22 補佐官と少女
あれから暇を作ってはメリルの元へ通うようになっていた。
別に会いたいからではない。
周囲にしきりにメリルの様子を聞かれたり、今まで以上に休めと言われるようになったからだ。
メリルの事は、気がついたら広まっていた。
『おや、どちらへ』『メリルちゃんに会いに!』『えっ、誰?』
といった具合に、どうやらメリルの元へ通っていた女性達を中心に噂は広まり、気がついた時には城内中に知れ渡っていた。
「人の口に戸は立てられない」とは言うが、機密事項って言葉はないのか。まったく。
まあ、メリルのころころ変わる表情が、城内勤務の者達のちょっとした癒しになっているらしいので文句を言えない。
しいて言うなら、いつの間にか"書類上の保護者"が"親"になっていたことには、文句を言いたい。
「リディア、怖い顔してるよ?」
「ああ、すみません。ちょっと考え事を」
笑って言ったはずなのに、途端にメリルは顔を暗くした。
しまった、間違えた。
人間界で生活していた際、母親であるメインと共に魔術師として、旅人や街の住人だけでなく、方々の貴族も相手にしていたらしいこの子は、子供の割に聡明だ。
無意識に相手の様子からある程度の事を推し量ろうとする。
それ故に、対応を間違えるとすぐに使わなくてもいい気を使われてしまう。
現に今もしょんぼりした表情で、下を向いてしまった。
「忙しいんだよね。ごめんなさい。いつも来てくれて」
「いいんですよ。丁度いい休憩になるし、周りに『休め』って叱られなくて済みますから」
「リディアでも、怒られるの?」
ちらりと上目遣いでこちらを見上げてくる。
よし! 釣れた!
「ええ、部下と言っても先輩しかいないので。ですから、ここに来させてください。でないとまた仕事場に入れてもらえなくなります」
「え~、何それ~」
また笑顔に戻り、ほっとする。
この子の落ち込んだ顔は小動物的で、どうにも落ち着かない。
ちなみに嘘は言っていない。
以前、繁忙期に城内外のゴタゴタも重なり、城中が酷い事態になった事があった。
その時に、6日だったかそれ以上か覚えていないが、とにかく動ける限り徹夜し続けたら部下達に執務室へ入室禁止にされ、強制休暇にされた。
今でも脅し文句の一つとして、言われ続けている。
ベットの上ではしゃぐメリルに、その時の話をせがまれるが、申し訳ないが断る。
実際に脅される身としては、知って欲しくない過去だからだ。
しかし、延々と断り続けていたら、ぬいぐるみの首をこれでもかというほど抱き締め、メリルは口を尖らせる。
そんなに聞きたいのか、私の失敗談……。
「勘弁してください……」
「リディアのけちー。かいしょなしー」
「こら、誰に教わったんですか。そんな言葉」
「ダリーちゃん」
ダリーって誰だ。また、衣装課か。
「ダリーちゃんが言ってたよ。『リディア様はお仕事のできるかいしょなしなのよね〜』って」
よし、見つけよう。
別に好きに言って構わないが、子供に教えるな。
ましてや、こんな純粋なのに。
かいしょって何? と聞いてくるメリルに忘れるように言い、ようやく今日の本題であるアルニ老からの伝言を伝える。
「そういえば、もう外を出歩いても構わないそうですよ」
「ほんと!?」
魔界に来た当初のメリルは、栄養失調故に足元が覚束なくなっていたが、今では大分回復していた。
しかし、リハビリを重ね、何とか歩けるようになったとはいえ、病室から出る事は流石に禁止されていた。
代わりに事情を知っている様々な悪魔が訪ねてくるが、やはり退屈だったのだろう。
今にも外へ行きそうな勢いだ。
「いつお外に行ってもいいの!? あ、リリーちゃんたちに、行くって言ってもいい?」
「衣装課のリリーですか? まあ、構いませんよ。でも出歩く時は、私か誰かの付き添いがいる時だけですからね」
「……、はーい!」
一瞬、本当に一瞬だったが戸惑ったように見えた。
だが、返ってきた返事と、ぬいぐるみを抱いてはしゃいでいる姿に、気のせいだったのかと思う。
それに、できれば詳しく話したいのだが、生憎時間がない。
壁に掛けられている時計を見れば、大分時間が迫っている。
もうそろそろ、仕事に戻らないと。
「メリル、悪いのですがそろそろ戻ります。出かけたい時は言ってください。まあ、夜限定ですけどね」
「夜だけ、なの?」
ぬいぐるみを抱く腕に力が入る。
やはり昼間歩きたいのだろうか。そうさせてあげたいのは山々だけど……。
ああまずい、話している時間がない。
「ちょっと走るか。ええ。夜でしたら大丈夫ですよ」
「わかった。じゃあ、お天気のいい日聞いておくね。いってらっしゃい!」
「--うん。行って、きます」
いってらっしゃい、か。
侍女以外には、久々に言われた気がする。
よし! 明日も長時間休憩を取れるようにしよう!




