23 補佐官と花の精
「ねー、リディア様ー。いいでしょー? ちょっとだけだから。ね?」
「だーめーでーす!」
あーもう! しつこい!
メリルの病室から執務室へと向かう途中で、最悪な事に、リルファに捕まった。
小柄な見た目と細腕で、人の腕にやんわりと、しかし意外にも振り払えない程度の力で絡みつく彼女、リルファ・キールは衣装課の一人であり、城内パパラッチの一人だ。
花びらを模した、何枚もの布を重ねたワンピースとレース地のケープが、歩くたびに揺れる。
そして、首から下げたカメラも揺れる。
本来はこの時代にないはずだか、時空移動のできる悪魔が、旅行中に買ってきたらしい。
曰く『陛下の姿が保存できるのよ! 買うわ!』と、即決したとか。
十数個分を経費で落とそうとした時は流石に却下したのだが、撮った写真を売った事で、何だかんだすぐにカメラの元は取れ、今では衣装課とパパラッチ達の収入源になっている。
まあ、歴史に何かあっては大変なので、購入と廃棄をする度、報告を上げさせてはいるが。
違和感の塊だった時折見かける小さな銀のカメラも、すっかり見慣れたものだ。
追いかけられたくないけど。
「ねー5枚。ううん、4枚でもいいのー」
「あのですね。大して譲歩してないですから」
べったりと腕に絡みつかれ、大っっ変歩きにくいが、セクハラをされているわけでもないので、無理に振り払えない。
一瞬でも上衣の中に手を入れてきたりしたら、即引き剥がすのだが。
パパラッチ参加以外は、いい子なんだよなー……。
「あの、リルファ。歩きにくいのですが」
「じゃあ、撮らせて」
「駄目です」
「ならわたしもヤダ」
「あー……もう」
こんな所を誰かに見られたくないと思う時ほど、誰かに見つかるものだ。
比較的人通りの少ない廊下を選んでいるのだが、先程から道行く文官や衛兵だけでなく、本城勤務のメイド達にも見られている。
『お疲れ様です』とでも言いたげな生温かい視線を送ってくるものもいれば、巻き込まれたくないのだろう、目が合わないように視線を逸らす悪魔もいる。
その中のほんの一部、羨ましげな視線を送ってくる奴もいたりして。
羨ましいなら、代わって欲しい。喜んで譲るっての。
「あー、リルファさん」
「なーに? 気が変わった?」
話しかければ、ようやく腕の力を緩めて、下から覗き込んできた。
花の精らしく、彼女が動くたびに甘い香りが広がる。
「違います。いい加減離してくれませんか。今、こんな姿を見られると不味い相手が来ているんですよ」
「あら。そうなんですか」
リルファは少し驚いたような顔をして、考えるように首を傾げた後、腕から離れて隣を共に歩きだした。
こちらを見上げながら歩く彼女を見て、やっと引き下がったかな、と思ったがそうでもなかったらしい。
一瞬にこっと笑ったら、飛びつくような勢いで抱きついてきた。
しかも、とっさに手を上げてしまったせいで、腰に腕を回されて、さっきよりも歩きにくくなってしまった。
「ちょっと! 離れなさい!」
「いーじゃないですかー。まずい相手って"悪食公爵様"でしょー」
「知っているじゃないですか!! なおさら離れなさい!!」
「そんなタイミングよく会いませんってー」
陛下の写真撮っていいなら離してあげるー、とのんびり反抗され、私の方が先に諦める事にした。
どうも本気で叱れない……。
言われてみれば、確かにそんなタイミングよく出くわすとも思えなくなってくる。
確か、明日には出立すると聞いているし、荷支度や仕事もあるだろうし、公爵ともあろう役職がふらふら城内を歩いているとも思えない。
ならこのままでもいいかな、と考えるが、しかし放置するには邪魔くさい。
抱きついているリルファの背に手を添えていないと、転びそうなくらい歩きにくい。
手ぶらでよかった、と心から思う。
ふらふらしながら、階段をなんとか上る。
「写真は駄目です。どうせまた、売り払うのでしょう」
「違いますー! 今回のは次の衣装の参考用です!」
「じゃあ盗撮なんてしないで、陛下に頼みなさい」
「無理ですよー! 陛下にそんなお願いできるのリディア様くらいですー」
あー……、確かにたまに代理で頼む事があるが……。
そうか、あのバカ魔王が断っていたせいで、こっちに依頼が来ていたのか。
衣装課は定期的に衣装を作成しているが、今後作成する分の資料として、今までの作成した衣装を保管し、かつ着ていたを以前はスケッチで、今は写真で記録している。
そのための写真であれば、構わないと思うのだが。
衣装を個別制作されている悪魔は、必ず頼まれるし、忙しくない時は断らない。
衣装用だったらいいじゃないか別に。
歩きやすさと魔王、ちょっと心の天秤が揺れる。




