20 補佐官と医者
再び医務室の扉を開ければ、来た時とは違い、働いている看護師達で医務室は少し賑やかだった。
一応、ということでアル二老と二人で別室に移動し、紅茶を飲みつつ、メリルと話した内容を話す。
「で? あの子の体は大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃよ」
おいおい、答えるのが早すぎないか。
「んな目で見るでない。魔界の空気が人間には毒になるという事は、医者には常識じゃ。ちゃーんと検査したでの。で、問題はなし」
毒を吸っているのに、問題なし?
そんな例外、聞いたことがない。
しばらく無言で考えていたら、お代わりを淹れてくれた。いつの間にか、飲み切っていたらしい。
「ま、そういう事は医者か学者に任せて、リディア様は子育てに悩みなさい」
……?
まともな発言の中に、妙な一言が混ざっていたよう、な?
しかしアルニ老は、何事もなかったかのように紅茶を飲んでいる。
私も紅茶を一口飲み、深呼吸。
うん、きっと聞き間違いだな。
「聞き間違いではないの」
「ごふっ、あちっ! 読心とか止めてください!」
聞き間違いと思いたかった単語が、あっさり否定され、思わず噎せる。
驚きすぎて、危うくカップも落としかけた。
「誰が読心術なんてやるかい。リディア様はわかりやすいだけじゃ。顔に全部出るでの」
前半は文句だったが、後半は完全にからかい目的で言われた。
……顔に出るって、政務官の一人としてどうなのだろうか。いや、それより大事なことが。
「もういいです。子育てって、どういう事ですか。彼女は人間界に戻すのでは」
盛大にため息をつかれ、呆れの目を向けられる。
「もう忘れたのかの。領主に幽閉された子供じゃよ? どこに戻すんじゃ?」
「そうですけど。人間界と魔界では様々なことが違いすぎます。まだ子供ですし、別の街で暮らす事だってできるでしょう」
また盛大にため息をつかれる。
可哀想なことを言っている自覚くらいある。
「身寄りがいないのにかの? 環境には適応できとるんじゃ。一人で暮らせるまで、匿っても罰は当たらんよ」
「しかし……」
「それとも何かの?幼子一人で生活しろと? ひっどいのう」
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないで下さい! 私はただ!」
「『ただ』?」
「ただ……」
じっ、とこちらを見るアルニ老の視線から逃げるように、カップに目線を移す。
残った紅茶に写った顔が、情けない表情をしている。
何を言いたいのか自分でもわからず、困惑する。
『ただ』、何なのだろう……。
頭痛がする。
考えたくない……。
関わりたくない……。
「こーれ。あまり深く考えすぎるでないよ」
「痛っ」
アルニ老の蹄が額に当てられ、そのまま軽く押し付けられる。
冷たくて、気持ちがいい。
「リディア様は、あまり思い詰めない方がよい。”自分がどうしたいか”で、よいでの」
「……私は……」
どうしたいか、か。
”したいこと”より、”しないといけないこと”ならあるな。
「私は……、また見舞いに行くと、約束しました……」
「ほっほっほ。そうか、そうか!」
何とも歯切れの悪い答えになってしまったが、アルニ老には十分のようだ。
額に押し付けていた蹄で、頭を撫でられる。
硬いはずなのに、痛くはない。どうなっているんだ、この人――実際は羊――の手は。




