃなかっただろうに。
後ろからぐちゃり、ぐちゃり、と水音が聞こえ始め、仕方なくスケッチを畳んでポケットに仕舞った。
まったく、3バカも厄介な人に出会ったものだ。
果たして気付いただろうか。ご主人の計画には--まぁ、いつもだが--”帰る方法”がない事に。
「気づく奴少ないしなあ。ま、死んだら俺らは助かるけど」
あー、早く帰りてー。帰って水風呂してー。
ガタリゴトリと馬車は揺れる。




